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人魚の涙 4

 U.N.F.の建物内で剣と浩司が話していた部屋、その隣は会議室であった。

 中央に長方形の大きな机が一つと椅子が並び、全体へ見えるようにモニターが壁に設置されている。

 そして壁にある時計が午前二時過ぎを示す中、剣と浩司が座っていた。

「葉月さん、容体は安心とのことだ。後遺症も残らないらしい」

 父親であり上司である浩司へ、葛城やももに起こったことを剣が報告したのはしばらく前の事であった。

 そして今、スマートフォンに送られてきたメッセージを見た浩司が話しかけた。

「そうか」

 剣は返答するも、顔を見ずに一言だけであった。

 だがそんな態度に浩司は嫌な顔をせず、むしろどこか楽しそうであった。

 それを気配で感じ取った剣が、今度は顔を向けた。

「…なんだよ」

「いや、ずいぶんと心配していただろ。お前の聞きたい事だと思ってな」

 そう言ってから笑いかけてくる浩司への返答はため息であった。

「─それより呼び出した川原はどうしたんだ」

 話題を変える様に剣が誰もいない空間へ呟くと、まるで合わせる様に一人の女性が入室して来た。

 髪を一つ結びにした女性の容姿は、手入れを行っているが化粧などはしていなかった。

 首から掛けている名札には、女性の顔写真と共に川原かわはら千歳ちとせと書かれていた。

「待たせたわね」

「研究者のあんたが呼んだんだ。葛城の件が分かったんだろ」

 入室した千歳に早々、剣の言い方はトゲのあるものであった。

「その通り、貴方達二人を呼んだ理由よ」

 しかし千歳は何も気にせず、一方でそんな二人の様子を見つめる浩司は内心困っていた。

 そんな中、千歳は手に持っていたメモリをモニターに刺すと画像が映し出される。

「まず、研究室から持ってきたデータがこれ。もっとも、完成品のごく一部であるせいで全部は把握できないわ」

「製造を分割する事で、一人が捕まっても知られることはない…ってことか」

 データ画像を見つめながらの説明に対して、言葉を返したのは浩司だった。

 もっとも彼はそれを見たところで理解ができない為、千歳の説明を頼りにしていた。

「けれど里中剣が持ち込んだビン。あれが完成品だから、それを元に調査を行ったわ」

 千歳は一瞬だけ目をやりながら、わざわざ目の前でフルネームで呼んでいた。

 だがそれはいつもの事なのか、本人は何も気にしていなかった。

「どういう事だ? 葛城が持っていたデータは一部だけのはずだろ」

「さぁね。少なくとも、あの研究室にあったデータは一部だけ、そしてそのデータを使用した完成品を所有したのは事実。どうして完成品を所有していたのか、それを調べるのは私の仕事じゃないわ」

 浩司の疑問にただ淡々と答えた千歳は、置いてあった小さなリモコンを手に取った。

「さて、問題なのがその完成品。とはいってもまだ欠落はあるようだけど、データを元に判明した名前は人魚の涙。…これがやっかいで、後天的にマーメイドになる物なの」


―マーメイド


 その単語一つに、会議室の空気が一気に緊迫したものになった。

 すると今度は、それまで黙っていた剣が口を開く。

「葛城が常人離れした動きをしていたのは、それが原因か」

 それを肯定も否定もしないで千歳は、静かに椅子へ座るとリモコンでモニターの画像を変えた。

「これがマーメイドと人魚の涙を並べた画像で、主成分が同じなの。人魚の涙は人間の細胞を変化させて、結果的にマーメイド同様の身体能力を得るの。…たださっきも言ったように、欠落がある。細胞の一部は中途半端な変化で止まったり、急速な劣化もみられる。まぁ、後遺症が残るってところかしら」

 その説明で剣の頭に、異様な声や充血していた葛城の様子がよぎっていた。

「あの後、葛城の聴取はできていない。どうにも会話すらままならない状態でな…それは後遺症の影響か」

 同じことを考えたのか、浩司もまた逮捕後の葛城の様子を口にしていた。

「…あなた達も知っているけれど、整理するわね。まずマーメイドは西園寺圭吾がU.N.F.の上層部に無断で、当時の研究者と造り上げたモノ。その結果である、里中剣は目指していたそのものになった」

 話しながらも横目で見た千歳に対して、剣は無言のまま身動ぎ一つしなかった。

「続けて量産を行っていたところ、マーメイド計画は上層部の知れることになった」

「正確にはあなたがリークしたからな」

「ふふっ、そうだったわね」

 話している途中に横から浩司が情報を付け足すと、千歳は笑っていた。

 それは自分がリークしたことを誇らしいからではなかった。

「ともかく、計画は凍結されて存在そのものすら隠蔽。その上で研究者達は逮捕され、特に西園寺圭吾の処罰を慎重に判断していた」

「その時だな、西園寺が蒸発したのは。しかもどうやってなのかすら分からない、謎の多い事態だったな」

「その結果、マーメイドが造られることは無くなったわ。量産直後の二体を残して、ね」

 浩司は話しながら、蒸発された当時の事を思い出していた。

 一方で千歳は、一息つくように足を組み替えてから話を続ける。

「ここからが重要な話。マーメイド作成に必要な根幹データは、すべて西園寺圭吾の頭脳にしかなかった。そして、人魚の涙にも同じデータが使われている」

「つまり、人魚の涙は…」

「そう、西園寺圭吾が製作した…。そうとしか考えられない」

 千歳の説明を聞きながらも予想はしていた剣と浩司であったが、西園寺という名前に二人の顔が強ばった。

 それでもすぐに浩司が口を開く。

「…蒸発の時点で外部の協力があったなら、人魚の涙はそこへの提供物、ということなんだろうな。マーメイドを造れないから妥協案として」

「そうね。マーメイドを製作するにはそれ相応の施設が必要になるわ」

 浩司は息を吐きながら背もたれに身を預けて、その横で剣は相変わらず黙ったままだった。

「―ただ」

 そんな二人を見ながら千歳が口を開く。

「西園寺圭吾の天才的な頭脳と狂気的な熱意は、私を含めた多数の研究者が魅入られるほどよ。液体だけで満足するとは思えないわ」

 声の調子を変えずに、それまでと同じく淡々と言った言葉。

 それは自虐気味であり、今まで動かなかった剣が千歳を見た。

 だが今度は千歳の方に顔を合わせるつもりがなかった。

「―まぁ現物がある以上、流通していると考えたほうがいいだろうな。それとマーメイド作成に必要な施設を用意している可能性も高い」

 顔を合わせようとしない剣と千歳。

 そんな二人の様子を見ていた浩司が、まとめる様に言うと剣へ顔を向けた。

 浩司相手だからか、相手も動き顔を向き合わせた。

「この件は俺たちで片をつける。他国に派遣している兄弟達も含めてな」

 剣は頷きだけで返した。

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