始まり
それは一通のメッセージから始まった。
ヒモになりたいというおっさんの下らないエッセイに応えてくれた、奇特な女性が現れたのだ。
「釣りか?」
初め、目を疑った。
エッセイにも書いたが、冗談半分だったからだ。
養って下さいなんて、40過ぎのおっさんの戯言を本気にする人なんて、いる筈がないと思っていたのだ。
「ありえないけども、メッセージは本当だしなぁ」
40年も生きていれば、冗談か本気かの区別は、五分五分くらいで当てる事が出来る。
つまり全く分からないのだが、大切なのは相手がコンタクトを取ってくれた事だろう。
少なくとも、メッセージを送るという行動をしてくれたのは事実だからだ。
最も可能性が高いのは、からかう目的だろう。
哀れなおっさんを笑ってやろうという、ある意味では優しい人だ。
放っておくのが最も正しい態度なのに、わざわざメッセージを送ってくれるなんて優しさの表れ以外の何物でもない。
作者にとっては、無視されるのが一番悲しいからだ。
けれども、そのメッセージは随分と好意的な内容であり、そんな気配はなかった。
送信者の真面目な性格が読み取れる、丁寧な内容のメッセージであった。
相手が本気そうだと判断したのは、いくつか理由がある。
まず、エッセイに対しての感想ではなく、メッセージである事。
悲しいがそれだけの事で、おっさんとしては何やら期待してしまう。
ホーム画面に赤文字があったら、感想にしろ新着メッセージにしろ、嬉しいものだからだ。
次に、メッセージが捨垢から送られた訳ではない点だ。
送信者のマイページを辿ると、“なろう”できちんと活動しているのが分かった。
作品の投稿はあまりしていない様だが、捨垢でない事が分かれば十分である。
世の中には作者をからかう、誹謗中傷する為だけに、捨垢を作って悪質な感想を送り付ける輩もいるのだから。
それを考えると、捨垢でないアカウントから送信されたメッセージであると言う事は、それだけで内容への信頼度が増すだろう。
そして最後にその内容だ。
おっさんにしてみれば、あんまりグイグイ来られると引いてしまう。
40年も独り身でいるのは伊達ではない。
結婚詐欺とか宗教関係とか、自分を騙しにきているのかもと疑ってしまうのだ。
けれどもそのメッセージは万事控えめな印象で、送信者の人柄が感じられた。
おっさん自身に興味を持ってくれ、コンタクトを取ってくれたらしい。
もう、それだけで脳内妄想が捗るではないか!
『メッセージありがとうございます!』
失礼に当たる事のない様、まずはメッセージを送ってくれた事に篤く礼を述べた。
そして彼女、なろうアカウント名”マナミン”さんとのメッセージのやり取りが始まった。
まあ、性別は詐称の可能性を排除出来ないけれども……。
マナミンさんとのメッセージのやり取りは楽しかった。
正直、リアルでもネット上でも友人関係がなかったおっさんなので、個人的なコミュニケーションが久しぶりだったのだ。
聞けば年齢は30歳、テレビ関係の仕事をしているらしい。
創作は昔からやっていたが今は仕事が忙しく、中々作品を書く事が出来ないらしい。
おっさんも自分の経歴など話し、盛り上がったと思う。
無駄な経験だけは色々としているおっさんなので、相手の興味は兎も角、話題には事欠かない。
どうしてテレビ関係の仕事をしている人が、40過ぎのおっさんを養ってあげようと思ったのか聞いてみたが、そこは曖昧に答えてはっきりとは分からなかった。
まあ、おっさんとしては本気にはしていないけども。
おっさんを安心させた所で正体をばらし、実は男でしたぁとやられる事も想定している。
実はエッセイのネタにする為でしたぁ、かもしれないな。
同じ様な孤独を抱え、おっさんをからかう事で寂しさを紛らわせている独男の線もある。
文面上は本気らしいマナミンさんのメッセージを読みながら、おっさんはあらゆる可能性を考え、ショックを受けない様に自衛しつつ、疑いながらも楽しくやり取りしていた。
そんなおっさんの胸中とは裏腹に、いつの間にやらマナミンさんとリアルで会う事が決まっていた。
名古屋で仕事があるらしく、忙しい中わざわざおっさんと会う時間を作ってくれたのだ。
電話番号まで交換し、直接話したりもした。
マナミンさんは女性だった。
男の裏声にしては自然過ぎたから、まさかオネェな人ではないだろう。
知り合いの女性に頼み、マナミンさんが女だと喜んでいるおっさんを騙しているのかもしれないが、流石にそこまでして仕込む意味が無いよな?
宗教関係にしても手が込み過ぎているから、本物の女性ではあると信じていいよな?
その目的は謎だが……。
そして、マナミンさんはどんな女性なんだろうかと想像し、よからぬ展開まで妄想しながら、ニヤニヤして仕事に励むおっさんがいた。
期間工としてもうすぐ2年目のおっさんは、別の事を考えながらでも確実に体が動くまでになっている。
どれだけ妄想しようがミスを出す事も作業が遅れる事も無くその週を終え、マナミンさんと会う約束の日を迎えた。
参考エッセイ「私はヒモになりたい」