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第七十九話《セイディ・メルヘン・ポート》



 ズボンに泥をつけて長靴に牛の糞をこびりつかせながら牧場の柵を木槌でなんともやりにくそうに打ち立てていく少女の姿。それは旅に出る前のセイディである。旅を終えて家に帰っている最中、セイディはその姿を思い浮かべた。思い浮かべて、彼女を架空の妹のように考えるのが妙に楽しかった。


 次第に彼女の意識は懐かしい顔ぶれに満たされた。牧場犬のラッセル。じっとしているのが苦手な牛のミレーヌ。うら若い赤毛の馬、それはヴィンセント夫人である。そうしてヴィンセント・ジュニアの顔までが浮かんだ。想像の中で、その子たちは皆セイディの顔を見、いななき、あくびをし、吠えたりする。


「牧場に帰ったら、ジュニアと一緒に走ったりしましょう。おっとうとおっかあにも、早く会いたい」


 セイディは何を言いたいのか自分でもよく分からず、疲れて言った。


 昨日まで彼女のまわりには声があり、耳もあった。それが今、ヴィンセントと一緒に進む帰路にないものだった。それが恋しかった。しかしわがままにはなれない。こうして帰るしかなかった。

彼女の帰りを待っている人がある。十四の少女が馬を連れて、路銀だけで旅をしようと出ていく。どの時代も、その場合には心配が生まれる。わけてセイディはたくましいというよりも世間知らずだった。


「無事に帰ったら、少しは驚いてくれますよね」


 幼い頃彼女は、いったいいつになれば自分自身を驚かすほどのことが出来るだろうと悩まされたものである。だがもう満足のいく旅をして、友人の名前を覚えた。ギターも手渡した。


「そうです。帰ったら手紙でも書きましょう。落ち着いたらサンルズに行きましょう。ギターを持って、ライカちゃんと一緒に演奏をして……」はたと気づいたのはそんな時だった。セイディはヴィンセントの背中に倒れ込むような形で抱きつく。「なあんだ。ちっとも終わってない!」


 しばらくすると、日の茜色の中に彼女の家が見えてきた。


 旅の尻尾。さよならの余韻。また会う日へのあこがれ。姿に対する欲求。あふれそうなポケット。クジラのなく声、お腹から。……ただいま。


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