里中若葉 2
―一人暮らしならそれなりの広さをもつ、ダイニングキッチンで椅子に座っていた。
―そして何回も読んだ雑誌をただめくっていると、静かな部屋にチャイムが響いた。
―インターホンカメラを見ると、知らない女性が映っていた。
「…あの、どちらさまですか?」
『初めましてー。剣の妹、若葉です』
カメラ越しに若葉の言った剣という言葉。
それは葉月ももの、空白がある今の心に染み渡るようであった。
「……」
だが以前に拉致された事が頭をよぎって、対応も切ることもせずにいた。
そんな心境でももが黙っていると、若葉も静かにそこにいた。
「……すみませんけど、ちょっと」
『―あぁ、ゴメンなさい。こっちのほうが信用できるかしら』
緊張しながら言ったももの言葉に、なにか気づいた様子であった。
若葉はサングラスを外すと、カメラにその顔を近づけた。
「…あっ」
カメラに映ったその瞳は剣と同じ、透き通った赤い色をしていた。
『よければお話したいんだケド』
「…ちょっと待っていてください」
少し悩みがよぎってはいたが、コンタクトでは作れないその色を信じてももは扉の鍵を開けた。
「ドーモ」
インターホン越しと同じ、明るい口調で挨拶してきた若葉。
さきほどのカメラには映らなかったが、その身長はももよりも高かった。
その高身長を縁取るスタイルの良さや金髪であることから、まるで雑誌から飛び出してきた外国人モデルのようであった。
そして、そんな彼女はどこか魅力的な空気を纏っており、ももは同姓でありながら見惚れていた。
「どうしたの?」
「―あっ、いえ。なんでもないです」
若葉の声にはっとすると、ももは慌てて椅子を勧めた。
そしてキッチンへと向かうももの横で、若葉は椅子へと座った。
「今はこれぐらいしかないですけど」
「あんまり気にしないデ」
ももはペットボトルの紅茶をいれると、自分と若葉の前へと置いた。
そして先ほどまで座っていた、若葉の対面にあたる椅子へと座った。
「それで、お話ってなんでしょうか?」
「大学に行けてないみたいだし、心配になっちゃってネ」
「えっ…!? どうしてそのことを…?」
「仕事でももちゃんが安全か調べてきたんだケド、その時に知ったの。それと、結果は良かったから安心してネ」
驚くももへ、あっさりと言った若葉は紅茶を一口飲んでいた。
「まーしょうがないわよネ、三日前に巻き込まれたんじゃ」
「…そうですね。やっぱり、外に出ることが怖くて」
ももは話しながら思い出したのか、身を守るように腕を回した。
若葉が隅に目をやると、そこにはゴミ袋が置いてあった。
一人暮らしだから量が少ないとはいえ、本人の言う通りゴミ出しすらいけていないようであった。
「安心できる相手はいないの? …例えばご家族とか」
「いえ、大学の為に一人で上京して来ましたから。それに友達もそうですけど、もしあたしみたいに巻き込まれたら…って考えると、怖くて…」
「ん、そっか」
一言で返していた若葉であったが、その声は神妙なものであった。
「ワタシでよければ誰か連れてこれるわヨ。それとも一緒に出掛けようか?」
だが次の言葉も、その表情も明るくももを誘っていた。
「あの、どうしてあたしにそこまで?」
そんな若葉を疑問に思って、ももは訊いていた。
「そーだなー。いうなればももちゃんがカワイイってトコかなー」
「えっ…!」
「ふふっ。まぁ気に入ったって事よ」
若葉の言葉に、ももは不思議とドキリとした。
その心境が顔にも出たのか、若葉は楽しそうに目を細めた。
「…もう」
揶揄われたことに一言返したももであったが、親し気な空気をもつ若葉にそこまで悪い気はしていなかった。
「……会いたい人、か…」
一息おくと先程の、若葉の言葉を自然と復唱していた。
会いたい人と言われて、思い出すのはやはり里中剣のことであった。
「誰かいるノ?」
「あっ、いえ! そういうのじゃなくて!」
小さく呟いた事を聴かれて、ももは慌てて否定した。
「ん〜? 誰かいるんじゃないの?」
しかし若葉は心当たりがあるのか、追及したいようであった。
「ですから、そういうのじゃ…」
「もしかして剣とか?」
「―っ」
否定をしようとしたももだが、若葉の言葉に詰まってしまった。
しかし先程といい察している様子に、どっちにしろ隠すことはできなかったな、とももは思った。
「だとしたらやめたほうがいいわよー」
「え?」
だが若葉の言葉は、ももにとって意外にも否定からはいるものであった。
「ワタシが言うのもなんだケド、目の色で普通の人じゃないってわかるでしょ。それに、二回目なんてアイツのせいで巻き込まれたワケだし」
「そ、そんなことないです…! 綺麗な目の色です! それに巻き込まれたというより、あたしのことを助けてくれた…むしろヒーローっていうか…!」
ももは若葉へ、思わずムキになって言い返していた。
「あっ、今のは忘れてください!」
しかし、余計な事まで言い過ぎたと思って止めた。
「ももちゃんは素直で良い子ネ」
そんなももを見てか、若葉は嬉しそうに笑っていた。
先程のは本心を探るための発言だと遅れて気がつくと、ももは一気に恥ずかしくなって顔を赤くしていた。
「ゴメンネ。お詫びに剣の事、ちょっと教えてあげるから」
恥ずかしくなったももへ、若葉は言った。
「とは言っても、ワタシたちのところは複雑だから、ほんとちょっとだケド。そもそもワタシたち兄妹は生みの親と育ての親が違うのよ」
「え? そうだったんですか」
「うん。ワタシは生みの親の記憶はないんだけど、問題は剣なんだよネ」
そこまで言って、一息おくように若葉は紅茶を飲んだ。
「ちょっとの間、生みの親んところにいてネ。そいつの教育のせいでさー、他人と距離取ったり、素直になれない性格になっちゃって」
愚痴のように軽く話す目の前で、ももはなんと返していいのか分からずに紅茶を口に運んだ。
「まぁ、そういうワケだから。アイツを彼氏にするなら、ちょっとは自分から押していかないとね」
「…っ! げほっ、げほ!」
突然の言葉に、ももは驚いてむせてしまった。
「もう大丈夫? そういうので照れる歳ではないでしょー」
「別に、付き合いたいとか…そういうわけじゃ」
「ももちゃんはわかりやすいカラ。ま、そういうところもカワイイし、フォローしてあげたくなっちゃうんだけどネ」
「…もう」
紅茶をこぼさない様に慌てる前で、若葉はからかうように話していた。
「ちょっと長いし過ぎたカナ。そろそろ、おいとましましょうかネ」
時間を確認した若葉が、そう言うと立ち上がった。
「―里中さん」
玄関へと向かおうとした若葉を、ももが呼び止めた。
「今日はありがとうございました。なんだか元気になれました」
「そう? ならよかったわ」
いつの間にかサングラスをかけていた若葉であったが、その口元だけで笑っていることが分かった。
机の上のスマートフォンが振動していた。
浩司がそれに気がつくと通話に出た。
「若葉、結果のほうはどうだ?」
『安全だったよー。それに、本人も少し元気でたみたい』
「本人って。…接触したのか?」
あっけらかんと言った若葉に、浩司は聞き返していた。
『だってさ、安全確認なんて他の人で済ませてるでしょ? だからワタシが多少勝手にするのが仕事かなっテ』
「はぁ…」
悪気もなく明るい若葉の声に、浩司はため息をついた。
「剣が落ち着くには、お前が調べたという事実が必要だったからだ。…まぁ、もう過ぎてしまったことだから仕方ないか」
『そうそう、気にしない。それに、剣に対してその気があるのか気になったしね』
困ったような浩司を知ってか知らずか、電話先の若葉の声は明るいものであった。
『ホラ、恋する乙女って意外な行動に出ちゃうし。場合によっちゃ、こっちが調整してあげないト』
「…それで? どうだったんだ?」
『アタリみたいね、剣にはちょっともったいないと思うケド。ま、ももちゃんが会いたがってたって伝えておいて』
「わかった。とりあえず、今日はもうあがっていいぞ」
『じゃーついでに、フリーになったらワタシが狙うからともお願いネ』
若葉は冗談を言う時の口調で話しながら、伝言を頼むと通話を終えた。
そして手早く剣へと電話をかける浩司は、数年前の兄妹のやり取りを思い出してほほが緩んでいた。
「剣、まだ他部隊員への特訓中か?」
『いや、それは終わらせた。今は第二射撃場のところだ』
「用事があるからそこで待っててくれ」
そう言った浩司は、足早に剣の元へと向かった。
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