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一日目・月曜日➂

〈一日目・月曜日 退魔師の日常➂〉


 学校を出た俺は田んぼや畑、農園などが横手にある道を歩いていく。

 視線の先には田畑が水を引いている小川があり、更に向こうには緑の木々が覆い茂る山があった。

 こういう景色を見ていると、本当にこの町は田舎だと思える。

 せめて、コンビニくらいは道の途中にあって欲しいと思うのだが、ないものはない。

 だから、夜になるとこの道は足元すら覚束なくなるほど暗くなるのだ。うっかりすると、水の張った田んぼに足を落としかねない。

 実際、小さかった頃の俺は田んぼに落ち、泥だらけになって泣いたことがある。

 なので、俺も学生が良く通る道なんだから、街灯くらいはしっかりと立ててくれと言いたくなった。


 俺は澄んだ水が流れる小川の橋を渡ると、更に十五分ほど歩いて駅前までやって来た。

 駅前は色々なテナントが押し込まれている雑居ビルが建ち並んでいて、ここだけは都会の繁華街を彷彿とさせた。

 慎太郎が誘ってくれたゲームセンターもあるし、ハンバーガー屋や牛丼屋、CDショップもある。

 他にも、たくさんの店が軒を連ねていた。

 この辺りは夜になっても明かりが絶えないし、人通りも多く、交通の便も良いので住むには良い場所だ。

 賑やかだが、治安が悪いような場所でもないし。

 ま、東京みたいな都会の空気を吸いたければ、ここに来るに限る。そうすれば一時ではあるがこの町の田舎臭さを忘れさせてくれるし。

 もっとも、本当に田舎臭さを忘れたいなら、電車に乗って他所の町に行った方が良いんだろうけど。


 俺はビル群の間にある路地を歩く。ここを抜ければ俺が住んでいるところは、もう目の前だった。

 が、その途中で俺は十一歳くらいの男の子が路地の端っこにいるのを見かける。

 その男の子は外国人なのか綺麗な金髪をしていて、顔立ちも端正だった。その上、白くてパリッとした子供用のスーツも着用している。

 その姿はいかにも育ちの良い子供といったオーラを感じさせる。まるで現代を生きる少年貴族のようだし、何とも垢抜けていた。

 そんな男の子が路地の地面にしゃがみ込んでいる。そこには、見覚えのある野良猫もいて、男の子に優しく頭を撫でられていた。

 この男の子と猫の組み合わせは何だか絵になるな。

 もっとも、外見の美しさが際立ちすぎている男の子は、この汚い路地からは完全に浮いてしまっているけど。


「そこのお兄さん、ちょっと尋ね事をしても良いかな?」


 男の子はいきなり俺の方を振り向くと、エメラルドのような瞳を輝かせながら、俺に声をかけてきた。

 俺もまさか声をかけられるとは思わなかったので、ビクッとしてしまう。声をかけられたのは別の誰かではないかと疑ったりもしたし。

 でも、この薄汚い路地にいるのは、俺とこの少年だけだった。


「別に良いけど」


 俺は相手が外国人と言うこともあり、気後れしてしまう。

 でも、日本語は得意そうだし、声の方もともて柔らかかったので、悪い子供ではなさそうだと思った。

 実際、こんな年齢の子供が通りがかりの人間を捕まえて、悪巧みをするなどあり得ないことだろう。

 そう思った俺は慌てることは何もないと心の中で呟いて自分を安心させた。


「この猫に飼い主はいるのかな?」


 男の子は無邪気に見える笑みを浮かべる。道でも尋ねられると思っていた俺は、少し拍子抜けしてしまった。


「特にいないけど」


「じゃあ、どうやって生きているの?」


「こいつなら近くのラーメン屋で、しょっちゅう餌をもらってるよ。だから、食べる物には不自由してないんじゃないかな」


「そうなんだ」


「ああ」


 他にもこの野良猫を可愛がっている人は多い。この近辺では割と有名な野良猫なので、俺もその姿は良く見かけるのだ。


「なら、僕が拾ってやらなくても大丈夫そうだね。良かった、良かった」


「…」


 俺は野良猫の頭を優しく撫でる男の子を見て、少し複雑な気分になった。拾ってもらえれば、この猫も幸せに生きられると思ったからだ。

 幾ら餌をもらえても、やはり猫が外の世界で暮らしていくのは厳しい。

 自由に生きられる方が良いなんていうのは、野良猫たちの現実を知らない人間が口にするセリフだろう。

 もっとも、そう思っている俺がこの猫を拾ってやらないのだから、他人を責めることなどできないが。

 そんな俺の心中を他所に、男の子は猫の額をポンポンと叩いた。


「じゃあ、僕はそろそろ行くし、お前もしっかりと神を信じて生きるんだよ。神は二羽のスズメと同じように決してお前のことを忘れないから」


 男の子は詩の朗読でもしているかのような声で野良猫にそう言い聞かせると、その傍から離れる。

 が、俺は立ち去ろうとしていた男の子を反射的に呼び止めていた。


「ちょっと待ってくれないか」


「何?」


「この辺りはあまり空気が良くない場所だから、君のような子供は近寄らない方が良いぞ」


 俺は外国人の子供に何かあったら大変だと思い、そう忠告していた。

 この町は平和だけど相手が外国人だったら、どういう形で牙を剥くか分からないからないし、用心に越したことはない。

 それでなくても、最近はどんな犯罪が起きるか分からないご時世だからな。こんな田舎町でも平和だ、平和だとは言っていられない。


「そういうことね。でも、心配はいらないよ」


「どうして?」


「僕ってとっても強いから」


 男の子の顔に自信に満ちた笑みが浮かび上がる。それを見た俺は少し背中がざわつくのを感じた。


「強い?」


 俺はオウム返しに尋ねる。


「うん。たぶん、僕に適う人間なんてこの世にはいないんじゃないかな」


 それは世間を知らない子供であっても、不敵すぎる言葉と言えた。


「それって…」


 ひょっとして、君は普通の人間ではないのか?という言葉が口を突いて出そうになった。

 でも、すぐに思い留まる。

 怪しい人間を見たり、おかしな言葉を聞いたりすると、つい闇の世界との関りを想像してしまうのは俺の悪い癖だし、職業病とも言える。

 なので、もう少し男の子の言葉に耳を傾けてみようと思った。すると、男の子は握り拳をシュッと前に突き出して見せる。


「僕は映画に出てくるようなスーパーマンなんだ。悪い奴には負けないぞ!」


 そう自慢げに言って、男の子は俺をほっとさせる。自分をスーパーマンに例えるとは、いかにも外国人らしい発言だ。

 やっぱり、この男の子は自分を正義のヒーローのように思い込んでいるただの子供だな。

 何だか、警戒して損をしてしまった。


「何かおかしいことでも言ったかな?」


 少年は少し頬を膨らませて言った。


「いや」


 気付かない内に馬鹿にするような顔をしてしまったか。でも、それが分かるとは、この男の子はなかなか目敏いな。

 宝石よりも美しい緑の目は節穴ではなさそうだ。


「なら、良いんだ。とにかく、親切な忠告をしてくれてありがとう」


 そう言うと、男の子はもう話すこともなくなったのか、「じゃあね」と軽快に言って路地の向こうへと走り去って行った。

 その後姿を見ていた俺はあの子はどんな事情でこの町に居るんだろうなと思った。

 観光客だったら、親と一緒に居るはずだし、こんな路地にいるのは絶対におかしい。

 とはいえ、迷子になっているようにも見えなかったけど。もし、迷子だったら、野良猫のことより、訊くべきことはたくさんあったはずだからな。

 もう少し、詳しく事情を訊けば良かったし、あの子は本当に大丈夫かな…。


 ちなみに、神は二羽のスズメも忘れないっていうのは、聖書に出て来るキリストの言葉だったはずだ。

 まだ子供なのに、そんな言葉を引用できるなんて博識なんだな。

 でも、日本とは違って外国じゃ聖書は当たり前の読み物みたいだから、特別視するようなことでもないのかもしれない。

 世界で一番、多く配布されている本も聖書だと言うし。

 俺はいつかは外国に旅行に行きたいよなと思うと、気を取り直してまた歩き始めた。



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