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百花玉女


 朱蕣(シュシュン)韶華(ショウカ)を連れて行ったのは、二つの居心(いと)があったからだった。

 風聞の判定と、敵手の牽制――朱蕣も己が美しい女という信心(じしん)は持っているが、妹もまた、華英な少女であると考えている。

 韶華が顔色(かお)を平凡と嘆くのは、賛辞を知らずにいるからで、醒眼(めだつ)という点においては、誰よりも明らかなのだ。

 ともに歩いて韶華だけ使丁(召使い)と見られることもあるが、それは衣装の違いがあるからだ。動きやすいからといつも脛衣(ズボン)短袍(うわぎ)でいれば、綾文の裙裳を身に着けた令女に侍る者と思われるものだ。

 もっとも、朱蕣も間違う者を責める気にはなれない。韶華が少しでも愛らしく見えるよう、短袍の領口(えりまわり)に刺繍をし、花布(サラサ)の帯を与えても、裳裾がひらめくことがないからといって、玉環(押さえ飾り)の代わりに小筒を差すのはどうかと思うのだ。確かに刀と筆が入って便宜(べんり)かもしれないが。

 ふたりが向かうのは、西街(セイガイ)から出てすぐの大路、青梨(セイリ)路にある料子(きじ)を扱う老牌(しにせ)である。

 そこで韶華の袍衫と裙子(よそゆき)を見立てようと考えたのは、ほかの女たちに姉妹の美貌を見せつけるついでではない。朱蕣が妹を着飾らせたかっただけなのだ。

 姉になにかの打算があると、妹の勘で韶華も気づいていたが、内容までは分からなかった。ちらちらと姉を見つつも、女たちの群がる店頭に着けば、本来の工作に集中した。

「いらっしゃいませ……あら、朱蕣小姐(さん)

貨様(サンプル)がいろいろ入ったと聞いて来たの。いつもより盛行ね? 面生(はじめて)なお客さまが多いみたい」

 姉による軽い先制を韶華は正確に理解する。

 后妃の考試という紛事(さわぎ)中間(ただなか)にあって、この老牌は団績(かいしめ)を阻止できているのだ。そうすると集まる客には、財貨頼みでない女たちが多くなるはずで、それが界隈の者でなければ、風聞を確かめに来たと考えられる。

 と、専程(とくに)言うまでもなく、女たちが目で探り合いをしていることは韶華にも分かる。()家長姉への評価はどうかとぐるりと見回せば、悔しそうにさっと目を逸す女が多かった。

「あっ、花笠令女(はながさむすめ)!」

「なんですってぇぇぇ」

 韶華の呟きを聞き咎め、大きな花飾りが振り向く。不出所料(あんのじょう)府上(やくしょ)で韶華に舌争(口げんか)をしかけた令媛(れいじょう)が柳眉を逆立てていた。

 当世、髪の飾りに花を挿すのが流行りである。女たちは競って美しいもの、大きなもの、できるだけ珍しいものを多く使って飾り立てた。後果(けっか)、行きすぎた者が現れるのもやむを得ない。怒りを露わにした令媛の頭には、ひらひらした傘かと言いたくなるくらいの巨大な木槿(ムクゲ)の花飾りが、装着されていた。

 花笠の指摘はあまりに正しく、肆中(てんない)の女たちは笑い出さないよう、口許に袖を当てた。

「また小季(あなた)なの、礼儀のなってないひとね! これは特別な飾りなのよ!」

「見れば分かるよ。細工としては佳品だからさぁ……でも令姉(おねえさん)、それ心煩(じゃま)にならない?」

 心煩なのだろう。片刻(わずかな間)、黙り込んだ。

「だよね? 首がもげそうで……不安になるよ?」

「い……いいのよッ。好修飾(おしゃれ)に労苦はつきものだわ。頂用(やくだつ)かなんて考えないッ!」

「まあ、その幹気(いき)や良し!」

 朱蕣が料子(きじ)を抱え、割り込んできた。

「だけど色が大紅なら、大きさは変えましょうよ。でなければ、(じつぶつ)と見紛うばかりの白槿花を両旁に着けるか、香鈴草(こうれいそう)に似たもっと小さなものを三環髻の周りに巻いて飾るか……そうね、あなたには黄花蓮も合いそうだわ。それでこういう……」

 少し考えながら、朱蕣は晶瑩(きらきら)のある杏黄色の綵帛(おりぎぬ)だけを手に残し、花笠令女の胸の辺りに当てた。

 黙って見ていた女たちの内から、どよめきが上がる。花笠令女の醒目(はで)なだけだった顔色(かお)が、柔らかな甘さを見せたのだ。

「どうしたのよ……驚くようなこと?」

「だって、令媛(おじょうさま)! これが驚かずにいられますか。合適(ぴったり)ですよ、なんとお優しく見えることでしょう!」

 姉姉(うば)らしき女の賛辞は、言ってしまえば令女はお優しくなかったことを表しているのだが、不妙(ヤバい)と気づいたのは韶華だけで済んだ。正好な扮装(にあうもの)の力を見た女たちが

わらわらと集まり、賛辞を繰り返したからである。

(すてき)! 色だけで印象ってこんなに変わるの? 美人だから?」

「色はあたしのと似てるのに……あたしはどうかしら。なにが合うと思う?」

「そうね……もう少し明白な、橘紅あたりね」

「ちょっと探してみる。ねえ、それだと披肩(ショール)は?」

「待って、お待ちになって、みなさん。令姉はわたくしと話してたんだから、わたくしが第一よ……わたくしは高郁李(コウ・イクリ)。貴女は?」

 令媛は名乗り、育ちの良さを思わせる井然(きちん)とした礼をした。

 対する朱蕣も水に波も立てぬ滑らかさで返礼する。

「わたしは杜朱蕣……ここにいるのは妹の韶華。ねえ、みなさま……聞いて下さるかしら」

 伏せた目から送られた一瞥で、韶華は姉の狙いを察した。聞き入る女たちの僅かな心目(こころ)の動きを、よく見て探れというのだ。ざっと見た感じ、朱蕣が言えと命じたならすぐに投案(はくじょう)しそうである。

「ここに来ているということは、同じ狙いであると思うの。それはつまり、同志ということよね? わたしたちは力を合わせても……良いのではないかしら」

 すべきと言わないところが策略だろう。迷う者はいるものの、否という気色(ようす)は見られなかった。

「力は多いほどいいでしょう。ほかに……配合(協力)していただけそうなひとを知っている?」

「しそうにはないけど……わたし、ほかに考試を受けるひとを知ってるわ。(オウ)家の三姐妹」

 あれか、という顔をする女たちは多かった。韶華も字でだけなら知っている。かの恋愛指南欄目(コラム)において、南洛(ナンラク)顔甲粲女(がんこうさんじょ)――(つら)の皮の厚い三美人として知名な女たちだ。

(あれって西街(セイガイ)では知られてないから、今頷いたひとたち、遠くから来てるなあ)

 どうやら考試は、かなりの人数になりそうだ。

 韶華の主見では、考試といっても皇帝の後妃(ごさい)のためなので、そもそも桃夭(としごろ)の若い女はあまり受けないと思っていた。それなら、まだ妃を持っていない皇太子を狙うだろうと。

 だが、どうやら違うらしい。初めに韶華が案じたように、庶人の女が皇太子の妻になれたとしても、貴族の妃の下なのは見えている。ならばいっそと考えた者が多かったようだ。

 韶華がぼんやりしているうちに、朱蕣と女たちは料子をあれこれ抱え、喋り始めた。

「この綵帛……高いわね。姉姉、似た色を探してきて」

「それなら考えを変えて……今のままでは、裳の色が合わないでしょう。柳緑は強すぎるのよ。見たひとは花悄(ハデ)としか思わないかもしれない。上衣が銀紅なら品紅で押さえましょうよ」

「ああ、そっちの(きぬ)恰当(てごろ)ね」

「わたしも銀紅の襴を持ってるんだけど、苔青の裙裳では不成(だめ)? 老太太(おばあちゃん)から贈っていただいたものなのよ」

「ものを見ていないから、不成かは分からないけれど……貴女には淡い色が合うから、老太婆おばあさまの見立てに間違いはないでしょう」

 見てもないのに言い切っていいのだろうか、と韶華は思う。あるいは、姉ほどの美の努力を重ねた者なら、分かるのか。

 なにより言われた少女は、託宣を受けたかのように嬉しそうだ。それなら構うまいと思いつつ、女占師を囲む場に迷い込んだ気がしなくもなかった。

 しかし韶華が為すべきことは、占いではない。僅かに丁香紫の色を持った練糸の帛を拾うと、西街の外から来たとおぼしき女たちに近づいた。南洛の風聞を質すためである。

 狙いは当たった。

 その令女(むすめ)顔甲粲女(アイアンメイデン)を知っていたのは、当人たちが南洛の市で声も高らかに自尊していたからだった。候補に選ばれたので、考試を受けられるのよ、と。

 けれど今天(きょう)、令女のところにも使者は来たという。

 宮城からの使いは、確かに来ていた。南洛の東から始まっていたのだ。








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