第七十三話《手を振る別れ》
明け方に、短い滞在を終え、彼女たちはカエ・サンクを出る準備をした。しかし、何も変わらずに出て行くのではなかった。写真の中で朝日が昇り、光の筋が垂れ下がって、雲の落ちている海はそこだけ鈍く輝いている。ミレーニアは、何度か城のテラスからこれを眺めてきた。そして今日は、幌馬車の縁に姪と並んで腰かけて、なんともこの決断の呆気ない流れや、そこに妹へのあこがれまでを見出しながら、旅立ちを前に人がするように、名残惜しそうな顔をして、家を見ていた。
「あの子、裁縫の針でしょっちゅう指を刺していた。不器用な子で、私がいつも、手当てをしたのよ」
車輪が小石をはじき、泥を散らして進んでいく。轍がだんだん長くなるのを、ミレーニアは楽しんだ。だが、表面ほど彼女は落ち着いていなかった。思わず姪の手を握り、ついには抱きついてしまった。
「こうさせて……今にも走り出してしまいそう……」
大勢の人間が写真から出て行って、二度と帰って来なかった。妹も出て行った。当然、彼女は呼び止めた。なんとか妹だけは、そんなふうに思って。そしてついに妹も帰って来なかった。だが妹そっくりの子がやってきて、彼女は少しだけ信じる気になりかけた。これにはまだ戸惑いがついてまわっている。
「ミレーニア……」姪がそう呼ぶのを聞いた。
彼女はそれから目を閉じた。そうしていると懐かしみの首輪が朽ちていく苦痛に耐えられるように思った。
そうしてついに城の門を幌馬車が通り抜け、雪が降り始める。またカエ・サンクの町が皆の視界に映った。ミレーニアは初めてその町を見た。それから出てきたばかりの城の方を見ると、あの堂々としたいくつかの尖塔が崩れ落ちていて、劣化や風化が進み、覚えているはずのそれとはまったく違う姿になっている。
空は冬によくある雲で覆われた空だった。肌寒く、リライナはすぐミレーニアにコートを羽織らせた。
黒い喪服のようなぴっしりとした服を着て、仕事前の朝礼で外に並んでいる男女がある。
宿屋の二階では、より多くの日を取り込もうと日覆いを外す人がある。
荷車を引き、御者を待っているらしい馬の背中にはうっすらと、もう雪が積もっている。
燻製にした肉を店先に吊るして客を呼び込んでいる主人。
だれかの足に散った泥。
そして雪にはしゃぐ子どもが二人、馬車の往来を気にせず走り出す。
ミレーニアは、その二人の子どもが気になって見ていた。今ごろになって、あの子どもと同じように、無邪気に駆け出すことが出来るだろうか。……




