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第二十七話《ロウソクは静かに》



 セイディはメヌエ語の教本を見つけて帰ってきたけど、妙な冷静さを帯びている。ひょっとすると、おぼえた単語の一つでもすぐにあの子に聞かせるんじゃないかって思ったのに、そうするそぶりもない。何事にも熱心だってことはよく分かったけど、我慢できなかったのは、寝るときになったらロウソクの明かりで教本を読んでたこと。あたしは無理やりに目を閉じようとしたけど、布団に顔を埋めたら息苦しくて……そうしないとロウソクの火が眩しかった。


 彼女が疲れて寝るのを期待した。でも、一向に勉強は終わりそうにない。それどころか、時間を追うごとに没入していく雰囲気で、自然に口はゆるやかな弧を描く。まぶたは少し重そうだったけど、眠いというよりは物憂げになっていく。物語を読んでいるのなら、共感はできた。でも、メヌエ語の教本は分厚くて、装丁は古めかしい茶色の革細工。だれも知らない英知がそこに詰まってでもいるふうな、そんな本だった。だからあまり、共感は出来なかった。


「眠くならない?」とあたしは言った。少し呆れた響きにしようと意識したはずだったけど、実際は、単に優しい口調になった。


「……ああ、これは失礼を。そろそろ止めておきますね」と彼女は言いながら本を閉じて起き上がった。


 それからあたしたちのあいだにあるロウソクへ彼女が顔を近づけるのを見た。さっきより近くなった彼女の顔には、まだ、あのどこか艶めかしいような雰囲気が残ったままで、今まさに消えかかっている最中だった。安堵の連れである罪悪感はまもなくやってきた。


「そんなにあの子に感想を聞きたいの?」


「いいえ、もうその気はないのです」


「だったら、どうして勉強なんて……」


 あたしが言いかけると、セイディは歯を光らせてわざとらしく笑った。


「ちょっと考えました。感想を聞いて、私がどうしたいのか。といっても、曲の感想じゃなくて、なにを思い出してコルネリアちゃんが泣いたのか、それが知りたかった。でも、教本を探し出してから次第に熱が冷めていって、なんだか落ち着きました。冷静になったのですよ。私がコルネリアちゃんから感想を聞いても、ただ会話が生まれるだけ。私の求めているものは、もっと違うのです」彼女はロウソクを消した。「ギターを始めたのは、自分を知りたいからでした。それを忘れかけていたのです。笑顔で聴く人も楽しげに聴く人もいましたけど、泣きながら聴いてくれた人は初めてで、おもわず、無意識です……突き動かされて、衝動にかられて教本を買いました。でも、人は私を教えてくれません」


 彼女は消したばかりのロウソクを見つめていた。まるで思い残しがありでもするように、言葉は微妙な震えを持っていた。


「勉強は、なんのため?」と、あたしはしばらく黙った後で改めて言った。


「朝におはよう、夜におやすみを言いたい。今はそれくらいのものです」

 セイディは、それから自分の布団にもぐった。


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