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第十三話《目が合う》


 わたしはメリルとカウチに腰かけた。閉め切った窓が風をさえぎった。窓がそんなふうにしているのを認めながら、わたしは、自分が絵を描いているあいだになんの連絡もなしに通り過ぎていった時間にくっきりとした輪郭を感じだしていた。それからそんな時間に肉付けでもしだしたように、わたしはなんだか落ちつかない格好で天井へと目をやった。すると、天窓からちょうど一枚の葉がおちてきた。それはわたしの足元に落ちたらしかったが、そんなことには構わず、気づく前からずっとああして開かれていたらしい天窓を眺めやった。天窓からは背の高い木の梢が見え、それを見ると、わたしはとうとう帽子の上にふわふわしたなんとも曖昧な感触があるのを見出した。焦りと期待が揺れだしたのはその時である。カウチに座っているわたしたちの距離――始めの内は気にするほどの距離ではないと思いながらも、こうしていかにも気まずそうに黙りあっている時間が、わたしたちを目で見るよりもっと遠ざけていくような感覚に、しじゅうわたしは恐怖していた。


 ふと、天窓にわたしたちの姿が映り込んでいるのに気がついた。それはあの天窓の向こうに見える緑を下敷きにして映った、ぼんやりとした姿だった。そして、わたしはそこに、メリルもまた天窓を眺めやっているらしい姿を見出したのである。わたしはそのまま、天窓の向こうの風景に夢中になっているようなふりをして彼女を見た。メリルは退屈そうな顔をしていた。一向にこちらの視線に気づく様子はない。それが分かるといささか寂しくなりだして、ついで、どうすればあのキャンバスの中で目を合わせられるだろうと思索に耽った――ただ口を開くだけでも構わないけれど、それはなんだか無作法に思われた。


『もしも十五の少女が友だちを作ろうと思うとき、いったいなにをするのだろう?』そんな想念をとつおいつしたすえ、わたしは思いついて、視線を足元へ下ろしてカウチに深く座りなおした。軽いきしみがして、目の端でメリルがこちらを向いたらしいのをかすかに認めると、また天窓を見上げ、彼女の姿に小さく手を振った。メリルがふたたび天窓を眺めやるまで、なにか恥ずかしいことでもしたときみたいに胸の鼓動を大きく聞いていた――二、三秒のあいだ呼吸を意識しなければならなかった。メリルが天窓を見上げたのは、もう耳が熱くなりだした時だった。


 彼女は天窓の中でわたしと目を合わせ、一瞬時とまどった顔をしたのち、そういうわたしに倣って手を振りだした。わたしたちがあの天窓の夢の国で生きているあいだに、どうか耳の熱が引くようにと願うばかりだった。


 わたしたちはお互いの顔を見て、それからお互いの手の動きに気を配る。これもまた無言のやりとりに違いないのだけれど、先ほどの気まずい沈黙の中には感じられなかった照れくさいような緊張が、今度の沈黙には秘められていた。


 まもなく、ぼうっとしたメリルは我にかえって慌てた様子になった。彼女が天窓から目を離すのを認めて、わたしもそれに倣う。


『また目が合った』とわたしは口のうちで呟いた。


 ささやかな風が天窓から下りて、わたしの前髪が揺れ、青いカーテンの向こうに赤い花が見える――あの赤い花をこうして見つめたいがために、半ば夢中になって思索に耽ったがために、いくらか遠ざかってしまった自分自身への意識が唐突に戻ってくると、いつからか、おそらくはずっと、わたしはこうやって微笑んでいたのだと、ようやく分かったのである。


 わたしはなにか口にしようとするのを堪えながら立ち上がった。しかしそれで、いまわたしと同じように口を開きそうになっていたメリルは口を閉ざしてしまった。


 彼女の言葉が気になりながら、しかしまるで彼女がそうして言葉を飲み込んでしまったことには気づいていないとでもいったふうに努めて微笑みかけた――夢を夢と気づきながら、探求心をポケットにしまいこんでもう少し先をみたいと思ってしまう、あの無力な懇願に似た感覚を見出しながら。……


 悟られぬうちにわたしはイーゼルに立てかけたままの絵の方へ歩み寄った。絵の前の椅子に腰かけ、メリルに背を向ける形になると、ヴラジーミルがとうとう帽子の中から出てきた。彼はどうやら絵がどういうものか知っているようで、わたしが絵を描くときにはいつもそうして木の実でも探しているといった格好で絵を眺めるのである。


 後ろで物音がした――それは椅子がきしむような音だったけれど、わたしに聞いたという確信はなく、わたしの胸の中で期待がそんなふうに鳴ったのではないかと思えるほど、微かな音だった。……


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