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一日目・月曜日➀

〈一日目・月曜日 退魔師の日常➀〉


 高校生になって初めての壁となる中間テストが終わった。

 今年のゴールデンウィークは生憎の雨が続いたので、外出できない時間は全て勉強に費やすことになった。

 どういう作用かは分からないが、雨の日の勉強はいつもよりずっと捗ったし、冬に戻ったような気温の低さも集中力を高めてくれた。

 空を覆う灰色の雲も、今年のゴールデンウィークは勉強するためにあるんだ、と告げているように思えたからな。

 そのおかげか、カラッとした五月晴れの中で行われた中間テストは難しい内容ではあったけれど、それなりの手応えを感じさせるものだった。

 これなら、どの科目も平均点以上をキープできているに違いない。

 苦手な英語も今回はスラスラ解けたし、得意な数学に至っては満点すら取れるかもしれないから。

 順位の方も感じた手応えが確かなら、五十位くらいには食い込んでいるはずだ。

 でも、この自信が大きく裏切られるようなら、これからの高校生活はたちまち不安と隣り合わせのものになるだろう。

 なぜなら、仮に赤点なんて取ろうものなら、今後の生活に関して、ちょっと、いや、かなりまずいことになるからだ。

 というのも、学業が不振ということになれば、俺が隠し持っているみんなには秘密の肩書を両親から奪い取られかねないのだ。

 そう、闇の世界の香りをふんだんに漂わせる退魔師という肩書を…。

 それは死んだ祖父のためにも許してはならないことだ。

 退魔師の仕事は小さい頃からずっと憧れてきた祖父から譲り受けたものだし、それは己の身命をかけてでも守り通さなければならない。

 学業も退魔師としての仕事もキッチリとこなす。

 それが闇に生きる退魔師だった祖父と決別して、光当たる普通の人間として生きることを選んだ両親との約束だから。

 その約束は死ぬ気で守らないと。


 ちなみに、俺が現在、通っているのは市内でも最も大きな学校の塚本学園だ。

 元々、塚本学園は高校生だけが通う普通の高校だった。が、何年か前に中等部が設立され、中高一貫の学校になった。

 と、同時に学校の敷地はやたらと広くなったし、校舎も新しく建て替えられ、設備も大幅に増えた。

 でも、そのせいで、迷ってしまう生徒が続出するような複雑な構造の学校になってしまったのだ。

 俺も保健室の場所なんて未だに分からないからな。図書室に行く時もまるで迷路のように廊下を歩かされたし。

 探している場所が分からなくなる度に、気付かない内に校舎の構造が変わっているのではないかという錯覚さえ覚える。

 どこまで歩いても乳白色のコンクリートの壁とリノリウムの床が延々と続くのは、もはや、嫌がらせだろう。

 元来、学校というのはただ広ければ良いというものではないはずだ。そこで生活する生徒たちの利便性もちゃんと考えないと。

 そういう点では、この学校の造りはいささか不親切と言える。

 もっとも、塚本市は緑豊かな山に囲まれたのどかな田舎町だし、土地の値段なども比較的、安い。

 だから、学校側も敷地を増設するのは簡単だったのだろう。

 それが、学校の造りにも影響してしまったと考えれば、この無駄な広さも納得できる。

 とはいえ、昔からあった山を削り、木々を伐採して敷地を広げたことには地元住民からの反発の声も少なからずあったと言う。

 そして、その声があったからこそ、学校の至るところには削ってしまった山から移し替えられた緑の樹木が植えられているのだ。

 緑の樹木は無機質に見えがちな学校にとって、良い目の保養になってるし。それを意識する度に、俺も緑は大切だと思える。


 とにかく、俺がこの学校の中等部に進学した時には、既に学校の変化に戸惑う生徒も少なくなっていた。

 だからか、学校の大部分が新しくなっていたことにも、ほとんど違和感はなかった。

 そんな塚本学園の良いところを上げるとすれば、やっぱり、中学の頃に築いた友達との絆が切れないことか。

 中学を卒業すればみんなバラバラになってしまうのが他所の学校では普通みたいだから。

 子供にとって一番、大切なのはテレビでもなければゲームでもないと、世間には声を大きくして言いたい。

 臭いことを言うようだけど、友達こそが子供にとっての一番の財産なんじゃないだろうか。

 特に俺のような人付き合いが苦手というか、人付き合いを面倒くさがって友達を少なくしている人間なら尚更だ。

 なので、中高一貫という制度には、俺も助けられたと言えるだろう。


 俺こと宮代圭介が放課後の教室でそんなことを考えていると、絆が切れないありがたさを証明するように、一人の男子生徒がニヤニヤしながら俺の方にやって来た。


「よっ、圭介。やっと中間テストが終わったな」


 俺の親友…、いや、悪友の杉浦慎太郎が陽気に声をかけてきた。

 慎太郎は十五歳にしてはかなり背が高くて、体付きも良い。頭もスポーツ刈りにしているので、運動部に所属していてもおかしくない奴だ。

 でも、慎太郎は自他共に認める生粋のゲーム好きで、時間を拘束される運動部になど入っていないし、また入る気もないと言う。

 ま、慎太郎の陽気さというか、明るさには俺もけっこう救われている。

 もし、こいつがいなかったら、俺はみんながワイワイしている教室で一人、ポツンと取り残されていたかもしれないからな。

 俺も小さな文庫本だけが友達…みたいな寂しい時期はあったし。

 だからこそ、休み時間から文庫本を取っ払ってくれた慎太郎のありがたさは言葉では表現しきれないものがあった。


「ああ」


 俺は自分でも分かるような浮かない顔で返事をした。

 それに対し、慎太郎はテストで神経を磨り減らした様子もなく笑う。

 その笑みには、まだ結果が分からないテストに対する不安のようなものはなかった。

 物事をあまり深く考えないところが慎太郎の悪いところであり、逆に良いところでもある。


「どうだ、赤点は回避できそうか?」


 慎太郎は白い歯を見せながら尋ねて来る。


「お前じゃあるまいし、赤点なんて取るわけがないだろ。平均点は余裕だって」


 俺は強がるように言った。


「そうか。ま、俺と違ってお前は真面目だからな。どう転んだって赤点なんて取るはずがないか」


 それは皮肉とも感心とも取れる言葉だった。

 でも、慎太郎と比べたら、誰だって真面目な人間に見えてしまうことだろう。それくらい慎太郎は普段からおちゃらけている。


「まあな。ウチの親は厳しいから、赤点どころか平均点以下の点数を取っただけで、うるさく言ってくるよ」


「そいつは確かに厳しいな」


「まったくだ」


 俺は小さく息を吐いた。


 まあ、慎太郎も危なっかしい点数は取るが、それでも赤点で補修を受けたりはしない。

 昔から微妙に要領が良いのだ、こいつは。

 だから、日頃の授業など全く聞いてなくても、他人から借りてきたノートでテストを乗り切ってしまう。

 そういうところは、俺も呆れるのと同時に羨ましくも思っていた。


「にしても、今回の中間テストはかなり難しかったよな。ったく、高等部に進級したばかりのテストなんだから、もう少し易しい問題にしろってんだ」


慎太郎は口を尖らせる。


 確かに難しいテストではあったけれど、授業をしっかりと聞き、ノートも欠かさずに取っていれば平均点は確保できるような内容にはなっていたぞ。

 少なくとも、理不尽な難しさではなかった。


「それは言えてるな」


 俺は慎太郎の気を良くさせるために、とりあえず同意して置くような言葉を返す。

 それから、少し息が詰まるのを感じたので学ランの詰襟を緩めた。


 ちなみに、塚本学園では男子が黒の学ランで女子が水色のセーラー服なのだ。校舎は新しくなったが、制服は特に変わったりはしなかった。

 俺としては、学ランよりブレザーの方が今の校舎には合っていると思うんだけどな。

 もっとも、ブレザーはネクタイを締めたりするのが面倒くさそうだから嫌だけど。


「だろう。正直、お前から借りたノートがなかったら、俺もヤバイことになってたよ」


 慎太郎は笑いながら俺の肩に手を回すと、俺の顔を横側から見る。これにはちょっと顔が近いぞと言いたくなった。


「なら、感謝しろよ。こっちだって、苦痛に耐えながら毎日、黒板の文字に齧りついてるんだから」


 俺は自分で言うのもなんだけど、勉強はできる方だ。でも、それは決して勉強が好きだという意味ではない。

 もし、好きだったらテストの順位だって、もう少し上を狙えていただろうからな。

 なので、両親との約束がなければ、勉強も疎かになっていたかもしれない。


「分かってるって。だからこそ、学食の天ぷらそばを奢ってやったんじゃないか」


 慎太郎はたかだか天ぷらそばを奢ったくらいで、でかい態度を見せる。これには俺も目尻に皴を寄せた。


「そうだったな」


 次にノートを貸した時はもう少し高いものを奢らせることにしよう。でなきゃ、苦労した分を取り返せたとは言えないからな。

 それに、条件を厳しくすれば、慎太郎もノートのことで俺を頼るようなことはなくなるかもしれない。

 もし、そうなれば、慎太郎にとっては良い薬になったと言えるだろう。


「とにかくだ。テストも終わったことだし、これからパァーッと遊びにでも行こうぜ。もっとも、行くのはいつもの潰れかけたゲーセンだけどな」


 慎太郎は何とも景気の良さそうな声で言った。


 ちなみに、塚本市は豊かな自然と夜になれば綺麗な星空が見えることしか取り柄がないような田舎町だ。

 なので、遊べる場所は限られている。

 山や川などを使ったレジャーは十分、楽しめるのだが、他の遊びとなると俺も駅前のゲームセンターくらいしか思い浮かばない。

 そのゲームセンターも新しいゲームが一向に入荷せず寂れている。

 幾らやっても飽きが来ないテーブルホッケーがあるのが、あのゲームセンターの唯一の救いかもしれない。

 駅前には他にもパチンコ店や雀荘などもあるが、子供は入れないし。

 とにかく、遊ぶ場所をこの町に求めるのは間違っている気がするな。

 子供なら普通に友達の家に集まってテレビゲームの対戦でもした方が面白いだろう。


「悪いけど、遊びに行くのは遠慮させてもらう」


 俺は声のトーンを下げながら言った。


「どうしてだよ?」


「テストが終われば俺にはミス研の活動が待ってるからな。あと、今日は月曜日だから親戚のアルバイトも入るかもしれない」


 慎太郎も俺が親戚のアルバイトをやっているという話には、ある程度の理解を示している。

 が、俺の所属している部活には、渋い思いを抱いているようだった。


「せっかくテストが終わったって言うのに、もうミス研の活動だと?」


「ああ」


 俺は素っ気なく返事をして、肩を竦める。

 でも、こういう態度を取る度に俺って駄目だよなー…と思ってしまう。

 自分から友達を少なくするような態度を取るなんて、駄目と言うよりはただの馬鹿だ。

 俺もその馬鹿さ加減を不器用なんていうオブラートに包んだ言葉で誤魔化すつもりはない。

 だから、今の内にこういう態度は改善しなければと思うのだ。


「アルバイトはともかく、何でミス研なんかに入ったんだよ。遊ぶ時間が潰れるだけだろ?」


 慎太郎は不満そうな顔をする。


 こいつも俺が中等部の終わり頃にミス研、つまりミステリー研究会に入ったことは知っている。

 もっとも、俺がミス研の話題を持ち出されると途端に口数が少なくなるのを知っているせいか、今までは深くは尋ねてこなかった。

 ま、テスト明けの遊びの誘いを無碍に断られれば文句の一つも出て来るか。


「そりゃ、ミステリーが好きだからに決まってるだろ。他に何があるって言うんだよ」


 俺はあまり説明したくないことだけに語気を強くして言った。それを受け、慎太郎も納得がいかないのか疑るような声で尋ねて来る。


「そう言われると困るが、その言葉は本当か?」


「ああ。嘘つきは泥棒の始まりだからな」


「だけど、お前と話している時にそういう話題が出たことはほとんどないんだが…。あと、泥棒じゃないなら貸してやったCDはいい加減、返せ」


 慎太郎は据わったような目で言った。


 まあ、ゲームは好きだが、どちらかと言うと体育会系のノリを持つ慎太郎とミステリーの話をしても盛り上がらないと思う。

 こいつは本も読まないし。

 もちろん、俺も職業柄、自分のやっていることがバレないように意図的にその手の話を避けていたことは自覚している。

 幾ら親友であっても退魔師なんていう世間的には胡散臭く思われている仕事のことは口が裂けても話せないからな。

 正直、この仕事に子供の理解者はいない…。


「あの傷だらけのCDなら、前に母さんが庭の猫除けにしてたぞ」


「猫除けってマジかよ」


「マジだ。しかも、人間の知恵を嘲笑うかのように、CDの上には大きなウンコが乗っかってたし」


「そりゃないぜ。アイドルの歌の上にウンコって、どんな仕打ちだよ」


 慎太郎は俺が言ったことをイメージしてみたのか、たちまちガックリとした。


「文句なら、母さんと野良猫に言ってくれ」


「いやいや、どう考えても文句を言う相手はお前だろ。自分の落ち度を誰かのせいにするなんてお前らしくもない」


 慎太郎にしては筋の通った言葉だった。なので、確かに悪いのは自分だなと思った俺は意地を張らずに態度を改める。


「あのCDに関しては、本当に不可抗力だったんだ。だから許してくれ」


 見苦しい弁解はしたくなかったので、俺は素直に反省したように言った。


「分かったよ。ま、すぐに返してくれと言わなかった俺も悪いし、別に怒りはしないさ」


 慎太郎も心の広さを見せるように言うと、フッと笑う。過ぎたことを気にしないのも、慎太郎の持つ良いところの一つだな。


「そう言ってくれると助かる。とにかく、話を戻すが、俺は自分のことをペラペラ喋るのが苦手だってことだよ」


 俺はそう結論づけるように言った。


「それくらいは中等部の時からの付き合いだし、俺だって知ってるよ」


 慎太郎と一緒のクラスになったのは中等部の一年と二年の時だ。でも、退魔師としての仕事を始めた三年の時は違うクラスだった。

 そのおかげで慎太郎には心境の変化のようなものを悟られずに済んだんだけど。とはいえ、その分、友達がいない寂しさは味わった。

 良くも、悪くも慎太郎がいると学校生活がガラリと変わる。

 そして、それを考えると、やはり、俺にとって慎太郎は充実した学校生活を送るためには不可欠な存在だと言えるのだ。


「なら、ミス研のことはあまり深く突っ込んでくれるな」


「分かったよ、って言ってやりたいところだが、やっぱり、剣道もやってたお前にミス研は似合わねぇよ。あのビシッとした木刀の振り下ろし方には俺も痺れたからな」


 慎太郎は俺の頭にチョップをお見舞いしようとする。が、当たるスレスレのところで寸止めした。


「似合わないってことは、自分でも自覚してるよ。あと、俺がやっていたのは剣道じゃなくて剣術な」


「似たようなもんだろ」


「違うって」


 剣道の型と剣術の型は似て非なるものだ。

 競技化された剣道のルールなど殺し合いを想定した戦い方をする剣術には通用しない。

 だから、剣術には、剣に寄らない攻撃方法も型として組み込まれている。

 要するに、剣で斬りかかりながら、相手に蹴りを入れることも許されるのだ。更には、相手を転ばせて、そのまま関節を締め上げることさえする。

 そんな戦い方は剣道では絶対にあり得ないだろう。


「ふーん。ま、お前は運動神経も良いし、やるんならやっぱスポーツだろ。今なら運動部に入部するのも間に合うと思うぜ」


 運動神経が良いのは慎太郎も同じなんだけどな。

 現に慎太郎は高等部に上がったばかりの時は、新入部員の獲得に躍起になっている運動部に何度も声をかけられていたし。

 特に慎太郎の身長に目を付けたバスケ部は、しつこく勧誘をしていた。


「その言葉はそっくりそのままお前に返すよ。とにかく、俺はこれからミス研の部室に行かなきゃならない。部長の倉橋先輩がうるさいからな」


 倉橋先輩こそ、全くその気はなかった俺をミス研に入部させた張本人なのだ。

 まさか、俺の祖父が退魔師だったことをネタにして、入部するよう脅して来るとは思わなかった。

 おかげで、この学校に入学した時から続けていた気楽で、のんびりとした帰宅部を辞めざるを得なくなったし。

 まあ、幸いにも倉橋先輩は俺が退魔師の仕事をしていることには気付いていない。

 もし、気付かれたら、怒涛の質問攻めに遭うだろう。

 それだけは勘弁してもらいたい。

 退魔師の世界は下手するとヤクザの世界より危険だからな。好奇心だけで普通の女の子が首を突っ込んで良いような世界じゃない。

 闇の世界の底知れない怖さは、話を聞くだけでは分からないものがあるし。

 気付いた時には避けられない死が大きな口を開けて間近にまで迫っていた…なんてことも多々あるからな。

 とにかく、さっき確認したスマホにも部室に来ることを催促するメールが届いていた。

 もし、サボったら承知しないわよ、と脅し文句も書かれてたし。

 この熱心さは今の俺では共有できそうにない。


「部室に行けば桜井もいるんだろう?」


 慎太郎がいやらしさを滲ませるようにニヤッと笑う。その笑みの意味するところはさすがに分かるので、俺も無表情を装う。


「そうだけど」


 桜井美穂は同じミス研部員だ。

 彼女とは中等部の時に一度だけ同じクラスになったことがあるけど、その頃に喋った記憶はない。

 俺もその頃は女子になんて興味なかったし、例えあったとしても桜井とは何の接点も持てなかったはずだ。

 あの頃の桜井は、俺にとって映画のエキストラ以下の存在だったのだ。

 まあ、桜井は控え目な性格なので、現在は一緒の部室にいる時間もあるのに会話もあまり弾まなかった。


「ひょっとして、お前の狙いは桜井と仲良くなることか」


 慎太郎が笑いながら俺の肩を叩いた。


「んなわけあるか!」


 俺は思わず叫んでいた。

 これには周りにいた生徒たちも何事かとこっちを振り向いた。俺もらしくもない反応をしてしまったことに身を縮ませる。

 まさか、ただの慎太郎の軽口で、こんな反応を引き出されることになるとは…。


 一方、慎太郎は周りの生徒の反応など気にも留めず、それどころか、益々、愉快そうに話を続ける。


「でも、桜井ってかなり可愛いじゃん。本人が知っているかどうかは分からないが、男子たちからはけっこうな人気があるんだぜ」


「そうなのか?」


「そうだよ。男ならあんな女の子とは仲良くなりたいって思うのが普通だろ?」


「ふむ…」


 確かに可愛い女の子だとは思うけど、恋愛感情を意識したことは一度もない。恥ずかしい話だけど、俺は初恋もまだなのだ。

 でも、ちょっとキレかけたところを鑑みるに、慎太郎の言葉も案外、図星だったのかもしれない。

 でなければ、幾ら思わずといった感じでも、あんな大声は出さなかったはずだし。

 人間の深層心理というのは本当に分からないものだ。

 とはいえ、俺はまだ十五歳だし、女の子と付き合うのは早い気がするな。


「その様子を見るに、お前の春はまだまだ遠いな…」


 慎太郎はやれやれと首を振った。これには俺もムッとしてしまう。


「そんな春は永遠に来なくて良い」


 その方が俺にとっては幸せだ。

 恋なんて心の病気と大差ないと、俺が読んでいた本にも書いてあったからな。そんな厄介なものを自ら進んで背負い込むつもりはない。


「そう意地を張るなって。人間なら誰だって、恋くらいするものだからな」


「お前もか?」


「当たり前だろ。もっとも、今のところ俺が恋をしてるのはアニメやゲームの美少女だけどな」


 こういうのをオタクというのかもしれないが、慎太郎には世間で言われるようなオタクが持つネガティブさは全くない。

 むしろ、慎太郎の話を聞いていると、オタクの世界にもポジティブな印象を持てる。

 まあ、人からどう思われるのかは、結局、趣味云々ではなく生まれ持った外見によるところが大きいのかもしれないな。

 少なくとも、俺はオタクに偏見はない。


「お前らしいな」


 俺は自然と笑みを浮かべていた。それを見て、慎太郎も募らせていた不満を解消するように笑い返す。


「ああ。ま、部活があるって言うなら俺は帰るよ。でも、たまにはゲーセンにも付き合ってくれよ。それと、CDを駄目にしたなら、今度、ラーメン奢れよな」


 そう言うと、慎太郎は学校指定の革鞄を肩に引っ掛ける。それから、どことなく哀愁を漂わせるようにして俺の前から去って行った。



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