四日目・木曜日➀
〈四日目・木曜日 触れ合う心➀〉
いつものように朝を迎えると、俺はセットした目覚まし時計の鳴る音がしつこく耳朶を打つのを感じながら目を開く。
それから、のっそりとソファーから立ち上がると、体の中の眠気を追い出すように大きく屈伸をした。
と、同時に火傷の感触を確かめるように肩もグルリと回したが、もうヒリヒリとした痛みは感じはしなかった。
いつの間にか瘡蓋が取れていた皮膚にも跡のようなものは残っていなかったし。
ま、生命エネルギーを活用すれば、体の治癒力を飛躍的に高めることができるからな。
だから、ただの火傷くらいなら三日もあれば、完全に治すことができるのだ。
俺は事務所の中にある洗面所に行くと、そこで顔を洗い、歯もちゃんと磨いた。
でも、今日はその作業が殊の外、億劫に思えてしまった。歯ブラシを動かす手もやけに重たく感じたからな。
その上、洗面所の鏡に映った自分を見たら、随分と酷い顔をしているなと苦笑いしてしまったし。
さすがに今日の自分の顔の酷さには、俺だって気付ける。この酷さに気付けないようなら、それは鈍感ではなく一種の病気だ。
とにかく、この顔で学校に行ったら、また慎太郎を心配させてしまうだろうな。
霧崎だってこの顔を見たら俺のことを慮って、難しい仕事を斡旋しないようにするかもしれない。
俺はどうすれば今みたいな精神的な不調から脱却できるのかなとぼやきながら、寝ぐせのある髪を櫛で溶かす。
そして、学校に行くための身だしなみをきちんと整えると、いい加減、洗面所やトイレの掃除はした方が良いかもしれないと思った。
洗面所の鏡も隅っこの方に緑のカビが生えていたからな。トイレも薄汚れて臭くなってきているし。
いつ頃、洗面所とトイレの掃除をしたのかは、幾ら記憶を手繰り寄せようとしても、思い出すことはできなかった。
だけど、それも当然かもしれない。
事務所の掃除は、全て自分ではなくずっとハウスキーパーのおばあさんがやってくれていたのだから。
俺が事務所の掃除をしたことなど、自分の記憶が確かなら二回くらいしかない。
洗面所とトイレに至っては、記憶が全くないことを鑑みるに掃除をしたことなど一回もないのだろう。
なので、それを考えると、やっぱり、この事務所には人手が必要だと思える。
俺は何だかコーヒーを入れるのも面倒くさく感じられたので、栄養ドリンクとパンで朝食を済ませる。
でも、そのあまりの味気なさに、少ししょんぼりしてしまった。
目を覚ませば、ちゃんと朝食が用意されていることがどれだけ贅沢なことか。それは事務所暮らしをしなかったら絶対に分からなかったことだろう。
とはいえ、しっかりした朝食の用意なら、近い内に何とかなるはずだ。アルバイトだって雇うことになっているんだから。
もっとも、例え誰か人を雇っても、こんな時間から食事を作らせるようなことはできないだろうけど。
雇った人にも生活があるし、ハウスキーパーのおばあさんも、さすがにそこまではやってくれなかった。
でも、ハウスキーパーのおばあさんは温めればすぐに食べられる手料理を冷蔵庫の中に入れて置いたりしてくれたからな。
なので、それには俺も心が温まるような感謝をしていた。
ま、雇った人にやらせることができるのは、事務所の掃除と電話対応、あとは夕食の用意と朝食の作り置きくらいだろう。
それだけでも、やってもらえれば、俺としては大いに助かるし、今週の日曜日に行う面接では働き者の人が来てくれると良いんだけどな。
少なくとも、雇ったことを後悔してしまうような人は、採用しないようにしないと。面接では俺の人を見る目というものが試される気がするな。
俺は学校に行かなければならないので、忘れることなく事務所の入り口に鍵をかける。
それから、ビルの薄暗い階段を下りて外に出ると、柔らかな朝日を浴びながら大きく息を吸い込んだ。
相変わらず、この町の朝の空気は旨い。
霊気などの特別な力が混じった空気には、味のようなものも感じられる気がするからな。
この旨さは、霊脈の中心地がある町だからこそ、感じられるのかもしれない。
でも、霊気を町中に行き渡らせている大霊石が何個も破壊されたせいか、ここら一帯に漂う霊気の量もそれなりに減って来ているのは感じ取っていた。
ルーシーのことも厄介だけど、大霊石のことはもっと厄介なことのように思える。
幾ら組合のルールとは言え、大霊石のことで何もできないのは、もどかしさを通り越して焦燥のようなものを感じるな。
この地にいる祓い屋たちに模範を示さなければならない霊的な管理人という立場の難しさを改めて実感させられる。
俺は今日は数学のテストの返却日か、などと思いながら、学校のある方向に足を向けようとする。
すると、出て来たばかりのビルの前に思わぬ人物がいるのを発見した。
「ルーシーじゃないか?」
俺はビルを仰ぐルーシーの横顔を見る。
朝の閑散とした空気と相まって、俺はルーシーがまるで地上に舞い降りた天使のようにも見えてしまった。
実際には血も涙もないような悪魔を従わせている女の子なのに…。
でも、天使と悪魔なんて紙一重の存在だからな。悪魔が光のみ使いを演じるのは珍しいことではないという言葉もあるし。
もっとも、ルーシーは無理に自分を良く見せようとはしていない。だからこそ、みんなからは近寄りがたく思われてしまうんだけど。
「………おはようございます、宮代君」
ルーシーは硬さを感じさせる表情で朝の挨拶をする。
今日のルーシーは昨日より可愛いリボンで髪形をツインテールにしていた。それがとても良く似合っていたので、俺の胸も柄にもなく高鳴る。
まるで、映画の世界の住人みたいだ。
でも、ルーシーは映画なんかに出て来る女の子の子役より、よっぽど可愛い。映画の子役が持つような滑稽さもあまり感じもないし。
慎太郎もルーシーのことを極上の美少女と言っていたけど、それには俺も頷けるな。
「こんなところで何をしてるんだ?」
俺は退魔師事務所のあるところを眺めていたのは間違いないと思い、警戒感を高めながら尋ねる。
「言わなければいけませんか?」
ルーシーは冷笑しながら言った。
こういうところが可愛くないんだよな、と俺もルーシーの顔を見ながら思う。でも、彼女にとって、今の時間はプライベートではないのかもしれない。
だから、昨日の昼休みのような心の隙は見せたりはしない。
「無理に教えろとまでは言わないよ。でも、ここにいるのは偶然ってわけじゃないんだろ?」
この町のどこに住んでいようと、学校へ行くのにここを通ることはないはずだ。
「はい。敵情視察です」
「えっ?」
ルーシーの不敵かつ、ストレートな物言いに、俺は片頬を引き攣らせてしまった。
「冗談です。ただ、宮代君がどんなところに住んでいるのか知りたくて、ここに来ただけです。ですから、変な誤解はしないように」
「…」
俺は誤解って、どんな誤解だよと問いかけたくなったが止めておいた。事実、誤解をせずに彼女の言動を受け止める自信はなかったからだ。
まあ、つまるところ、ルーシーは単純な興味でここに居るのだと言いたいのだろう。
それこそ、俺にとっては冗談にしか聞こえないのだが、仮にそう言われても否定するメリットはないし、多少、含むところはあっても信じるしかない。
ルーシーの言動を分析するのは本当に疲れるな…。
とにかく、俺としては早めにルーシーに大霊石のことを訊いて置きたかった。
もし、大霊石を破壊しているのがルーシーであれば、俺はそれを止めなければならないし。
この地の霊的な管理人なら、それは果たすべき当然の義務でもある。
ルーシーがやっていることなら、仕事間の縄張りがどうとかは言っていられない。
「どうしたんですか?急に黙り込んだりして」
そう問いかけるルーシーの顔にからかいの色はない。たぶん、自分の言葉が俺の心にどれだけの衝撃を与えたのか気付いていないのだろう。
「少し考えごとをしてたんだ」
嘘ではない。
「まさか、宮代君は私がこのビルに向かって何かするとでも思っていたんですか?」
心外だとでも言いたそうな口調だな。
「そこまでは、さすがに思ってないよ」
でも、ルーシーに自分の居場所を知られたのはちょっとマズイかなと思う。もっとも、調べればすぐに分かることなので、気にしても詮無きことだ。
特に、ルーシーの背後にいるのはこの町の事情について良く知っている人物みたいだし、隠し通せることはそう多くないだろう。
「なら、良いんです。にしても、この辺りにいると、何だか仕事で行ったことがある香港の町を思い出しますね」
ルーシーの目に浮かんだのは、何十年も生きてきた人間が見せる懐古のような感情だった。
「香港?」
「ええ。もっとも、香港の方が何倍もスケールが大きいですが。でも、漂う空気は似ていますし、私もこういう場所は嫌いではありません」
「へー」
俺も宝石を散りばめたような綺麗な夜景を見ることができる香港は好きだな。西洋と東洋の文化が交じり合ったような町の雰囲気も良いし。
香港の町が持つ魅力はここら一帯に店を構える人にも見習ってもらいたい。
そうすれば、この駅前はもっと賑やかになるし、それはきっと町全体の活性化にも繋がるはずだ。
あと、祖父も香港には気功を学びに行ったことがあると言っていたな。香港には怪しげな力や術を使う人間が多いのだ。
「意外でしたか?」
ルーシーは少し小悪魔っぽく問いかけて来る。
「ちょっとね。君からは清楚なイメージを感じていたから、正直、この手の場所は嫌いかと思ったよ」
お洒落な町のカフェテラスなんかが、ルーシーにはお似合いの場所のように思える。
「そんなことはありません」
「それは良かった。俺も自分が住んでいるということを抜きにしても、この辺りはけっこう好きな場所だから」
退魔師だから、仏教的な神社や寺の方に愛着があるというわけではない。そういうのは先入観だ。
「そうですか。でも、さっきビルの前を歩いていたら、シャッターを開けていたおじさんに声をかけられましたね。時給、千五百円を出すからウチの喫茶店で働かないかって」
あの喫茶店は、昔はパンケーキとコーヒーの美味しい普通の店だったのに最近はウエイトレスの制服の可愛さ売りにし始めたからな。
だから、俺みたいな子供は入りづらくなった。
「それで何って答えたの?」
「もちろん、丁重に断らせていただきました。今のところ、お金には全く困っていないので」
ルーシーはシレッとした顔で言った。
ちなみに、ルーシーに声をかけたおじさんとは俺も近所付き合いがある。おじさんは隣の雑居ビルのオーナーで、ビルに入っている全ての店を経営しているし。
そんなおじさんだが、景気が悪いせいか、客の入りも昔ほど良くないと何とも寂しそうに零していた。
ま、これも時代の流れだな。
最近はどのビルもテナントの入れ替わりが激しいし。
だから、せっかく、ご近所付き合いをしても、三か月もしない内に会えなくなる人も多い。
ビルに入るテナントの中で長続きするのはやっぱり飲み屋だ。飲み屋は駅からやって来るサラリーマンを上手く捕まえているし。
俺も大人になったら、焼き鳥を片手に大ジョッキのビールを飲みたいところだな。
あと、事務所のトイレの中にいると隣のビルのカラオケ屋の声がうるさく聞こえてくる時がある。
大きな歌声とかも筒抜けだし、これには防音対策くらいはしてくれよと言いたくなった。
「そっか。おじさんも残念だったろうな。ルーシーみたいな可愛い女の子が働いてくれれば集客力アップは間違いないし」
俺はウエイトレス姿のルーシーなら見てみたいよなと心の中でぼやく。彼女なら、きっとどんな衣装を身に纏っても似合うだろうし。
「変な想像をさせるようなことを言わないでください」
そうにべもなく言うと、ルーシーは思わず見入ってしまうような瞳を瞬かせながら言葉を続ける。
「とにかく、宮代君はこれから学校に行くんですよね?」
「うん」
「………一緒に行っても構いませんか?」
ルーシーはかなりの間を置いて言った。
まあ、断る理由もないし、学校に一緒に行くくらいなら構わないだろう。
もちろん、人目は気になるが、今の俺なら負けはしない。昨日、振り絞った勇気は俺の心を少なからず強くしてくれたからな。
人間、どんなきっかけで成長できるか分からないものだし、だからこそ、昨日は退かなくて良かったと心の底から思える。
でも、ルーシーって日本人の女の子とは少しずれたところで相手との距離を詰めようとしてくるよな。
日本人の女の子はもう少し計算高いし、ルーシーは所謂、天然と呼ばれる類の人間なのか?
「別に良いよ」
「ありがとうございます」
ルーシーがぺこりと頭を下げたので、俺は慌てて首を振った。
「お礼なんて良いよ。一緒に学校に行くだけなんだから」
「でも、昨日は嫌なことも言ってしまいましたし、てっきり、断られると思っていました」
そう思っていても、ルーシーは俺と一緒に学校に行きたいと言ったのだ。なら、彼女も俺との間にある距離を縮めたいと思ってくれたのかもしれない。
もし、そうであれば、その心は俺も優しく受け止めてあげる必要があるだろう。
「あれくらいのことで臍を曲げたりはしないって」
ショックを受けた部分ならあったけど。
「そう言ってもらえると、助かります」
ルーシーは雲一つない青空でさえ霞んで見えてしまうような晴れやかな笑顔で言った。
それから、俺は彼女と肩を並べて歩き出す。
朝の空気はひんやりとしていて肌には心地良かったけど、心の方はまるで金属が火で炙られたかのように熱かった。
ひょっとして、俺は恋でもしているのかと思ってしまったし。
ま、女の子と一緒に学校に行くなんて、滅多に経験できることではないと思うし、隣にいるのがルーシーでなくても同じような緊張はしてしまったことだろう。
なので、今の俺の心には妙な自意識のようなものが住み着いていた。
「女の子と一緒に登校するなんて、何だか恥ずかしいな」
俺は歩きながら、ボリボリと頬を掻く。なかなか大霊石のことが切り出せない。
「我慢してください。女性のエスコートをしっかりと務めるのは、男性の義務です。それを放棄する男性に、良い相手は現れませんよ」
まるで社交界にいる女性のような言葉だな。
「そう言ってくれるけどね。俺はこういうことには全く免疫がないんだよ」
免疫があったら、同じく美少女の桜井にも、もう少し気の利いた態度を取ることができていただろう。
「そうだったんですか。でも、私と宮代君はただの知り合いに過ぎないんですから、堂々としていれば良いんです」
ルーシーは人差し指を立てながら教師のような口ぶりで言った。
「他の生徒の視線など怖くないと?」
「当たり前です。宮代君以外の生徒など、私にとっては知り合いどころか、空気よりも劣る存在ですから」
ルーシーはメリハリのある声で更に言葉を続ける。
「正直、眼中ではありません」
そこまで言うか…。
こういう態度から察するに、ルーシーは自分の国でもあまり好かれてはいなさそうだな。
鼻にかかるような言い草も何とかならないものかと思えるし。たぶん、自分の国でも友達はそう多くないに違いない。
とにかく、今のルーシーは上機嫌だし、大霊石のことは尋ねたくないな。
「でも、その考え方は何だか寂しいと思うけどなー」
「…」
ルーシーは気に障ったのか、ムッとした顔で押し黙ってしまった。なので、俺も何とかして別の話を切り出そうとする。
「ところで、ルーシーって日本語が達者だけど、どこで習ったんだ?」
俺は話題を見繕うように言った。
「習ってなんかいません」
「そうなの?」
「はい。ただ翻訳の魔法をサタナキアにかけてもらっただけです」
「魔法か」
確かに万能の力の象徴でもある魔法ならそれも可能だろう。
魔法の中には、人間の記憶を覗いたり、また記憶そのものを消したりすることもできると聞いているからな。
更に高度な魔法になると、自分の存在した痕跡を完全になかったことにすることもできると言う。
例えば、昨日まで一緒のクラスにいた生徒がある日、いきなりいなくなって、その生徒のことを誰も憶えておらず、また書類や写真らも存在した痕跡が消えている、なんてこともあるらしいし。
また逆に存在しなかった人間がある日、突然、周囲からも社会からも認知されるようになるということもあると言う。
俄かに信じがたい話ではあるが、それが魔法の力なのだ。そして、そんなことは人間が使う術では絶対に不可能なことだ。
まさに、魔の法則を操る力の真骨頂だし、人間の理解など及びもしない。
もっとも、俺自身は魔法の力については話で聞かされただけだ。
この目で魔法の力を見たことは一度もないし。だから、正直なところ魔法の力の凄さについてはあまり実感できていなかった。
でも、いつか、魔法の力を自在に操る存在を敵に回すことがあるかもしれない。
その時には、俺も魔法の力の恐ろしさを嫌というほど思い知らされることになるのかもしれないな。
「そうです。悪魔の使う魔法は怖いくらいに便利です。でも、何でも魔法に頼るのは良くないので、私も努力できるところは努力しています」
ルーシーは努力家みたいだな。俺が同じ立場だったら、便利な魔法の力にどっぷりと浸かってしまったかもしれない。
「確かに、習ってもいないのに、こんな流暢な日本語が喋れるんだから、ちょっと便利すぎるよな」
もしも、翻訳の魔法が流行ったりしたら、語学学校なんてあっという間に潰れてしまうに違いない。
でも、俺は英語が苦手だし、簡単に英語が喋れるようになるならこんなに助かることもないよなとも思う。
「はい」
「でも、言葉が喋れるだけなら、日本のことでは分からないこともたくさんあるんじゃないのか?」
知識まで補えるとしたら、魔法の力は本当に瞠目すべきものだと思う。
「一応、勉強したので、日本のことはかなり知っているつもりです。もちろん、勉強したのは漫画ではありませんよ」
「それを聞いて安心したよ」
「そうですか。でも、分からないことも幾つかあるので、この機会に教えてもらっても良いですか?」
「良いよ」
俺は快諾していた。
ルーシーがこれまで以上に、日本に親近感を持ってくれるのなら、それくらいのことは全く苦にならない。
昨日も再確認したことだけど、自分の国のことを良く知ってもらいたいというのはごく自然な感情だからな。
だから、押し付けるようなことは言うつもりはないけど、この国のことをより良く理解する手助けができるのなら、それを差し控えるつもりはない。
「退魔師と祓い屋の違いって何ですか?」
「いきなり難しい質問が来たな」
俺はどう説明するべきか頭の中の知識を組み立てる。退魔師と祓い屋の境界はかなり曖昧なので、筋道を立てて説明するのは難しいのだ。
でも、重要な質問ではあるし、俺もその説明から逃げるわけにはいかない。
「自分がやっている仕事のことも分からないんですか?呆れました」
ルーシーはジト目で言った。
「そんなことはないさ。ま、祓い屋は儀式的なものを重視する仕事だよ。だから、霊や妖怪がいなくても、頼まれればお祓いの儀式をしたりするし。つまり、特別な力がなくても儀式を執り行う知識があれば祓い屋は務まるってことさ」
もちろん、祓い屋を名乗るには資格を取る必要があるけど。資格のない祓い屋は、業界にいる連中から睨まれるし。
「なるほど」
「で、もう一方の退魔師は攻撃色の強い祓い屋の上級職とも言える。実際に、力を持った霊や妖怪を懲らしめたり、退治したりしなければならないからな。下手したら、大物の神や悪魔とも戦わなければならない時がある。だから、特別な力を持っていなければ、退魔師は務まらないよ」
故に退魔師になろうとする人間は祓い屋よりずっと少ない。とはいえ、退魔師を名乗るのに特別な資格はいらない。
ただ、退魔師を名乗るからには、相応の力を要求される仕事が舞い込んでくるだけだ。
とにかく、祓い屋が表の世界でも通じる職業なら、退魔師は裏の世界でしか通用しない職業だと言えるだろう。
だからこそ、退魔師は利便上、祓い屋の資格も持っていることが多い。
「…良く分かりました」
その言葉を聞いて俺は愁眉を開くような顔をした。
正確な知識を得ることで、俺たちの職業やそれを取り巻く業界の誤解がなくなるのなら安いものだからな。
この手のことで一番、怖いのは、間違った情報を鵜呑みにされることだ。それが、無理解や偏見を生んだりするわけだし。
俺の周りにもそういう人間が多いから、それは分かる。
「他にも知りたいことがあったら何でも聞いてよ」
俺がそう気前良く言って見せると、ルーシーは今度は日本の漫画やアニメのことを色々と尋ねて来る。
ルーシーの漫画やアニメに関する知識の豊富さには驚かされたし。漫画やアニメの面白さに、国境はないみたいだ。
一方、俺はルーシーに悪感情を持たれるのが怖くて、結局、大霊石のことは何も尋ねることができなかった。