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三日目・水曜日➃

〈三日目・水曜日 接触➃〉


 放課後になる。

 俺が席から立ち上がった時には、ルーシーは煙のように消えていた。まだ、話したいことがあったんだけど。

 でも、幾ら話しても今の時点ではルーシーとは物別れになるだけだろう。なら、少し時間を置いた方が良いかもしれないな。

 お互いのためにも、それが最善のことのように思える。時間が解決してくれるということもあるからな。


 一方、慎太郎はホームルーム前の休み時間にルーシーと昼食を食べた時のことをしつこく訊いてきた。

 でも、俺の話がつまらなかったのか、すぐに興味を失ったように自分の席に戻ってしまったし。

 慎太郎にはルーシーのことを色々と教えてもらったのに、楽しませるような報告をできなかったことには自分の駄目さ加減を思い知らされる。

 俺ももう少し男としての甲斐性を持てるように努力しないと。

 少なくとも、友達を退屈させているようでは、もし、女の子と付き合うことになっても、その子を楽しませられるわけがない。

 こと女の子のことで、今の俺に必要なのは、一体、何なんだろうな。

 俺は今日も部活があるので、雲がかかったような気持ちを拭いながら、ミス研の部室へと向かう。

 ただ、その足取りはいつもに比べるとかなり重かった。


「入りますよ」


 そう言って、俺が部室に入ると、倉橋先輩は檄を飛ばさない代わりに、にんまりと猫のように笑う。

 と、同時にレモンの良い香りも漂って来た。今日のお菓子はレモンタルトと見た。


「聞いたわよ、宮代君」


 倉橋先輩の声には小躍りしているような響きがあった。なので、俺も自分にとって旗色の悪い話が始まりそうだなと思う。

 でも、嫌な感じの顔を露骨に見せたりはしない。相手を不快にさせないような顔を作るのは苦手ではないのだ。


「何がですか?」


「今日は転校生の女の子と仲良くお昼を食べたそうじゃないの」


「何で知ってるんですか?」


 倉橋先輩の耳が早いのは俺だって知っている。でも、それはミステリーやオカルト絡みのことだけだ。

 特に先輩は日頃から恋愛のことなんて、からっきし興味のない態度を見せていたし。

 それだけに、ルーシーと屋上でお昼を食べたことを知られていることには、ギクリとしてしまった。


「屋上にはいっぱい生徒たちがいたのよ。金髪の女の子とベンチに座りながらお昼を食べれば嫌でも目立つわよ」


「ですよね」


「ええ。私の友達もちょうど屋上にいたから、転校生の話をしてたし。しかも、相手の男子は宮代君だって言うじゃない」


 この手の話が広がるのはあっという間だな。まあ、それだけルーシーの存在が興味を引いているということだけど。

 でも、俺のことまであることないこと言われるのはちょっと嫌だな。


「倉橋先輩の友達も屋上にいたんですか…」


「そういうことよ」


 倉橋先輩は「油断大敵ね」と言って笑った。


 ちなみに、俺は倉橋先輩の友達には顔を知られている。

 倉橋先輩も俺のことを新しくできた弟のようなものだと言って、友達に紹介したからな。

 先輩の交友関係は意外なほど広いし、それが新聞作りにも役立っているようだ。俺も先輩の交友関係を知るうちに、人脈というものの大切さを改めて教えられたし。


「それは気付きませんでした…」


 俺はガックリと肩を落とした。

 まあ、屋上にいた時の俺は人目を気にしている心の余裕はなかったからな。誰かに見られているということは、全く意識できなかった。


「あ、あの…」


 いつになく縮こまった様子を見せながら話しかけてきたのはティーカップとケーキの乗った皿を運んできた桜井だ。


「どうしたんだ、桜井」


 桜井まで俺を冷やかすつもりか。

 正直、勘弁してほしいけど、今日のお菓子は美味しそうなレアチーズケーキだったので悪態を吐くわけにもいかない。

 でも、このレアチーズケーキは包装紙も付いてるし、手作りじゃないな。

 ここまで見栄えの良いケーキを作れるなら、桜井のお菓子を作る腕前も大したものだと言えるんだけど。

 ま、俺は食べるだけだから、手作りでも買ってきたものでも美味しければそれで良い。


「み、宮代君はルーシーさんと付き合ってるのかな?」


 その言葉に、俺は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。でも、ギリギリのところで紅茶を喉の奥へと押しやる。

 にしても、まさか、桜井の口からこんな大胆な問いかけが出て来るとは。

 桜井もルーシーのことでは何か思うところがあるのだろうか…。

 それとも、女の子だから、恋愛の話に積極的に加わりたくなったのか。女心は本当に分からないな。


 ちなみに、今日の紅茶はダージリンの味がした。

 俺も紅茶は霧崎のために良く入れるけど、桜井の入れた紅茶の方がずっと美味しい。

 しかも、最近の桜井はお茶の入れ方に、磨きがかかってきたような感じもする。同じようなティーパックを使っても、入れる人間が違うとこんなに差が出るのか。

 俺もまだまだ修行が足りないな。


「まさか」


 俺は即座に否定する。見ず知らずの人間ならともかく、自分の身近にいる人間には誤解してほしくない。


「…だけど、仲良さそうにお昼を食べていたんだよね?」


 桜井は語調を強めて問いかけて来る。

 でも、俺では桜井が楽しめるような話は提供できないと思うので、この話題は早めに打ち切りたかった。


「仲良くって程でもないけど」


 周り生徒からどう見られていたかは、俺にも分からない。

 まあ、人は自分の見たいように見るとも言うし、それを言葉にすれば面白おかしく他者に伝わってしまうものだ。


「み、宮代君はルーシーさんのことが好きなのかな?」


 桜井は頬を震わせながら尋ねてきた。

 なので、今日の彼女はやけにしつこいなと思い、さすがの俺もだんだん虫の居所が悪くなってくる。


「それはない」


 確かにルーシーは可愛いけど、好きだとは全く思わない。

 もっとも、もしルーシーが至って普通の女の子だったら、どう思っていたかは分からないけどな。

 ルーシーがとびっきり可愛い女の子だということは俺も否定しないし。


「そっか…」


 桜井は胸に手を当てて安堵したような顔をした。

 それを見て、俺は嘘を吐いてでも、ルーシーのことについての誤解は解かなければならないと思う。

 あんまり誤解した状態を長引かせると、それが相手の心の中でどんな風に膨らんで行くか分からないからな。

 勝手な想像というのは意外と怖いのだ。


「誤解しているようだけど、ルーシーとは爺さん絡みのことで、ちょっと縁があっただけなんだ」


「お爺さん絡みの縁?」


「そうだよ」


 俺がそう言うと、倉橋先輩が飛びつくように反応を見せる。


「転校生は退魔師の仕事と何か関係してるの?」


 倉橋先輩は椅子から腰を浮かせた。

 やっぱり、倉橋先輩が好きなのは、恋愛よりミステリーか。俺だけではなく先輩の春も遠いように思える。

 まあ、恋愛に現を抜かすようになったら倉橋先輩も終わりか。

 慎太郎と同じように、俺は倉橋先輩にもいつまでも変わらないでいて欲しいという願いを寄せているのだ。


「退魔師の仕事とは関係ありませんよ。何度も言うようですけど、ちょっとした縁に過ぎませんから」


 こういう嘘を吐くと、胃がキリキリと痛むな。でも、これも処世術だと割り切るしかないだろう。

 でないと、心労で胃に穴が開きそうだ。


「そうなんだ。でも、ミステリー絡みで何か面白い話を転校生から聞けたら、ちゃんと教えなさいよ」


 倉橋先輩は少しだけ落胆したような態度を見せたが、すぐに気合を入れ直すような顔をする。

 その顔が横道に逸れた話はこれで終わりだと言っていた。


「分かっています」


 俺はシャキッとした顔で返事をした。


「なら、良いわ。さっ、締め切りも迫ってきたことだし、無駄話はこれくらいにして張り切って新聞作りをするわよ」


 倉橋先輩はパンパンと手を打ち鳴らした。


「はい」


 俺はルーシーのことを打ち明けられれば肩の荷が一つ降りるんだけどなと思いながら、強いレモンの香りがするレアチーズケーキを頬張った。


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