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第五十三話《Because of you》メリル編Ⅲ



 メリル・ヴォーティエの育った家のある島は、魔法差別の激しい、パルクト大陸とは別の文化のある島だった。いや、島民の中には国と呼ぶ者もあった。それほどに規模の大きな文明の形成が成されていた。パルクト大陸にも発電の技術はあったが、この島ほどではない。この島――イースラには火力と風力、水力による発電が行われていて、機械による発展が目覚ましいといった環境ができている。火の代わりに電気で調理をする環境さえ出来ているのに、なぜこれを島民はパルクト大陸へ伝えないのか。それはイースラが、まだ魔法主義なるものが形成される前にあった迫害の対象者で、彼らは皆、迫害から逃れてこの島に来たのだったから。


 だが、イースラで生まれた人間がだれしも平和に暮らせるというのではなかった。彼らの先祖は、かなり最初からすでに魔法を持たない者はパルクト大陸で我々を迫害した人間と変わりないとして、パルクト大陸へ追放するというしきたりを作ったのである。けしてそういう人間を殺そうとしなかったのは、殺してはあのパルクトの奴らと何一つ変わらないのではないかと言う者があったからだった。


 われわれの慈悲深い様を見よ! 彼らは迷うことなく、営みの中で自らの人生に光彩を添えるに足るはずの子どもでさえ、二十歳になってから躊躇なく追放したのである。


 何も知らない幼いメリルは、その環境の中でヴォーティエ家に生まれた一人っ子として、しっかりとこの島の歴史と世界の常識を与えられるよう細心の注意の下で教育が施された。


 世話係のジェロームは自らの家族姓を教えずにメリルの身の回りの世話をした。メリルの両親は教育さえ彼に任せたが、これは不可解なことである。なぜなら彼は、魔法がなく二十歳になれば追放される身分であったから。


 ジェロームは実に惜しい人材だった。科学の分野では手渡される資料に制限があり、また機械に触れることは出来ても、分解などは固く禁じられていた。だが歴史においては一切の制限がなく、また彼はすべてをありのまま覚え、牧師ならば嘘のように語るところを、今、壁一枚向こうで起きてでもいるように話すことが出来た。そして何より、島民の皆が皆、われわれはひどいことをしようとしているのではないかと思われるほど、哀れに見え、しかし甘んじて自分の境遇を受け入れているふうに、目に映る存在だった。


 メリルだけは、何も知らなかった。彼女にとっては、兄妹でもないのにあたしと髪の色が同じ世話係のジェローム、くらいの存在だった。


 彼が二十歳になる前日、彼はメリルとこんなことを話した。


「僕は明日、ここから出て行かなくてはなりません。勉強や身の回りの世話は、これから他の人がすることになります。僕の知る限り、それは向かいの家のミレーヌです。彼女も知識においては申し分のない人です。どうかご安心を」ジェロームはこのように喋るのが常だった。


「知識はそうでも、ジェロームほどあたしを知っている人がいるのかしら」メリルは寂しそうに言った。


「ですが、仕方のないことです。そこで、あなたは絶対に仕方のないことと思えないでしょうから、一つの思想を教えようと思うのです」


 部屋には二人きりだった。彼は自分こそがメリルの兄だと言うこともできたが、しなかった。


「パレット理論というものです。パレットはそのまま、絵を描く時に使う品です。これに理論がついたもの。パレット理論とは、人は支えあう生き物だと思い込ませたがる思想とは違います。いいえ、僕も人同士の支えあいを軽視するわけじゃない。ただ、そう考えるのは綺麗じゃないと思うのです。まず、パレット理論は、パレットの上に絵の具を出さなければなりません。しかし、絵の具はどこで手に入れましょう? 絵の具を人と捉えるのです。出会った人を、自分に強く影響を与えたか親しみのある人間を色にたとえるのです。たとえば、僕とあなたは赤。先ほど話題にしたミレーヌは茶色といったふうに。髪の色でなくともイマージュで差し支えありません。ただ、人生をキャンバスと考えるならば、人と出会い、パレットに色を借りて、一枚の絵を描かなければなりません。絵を描かなければ、キャンバスはただの紙です。そして飾られない絵もただの紙です。……分かりましたか? メリル。パレットに、赤は二つも絞る必要がないのです……だから、仕方のないことなのです」


「何を言っているの? あなたは金色。目の色がそうだもの。髪の色じゃなくてもいいのよね? そうでしょ? ジェローム」


「……はい。そうです。あなたは実に頭がいい」


 ジェロームは頭を抱えた。


「ひょっとして、あなたが考えたの? まだまだね」メリルはきっぱりと言った。


 彼は彼女のするこういう物言いがなんとも言えず好きだった。だが、もういちど彼女がそうする時に、自分はもう遠くにいるのだろうなとも思った。


「そうですね。本当に、どうしようもないジェロームです」と彼は無理に笑おうとした。


「でも、気に入った。ジェローム、あたしがパレットに金色を絞るときは、あなたの色よ」


「はい。では、僕も赤を絞ります。花が欲しいな、あなたの目にあるような花を、一輪だけでも……どこにもない綺麗な花だ」


 翌日、ジェロームは船に乗せられて追放された。メリルは泣かなかった。


 だがある日に、父親が酒に酔って居間で母親と話しているのを廊下で聞いてしまった。長々と続いた父親の喋りと、それを止めようとする母親の言葉の中で、たしかにメリルは、「ジェロームは俺の息子だった!」と父親が大声で言い、母親が「そうよ! でも、メリルがそれを聞いたら、どうするつもりなの!」と言うのを聞いた。


 メリルは震えた。怒りだった。そして後悔だった。


 両親がした嘘に腹を立て、そうさせた島のしきたりに腹を立て、自分自身にも腹が立った。


 メリルは島を出ようと決意した。十四になる年だった。


 計画を練り、船着き場で小舟を盗み、彼女は真夜中に島を出た。だが船の漕ぎ方は知らなかった。記憶を探ってできるかぎり忠実に真似をした。しかし予期できなかったことは、小舟が嵐に襲われたことだ。瞬く間に船は転覆に、メリルは荒波に揉まれた。


 幸いにも、彼女はパルクト大陸の南のとある海岸に打ち上げられる。そこである男が駆け寄って、彼女を目覚めさせた。


 それがハーケン・ボルステインである。


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