第五十六話《Because of you》メリル編Ⅵ
初見の壁はおろか、三人には信頼と呼べるものがなかった。またそれが生まれる出来事も、世界は用意していなかった。だが今、三人のあいだには信頼がいつの間にかできている。それは三人が三人共、めいめいに人と触れ合い、そうしていつも誰かと一緒にいるときは一人が二人のことを思わずにいなかったからだ。人間の関係は、そこに血が立ち入らない限りいつも奇妙になるように出来ている。何もかもが違った。そしてこの差異が彼女たちのあいだで、奇妙なことをやってのけたのだ。
セイディはあこがれの冠をかぶってリライナに恋をしたが、恋のにおいだけを残して、冠は捨ててしまった。おかげでリライナのする行動の一つや夢想の一つに至るまでを、まったく遠い世界に属するものと受け入れ、月や星にするように、ちょっとうっとりするくらいのものだった。
メリルは、この二人は島の人々が自分に向けたような、卑しい、魔法ばかりを評価するような目を一度もしたことがないのを認めた。二人は彼女の目を見ると、ときにはだらしなく口をひらいて吐息を漏らす。彼女に魔法があると知る前から、二人はそのようにし、これはかつて彼女の目をその将来性まで見透かして見入った島民がついぞしたことのない眼差しだった。それだから彼女は、なにより二人がそうやって彼女を人よりも目の綺麗な人として扱うのを喜んだ。
リライナは一度、自分を苛むことに忙しくなった。夢はどこに行ったのか、自分は何をするべきだったか。そのようなことを考えずにいなかった。なぜといって、彼女に怠け癖があったのではなく、いつも彼女自身の見出した夢に対する敬虔な態度があまりに行儀がよかったために、ほんのいっときでさえ、本来なら眠りにつく時でさえ手放してはならないものを不覚にも手放したならば、自らの手で鉄槌を振り下ろすのも辞さない考えがあったからである。しかし、自分があらゆる出来事の後、あらゆる出来事の前に立っているのを認めた時、彼女は焦るのをやめた。そうしてリライナは、気づけば二人から離れて一人でいるのを、だんだん寂しく思ったのだった。
ある晩、三人はそろって気に入っているアトリエの屋根に上って、何をするともなく肩を並べて座っていた。あくびをすると、先ほど食べた魚や香草の味がそのまま鼻をついた。夜虫の声は遠く、夜風の音は近くで聞かれ、これがなにより彼女らの背中に屋根から突き落とさんばかりの衝撃をくわえるので、三人はそれぞれに心細くなり、おもむろに首を隣にもたせかけずにいないほどだった。リライナとセイディは、メリルの肩に頭を置いた。メリルはそういうリライナの頭の上に自分の頭をもたせかけ、セイディの肩に腕をまわす。
だれから何を話そうかと、無言の会議をしている最中だった。
「この旅が終わったら、どこに帰ればいいのかしら……。それに、このまま絵を描く理由だって、なくなっちゃった」とメリルはやはりいささか自己中心的に口をひらいたが、それはいま彼女に半ば身を任せているどちらかが、ともすれば答えかそうでなくともこんな文言を包むに足る尾羽を一枚でも持ってはいないだろうかと、頼りにしたためだった。
リライナは黙っている。だがセイディは、これについて言葉を持っているらしかった。
「私たちがメレンスを出発するとき、コルネリアちゃんがメリルさんの絵に隠れて、私のズボンを掴みました。それから絵の裏に隠れて、私に言ったのです。メリルさんの弟子になるには、どうしたらいいと思うって」
メリルはこれを聞いてうっとりするあまり口がひらかなかった。
リライナが二の句を継いだ。
「目標はなくても、目標にしてくれる人がいるんだね」
それから、メリルはこの二人に寄せた信頼と共に、二人が自分に寄せている信頼についても、誇らしく思うのだった。




