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最終話《風と少女と人生のパレット》



 ふたりの人が、風に吹かれている。片方はお腹を膨らませた妊婦で、もう一人はその旦那だった。ふたりは静かな日に決まって丘に登り、そこから港町の眺望に魅入って、子どもの名前について考えていることが多かった。


「なんだか君にそっくりな子が生まれるような気がするよ。指の形も、あの頃の君のそれみたいに、細長くなるような」そう彼は言った。


 彼女はこの頃、少し怒りっぽかったけれど、彼のこういう話は好きだった。


「ふたりの子どもだよ。どっちかだけの子どもじゃないんだから」と彼女はやや呆れた口調で言った。


「それもそうだけれど、僕は待つことしか出来ない。君みたいに、待っていてくれる子がいいよ」


「待っているだけなら、こうはならなかったよ」と彼女はお腹を擦りながら言った。


 そうされると彼は弱かった。だが言葉の方はずいぶんと気に入って、彼女の体を労わるように、丘に並んで座る。


「実はね、名前はもう決めてるの」


「母親の勘ってやつかい? まだ性別もはっきりしていないのに」彼は言いながら、自分の母も同じように生まれる前から性別を分かりきっていたらしかったのを思い出した。


「うん。たぶん女の子」


「じゃあ、名前って言うのは?」


「お母さんの名前をそのまま貰おうと思う」少し心配そうに、これは期待をさせすぎやしないだろうかと考えながらも彼女は言った。


「それでね。一つお願いがあるの」


「なんだい?」


 彼女は彼の肩にもたれながら、彼は気に障らないようにつとめてさりげなく彼女の体に腕を回した。


「この子がわたしのことをお母さんって呼ぶようになって、わたしたちも互いに、お母さんやお父さんってこの子に向けた呼び方をするようになっても、ときどき、こっそり耳元で、リライナって呼んでほしい」


「ああ、いくらでもそうする。リリがそうされることに喜ぶなら、きっとこの子も、名前を呼ばれるだけで、舞い上がるような子どもに育つよ」


「そうだね……エリオ」


 大きな風が吹いても、名前はかき消さなかった。風はただ、名前をいつも囁いてくれる魔法であった。


 まもなく、ふたりには子どもが生まれた。


 それは元気な女の子で、パトリシアと名付けられた。















 人生は続いていく。

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