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六日目・土曜日➃

〈六日目・土曜日 対決➃〉

 

 夕方になるまで、俺はずっとパソコンの画面と睨めっこをしながら、ミス研の新聞の記事を書き続けた。

 おかげで、何とか倉橋先輩から押し付けられた三つの記事は完成した。

 手は抜かなかったし、身贔屓ではあるけれどなかなか面白い記事になっているという自信はあった。

 これなら、倉橋先輩もいちゃもんは付けずに納得してくれることだろう。

 とにかく、明日になったら、忘れずにネットで倉橋先輩のメールボックスに記事の原稿を送らないと。

 でないと、月曜日の朝までに新聞を発行することができなくなる。


 ちなみに、記事を書いている最中もずっとテレビのニュースは流れていたが、大霊石が破壊されたことは報じられなかった。

 毎日一個ずつ、真昼間に破壊されて来た大霊石だけど、今日はそうはならないのか。

 まあ、警察も厳重な警備を敷いているだろうし、腕利きの祓い屋たちも動いているというからな。

 最後の一個が破壊されるのは食い止められたのかもしれない。


 俺が今日の夕食は奮発して天丼の出前でも取ろうかと思っていると事務所の窓をコンコンと叩く音が聞こえて来る。

 なので、俺が夕日の見える窓を開けるとそこには一匹のカラスがいた。


「宮代殿、こんな姿をしていますが拙者は妖怪であります」


 カラスは面妖にも人間の言葉を喋ったが、俺にとっては別段、驚くには値しないことだった。


「それは分かるよ」


 カラスからは強い妖気を感じるし、小さな体をしているが持っている妖力はかなりのものだ。

 もっとも、カラスから発せられる妖気にこれといった悪意は感じないので、無闇に警戒する必要はないが。


「なら、話は早いですし、今から拙者と共に妖怪街に来てもらいたいのですが」


「妖怪街だって?」


 俺は思わず裏返ったような声を上げる。

 その名前を聞いたのは本当に久しぶりだったので、俺もつい過敏な反応をしてしまった。

 ちなみに、妖怪街というのは文字通り妖怪たちの住む街だ。街は塚本の町を囲んでいる山の一つにある。

 元々、山の中には戦時中に作られた大きな防空壕があった。

 その防空壕は一般人ではなく、お偉いさんたちが避難するためのもので、水道もあるし電気も通っている。

 食料さえ用意してあれば、半年はそこで暮らせるような設備も整えられていた。でも、戦争が終わってからは、その防空壕も用がなくなってしまった。

 それで、民間の企業が防空壕のある山を丸ごと国から買い取ったのだ。

 その民間の企業は大きくて立派な防空壕を利用して、商業施設のようなものを作ろうとしたらしい。

 でも、その頃になってちょうど日本の景気が悪くなり、その計画はあえなく頓挫した。

 それ以来、防空壕の入り口は硬く塞がれ、防空壕そのものも放置され続けている。

 ところが、ある時期からその防空壕に妖怪たちが住み着くようになり、祓い屋たちも技術や資材を提供して、一種の地下街のようなものを作ってしまったというのだ。

 山の持ち主である民間の企業もそれを知っていて何の手も打っていないと言うし。たぶん、妖怪と人間との間に何らかの取引があったに違いない。

 とにかく、俺も妖怪街は話に聞いていただけで入ったことは一度もなかった。

 祖父も子供が入って良い場所ではないと言い、死ぬまで俺には妖怪街の入り口を教えてくれなかったし。

 それはあの霧崎も同じだったし、羅刹も絶対に口を割らなかった。


「そうです。今日の夜の十二時に妖怪街で、この町の再開発に反対する決起集会が開かれるんです」


「決起集会?」


 それは何だか穏やかじゃないな。


「はい。ただ、我々も最近、この町で妖怪を退治して回っている異国の魔術師が決起集会の場に乗り込んでくるという情報を入手しまして」


 異国の魔術師というのは十中八九ルーシーのことだろう。でも、妖怪の総本山のような場所に乗り込もうとするなんて無茶が過ぎる。

 まあ、それはある意味、自信の裏返しでもあるし、ルーシーはこの機会に妖怪たちを一網打尽にするつもりなのか。


「それで?」


「そういう事情ですから、宮代殿には我々の用心棒のようなことをしてもらいたいのですが」


「用心棒か」


「何か不都合なことがありますか。こちらとしては相応のお礼もするつもりなのですが」


「分かったよ。別にお礼なんて欲しくないけど、妖怪街には行ってあげるよ」


 俺は何ら迷いを見せることなく言った。

 ルーシーを止めるまたとないチャンスだし、これ以上、彼女に妖怪殺しをさせないためにも手をこまねいているわけにはいかない。

 それに妖怪街には、昔から抱いてきた強い興味がある。

 カラスの妖怪の頼みを口実にするわけではないけれど、この地の霊的な管理人であれば、一度は足を踏み入れておかないと。

 その結果、霧崎にこのことを知られても、せいぜい、思慮を欠いた行動だと苦言を呈されるくらいだろう。

 ま、その苦言は後の祭りに等しいことだし、甘んじて受けてやるさ。


「宮代殿なら、そう言って頂けると思っておりました。では、すぐにでも妖怪街に参りましょう」


 カラスの妖怪は感極まったような声で言った。


「でも、俺は妖怪街の入り口を知らないぞ」


「拙者が案内するので、心配はいりません」


 カラスの妖怪は俺の不安を煽ることなく、ストレートに言い切った。

 俺もそれなら気を揉む必要はないなと思い、すぐに鬼神刀を腰から下げると事務所を出る。


 その後、俺は夕暮れ時の山の中を歩くことになった。

 正面の入り口は誰も入れないように塞がれているので、目立たない場所にある裏口から入るしかないというのだ。

 なので、随分と大回りをさせられる羽目になった。

 が、俺の心は憧れの場所に入れるというだけあってか、徒労感など全く感じず、むしろ、ウキウキしていた。

 なだらかとは言い難い山を登る足にも余計とも言える力が入っていたし、妖怪街が肩透かしのような場所ではないことも心の底から願っていた。

 もっとも、死んだ祖父や霧崎に対しては、後ろめたさのようなものを感じてしまったけど。

 でも、すぐにいつまでも子供じゃないんだと自分に言い聞かせた。

 俺は山にある獣道を通って、大きな岩盤になっているところまでやって来る。

 そこでカラスの妖怪が合言葉を口にすると自動ドアのように岩盤に大きな穴が開く。こんな遊園地のアトラクションのような仕掛けがあったとは。

 益々、面白くなってきたな。

 俺は怖いもの見たさのような心持ちで、その穴の中に入る。中は小さな照明だけが取り付けられた細くて薄暗い通路になっていた。

 その通路を用心しながら歩いて行くと、いきなり視界が開ける。最初に目に飛び込んできたのは鮮やかな光の乱舞だ。

 通路を抜けた先には話に聞いていた通り、地下街があったのだ。

 それもただの地下街ではなく、一種の歓楽街のような造りをしていた。

 しかも、まだ日が沈み切っていない夕方なのに、ここはすっかり夜の町を演出している。

 俺の住んでいる駅前だって、こんな胸が躍るような雰囲気は作れていないと言うのに。

 まるで外国の大都会に来たみたいだし、ここは本当に塚本市の中に存在する場所なのかと、自分の目を疑いたくなった。


 俺は妖怪街の作り出す雰囲気に呑まれながら、その場で立ち止まる。

 横幅の広い通りの両側には色んな店が並んでいて、壁の上からも横からも多種多様な看板が無数に突き出ている。

 その看板には派手な赤やピンクやオレンジ、そして、金色の光を放つ物が多く、記されている文字も「極楽大脳」とか「美味食」、「熟読本」とか「常勝賭博」などとアジアンテイストの香りをふんだんに漂わせている。

 ただ、夜の雰囲気を壊さないためか、天井にある照明は付いてなかったので、闇を照らすのは店の看板だけだ。

 それでも、夜の町としては十分、明るすぎるけど。

 そして、そんな通りを歩いているのは、人型ではあるが人ならざる顔をした妖怪たちだ。

 その中には人間も混じっている。

 人間と妖怪がこんなにも自然な形で同じ場所に居るのを俺は見たことがない。この場所を見る限りでは、人間と妖怪が共存するのも夢物語ではないように思える。

 でも、俺はこの場所にどこか危うさのようなものも感じずにはいられなかった。これは共存とは少し形が違うんじゃないかとも思っていたし。

 もっとも、そんな心の呟きは、すぐに賑やかな通行人たちの声の中に飲み込まれて消える。


 俺は様々な刺激的な光で照らされた通りを歩いて行く。それから、まるで明かりに引き寄せられる蛾のように店の中を覗き込んだ。

 「檄旨麺」という看板が出たラーメン屋のような店を覗くと、座る場所がないくらいぎっしりと人間や妖怪たちがいて、ラーメンや餃子、チャーハンなどを食べていた。

 「無双麻雀」という店では、人間や妖怪たちが麻雀に興じている。しかも、店の中はタバコの煙が霞のように充満していて、空気の悪さを感じさせた。

 「踊遊戯」という店では人間や妖怪たちが、音楽に合わせてリズミカルに踊っていた。

 天井には様々な角度に光を反射するミラーボールもあるし、部屋の奥にはDJのような男もいる。

 「機人世界」という店には昔ながらのゲーム台やパチンコ台が数多く置かれていて、子供のような妖怪たちがジャラジャラとメダルの音を立てながら遊んでいた。

 一方、大きな通りから外れた路地のようなところを見ると、そこにはガラの悪そうな人間や妖怪たちが屯していた。

 他にも路地には怪しげで、汚らしい店がたくさん押し込まれている。なので、路地からは犯罪じみた臭いがプンプンと漂って来た。

 それを見た俺も用がないなら路地には近づかない方が身のためだなと思ったし。


 俺は雑多という言葉すら控え目に思える通りを歩きながら、祖父がどうしてこの場所を教えてくれなかったのか理解する。

 確かに、ここは子供が来て良いような場所じゃない。

 いや、例え大人であっても普通の人間なら、安易には足を踏み入れてはいけない場所だ。

 ここは本当にただ欲望を満たすためだけの場所なのだ。それは健全さというものからは程遠い。

 もしも、こんな場所の空気に慣れてしまったら、きっと闇の世界から抜け出せなくなってしまうだろう。

 光の当たる世界に負の感情を向けさせるような背徳感が、この場所からは感じられてならないのだ。


「どうです、妖怪街は。楽しい場所でしょう」


 カラスの妖怪は様々な光に照らされながら、得意そうな顔で問いかけてくる。なので、俺もそれには曖昧な表情を浮かべて見せた。


「そうだな。でも、ここにいると落ち着かないし、どこかに安心して休めるような場所はないのか?」


 俺は心がチリチリするのを感じながら尋ねた。


「なら、西洋の妖怪、つまり妖魔のことですが、彼らが営んでいる店が良いでしょうな。ここにある店とは違い、静かにくつろげるところですから」


 そう言うと、カラスの妖怪はまるで迷路のようになっている路地を突き進んで行く。どんな場所に連れていかれるのか、俺も内心ではハラハラしていた。

 すると、今度は打って変わったような落ち着いた感じのする通りにやって来た。

 先ほどの通りよりずっと闇が濃くなっているし、通りの雰囲気も雑多さはあまり感じられない。

 むしろ、整理されたような造りが前面に打ち出ていた。

 そんな通りにはもちろん店も並んでいたが、規則正しい位置に立てられた看板に書かれた文字のほとんどが英語だ。

 中にはカタカナもあるけど、漢字はどこにもない。

 また、看板の放つ光の色も刺激が抑えられたものばかりだったし、通りの壁も綺麗で無機質な灰色だった。

 でも、良い感じに洗練されているので、物足りなさのようなものは特にない。

 とにかく、この通りは先ほどまでのようなけばけばしさは全くないし、何ともシックでダークな雰囲気が漂っている。

 なので、雰囲気的には先ほどまでとは対立している感じだ。

 ま、俺はどちらかと言えば、今いる場所の方が好みだけど。田舎暮らしが長いせいか、お洒落な感じの町の通りには、ずっと憧れてきたし。

 こういう通りは、地上では区画をしっかりと整理できる力がある都会でなければ作れないだろうな。

 妖怪街にもこういう場所があって良かったよ。


 そして、そんな通りには妖怪とはまた違った感じの連中がいた。

 人間の顔をしているものの、肌や髪が普通の人間ではあり得ない色をした者や、動物の顔をしているが、強い神性を持っているような者たちがいるのだ。

 奴らが妖魔か。

 普通の人間だったら、妖怪と妖魔の区別なんて付かないだろうけど。でも、数多くの妖怪を見て来た俺にはその違いがはっきりと分かった。


「妖魔は悪魔とは違うんだよな?」


 俺も妖魔のことにはあまり詳しくないので、己の知識のなさを隠すことなくカラスの妖怪に尋ねていた。


「その通りであります。妖魔は西洋的な精神エネルギーによって生み出された者たちです。なので、西洋的な要素を色濃く持っています」


「ふーん」


「ただ、あくまで西洋的と言うだけで、必ずしも西洋人の持つ精神エネルギーから生み出されたわけではありませんが」


 カラスの妖怪の説明を聞き、俺もそういうものかと得心していた。

 こういう場所があるなら、俺も妖魔のことについてはもっと勉強しなければならないな。


「なるほどね」


 ま、見た感じだと、妖魔はより悪魔に近い存在のように感じられる。妖怪と妖魔、どちらが人間にとって良い存在なのかは計りかねるけど。

 でも、俺にとってはどちらも公平に扱わなければならない存在ではある。


 俺はどこからともなく聞こえて来た美しいピアノの音色に誘われて、バーのような店の中に足を踏み入れる。

 そこは外観から受けるイメージを裏切ることなく文字通りのバーになっていて、店内は薄闇に包みこまれていた。

 中にいる人間や妖魔たちもテーブルで静かにお酒を飲んでいるし。また、店の奥では金髪の女性が立派なグランドピアノをたおやかに弾いていた。

 その闇に溶け込むようなピアノの曲を聞いていると、俺の心も一時ではあるが、安らぎのようなものを取り戻す。


 俺は喉が渇いて仕方がなかったので、子供はお断りの雰囲気を感じながらもカウンター席のスツールに座った。

 すると、バーテンのような服を着た人間の男がさっと水のようなものが入ったグラスを俺の前に置いた。

 それを飲むと俺の喉の渇きもたちまち癒える。

 注文もせずに出されたものだし、酒ではないだろうが、仄かに味があるのでただの水というわけでもなさそうだった。

 ま、バーで出されているものなんだから、体に害のあるものではないだろう。


「拙者はそろそろ持ち場に戻ってよろしいでしょうか?」


 カラスの妖怪は申し訳なさそうに言った。


「えっ、いなくなるの?」


 俺は急に心細くなった。

 別に妖怪や妖魔に恐れをなしたわけではないが、ナビゲーターのような者がいるのといないのとでは精神的には大きく違う。

 正直、この町を一人で歩かされることには、多少の不安があった。


「はい。拙者にも与えられた仕事があるので」


 カラスの妖怪はシュンとした顔をした。


「なら、決起集会が行われる場所くらいは教えてもらいたいね」


 それが分からなければ話にならない。


「ここに妖怪街の地図がありますから、それを良く見てください。集会場は広くて大きい場所なので見つからないということはまずありえないでしょう」


 カラスの妖怪は首に巻き付けられていた風呂敷を解くと、まるで一枚の羊皮紙のような紙を俺に渡す。

 その紙を覗き込むと、かなり分かりやすい形で地図が書かれていた。

 中には読めない漢字とかもあったけど、パッと見た感じでは問題はなさそうだった。

 まあ、俺は方向音痴ではないし、方向感覚も良い方なので、地図さえあればどこにだって辿り着ける。


「分かったよ」


 確かにこの地図はしっかりしているし、これを見れば道に迷うということはないだろう。

 とはいえ、くれぐれも途中で変な店には入らないようにしないと。

 こういう場所では、ちょっとした好奇心が大きなトラブルに繋がりかねない。好奇心は猫をも殺すという言葉もあるからな。

 その辺はしっかりと気を付けないと。


「決起集会は夜の十二時ですから、それまでには集会場に来ていてください。では、拙者はこれで」


 そう言うと、カラスの妖怪はそそくさと俺の前から去って行った。


 その後、時間を持て余すことになった俺は、話す相手もいないので、仕方なく羅刹と世間話をしながらバーテンから何度も出される水割りのようなものを飲んだ。


                 


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