四日目・木曜日➁
〈四日目・木曜日 触れ合う心➁〉
「おい、圭介。ルーシーと一緒に登校してくるなんて随分と仲良くなったじゃないか」
教室に入るなり、囃し立てるように話しかけてきたのは慎太郎だった。なので、俺も余計なことを喋らないように、心のチャンネルのようなものを切り替える。
まあ、相手が慎太郎なら、語るに落ちるようなことにはならないと思うけど。でも、最近の俺は抜けているところがあるし、油断は禁物だ。
「まだまださ」
俺は自分の席に付くと、今の俺は酷い顔はしていないよなと思いながら、鞄から机に入れる教科書を取り出す。
それを見ていた慎太郎も俺の顔のことを指摘してくることはなかったし、ルーシーのおかげで、精神的な不調もどこかに吹き飛んでしまったようだ。
やっぱり、可愛い女の子の力は偉大だな。
ま、ルーシーの心から一種のしこりのようなものを取り除くには、まだまだ時間がかかりそうだし、こういうことは焦らず慎重にやるさ。
「そうだな。一緒に登校したくらいじゃ、恋人同士とは言えないからな」
慎太郎は俺を慌てさせたいのか、恋人という言葉を強調する。でも、その程度のことでは俺も動じない。
「恋人になる気なんてない」
俺はただルーシーにしっかりと理解してもらいたいことがあるだけだ。今、やっているのは、その地ならしのようなものに過ぎない。
もっとも、その地ならしが功を奏してくれるかどうかは分からないけど。ただ、逆効果になることだけは避けなければならないだろう。
その辺のさじ加減は難しいけど乗り切って見せるしかないな。
「じゃあ、超が付くほど奥手のお前が、何で昨日みたいに自分からルーシーと話したりするんだよ」
慎太郎は面白半分のような顔を止めると真剣な声で尋ねてきた。その顔には「友達なのに水臭いぜ」と書いてある。
なので、俺もどう説明したら良いものか少し思案するも、結局、もっともらしい話をでっちあげるしかないという結論に至った。
「ルーシーとは爺さん絡みの縁があるんだ」
「お前の爺さんって、お祓いみたいなことをしてた人だよな?」
「ああ」
慎太郎は退魔師という言葉自体を知らないのだ。なので、退魔師の仕事についてはほとんど無知と言って良かった。
「そうか。ひょっとして、ルーシーって何かの宗教に傾倒したりしているのか?」
慎太郎の目には危ぶむような感情が宿っていた。無理もない。こいつは宗教とかが大の苦手だからな。
その上、日頃から神なんて絶対にいないと豪語しているし、お祭りで神社に行っても賽銭、一つあげようとしない。
それが悪いとまでは言わないけど、慎太郎の徹底した無信心ぶりにはちょっと寂しいものを感じてしまうな。
「そんなことはないよ」
「なら良いが、もしそうならお前もあんまりルーシーのことにのめり込むなよ」
「何で?」
俺は眉根を寄せる。ルーシーのことでは応援してくれるんじゃなかったのか。親友の慎太郎まで俺に嫌な態度を取るようになるのは耐えられないぞ。
「お前の爺さんが変人、扱いされていたのを知ってるからだよ」
慎太郎は眉間に皴を寄せながら言った。
確かに祖父はこの町では変わり者として知られていた。
だからこそ、両親はそんな祖父から離れ、退魔師とは無縁の世界で暮らすことを選んだのだ。
なのに、俺は親の心も知らずに祖父に近づいて、挙句の果てには正式な退魔師にまでなってしまった。
これでは、必死に俺に普通の暮らしをさせようとしていた両親が失望するのも無理はない。
「…」
「あの爺さん絡みの縁じゃ、俺も不吉なものしか感じない」
慎太郎なりに俺のことを気遣ってくれているのは分かっているけど、それでも祖父のことは悪く言ってほしくなかった。
誰がなんて言おうと、俺は祖父のことを尊敬しているし。この心ばかりは例え誰であっても捻じ曲げることはできない。
「大丈夫だよ。ルーシーは危ないところなんて何もない普通の女の子だから」
俺が見え透いたような嘘を吐くと、慎太郎は「ま、ほどほどに頑張れよ」と言って自分の席に戻って行った。