第五章
護衛当日。
百無と姫更は校門前に集まっていた。
シゼルの後ろには魔装機関の人間と思しき人物が数人並んでいる。シゼルは機関の人に百無と姫更のことを話すと、「よろしく」とだけ言ってそれ以降は黙った。
「なぁ、姫更思ったんだけど」
「ん?」
「皆、図体でかくね?」
「体だけは鍛えているのでは?」
「そういうもんか……」
機関の人間は思った以上に寡黙で筋肉質な人ばかりだった。もう少し偉そうな雰囲気を醸し出していると思っていたが、これではシゼルは率いているようにしか見えない。
彼ら含め、シゼル一行は校舎を巡回する。
監査は順調に進んでいた。監査といってもあれがこうでこれがこうと、どことなく適当感を否めなかったが、学生にはわからない世界があるんだろうと百無は考えるのをやめた。
校内を回るも、これといって敵の迫る気配がなかった。
爆発がおこるわけでも何かが構えているわけでもない。
外回りをすませたあと、校内に入る。
休みの日とあって生徒は少ない。
廊下を歩く音が、静けさも相余って異様な緊張を生み出していた。
と、そこに。
「お待ちしておりました」
生徒会の御嵩律奈が丁寧な物腰で待っていた。校内を案内するのは、生徒会の役目がになっている。
シゼルは事前にそのことは伝えていた様子だった。横を見やると、他の生徒会の連中も一緒だった。
ふと、シゼルは生徒会の面々をじっと見やるが、視線を前に戻す。
「おはよう、律奈」
姫更は御嵩に挨拶を交わす。
「? 律奈?」
御嵩は彼女のあいさつに反応しない。
「……律奈君」
シゼルは彼女に呼びかけた。
「はい」
そう返事しているもののあまり反応が見られない。
「彼らを案内してやってくれ」
以前、百無が決闘していた時の御嵩とは大違いだった。彼女はどちらかというとオドオドしている性格で、これでは姫更の無表情といい勝負でもあった。
「私の顔に何か?」
「いや、なんでもねえ」
百無はドレットを見やる。
『……』
ドレットは、終始黙っていた。
今日になってからというものの、一向に喋る様子を見せない。
律奈は機関の連中の先頭にたち、校内を案内する。もちろん、シゼルも含め、百無と姫更も引き続き同行した。
それからしばらくして、廊下を歩く。
「?」
ふと、人気が全くない場所へとやってきた。
校舎の裏側だ。
その裏側の先には、ミュージアムと呼ばれる大きな鑑賞ホールがある。
「律奈……予定と違うぞ。案内するのは別の校舎のはずだ」
「……」
御嵩は黙る。
同時に、ぴんと張り詰めた空気が、シゼルたちを覆った。
金髪の長い髪に独特なタレ目をしている彼女の姿は、いつもと違っている。
まるで別の意思があるかのように。
何かが違う。
百無も、姫更も、誰もがわかっていた。
「サイキネル、起動」
突然、二人の目の前で魔装を展開させる。
その行動に二人は気を取られた。
『危ない!』
ドレットの掛け声に気がついた時には、姫更は魔装を展開させていた。
姫更は御嵩の攻撃を防ぐ。
「律奈!?」
声をかけるも反応がない。
御嵩律奈の反応は薄いどころか反応がない。目がうつろだった
後ろからも数々の声が響いた。
見れば生徒会の面々も自らの魔装を展開しており、彼らに襲いかかろうとしていた。
機関の一人一人が、どこからかひとつの剣を持ち出す。量産型の魔装だった。それを持ってして、生徒の攻撃を防いだ。
「やはり……」
その軽さから学園警備の人間たちに持たせていた。量産型は起動の段階をはぶけるが大きな効果は伴わない。彼らの姿は、理事長室でも見かけたことのある警備部隊のそれと同じだった。
シゼルは確信の表情だった。
「おい! どういうことだ!」
百無もわけがわからず、咄嗟に魔装を展開する。
『いいですねぇ~御嵩さん。そのまま姫更さんを抑えていてください』
しかし、突如聞こえた知っている男の声に動揺した。
御嵩はその声に従って、姫更を動かそうとせず、鍔競り合いの状態を保たせていた。
「ハロー、みなさん」
姫更の真後ろに、加狩瀬が現れた。
目の前に、知らず知らずのうちに。
手には知らない武器を持っている。
魔装ではない。
魔装は展開しなければ手にもつことはできない。
加狩瀬は制服姿のまま、突然、百無たちの前に現れた。
そして。
「うあっ……!」
姫更の首元に何かを突き立てた。
彼女はうめき声を上げる。
刺さっていたのは一本の小さな杖だ。
加狩瀬はしばらくその杖を首元に突き刺したまま。こう唱えた。
「さぁ、テラル。彼女の能力を奪いなさい」
姫更の首元から青白い四角形の光が溢れだす。光たちはどんどんテラルと加狩瀬が呼んだ杖の中に収束していく。
「加狩瀬さん! あんた何のつもりだ!」
百無はパリングスを加狩瀬に向けて答える。
「やはり罠でしたか……。しかし、僕が欲しいのはあくまで、魔装適性が著しく高い姫更さんなのでね。もっとも、能力も見張るものがありましたから奪っておきましたが」
加狩瀬の目は変わらない。落ち着きがある。
「能力を奪った……? 姫更が必要って……どういうことだ!?」
「ふむ。理事長からは詳しく聞かせてもらっていないようですねぇ」
シゼルは加狩瀬を睨む。
「何を企んでいる? 加狩瀬透……いや、スピリテラル首領、黄泉原修吾」
「黄泉原……?」
百無は耳を疑った。
葛葉シゼルがその名前を口にした途端、加狩瀬の顔色が変わる。
「イエス! 正解です。……いつから気づいていました?」
そういって、シゼルは加狩瀬の周りにいる生徒会の面々を眺めた、。生徒会はシゼルが要しいた魔装機関のダミーである警備部隊と剣を交えている。
「最近、生徒会員の目がうつろなものだから、気になっていたのだよ。……だがもう律奈まで手をつけていたとは」
「ほほう、そんなところから。理事長とあろうお方が、学生一人一人の様子などを覚えていらっしゃるのでしたか。ご名答、生徒会の方々はすでに洗脳完了しましたよ。だが御嵩律奈に関しましては、外面とは違って思っていた以上に芯の強い子でしたから、テラルの力を存分に使って、洗脳能力を上げるしかなかった。テラルにはそういう力も秘められていますからねぇ」
加狩瀬は邪悪な笑みを浮かべる。
「……『心理操作』、お前が使っていた魔装の能力か。まさか、武器の形で侵入していたとはな……。ドレットを見て引っかかっていたが……黄泉原、お前も武器の中にいたんだな?」
葛葉シゼルは何かを解き明かすようにして加狩瀬に論を放つ。
「ある学園で数人の魔装使いの能力が途端に喪失したという事件が起こった。魔装の故障として処理されたが、喪失した能力をたどっていくとどうもきな臭かった。瞬間移動、幻術体現……どれもこれも実践的な能力ではない……まるで何かを計略しているかのようだった」
「ほう、それで?」
「気になったのは、誰ひとりとして犯人を見ていないという点だ。……これは突飛な発想だが、もし仮に、それを行っているのが人ではなかったら? ……私はドレットを見て、その推測を捨てきれなかった。私の推測が正しければ、お前は紛争後、武器のなかに入り、その中にいながらも人の意識を操り、我々の前から姿を消した。死体だけ残してな」
「またしてもイエス! 正解ですよ、そのとおり。私は殺された時の保険に、この魂装……テラルに自分の魂を憑依するようにセットしておきました。それから私は何人もの人間に取り付き、その人間の意識を操り、行き来し、あなたたち魔装機関に復讐するタイミングを測っていたんですよ……。テラルの能力をふんだんに使い、全ての人間を私の前にひれ伏させ、支配するためにね!」
シゼルは突き刺さった槍、ニグルヘルを抜き取る。
「テラル……組織が極秘に開発していた『魂装』……ドレットのだけかと思っていたが」
「はっはっはぁ! あの紛争ですべてが終わったと思ったら大間違いですよ! 葛葉シゼル! そして」
加狩瀬は、ドレットにしっかりと目を向けた。
ドレットは確実に、見えている。
「葛葉レイリ……こうやって話すのは久しぶりですねぇ。あなたと相討ったことはよーく覚えていますよ……」
『あたしも……あんたのその偉そうな喋り方は、いやでも覚えてるよ』
ドレットは時折、加狩瀬を嫌がっていた。
それは加狩瀬自身ではなく、加狩瀬に取り付いていた黄泉原のものだった。
「あの時、あなたは私と相射って死んだと思っていましたが……まさか、あなた自身も私と同じ手を使っているとは思っていませんでした。おそらく、憑依の方法も侵入した時に調べていたのでしょう……。その魂装はテラルの次に優秀でしたが、いささかテラル一つあれば事足りると思ってて警戒していませんでしたがねぇ……あなたが憑依したとすれば、破壊しておくべきでしたよ」
『……』
ドレットは顔をしかめる。加狩瀬はメガネの奥底から見える狡猾な瞳を見開いた。
「だが、今の私には全てを支配する力が整った! 整っている! 明日宮姫更を媒体とし、加狩瀬透の意識を消し去り、全てを始める! しかしここではあまりに地味で華やかではない。場所を変えて、この先にあるミュージアムで続きと行きましょうか。あそこなら誰もいないでしょうし、私の記念すべき復活にはふさわしい!」
「させるか!」
シゼルは加狩瀬に攻撃を加えようとする。
しかしその瞬間、加狩瀬を含めた生徒会と、律奈に捕まった姫更が、一斉にして消えた。
加狩瀬が別の学生から奪った能力「瞬間移動」によるものだった。
「姫更!!」
百無が声をかけた時にはすでに消えていた。
「しまった……! これは……瞬間移動か……? 大人数の移動はできないはずでは……いや、テラルの影響か……」
シゼルはすぐに魔装機関に扮していた警備部隊にさっと命令し、ミュージアムを取り囲む体制を敷き始める。
「おい、どういうことだよ! シゼル」
百無は、加狩瀬の言っていたことを咀嚼するようにして返す。
「今の加狩瀬は加狩瀬じゃない、ということだ」
「どういう意味だ……黄泉原は死んだんじゃねえのか!」
「死んだ。死体は5年前に確認済みだ。……確認したが、どうしても懸念が消えなかった。まず……その武器、ドレット……いや、妹のレイリを見つけた時にその推測は始まった」
百無はドレットを見やる。
ドレットは目をすぐに逸らした。
罪悪感のある目をしていた彼女に、いつもの表情はない。
「魂装……君の持っているその武器はスピリテラルで作られたものだ、人の魂を糧とし強大な力を発揮する。……葛葉レイリは黄泉原と相打ちになって殺された。だが、レイリは黄泉原と同じように、自分の魂だけをその魔装に宿らせていた。……その姿は血縁である私にしか見えない。血縁の者と、武器の所持者、お前だ」
葛葉シゼルは当時の状況を思い出すように話をすすめる。
「その後、魂だけとなったレイリから話を聞き、それがスピリテラルが極秘に改造していた魂装というものことを知った。5年前は奇妙なわだかまりしか残っていなかったが、ここに来て、能力喪失事件が起こり出してから、その奇妙なわだかまりが蘇ってきた。……まだ黄泉原は死んでいない。そう思った。それはレイリも同じ考えだったよ」
「……それを知ってるのは?」
「私と、レイリと、機関の上層部だけだ。これを公にすれば黄泉原が死んでいないという可能性が示され、大衆の口を通じて、この世のどこかにいる黄泉原に通じる可能性がある……それを避けるために黙っていた。最初は上に信じてもらえなかったが、次第に理解をしてもらえるようになるまで時間がかかったがな……」
「……この武器は、なんなんだ?」
百無の声は、低い。
「魂装『リヴァーシヴル』。パリングスの本当の名だ。言ったとおり、魔装とは違い、人の魂を媒体にする武器。人の魂が入っていなければ起動一つもできないが、他の魔装とは異なる能力を持っている。テラルの能力剥奪と剥奪した能力の増強、そしてお前の『全てを受け流す』能力も同様、異質の能力だ」
「……なんで、この武器を俺に持たせた?」
「……」
シゼルは片目でドレットをみやった。
「彼女の頼みだ」
「……っ」
ドレットの姿が、あの人とかぶった。
百無の小さな予感はあたっていた。
「百無……魔装紛争以降、お前は心を閉ざしたままだった。放っておけばお前は自滅する。葛葉レイリ……ドレットは私にそういった。だから、お前をこの学園に入学させ、そして、この武器を持たせた。レイリの宿っているこの武器をな」
百無は頭を抱える。
「……そんな」
だがそれは違った。
百無の知っているドレットは、レイリである。
思いたくもない懸念が百無の頭を刺激する。
「百無、君がここまで強くなったのは君自身の力だ」
「……」
百無は声が出ない。
拉致された時に出会った女性。自分に暖かさを教えてくれた女性。
それが半年も隣にいた。
百無はずっと自分の弱さと強さに葛藤してきた。
『……っ』
彼女の顔が、レイリとかぶる。
ドレットの存在を改めて認識した瞬間、強さはまやかしのように消えた。
「……今は加狩瀬を止めることが最重要だ。これから学園内を封鎖し、黄泉原を止める。お前は寮に戻れ」
「……俺も行く」
「何?」
「姫更がやられたのは俺の責任だ」
百無はそれ以上何も言わない。
シゼルはドレットを見やる。ドレットの目には涙が浮かび、言葉がでない顔つきだった。
半年間の罪が一気に返ってきたような、そんな表情だった。
「……わかった。ただし深追いはするな」
「……」
百無は口を閉ざす。
■
ミュージアム手前。
シゼルの後ろには数十名の、量産型の魔装(剣)を所持している警備部隊がいた。
百無はその後ろにいる。
「今回は集まってもらってすまない。機関にも既に応援要請は出しているが、私たちで対処する。相手は学生といえど黄泉原の手の内だ。……油断と、無理だけは絶対にするな」
魔装使いは軍隊のようにシゼルの話を聞いている。彼らは学園にも何度か顔を出している。シゼルはそういった下の者に対しての信頼はどの魔装使いよりも厚かった。
百無は依然としてままならない表情をしていた。
彼の隣にそっとドレットが寄り添ってくる。
『ねぇ、統一……その』
「……」
ドレットの声はか細かった。
『お、怒ってる? ……よね。ずっと黙ってたんだから』
「お前は……、その』
『えっ?』
「……レイリ……さん……なのか」
『うん……改めて、久しぶり……だね』
今まで見てきたドレットの陽気な表情とは、程遠かった。
『ごめん。……ずっと隠し事してて』
「……だまりたくて……黙ってたわけじゃないんだろ」
『でも、統一はずっと……気になってたわけだし……』
「……機密事項として隠していたんだろ。どうりで……シゼルもなにも言わないわけだ」
百無の声音はどこか震えている。
ただの武器ではないと思っていたが、自分が持っていたものがそんな代物だとは思いもよらなかった。横にいる幽霊が……葛葉レイリその人だとは、今でも現実味がない。
彼の脳裏に、死んだレイリの姿がよぎる。
頭が揺れ、胃袋から変なものがこみ上げてくる感覚もあった。
『統一……?』
「うるせえ……!」
『っ……。ご……ごめん……』
百無の声は荒かった。
ドレットが隠していたことに対してか。
それとも、自分自身の弱さを振り払うためなのか。
声を荒らげた理由はドレットにも、彼にもわかっていない。
ドレットの声は嗚咽を伴っていたのは確かだった。
「……冗談は……本当によしてくれ……」
『統一……』
二人の間には大きな沈黙が走った。
今は冷たいのか? 熱いのか?
寒いのか? 暖かいのか?
百無の体は、冷静に気温を把握していなかった。
「……行くぞ」
二人の沈黙をかき消すようにしてシゼルの掛け声をあげる。
警備部隊は一斉に突入し、そのあとに百無も続く。
誰の足音かわからない錯綜とした音が耳にをつんざく。
「黄泉原!」
ミュージアム内は静かだった。
音響用の設備が整えられていて、観客用の椅子がずらりと並んでいる。館内は薄暗く、昼か夜かわからなくなる錯覚を覚えた。
正面にはステージがある。
ステージ付近には、黄泉原に操られている生徒会員がすでに魔装を展開しており、こちらと一戦交える体勢だった。そこには律奈の姿もある。
ステージの奥には姫更がいた。
気を失っている。
体が鎖のようなものに縛られ、彼女の上には杖が浮かび禍々しい紋章の形をした光が放っている。おそらく姫更をテラルに取り入れている最中であろう。
「姫更!」
百無の呼び声がミュージアムに響く。
シゼル含めた部隊と、生徒会の数人が剣を交わせる。剣が剣をぶつけ、互いの防装を剥がすようにして火花を散らす。
シゼルの目前では御嵩律奈がサイキネルを構えている。
「律奈君! 目を覚ませ!」
「はっはぁ! 簡単には目を覚ましませんよ。テラルの効力は予想以上に大きい。この私でも驚くくらいだ。さぁ、生徒会の皆さん、遠慮なく葬ってあげなさい」
黄泉原が手をめいいっぱいに広げて喝采する。
「くっ!」
百無の剣が、数人の攻撃をさばく。攻撃の勢いは大きい。
生徒会といえど、実力派の連中ばかりだ。生半可なには勝てない。しかし、複数の攻撃は思った以上に厄介だった。
「黄泉原修吾……!」
シゼルは教祖の名を呼ぶ。黄泉原が取り付いている加狩瀬は、にたりと笑みを浮かべた。
「いやぁ、テラルはいいですねぇ。奪うだけでなく使うこともできる。僕たちスピリテラルの最終兵器が、彼女の体をもってして、念願の完成を迎えるわけですからねぇ」
黄泉原は縛られている姫更を見やる。
姫更は意識を失っており、起きてくる様子はない。
「シゼルさんもいい人材を育てたものだ。肝心のテラルの媒体を探していましたが……こんなにいい素材があるとは思ってもいなかった」
黄泉原は姫更の顔を触る。
「それにしても美しい表情だ。こんな美女が媒体となるなら、使う側も気分が違うものです……あなたならわかりますよねぇ? 百無統一君」
「ふざけんな! 姫更をはなせ!」
百無は叫ぶが、黄泉原はまるで言葉が届いていないかのように話を続けた。
『統一っ! 後ろっ!』
「くっ……!」
ドレットの助言で、後ろからきた生徒会の攻撃をさく百無。だが、百無には先ほど黄泉原が言っていたことが引っかかっていた。
「百無君。あなたは人一倍恐怖に関して敏感だ。よく覚えていますよ。あなたは素材としてはいいほうでした。さる事ながら、あなたは怯えっぱなしだ。まぁ、親のいない子供となれば理解できないことはないですが……」
黄泉原は話を続ける。
「だが! 久しぶりに会ってみれば、あろうことか母親同然として接していた葛葉レイリの! 彼女の憑依している武器を手にしている! こんなにも恐怖している人間はあなたくらいのものですよ」
「なんだと……!」
『統一! あいつの言うことを聞いちゃだめ!!』
「なぜならあなたは! 未だに彼女の暖かさに依存しているっ! 恐怖ごまかすため! それに怯える自分の弱さをごまかすために! ……拉致されたあなたは、魔装紛争の日まで、葛葉レイリにびったりしていましたからねぇ。あなたのそれは、それは依存ゆえの力だ!」
「黙れ! 黙れ!」
百無の視界に、白くちらちらしたものが入り込んだ。それは過去の恐怖か、過去の依存か。
「せっかくですから、少しばかり思い出させてあげましょう!」
加狩瀬は、百無の後ろに居た。
百無の武器は、それこそ全ての攻撃を返すことができる。
だがそれは、百無の反射神経の上で成り立つことだ。
頭の中は、それどころではなかった。
ゆえに、反撃をする準備はできていない。
「貴様ッ!」
シゼルの槍は操られている学生に遮られた。
「幻想体現……」
百無の頭に、加狩瀬の大きな手が掴まれた。
『統一っ!!!!!!!!!』
ドレットの悲痛な叫びが聞こえた。
「あったかい?」
「う、うん……」
葛葉レイリがいる。
さらさらと流れる赤髪が、僕の鼻孔をすすっている。
いい香りだった。
「……?」
レイリの後ろに、黄泉原がやってきた。
黄泉原は大きな何かで、レイリを突き刺した。
レイリの血が僕の顔を犯し、レイリの体が、僕の体と密着する。
目の前で何かが光った。血しぶきと砕ける音がひびく。
気づけば、僕は血だらけで、目の前には誰もいなかった。
血にはかすかに、レイリの匂いがした。
「ぁぁぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
頭が殺されそうだ。
死ぬ、痛い、激しい、わからない。
「黄泉原あぁぁっ!」
シゼルの怒声とともに、ニグルヘルが加狩瀬を狙う。加狩瀬はそれをすぐに避け、後方に下がった。
百無の魔装が虹色の光を伴っている。
「あ……が……あぁぁ……あぁぁ」
百無の目には誰も見えていない。
「外道が……!」
加狩瀬は掴んでいた手をどけ、シゼルから離れる。
「惜しいですね……百無君の奥底には恐怖の才能がある……。恐怖は人を殺す。殺すのはもちろん私だ。あなたの頭を完全に『幻術体現』で殺し、『心理操作』で私のものとしましょう!」
「なにが恐怖の才能だ。貴様の道具にしたいだけだろうが! 加狩瀬も道具にしておいて!」
「はっははは!」
黄泉原は笑いながら、シゼルの攻撃を避ける。
「ドレット! 百無を安全な場所に避難させろ!」
『で、でも!』
「いいから早くしろ!」
シゼルの怒号に体がはねたドレットは、百無の肩を持ち、力いっぱい、空気の中を進むようにしてミュージアムから引きずり出した。
ドレットの目には涙がこぼれ落ちている。
百無の目にドレットは写っていない。




