もしかして、リンチ2
今どきの子と言ってもいろんな子がいるわけで、十把一絡げにすることは難しい。でも、こういう傾向は私の世代ではなかった現象だ。
「何やってても、人の目を気にしなきゃいけないんだよ。私達にプライベートな場所なんてあってないようなものなの」
「それは、精神的な意味でってこと?」
それまでのハナは空元気だったということが、ようやく理解できてきた。
一ヶ月前、同じクラスの男子から告白された。ちょっと茶化してやろうと思って、どんなシチュエーションだったのか尋ねると、場所はトイレの中だったという。正確に言えば、トイレの中でスマホの新着アラートに気づき、トークアプリを立ちあげると相手からのメッセージにそれらしいことが書かれてあったと。
「野球観戦とか、私、心底興味無いの」
「打ったら、どっちに走ればいいかぐらいは分かるんでしよ?」
ハナから一瞬表情が消える。まさかのまさかだったらしい。これではもし相手の思惑通りデートが成立したとしても、結果は散々なものになるだろう。これならば、お互いのためにも断って正解だったのではないかと思える。でも、それ以前に言いたいことがある。
「でもこれって、そもそも告られたわけじゃないよね? 単に誘われただけだよね?」
「これだからオバサンは」
私は反射的に言い返した。
「これだから若い子は」
軽い口を叩くからといって、ハナに元気が戻ったわけではない。ハナ曰く、「好きです」とか「付き合ってください」とか面と向かって言うのはスマートな方法ではないし、メジャーな方法でもないらしい。
彼女の周囲だけのことかもしれないが、好きな子ができた時にとる行動はこんな感じになるらしい。例えば、それとなく接触回数を増やす。自分磨きをしていることを周囲にアピールする。ハナの友達は、教室で目が合う回数を数えて、それが一日十回を超えた時点で相手に何らかのリアクションを返すかどうか検討するらしい。
「検討って、何それ。嫌なら嫌、好きなら好き、どっちでもないけどお試しで付き合ってもいいならそう言えばいいじゃない」
「もう、ほんとに何も分かってない! だから言ったじゃない。私達はお互い見張ってるようなものなの」
「別に、他人に見られたり聞かれたりして究極に困るようなことなんて何もないでしょ? 何が怖いのよ」
私は男よりも女の子が好きだけれど、他人の恋愛話を聞くことはエンターテインメントとして大好きだ。そして、ジレジレ展開は苦手。ヒーローとヒロインにはさっさとくっついて、いちゃいちゃしてほしいタイプなのである。
「そりゃぁ、怖いよ。トークアプリで自分が話した内容がスクショされて、知らない誰かにまでその画像が出まわって、影でいっぱい馬鹿にされるんだよ?」
「つまり、それをされたってこと?」
ハナは、器用にも丸椅子の上で三角座りをして背中を丸めた。泣いたかなと思ったけれど、まだ涙は流れていない様子だった。
「私ね、『野球好きじゃないし、まだ男の子とかに興味もてない』って書いたんだ」
もしこれを耳からの情報として誰かに盗み聞きされただけならば、それ程騒ぎにはならないだろう。でも目に見える文字の形になると、それは大きく変わってくる。取り消すことも、誤魔化すこともできないし、さらにネットのお陰でシェアし放題だ。動かぬ事実に対してゆっくりと考察し、批判し、辱めることができる。嫌な世の中になったものだ。
「お高くとまってるとか、いい子ぶってるとか、告白をこんな風に断るなんて失礼だとか言われたわけ?」
ハナは頷く。こんなこと当たってもあまり嬉しくない。
「後はね、私って女男なんだって」
「それって、女なの? 男なの?」
「分かんないよ、そんなこと。とにかく、もう高校なんて行けない。早く辞めたい」
私の世代なんて、告白なんて面と向かって言うか手書きの手紙に書くのが主流で、告白してるところなんて校内でよく見かける風景であり、それを誰かに見られるなんて日常茶飯事だった。その規模は、運動会や文化祭程ではないにしろ、学校行事と言っても過言ではないミニイベントでもあり、当人達もその周囲もそれなりに楽しんだものだ。成就しても破局しても、それからしばらくは休み時間の話題に事欠かなくなるというのもあるけれど、そういうスリルあるコミュニケーションを直接的や間接的に楽しんでいた。だから、まさか失恋やフッたフられたで学校を辞めるなんて発想に行き着くわけがない。
「意気地がないというか、貧弱というか、もっとしっかりしてほしいというか」
「こういう時は繊細って言ってよ。オバサンの世代みたいに神経図太いわけじゃないの」
「だけど、中卒で生きていくって、正直大変だと思うよ」
「知ってる」
何だかハナが小さく見えた。
私は彼女の横に自分の椅子を寄せて、彼女の頭を抱いた。よしよしとばかりに、軽く頭と背中を撫でてやる。きっと彼女には、知らない誰かにこの話を聞いてもらう必要があったのだろう。彼女達が住まうネットワークから切り離されたこの場所で吐き出された秘密は、ようやく重いオモリを手放して気化し、ただの『過去の事実』とし記憶の彼方に消えていく。そうあってほしい。見えないところで囁かれる陰口が回り回って自分の耳に届いた時、まず周囲が信じられなくなる。なぜこんなことになってしまったのかという理由よりも、失敗してしまったという気持ちや、消すに消されぬ深海よりも深い恥ずかしさで死にそうになる。
ハナは打たれ弱すぎるかもしれないけれど、私だってこういうことは一つや二つ、身に覚えがあった。共感してみても、良いと思った。
「ごめんごめん。分かるよ、私にだって」
「ほんとに?」
「うん」
だって、私はハナの倍は生きているのだから。少なく見積もっても、ハナの倍は恥を晒して生きてきたことになる。
「そっか。あのね、私ね」
ハナが少し身を引いて身体を起こすと、しっかりとこちらを見据えてきた。彼女の両の手が私の肩先に触れる。
「私、カナさんに一目惚れだったんだ」
ハナの手はそのまま私の胸元に滑り落ちて、その手にはあまりある大きな膨らみをしっかりと掴んだ。