第七話《鋭い言葉》
母親が病に倒れると、リライナは終日、ベッドに横たわる母親の横でひどくやつれたような顔をしていた。まだ精神的に成熟してはいない彼女の心が傷ついているのは、だれの目にも明らかだった。リライナが責めているのは世界の理不尽な側面ではなかった――もっとも、彼女は他人に責任を転嫁する術を知らなかった。これは偏に彼女の内向的な観点と、狭い視野とが祟ったのである。その狭い視野は今、母親の額や髪に伝う汗などを見出すことに使われていた――ゆえに、父親がどれだけ慰めようと、どれだけヴラジーミルが頭の上で空腹を訴えようと、リライナの心が癒されることは断じてなかった。唯一、母親だけはなにも言わないまま、定期的に自分の汗を拭おうとしてくれているリライナのしたいようにさせていた。ただ残念に思われたことは、リライナがその自然的な優しさに気づいたとしても、それを胸の裡に仕舞っておけるほどの余裕がないということであった。母親にはなにもかもがお見通しだった。それは単に愛娘であるからと云った関係性では説明がつかないほどであった――この事実は母親を大いに悩ませた。どんな言葉をかけようと、今のリライナは無意識的に押しのけてしまうだろう。『なにも出来ないのかしら……』と母親は自分の額に押し当てられたタオルの隙間から天井を見上げながら、口の裡で呟いて、それからやがて『なにも、できないのね』と諦めた。そういう想念が浮かぶたび、ひどく疲れたようになって、また、嬉しいと感じられるのだった。
「リリ。ねえ? 聞いてくれる?」と母親が嗄れた声で言った。
リライナは俯いていた。自分の膝の上で両手を揉み合わせながら、なにかを祈っているような恰好をしていた。
「……なに、お母さん」リライナは俯いたまま応えた。
それだけで母親には、今のリライナが、星が瞬くほどの小さい刺激にすら耐えられないと理解できた。だが、それでも母親は伝えたかった。
「なにもできないって、こんなに……辛いのね」と母親はリライナの頬に手を添えながら言うのだった。彼女にとって、なによりも嬉しい出来事だった。死というものがくっきりと自分の眼前に現れるようになってようやく、愛娘と同じ視点で世界を見ることができる位置にたどり着いた。彼女には生まれながらにして魔法があった。広義的な世界においては意味をなさない魔法――その中途半端な代物が、彼女とリライナの心をわずかながらに隔てていた。
「あなたと同じものが見えるわ。ずっと辛かったのよね……」
リライナはなにも喋らなかった。口を開けば、どこまでも我儘になってしまいそうだった。だが、なにも知らないはずの十四の少女が死という観念から感情を切り離せるはずは毛頭なかった。リライナが無理をしていることは、母親の目には明らかだった。
「ごめんね、リライナ。……お母さん、あなたに厳しくなんてできないから」と母親は自分の言葉を少しばかり悔やみながら言った。
「しっかりしてだの、悲しむんじゃないだの、言えればいいのにね……」
優しい言葉が、どれだけ娘の心を蝕むのかを理解してなお、母親はそんな言葉しか言えなかった。ただ無邪気な顔で、優しさに脆いその顔で、もう一度だけ、作り笑いでも構わないから、『笑って……ねえ、リリ』と願うばかりであった。……