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人魚の涙 2

「ん…」

 葉月はづきももは目覚めると、あたりは薄暗い上にその空気は埃くさかった。

 少なくとも自室ではない、異質な空間。

 そこで体が横になって、寝ている形になっていた。

「あれ? あたし、さっきまで」

 なんだか少しもやがかかる頭で、直前までのことを思い出そうとする。

 思い出せるのは、大学で見た夕方の風景。普段一緒にいる友達二人と別れて一人になったこと。

 その後家へ帰れたのか、記憶があいまいであった。


「起きたか?」


 人の声がして見上げると、そこには見知らぬ男が立っていた。

「ひぃ!」

 悲鳴をあげながらも、逃げようとした。

 だがうまく体を動かせずに、足は何かに当たっただけだった。

「無駄だ、薬で体を動かせないようにしているからな。抵抗はしないほうがいい」

 男の言う薬の影響なのか。ももの全身は痺れているわけではなく、力が入らない状態であった。

 その薬で十分だと思ったのか、腕や足を縛られていなかった。

「なんで…。あなた誰…?」

 立っている男へ、当然の疑問をぶつけた。

 すると男はももの目の前へ来ると屈んだ。その顔が近くなるが、やはり見覚えは無かった。

「お前は里中剣を調べる為のエサだ」

「里中さん?」

 男が口にした名前に、ももは思わず聞き返していた。

「おまえを人質にすれば、実験にも抵抗しない。あいつの言う通りっぽいな」

 そんなももの反応に手ごたえを感じたのか。男はどこか楽しげであった。

「ちなみに言っておくが、この研究室は足がつかないようにしている。助けは期待しないほうがいいぞ」

 男に言われて、ももは周りを見回した。

 研究室といってもここは違うのか、狭めの一室であった。

 倉庫のように使われているのか、周りには何らかの荷物しかない。先ほど足で蹴ったのもそうであった。

 後ろへ少し動かした手が触れるほど近くに壁があり、今寝ている位置は部屋の一番奥であった。

 そして寝ている位置から離れた場所にどこかへ繋がる扉があった。

 その扉の近くに自分のバッグがあった。置いたのではなく落とされたのか、中身が散乱していた。

「あとはあいつの準備が整うまで時間があるな」

 周りを見ていたももの頭上で、話しかけるわけではなく男は上機嫌で独り言を言った。

 すると急に、その視線はももへと落とされた。

「時間もあるわけだし、楽しめそうだな」

「―っ!」

 自分の全身を舐めるように見てきた男の発言。

 それらにももの全身は鳥肌が立ち、背中を冷たい汗が流れた。

「そんな緊張することじゃないぞ。きっと楽しめる」

 そう言いながら男が手を伸ばしてくる。

 その手を、動きにくい体でなんとか抵抗しようとした時――。


 ヴー ヴー


 低い機械音が鳴り響いた。

「あ?」

 すると男は、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 機械音の正体であり、電話なのかバイブレーションしていた。

「昨日会ったばっかりだろう」

 画面を見た男は、さっきまでの上機嫌が一転して不機嫌になった。

 そしてしぶしぶといった様子で、立ち上がって扉の先へと出た。

 鈍い音と共に扉は閉められ、男の姿が見えなくなる。

 その様子はどうやら、ずっとももを監視するつもりはないようだった。


 ―なにかをするなら、今しかない。

 ―男が帰ってくるはず、なにもしないほうがいい。


 相反する考えがももの頭に浮かぶと、答えのないままずっと頭の中を回り続ける。

 そもそも男の言う通り、助けが来なかったら自分はどうなるのか。

 頭と心が不安に押しつぶされそうになった時――。


―もし、なにかあったら―


 ふと、大学の教室で聞いた剣の声を思い出した。

 それは昨日の出来事であり、短い期間であったが会話してメモを貰った。

 その時の彼の声や顔を思い出すと、どこからか力が湧き出すような、そんな気がした。

「……ふっ!」

 立ち上がる事はできない体で這うように動き出すと、ももは自分のバッグの元へと向かいだした。

 どっちにしろ先ほどの男がいる限り、危害を加えられる。

 それなら、とわずかな可能性に賭ける事にしたのだ。

「ふぅ…ふぅ…!」

 服が汚れようとも気にせず、決して綺麗ではない床を這っていった。

 そしてなんとかバッグにたどり着くと、散乱している荷物の中、転がるように落ちていたスマートフォンを見つけた。

 それを手元へと手繰りよせると、今度はメモを探す為に荷物をどかす。

 力の入らない手での探し方は、掴むというよりずらすが近かった。

「お願い…」

 自然と呟いていたのは、何冊目かのノートをどかそうとした時だった。

 すると言葉に反応するように、目の前にメモが出てきた。

「…あった…!」

 メモを見つけると、その番号をなんとか打ち込んでいく。

 そして通話ボタンを押すと、画面に呼び出し中と映し出された。

「お願い、来ないで…!」

 画面と扉を交互に見ていたももが、祈るように呟いていた。


 通話中


「あのっ里中さん!」

 短い電子音と共に画面に表示された文字に、身を乗り出すように名前を呼んでいた。

 だが――。

「…………」

「…もしもし?」

「…………」

 画面からの返答は無言であった。

 この部屋の電波がひどく悪く、通話ができたものではない――その事実が重くのしかかる。

「……里中さん…お願い…」

 もはや、すがるように弱弱しく呟く。

 それでも返ってくるのは無音のままだった。



 気がつくと、ももは黙って俯いていた。

 三秒か十分か、はたまた一時間か。どれぐらいそうしていたのか、まったく分からなかった。

 とにかく頭を上げると、周囲はまったく変わっていなかった。

 目の前の扉も閉ざされたままで、男は帰ってきていない。

 手元のスマートフォンを見ると、いまだ通話状態であった。

 その通話時間から、俯いてから五秒ほどしか経っていなかった。

「…ふぅー」

 細長いため息をついて、自分のするべき事を考えた。

 男がいつ帰ってくるかわからない状況は変わっていない。

 そこで電波が悪いとはいえ、まだ通話が繋がっているスマートフォンに一縷の望みを賭けることにした。



 男が戻ってきた時、ももは最初と同じ位置で寝ていた。

「…」

 無言の男は部屋を出た時同様、不機嫌そうであった。

 そして大股で、ももの方向へと早歩きしてくる。

「―っ」

 迫ってくる男へももは身構えようとしたが、向かった先は自分自身ではなく横にある箱であった。

 そして箱の中身を漁り始めている時、ももは目だけを動かして扉近くのスマートフォンを見る。

 握って服へ仕舞うことができなかった為、自分の荷物で隠すようにしていた。

 だがその隠し方も完璧ではない。

 もし気づかれたら。

 もし通話が切れていて、今向こうからかかってきたら。

 そんなももの緊張をよそに、男は箱から栄養ドリンクのようなビンを取り出した。

 そして足早に部屋を出ていく様子は、どうやらなにも気づいていないようであった。

 ひとまずばれなかったことに安堵するももの耳にカラン、と音が聞こえた。

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