フォーリスの姫騎士
ベルバリーズへの援軍の編成が終わり、国境沿いへと進ませようとしていたその時。
早馬でフォーリスより、情報が入った。
フォーリス王が、魔王様への謁見を望んでいると。
罠の可能性を考える后妃レーナ。
ならば堂々と迎え撃つとの魔王レグナール。
・・・フォーリスの使節団が到着するまで、そこまで遅くはなかった。
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レフィニアと婚約するという自分的に衝撃事件から数週間。
フォーリスの使節団は既に城下まで到着しているらしい。
・・・恐らく、ベルバリーズに向かわせようとする援軍の件と。
レフィニアの文句でも言いに来たのだろうか。
「魔王様、フォーリスの使節団・・・時間通りに到着いたしました」
エルフの兵士は、一礼するとその報告をして持ち場に戻っていった。
「来たか・・・何を言うつもりやら」
「さあ?でも・・・私達には文句ばかりあるでしょうね」
「・・・ふん、小さい男だ」
レーナは苦笑した。
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その頃、ディラン。
城の中庭で、遊びに来ていたレフィニアと一緒にいた。
婚約以降、レフィニアは魔国ではなく、ベルバリーズに戻った。
お互いが若いということもあるし、
ロジーク王がレフィニアとまだ離れたくない、ということもあるだろう。
レグナールもその気持ちを汲んで、魔国への移動は強制しないとした。
親元から離れるには若すぎるとも思ったのだろう。
とはいえ、レフィニアが自身の意志で来るのは自由なので。
こうして、遊びに来ているわけだ。
中庭に設置してあるパラソル付きのテーブルと椅子。
その椅子にレフィニアは座っていた。
俺は、中央の湖に餌を撒いていた。
その様子を楽しそうに見ているレフィニア。
今日は日差しが強いからか、真っ白いつばの広い帽子をかぶっている。
相変わらず、鳥に好かれているようで、指先には小鳥が一匹止まっていた。
「殿下、レフィニア様・・・お茶をお持ちしました」
魔道人形のメイドが紅茶とお菓子を持ってくる。
専属メイド、マリアの手作りの焼き菓子と紅茶だ。
「マリア、ありがとう」
「ありがとう・・・ございます」
「いえ・・・どうぞごゆっくり、殿下、レフィニア様」
テーブルに焼き菓子と紅茶を2セット置く。
マリアは一礼すると、中庭から去っていった。
そのマリアを見送るレフィニア。
「・・・魔道人形を見るのは初めて?」
「とても珍しい、種族ですから」
「そうか・・・」
身近にいるとそんな感じがしない。
というよりも、城のメイドの半分以上は、魔道人形だ。
メイドの中にはラミアや、エルフもいたりするが。
それでも、事務的な作業が多いメイドは、魔道人形が適任らしい。
なので、必然的に数が多くなる、と聞いたことがある。
マリアが持ってきてくれた焼き菓子を二人で食べる。
焼き菓子を作るのが得意なマリアの手製の菓子は、どれもおいしいイメージしかない。
現に、目の前でクッキーを食べているレフィニアの顔も、綻んでいる。
「・・・?」
ふと、目線を感じた。
その方向へ、目を向けると。
一人の少女がこちらを睨んでいた。
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「フォーリス王は来ない・・・と?」
「はい、少々立て込んでおりまして・・・代わりに宰相の私が」
法衣を見に纏った男がレグナールに頭を下げる。
「・・・立て込んでいる?」
疑問に思い、目の前で頭を下げる男を見る。
何故、国のトップが来ないのかとそういう目で。
「現在、フォーリスは魔国との戦いを望んではいません。
しかし、現国王カギュラはベルバリーズの姫君であるレフィニア様を
横恋慕されたと・・・そう申しており、戦う姿勢なのです」
「・・・横恋慕、ねぇ?」
レーナの侮蔑するような目線が、フォーリスの宰相ブルファスを刺す。
ブルファスは焦る様子も無く、レグナールへと言葉を発する。
「宰相として・・・国王カギュラを隠居させ、今日はここに参上した次第で」
「隠居?」
頬杖をついていたレグナールは姿勢を正す。
「・・・前々から、その所業には目を瞑れぬ場所も多く。
自らの権力で女性を侍らせ・・・その、政務にも支障が出る有様で」
「なるほどね・・・あのロリコン、そこまで堕ちたの」
レーナは不機嫌そうだ。
ブルファスも、レーナのその態度を見て、かしこまっている。
「申し訳ない・・・レーナ様も、カギュラ様に誘われていたのでしたな」
「ええ、誰があんな・・・豚みたいな奴に・・・」
豚と聞いて、ブルファスも苦笑いをしている。
「それで・・・ブルファス。後釜には誰を入れるつもりだ?
あのカギュラに直系男子がいるなど、聞いていないぞ」
「・・・それは、今日お連れした・・・あれ?」
後ろを振り向くブルファス。
誰かを紹介しようとしたのだろうが、そこには誰もいない。
「アレシア様・・・!?」
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俺たちを睨む少女。
・・・俺よりも、何歳か年上に見えるが。
格好は、姫騎士というのが正しいのだろうか。
青と白色を基調としたサーコートの上にプレートアーマーを着ている。
そのプレートアーマーは・・・
急所を守るだけのもののようで、動きやすそうな印象を持った。
長く青い髪をポニテールに纏める、目の前の少女は。
腰に下げている長剣を引き抜きながら、こちらを見る。
「刺客か・・・?」
レフィニアを庇うように、前に出る。
怯える様子も無く、レフィニアは少女を見ていたが。
・・・彼女の意図が分からない以上、警戒した方がいい。
「貴方が魔王の・・・!」
長剣を脇に構え、こちらに走り出す。
レフィニアを後ろに押し、自分は彼女と正面から戦うために一歩出る。
「『鋼鉄の身体』!『敏捷向上』!」
魔法を詠唱すると、肌が硬質化し、身体のキレが増す。
「・・・食らえ、『処女の一撃』!」
少女は跳躍すると同時に、剣を上段に構える。
そして、自分の落下が始まると同時に剣を振り下ろした。
その剣には、炎が纏う。
「!」
自分の脳天を狙っていた剣の一撃。
それを白刃取りの要領で、押さえた。
炎が手を焦がす。
「な・・・!この・・・!」
地面に着地すると同時に、腕に力を籠め、そのまま剣を脳天に落とそうとする。
だが、剣はピクリとも動かずに、逆に徐々に押し返される。
剣の炎も消え、彼女が不利なのは誰が見てもそう思えた。
「この!この!」
威勢は良いが、こっちの力の方が上だ。
剣を手で挟んだまま、相手側に押していく。
「ぐぅ・・・きゃ!」
後ろへ後ろへと押された女性は、遂に足を滑らせてその場に倒れる。
倒れた衝撃で、彼女は剣を手放してしまった。
手元に残る、剣。
剣を上空に投げると、降ってくる剣の持ち手を掴んだ。
「さあ、君は誰だ?」
転んだ女性の隣にしゃがみ、剣を地面に突き立てた。
「く・・・魔王の息子に掛けられる情けは無い・・・殺せ!」
「・・・は?」
何なんだこの人。
急に襲ってきて、殺せって。
「あ、あの・・・ディラン様」
心配そうにこちらに駆け寄るレフィニア。
「その人・・・アレシア姫です」
「姫?」
姫と言われた女性と目が合う。
その目は・・・負けた悔しさのせいか涙を流していた。