第八十一話《リスのヴラジーミル》
一匹のリスが好物のナッツを抱えて森の中をさまよっている。知っているような知らないような森の中で、本能的に彼は走りだした。だれかが待っているような気がした。誰かを待たせているような気もされた。それがだれだったか、思い出せないけれど。
彼は疲れた。ずいぶんと歩いた。なんのためにナッツを持っているのだろう? お腹が空いた。食べてしまおうか。それともあの大きな木の根元に隠してしまおうか。
そんなことを思って、彼は開けた場所の、背の低い草の生い茂った広場へ駆けだした。すると彼は、大事なことを思い出せそうになった。
ここで大事な人に会って、大切な人と別れた気がする。悲しげで、不安そうな顔をする少女がいた。居心地の良さそうな帽子を被って。……そうだ。このナッツは彼女から貰ったんだ。
渡したい人がいたような気がする。彼女以外の彼女とそっくりの悲しげな顔で彼を見送った……ぼくの家族だ。
彼は思いだして、木の根元に立った。その木の陰に、幼いリスの兄弟が三匹、きょとんとした顔で立っていた。
ぼくを知っているかな? ぼくの名前は、なんだったかな……
やがて、もう一匹のリスが現れた。手にはドングリを持っている。
ぼくもドングリの方が好きだな。彼女がナッツの方が好きなら、取り換えっこして、大事に隠しておこうかな。
現れたリスが、彼のそばへ歩み寄って、それから彼に飛びついた。それまでじっとしていた三匹のリスも、同様に彼に飛びついた。
もみくちゃにされながら彼は、みんなそんなにナッツが欲しいのかな、と思ったものだった。
ふいにだれかが、彼の名前を呼んだ。まただれかは、彼を父さんと呼びだした。
じゃあ、あれだけ小さかった子が、こんなに大きくなったの? ぼくにも家族っていたんだ。……ああ、そうだ。いろんな話をしたいな。帽子の隙間で、いろいろ見てきたから。
そうだ。ぼくはヴラジーミルって名前だ。だれかにそう呼ばれるずっと前から。……




