3部咲
夏休みも終わり二学期が始まった。
みんな久しぶりに顔を合わすからか、イキイキとした表情で話をしている。
「かーんーざーきー!おひさー!」
ハイテンションに声をかけてきたのは前の席の加藤だ。
「ずっと夏期講習だったから、なんか今夏休みが終わってホッとしてる。学校に来る方が落ち着くって変な感じするわ」
「勉強しすぎて頭おかしくなった?」
「バカにするなよ。少なくとも夏休み前の俺とは少し違うぜ?」
「何が変わったんだよ?」
何も変わってないだろうという期待の元一応聞いてみた。
「実はな。夏期講習で休憩中に隣に座ってた女の子とたまたま話が弾んで。それから良い感じのまま、今日バイト後に一緒にご飯行くことになったんだよ!」
友人の口から聞く女性の話。
今まであまり聞くことがなかった分少し驚きが隠せなかった。
「お前に女?勉強ってやっぱしすぎると頭狂うんだな。」
少し嫌味ったらしく言ってみた。
多分クラス全員に話をしたとしてもこいつに女の話ほど無縁なものはないと答えるだろう。
「はぁ〜。お前にはこんな話無縁すぎて羨ましいんだな。分かる!分かるぞ!」
「冗談だよ。でもまぁ、せいぜい末永く幸せになってくださいませ。」
「おう!言われなくてもそのつもりだぜ。ちなみにお前はどうだったんだよ?夏休み中に女の話題0か?」
「分かってるなら聞くな。」
そんなくだらない話をしていると始業のチャイムが鳴り、とうとう新学期が始まった。
初日は始業式だけということあり、お昼前には学校は終わった。
クラス内では久しぶりに顔を合わす者同士、この後の予定をどうするかで盛り上がっていた。
加藤はそそくさと帰る準備を済ませ、ウキウキしながらバイトへと向かった。
僕もバイトがあるので準備をしていると聞き覚えのある声が聞こえた。
「神崎君!夏休み以来だね!元気?」
声の主は青島さんだった。
「僕は元気だよ?逆に元気なの?」
「元気、元気!あの日話聞いてもらってたら何か吹っ切れちゃって。それからは元気だよ!」
「あぁ、それなら良かった」
「今から帰り?予定とかあるの?」
「今からバイトなんだ」
「おっ!私も今から塾なんだけど終わった後、ご飯行かない?あの日のお礼をしたくて。」
あの日言葉通りただ話を聞いていただけなのに、感謝されるようなことは何もない。
「いや、気を使ってくれなくていいよ。そんなお礼してもらうようなことじゃないし。僕よりも友達誘ってあげなよ」
「友達だから誘ってるんじゃん!いいの、私がしたいと思うからするの!ちなみにバイト終わり何時?」
気がつけばもう行く前提の話でことが進んでいた。
いつからか友達認定も受けていたようだ。
「21時だけど…」
「同じ!私も今日21時に授業終わるから、終わり次第駅前のファミレス集合ね!」
僕がOKと言う前に予定が決まってしまい、彼女は後でねー!と言いながら教室を後にした。
「まじかよ…」
こうして2学期初日から予期せぬイベントが発生してしまった。
バイトも終わり、予定通り駅前のファミレスに向かった。
9月とは言えどまだまだ夜になっても蒸し暑い。
半強制的に取り付けられた予定とは言え、お礼をしてもらえるということなので行かないのは悪い気がした。
「あれ、誰も居ない」
待ち合わせ場所だと思われるファミレスに着いたがそこには青島さんの姿は無かった。
駅前にあるファミレスと言えばこのファミレスしかないので、間違えたわけではないと思うが。
それから約15分待ってると、
「ごめーん!!」
青島さんがやってきた。
「ほんっとーにごめん!授業終わった後に前にやった小テストが返ってきて、想像以上に点数悪くて、それで」
テンパりすぎてマシンガントーク気味になっている。
「落ち着いて。大丈夫だから。君がちゃんと来てくれた事と、君のテストの点数が呼び出しをくらうくらい悪かった事だけは分かったから。」
「後の方はなるべく早く忘れてくれたら嬉しいです…」
どこか恥ずかしそうに話す彼女をどこかからかいたくなった。
「とにかく先に入ろうか?暑いし、お腹空いた。」
「ごめん!早く入ろう!」
それから学校の友達のこと、塾でのこと、テストが悪くて良く先生に呼び出されることなど、たわいもない話をしながら食事をした。
「そういえばさっきからずっと私が話してるけど、君も何か話てよ。」
「何かって…何が聞きたいの?」
「うーん、そう言われると難しいな…。あっ、そうだ!好きな人とかいるの?」
何かと思えばまたそんなことを。
「好きの定義にもよるけど、君の聞きたがってる好きな人はいないかな。」
「えー、そうなの?クラスの佐藤さんとか可愛くない?」
「可愛いと好きって直結するの?」
「可愛い!って思う所が入り口にならないの?」
あまり考えたことが無かったので感覚が分からなかった。
「そりゃ、可愛いなって思う事もあるけど。特にその先は。」
勿体ない!と言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
「じゃあ、次は何か質問してきて!」
「これターン制なの?そうだな…」
この時、単純に素朴な疑問と僕自身が知りたい答えが見つかるかも知れないという期待を込めて質問をしようとした。
タイミング悪く店員が注文を取りに来る。
「私、チョコレートパフェで!君は?」
「えっ、僕はいいよ…」
お礼だと言われてもどこか頼みにくい。
「ごめん、ごめん。タイミング逃しちゃったね。質問の続きどうぞ!」
一度遮られた質問を改めてするのも勢い的にどこか違う気もしたが、聞きたいことも特になかったので続けた。
「青島さんが生きていたい理由って何?」
「えっ?どうしたの?病んでるの?」
普通に考えてこのタイミングでこんな質問をする様な人はいないだろう。質問してから少し後悔した。
別にパスしてもいいよと言おうとすると、
「そうだなぁ。私が生きてたい理由かぁ。うーん。」
いつになく真剣な表情で悩んでいたのでパスしてもいいとは言いづらくなった。
「笑われるかも知れないけど聞いてくれる?」
どこか腑に落ちた顔をしてそう言ってきた。
「うん」
「例えば80歳まで生きるとして。その人生の半分以上は自分が選んだ人と一緒に生活することになるでしょ?その中で子供が出来たり、孫が出来たり!多分そんなふつうの生活を送れることが人生の中の幸せなんだと思う。だからまずはその幸せを一緒に共有出来る相手を探して見つけることが私がこれから生きていたい理由かな。」
想像以上に彼女らしい、でもどこかちゃんとした理由とも思える回答だった。
「例えばそんな人に巡り会えなかったら?」
「それはそれ!結果なんて分かんないよ。逆に君の生きていたい理由は?」
「聞いておいて悪いけど、僕にはそれが分からないんだ。例えば君は明日死ぬかも知れないと考えたことはある?」
「明日死ぬかもしれないかー。無いかな!でも逆に明日いきなり幸せになれるかもしれない!とは考えたことあるよ?」
"明日いきなり幸せになれるかもしれない"
この言葉が何故か僕の中でずっと反響し、
今まで胸の内にずっと隠していたモヤモヤをどこか消し去るかのように、スッとした気がした。
「フフッ」
僕はおもわず笑っていた。
「君は面白いね。というより僕なんかよりよっぽど強い人だと思う」
「そんなことないよ!だって男と別れて海行って、あの時君が居なかったらどうなってたか」
笑いながらそう言う彼女の言葉からはあの日の悲壮感は消えていた。
「というか、やっと笑ったね!」
彼女にそう言われて、自分自身に驚いた。
人前で笑ったのっていつ以来だろうと。
そんな話をしていると、
「あれ?神崎?」
声の方向に振り向いてみると、見知った顔の男が不思議そうにこちらを見て立っていた。
「げっ、加藤?」