満開
僕が検診を受けている時、外で予期せぬ事態が起こっていた。
「あっ、私。青島 里音と言います。比呂くんとお付き合いさせてもらってます」
母親はかなり驚いた様子。
「まぁ、そうなの!知らなかった!比呂にこんな可愛い彼女が居たなんて。」
「いや、そんなやめてください。照れますよ」
「ごめんね、もしかしてあれ?比呂の定期検診に付き添いで来てくれたの?あの子、彼女さんも来るなら先に言ってよ。でも、青島さん、学校は?」
里音は不思議そうな顔をした。
「あの定期検診ってなんの話ですか?私はちょっと風邪を拗らせたのでたまたま病院に。そしたら比呂君の姿が見えたので…」
母親は息詰まった顔をした。
「あれ?もしかして何も聞いてないの?じゃあ、ごめんなさい。変なこと言ったわね。忘れてちょうだい」
里音は真剣な顔つきで尋ねた。
「おばさん、教えてくれませんか?なんの話ですか?何か病気なんですか?」
「私が勝手に言って良いかも分からないし…ごめんなさい」
「その隠し事を私が知ったとしても決して彼を嫌いにはなりません。むしろその事実も合わせてこれから一緒に居たいです。だからおばさん、教えてくれませんか?」
母親は考えた。考えた結果、意を決して話すことを選んだ。
「今から話すことを知っても、ちゃんと受け止めてね。」
診察が終わり、待合室の母親に声をかける。
「特に異常な数値は無かったって。ただ、いくつかの数値がほんの少しだけ高かったって。」
「えっ!?それ大丈夫なの!?どこも悪くないの?」
「許容範囲の誤差だから大丈夫だって。驚くよな〜」
僕は笑って答えた。
あんた何ヘラヘラしてんの!と怒られた。
時が経つのも早く終業式当日。
里音は今週体調を崩しており、回復はしていたようだが大事をとって今日まで休んでいた。
朝クラスに入ってくる里音。
久しぶりに彼女の顔を見た気がした。
「ちょっと里音大丈夫だった?結構休んでたね」
クラスの女子たちも心配していたようだ。
目が合ったので軽く合図をすると、
ごめんねと言わんばかりの表情でアイコンタクトを取ってきた。
今日が終われば明日からは待ちに待った旅行だ。
放課後、いつもの喫茶店で待ち合わせをしていると、少し遅れて里音がやってきた。
「ごめんね〜、お待たせ!休んでた期間に返ってきてた期末テスト受け取ってたら時間かかっちゃった」
「ううん。全然大丈夫だよ。それより結果は?」
ふふーんと得意げな表情を浮かべ答案用紙を見せてきた。
「すごいでしょ!平均75点だよ!」
彼女はこの数ヶ月の間にかなり学力をつけていた。
それがこうして定期テストの結果にも現れていた。
「すごいじゃん!これで明日から気分良く旅行に行けるね」
「ちなみに比呂はどうだったの?」
「僕はいつも通りかな。良くもなく悪くもない感じ」
「絶対比呂も勉強したらもっと伸びると思うんだけどな〜」
「そうかな?僕、里音が思う以上に頭悪いよ?」
勉強に費やす時間があれば少しでも里音と過ごしたいうのが本心だった。
そんな話をしている間にも時間はすぐ過ぎ、
明日の待ち合わせ時間を決めて今日はお互い早く帰ることにした。
旅行当日、待ち合わせはいつもの駅前。
予定の時間より10分早く着いた。
曲がり角から人が見えるたびに彼女かなと思い少しドキドキしていた。
土曜日朝8時の駅前は人通りも少なく、どこか虚無感すら覚えた。
「おはよ〜。あれ?先に来て驚かしてやろうと思ったのに、また負けた…」
「おはよ。そうだったの?なんか朝思ったより早く目が覚めたから」
「私も!なんか目覚ましかけてたけど、目覚ましより先に起きたの!人生初かも」
そう笑いながら話す彼女の雰囲気を見るとどこか落ち着く。
「じゃあ、行きましょうか?」
「ごー!ごー!京都ー!」
こうして楽しみにしていた旅行が幕を開けた。
「あれだよね、やっぱり遠出って何歳になってもワクワクするよね〜。なんか新幹線乗るだけでもうワクワクなんだけど!」
「里音は元気だよね。」
「比呂は楽しくないの?」
「いや、すごく楽しいよ。今まで家族以外の人とどこかに行くなんてなかったし。里音と行けて良かったと思ってる」
「へぇー、私とが初めてなんだ?…じゃあ、あれだね!沢山いっぱい思い出作らないとね!」
思い出か。今まであまり考えたことがなかった。
小学生の頃も、中学生の頃も、人との関わりをあまり使ってこなかった僕にとってこれまで思い出と呼べるようなものは無かった。
記憶が無いわけではない。しかし、特にあんなことがあったなと思い返すような記憶がないのである。
「あっ、もうあと少しで到着するみたいだよ」
「ほんとだ、やっぱり新幹線は早いね〜」
京都に到着すると、昨日作成した行きたい所リストに基づき、色々な所を里音と回った。
有名な寺社仏閣を観光したり。
美味しい食事を食べたり。
京都タワーなるものまで見に行ったり。
色々と回って最後に行きたかった、清水寺に行くことにした。
「ここの恋みくじすごく良く当たるんだって!」
「じゃあ、一緒に引いてみようか。結果良かった方が勝ちってことで!」
「乗った!」
そう言いながら2人でおみくじを引き勝負することになった。
周りを見てみるとカップルか外国人観光客でいっぱいだった。
「私は…中吉だって。んー、なんかビミョー!」
「内容は?」
「えーと、相手のことを信じれば幸せはくる。だって!」
「ちゃんと信じてくれてるのかなー?」
少しいたずらげに言ってみた。
「信じてると思う?てか、信じないと幸せ来ないみたいだし…」
「何、僕は幸せが来るためだけに信じられてるの…」
「冗談、冗談。信じてないと一緒に旅行なんてきてないよ!」
彼女もいたずらげに笑顔でそう答えた。
「ちなみに比呂はどうだった?」
「僕は…おっ!大吉だ!内容は、待ち人がいるなら一生幸せになれるだろう。だって。僕の勝ちだね!」
「でも、待ち人の私も幸せになれるなら実質私も大吉じゃん!引き分けだね!」
得意げな顔をしながら無茶苦茶なルールをぶち込んできた。
おみくじの結果にも満足した僕たちは予約していた旅行に足を向かわせた。
一生幸せになれる…か。
僕にとっての一生は後どれくらいなのだろうか?
旅館に着くと夜ご飯まで時間があったので、先に温泉に行くことにした。
「じゃあ、また後でね〜。先に上がったら部屋に戻っといて!」
「はいはいー。里音もゆっくりしてきてね〜。」
朝からずっと2人で過ごしていたので、1人になった途端、急に現実に引き戻されたような感じになった。
「病気のこといつ話そうかな…」
結局未だにまだ里音に病気のことを伝えてはいない。
むしろこのまま伝えないままでもいいのではないかとさえ思い始めた。
先に温泉から上がり、部屋で1人ぼーっとしていた。
今日あったこと思い返すように携帯に日記を付けていた。
今までずっと付けていた訳ではなく、今日を境に付けようと思ったからだ。
日記を付け終わるタイミングを見計らったかのように、里音が部屋に戻ってきた。
「ごめんね、お待たせ〜。いやー、気持ちよかったー」
僕は何か違和感に気付いてしまった。
「里音、どうかしたの?目が赤いけど…それにちょっと腫れてるような。何かあったの?大丈夫?」
すると里音は両目を手で擦りながら答えた。
「あぁーやっぱり分かる?髪の毛洗ってたらシャンプーが目に入っちゃって」
笑いながら私ドジだよねと誤魔化す里音にそれ以上聞くことは出来なかった。
「そうだったんだ…ちょっと近くのコンビニで目薬買ってくるよ。待ってて」
すると里音は急に袖を掴み部屋を出ようとする僕を止めた。
「大丈夫だよ、ちゃんと水で洗ったし!心配しないで!ほら、もう少しでご飯くるよ」
どこか引きつったような笑顔にも見える。
「分かったよ。違和感があったら言ってね」
「ありがと」
間も無くして豪華な料理が運ばれてきた。
どれも食べたことの無いような料理でワクワクした。
でも、どこか里音が気になって料理の味が薄れて感じた。
旅行も2日目。今日は夕方の新幹線で帰る予定だ。
「よし!観光しながら美味しいもの食べて、みんなのお土産買って帰ろう!」
「2人で京都土産買って帰ったらクラスで怪しまれそうだね」
「うーん、もういいんじゃない?」
里音はあまり気にしていないようだが僕は不安な要素しか無かった。
どこか里音と自分がまだ釣り合ってないような気持ちもあった。
「逆にここまできたらどこまで隠せるか試してみたいんだよね」
僕はそれらしい嘘をついた。
「そう言うなら…うん、分かった」
2日目は色々なお土産物屋を巡り、
僕は家族に、里音は家族と友達にと2人でわちゃわちゃしながら選んだ。
時間が経つのも早いものでそろそろ新幹線の時間が近づいてきた。
「今日もたくさん歩いたね〜」
「ほんとだね。流石に二日間色々と巡ったら足も棒のようだね…」
「私、水族館とか行ったのいつぶりだろ?京都水族館良かったね」
「僕は人とこんなに色々なところに行ったのが初めてだよ」
「たくさん思い出は出来た?」
僕は思い出した。この旅行で里音との思い出をいっぱい作って帰ろうと約束したこと。
「うん。今までに無いくらい幸せで楽しかった二日間だった。」
新幹線に乗り最寄りの駅に着いた頃、夢のような時間が終わりを迎えた。
「終わっちゃったね」
里音が寂しそうに言った。
「また行こうよ」
すると里音から思いがけない一言が飛んできた。
「行けるのかな?」
その言葉が何を意味しているのか分からなかった。
「ん?どうしたの?」
「ううん。何でもない。比呂と一緒にいれるのもすごく普通に感じてたけど、実はすごいことなのかなって。」
里音から出てくる言葉の端々にとまどいを感じた。
「里音、どうしたの?昨日からおかしいよ?」
「おかしくないよ。ただ、本当にそう思っただけ。」
「里音は何か知ってるの?」
僕は意を決して聞いてみた。
知るわけない真実を垣間見るかのように。
「比呂こそ何の話ししてるの?」
「いや、ごめん…何もない…」
少し沈黙が続き、気まずい空気が続いた。
里音を家の方面まで送って行く。
もしかしたら里音は僕の真実を知っているのかも知れない。
家族しか知らない病気のことを誰からどのように聞くことになったのかは分からないが。
しかし、まだ伝えたくない。今はまだ。
「今日はここまででいいよ。送ってくれてありがとう」
いつもよりだいぶ手前で里音が言った。
「里音、一つ伝えておきたいことがあるんだ。」
僕が今、彼女に対して一番伝えたいこと。
「何?」
僕が今、彼女に伝えることが出来る間に伝えておきたいこと。
「僕の…僕の一生をかけてあなたを幸せにします。」
里音の目に涙が浮かんでいた。
「それ恋みくじに書かれてたやつじゃん」
涙ぐみながら笑っていた。
「そうだよ。でも、ずっと思ってたから。今回一緒に過ごしてその想いが更に強くなった。」
「約束だよ?絶対におじいちゃんとおばあちゃんになっても、私のこと幸せにしてね?」
「うん。約束するよ。」
僕は人生をかけた嘘をついた。