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”自由の翼”2

「おい!」

「えっ…!?」

 薄暗い通路の中、大柄な男に鉄の塊を向けられていた。

 ももにとってあまりに見慣れないそれが、なんなのか理解できなかった。

「お前、こっちに来い!」

「ひっ!」

 威圧してくる男が持っている物。それが拳銃である事に、ももは気がついた。男から逃げる為、通路の奥へと向かおうと身をひるがえした。

「いやっ…!」

 だがその細い腕を、男の大きな手に掴まれてしまった。

「静かに、俺の言う通りにしろ」

「…っ!」

 振り返ったももの視界を男が覆い、その手の銃口が自分へと向けられていた。緊張や恐怖から異様な口の渇きを感じ始めた時─。

 カラン、と軽い音がした。

「あ?」

 男はその音の正体を確かめようと振り返ったが、そこにはなにもなかった。

 だが男の視界に入らない位置に人影がいる事を、ももの位置から見えた。

「─がっ!」

 真後ろの人影が男を締め上げると、うめき声と共に男の体が脱力した。

「えっ…! えっ…!?」

 大柄の男を締め上げた人影は男性であった。そのまま男性は、自身より背が低いとはいえガタイのある体を軽々しく床へ寝かせていた。

 そんな光景を見ながら、先程まで自分に銃口を向けた男が一瞬で伸されるという状況にももは、先程の恐怖心よりも戸惑いが上回ってしまった。

「U.N.F.の者です。怪我はありませんか?」

「あっ…はい」

 ももは事実怪我をしていないとはいえ、半ば反射的に答えていた。

 U.N.F.という名前には、テロ対策組織であるという程度の聞き覚えがあった。とはいえその組織名だけで安心するわけではなく、変わりゆく状況に追いつけず立ち尽くしたままであった。

 その質問をした男性─剣は、気月させた男の腕を手早く縛って拳銃を回収すると、立ち上がって通路を探っていた。

「吹き抜けの方は危険ですので、そちらには近づかないでください」

 ももを落ち着かせるべく声色を気をつけながら、通路のなるべく奥にある部屋を調べていた。

 その中から鍵のかかった扉を見つけると、取り出した道具でピッキングした。そして開けた場所が安全である事を確認していた。

(……吹き抜け…?)

「私がまた来るまでこの倉庫で、鍵をかけて待っていてください」

「あ、あの…っ!」

 今しがた確認した倉庫を促す剣に、彼の言葉が引っかかったももが声を絞り出した。

「あたし、友達と一緒にここに来て…その…停電してから…」

 自分の声に振り返った剣に、友人と来たことを伝えようとしておいた。

 だが、U.N.F.に所属している人間がここにいるという事は、テロリストがここにいるという事になる。そしてそのテロリストらしき男が自分に銃を向けて、先程まで自分の命に関わる状況であった事。友人達もあるいは自分以上の危機に直面している事。

 それらを理解した頭は動揺が広がり、うまく喋る事ができなかった。

 するとそんな姿を見かねた剣が、ももの目の前まで近づいた。並んだ二人の体格差は歴然であり、三〇センチはあろう差にももの体は隠れるほどであった。

 その体格差で緊張させない様に姿勢を低くすると、覗き込むようにももと目を合わせた。黒い瞳をした剣は柔らかく優し気な表情を、ももへと向けていた。

「里中剣と申します。貴女のお名前は?」

「…葉月、葉月ももです」

「葉月さん。お友達の事も助けますので、私が迎えに来るまで待っていてください」

 そう話しかける剣は手を握った。その手は暖かく包むような力加減であり、また優しい声色に、ももは少し落ち着きを取り戻してきた。

「はい…」

 短いながらもしっかりと声を出せたももは、自分を見つめる黒い瞳に頷きを返した。そして剣に言われた通り、倉庫へ入ると施錠した。

 その事を確認した剣は、イヤホンマイクへと再び手を伸ばした。

「こちらNo.0。まずは一人を拘束した。さっきの報告にあった、探索要員だ」

『こちらアルファ。…確認した。残る四人は未だにラビットカラー前で民間人を人質にしている』

 五階へ上る際に聞いていた報告の一人、大柄な男から拳銃以外にもスマートフォンを回収した剣は吹き抜けへと足早に向かった。その表情はももへ向けていたものから変わり、無表情のようなどこか冷たいものであった。

 そして、服屋や靴屋といった店舗が立ち並ぶ中を隠れながら慎重に、しかし足早に進んでいった。

 少ししてから剣は物陰越しに覗き込んだ。そこにはラビットカラーと書かれた看板を掲げる靴屋の前で、ひとだかりができていた。

 そこでは、四人の男女が拳銃を手にしながら周囲を監視していた。

 そんな四人に囲まれるように、店員や利用客が一か所に集まって座っていた。その人々が震えたり縮こまる様子から、四人に脅迫されて座らされているようであった。

 その状況を確認した剣が、四人を観察しながら気配を消すと─。


「ぐぇっ!」


 まるで潰れたカエルの声が、四人のうちの一人からあがった。

 四人の視線から隙をついて飛び出した剣が、勢いを利用した拳をその腹部へとねじ込んでいたからだ。それと同時に、手首を捻り上げると拳銃を落とさせていた。

 また他の仲間が反応するよりも速く、隣の一人の顎を踵で蹴り上げた。

 腹を殴られた一人と顎を蹴られた一人が拳銃を落としながら倒れ込むのは、同時であった。

「なんだ!?」

 残された二人にとってはあまりに速い襲撃であり、仲間が視界端でなにかに襲われるように映っていた。その奇襲に動揺はしていたものの、拳銃を構えようとした。

 だがそれよりも速く、懐から自身の拳銃を引き抜いた剣が発砲した。


「「ぐああああ!!」」

「きゃあああ!!」

カラン カラン


 肩を撃ち抜かれた二人。銃声に驚き叫んだ人々。そして空薬莢の落ちる音。

 すべてが重なって吹き抜けに鳴り響いた。

 その中でただ一人は床に転がっている拳銃を蹴り飛ばしながら、

「制圧完了」

 マイクにそう伝えていた。

 すると一階の自動ドアが開かれてU.N.F.と書かれた黒い戦闘服を着た部隊がなだれ込むと、そのまま素早く階段を駆け上がっていった。

「お前ら離れていろ。…分かっていると思うが、大人しくしていろよ」

 集められた民間人から距離を取らせるべく、剣は肩を押さえる二人へ警告していた。そして片腕で運んでいた、顎の衝撃で気絶している一人を近くに寝かせた。

 次に腹を殴ってうずくまっている男へと近づいた。

「ぐぅ…!」

 その男は呻きながら、隠していたナイフを取り出した。最後の抵抗ではあったものの隙を突いて、近づいてくる剣を突き刺そうとしていたからだった。

「…ぐあぁ!」

 だが男が行動するよりも早く、その肩にヒールが食い込んでいた。その痛みでナイフを落とした男の首根っこを掴むと剣は持ち上げて、床のそれを蹴り飛ばした。


「U.N.F.です!」


 民間人達にとって緊迫した空間に、駆け上がってきた部隊の声が響いた。

 そして声の方向から走ってくる部隊へ、そのまま掴んだ男を突き出した。数人の隊員が男を拘束する一方、一部が残る三人へ、多くは民間人の元へと向かっていった。

「怪我はありませんか? これから一階のほうへ─」

 テロリスト四人が暴れないように気を付けながら連行する隊員達。

 そこから離れた位置で、こじ開けた一階の自動ドアから避難させる為に隊員達は、民間人を落ち着かせようと話していた。その場所に、拳銃を仕舞った剣が歩いて行った。

「葉月ももさんのお友達はいますか?」

 ももの時と同じ表情を作りながら、集団へ訊いていた。しかし先程の発砲もあってか、怖がった人々が口を開こうとしていなかった。

「いらっしゃるかどうかの確認です」

 そんな様子にも気にせず、トーンを変えない剣の声。すると隊員も話すように促していた。

「…あの」

 二人の女性が恐る恐る手を挙げた。

「一緒に来られた方は全員いますか?」

「はい…。そうです」

「そうですか。葉月さんも合流しますので、安心してください」

 二人へそう伝えた剣は、踵を返してもものいる倉庫へと向かっていった。



 何名かの隊員が大柄な男を運んでいる通路を通って、剣は倉庫の前へと立った。

「里中です。葉月さん、終わりましたよ」

 剣が軽くノックしながら言うと、ドア越しに小さな物音がした。そして少しだけ開いた隙間から、ももの顔が覗いた。

「里中さん!」

 覗いた瞬間には緊張した面持ちのももであったが、剣を見かけるとそれが安堵したものへと変わっていった。そしてしっかりとした足取りで廊下へと出てきた。

「あの…」

「お友達二人も無事でしたよ」

 質問しようとしていたももより先に、その答えを剣の口から発せられた。

「─っ! そうなんですか、良かった!」

 自分の事のように喜んだももが、嬉しそうに笑っていた。

 そんな彼女と一緒に、一階へと降りようとした剣であったが、

「あれ…?」

「どうしました? どこか怪我でも?」

 突然ももがその場で崩れるように座ってしまった。そんな様子に心配になった剣が、なにか異常がないか確認するために屈もうとしていた。

「あ、ごめんなさい。安心したら腰が抜けちゃって」

 だがその原因は、怪我などではなく友達が無事である事に安堵した、というものであった。

 急に足腰に力が入らなくなって、なんだか恥ずかしくなってしまったももが顔を上げた瞬間にちょうど剣と目が合った。

(──っ!)

 自分と目の合ったももの表情。それは剣の心を揺れ動かした。

 女性として特別意識した相手ではなかった。しかしながら、ももの少し恥ずかしそうながらも嬉しそうな笑顔は、なんらかの魅力があった。

 そのなにか解らない魅力に引き付けられるような、突発した感情に、自分自身が動揺していた。

「…いえ、気にしないでください」

 しかし数秒もたたずに、自分を誤魔化すように言った。その表情は動揺を出しておらず、ももには知る由もなかった。

「ですが葉月さんの為には、外へと向かう必要があります」

「それは…そうかもしれませんけど」

 触ったところで治るものではないものの、未だに力の入らない脚を触れていた。 そんなももの前で、剣は感情や動揺を押し殺して平常心に戻っていた。

「失礼します」

「え? ─きゃっ」

 一言あるやいなや、ももの身体が宙を浮いていた。剣の両手に持ち上げられて、お姫様抱っこの状態になっていたのだ。

 まるで軽いもののように安定した両腕は、服の上からでは気づかなかった筋肉質なものを感じた。

 そしてすぐ目の前にある、剣の横顔。その表情は自分と会話している時とは違い、感情を読み取れなかった。

 だが表情よりも、その整った顔立ちに自然と胸が高まっていった。それは五階から一階への移動が一瞬で終わったと錯覚するほどであった。

 そのまま足取りはショッピングモールの外へ向かって、入り口付近で停まっているU.N.F.の車、その一台にももは乗せてもらっていた。その車内には保護された他の人が乗っており、同じような車が何台かあった。

「これからU.N.F.の、東京本部へと向かいます。そちらで事情聴取や、必要とあれば病院に搬送しますので。…事情聴取といっても、なにがあったのかお話しする程度なのであまり緊張しないでください」

 ももが説明に頷くと、剣はドアを閉めて体を離した。その動きに合わせるように、発進しだした。

 停まっていた数台の車がすべて動き出す中、剣は右耳のイヤホンマイクのボタンを押した。

『任務完了だ、帰ってこい。報告を待っているぞ』

「了解」

 スピーカーからした若い男性の声に短く答えた剣は、通話が終わったそれを外して自分の所有する車へと歩いていった。

最後までお読みいただきありがとうございます


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