第六十九話《鏡合わせ》
カエ・サンクの町並みには、リライナの思っていた以上に、彼女の感性に媚びてくるものがあった。ヴェリミールに比べて、飛躍的に発展しているわけではなかったが、彼女の背丈では、見上げなければ全貌の見えない建物が多かった。わけて彼女を夢中にさせたのは、町の外れの高台に聳えている巨大な城だった。それは白い外壁で、いくつか建っている塔の先端の空色が穹窿に溶け込んでいるかに見える城だった。
「あの建物にミレーニアがいる」とハーケンがその城を指しながら言った。
リライナは息を飲んで聞いていた。
『じゃあ、あそこでお母さんも……』と彼女は口のうちで呟きながら、あこがれにありがちな甘美な感覚に身を沈めていった。
幌馬車は迷わず高台に向かっている。
道中でリライナが見逃さなかったものがある。市場や酒場、そして道行く馬や人の顔が、どこか作業的な薄っぺらい笑みに溢れていたのである。彼女はそんな風景に半ば怖気づいた……怖気づいて、空を仰ぎ見る。しかし少しも気分は晴れなかった。なぜといって、一面に見えるはずの空は、この町の建物に蝕まれ、クローゼットの隙間から外を見ているように狭いものだったから。
政府の建物の窓からは、うっすらと人影が見え、それがどうやら机に向かって筆を走らせているように見えたので、リライナは、これまでは単に忌み嫌ってきたこの政府という存在に、多少ながら同情を禁じえなかった。政府は彼女にとって、私腹を肥やして人の夢を笑顔で奪い去っている盗人ぐらいにしか思っていなかったのだ。
やがて町の中を抜け、彼女たちを乗せた幌馬車は城の前にたどり着いた。
門をくぐると、彼女たちは不思議な感覚に襲われた。さっきまで泥のにおいがしていたのに、それが消え、木の焼けるようなにおいがした。息苦しい感覚もあった。
「なにあれ」そう言いだしたのはメリルだった。
彼女は先ほど通ったばかりの町のほうを見入っている。セイディとリライナは、彼女に倣って町を見た。
だがそこに町はなかった。木が倒れ、灰が無数に飛び交っている、あまりにひどい風景が広がっているだけだった。
「ミレーニアの魔法だ。この城は、外とは違う場所にある」ハーケンは見慣れたように言った。「リライナ。先に会ってきなさい。ずいぶんと待たせてある」
リライナは応じながら幌馬車を降りて、妙な興奮が消えないまま、城の入り口へと歩いていった。花壇があり、そこではもう冬近いというのに、なんとも春らしい花が咲いている。その花壇のあいだを進む道を、彼女はきょろきょろと落ち着かずに歩いた。だがそういう春の庭を歩いていると、どこからか紅葉した落ち葉が舞い込んできたりするので、彼女はすっかり、この城から季節が始まりでもしているような感覚に魅了されてしまった。
大きな扉をくぐると、正面に左右に湾曲した階段がある。天井を見上げると、一つ小さな天窓があって、そこから差し込んだ灰色の光の筋が、階段の手前に落ちている。
「あら、もうお着きになったのね」階段の上から、聞いたことがないはずの、懐かしい声がした。
声の主は、ゆっくりと階段を降りてきた。それをリライナは、驚きながら、声も出せずに見入っている。
「まったく、ハーケンはときどき積極的な動きをするの。私、急かしたつもりなんてないのだけれど」声の主は、天窓の光の中で立ち止まった。
「あなたが、ミレーニア?」とリライナは言った。
「ええ、そう。私がミレーニア。パトリシアのお姉さん。あなたの伯母さんよ」
リライナは、彼女が伯母さんと言うのにはずいぶんと幼く、歳の頃は自分と同じように思われたこと、それから鏡を見ているように、容姿や髪の色が自分にそっくりであることに惹かれた。
「やっと会えたわね」とミレーニアはリライナに駆け寄り、手を取りながら言った。「驚いてくれた? 驚いてくれたわよね? ああ、リライナ。あなたってずいぶんパトリシアにそっくりね」
ミレーニアの興奮気味の振る舞いは、ますますリライナを混乱させるものだった。彼女のそういう子どもっぽい雰囲気は、ここに来るまでにリライナの想像していた伯母さんの印象とはかけ離れたものだった。




