第四章
いくら目をこすっても、暗いものは暗かった。
捕虜として捕まっていた僕は、ただ身籠もるしかなかった。スピリテラルに捕まっていた捕虜は数十人。そのうち子供は僕一人だけだった。
辺りを見回す。人はいない。それもそうか。ここは捕虜専用の独房なのだから仕方がない。他の人たちはどういう状態なのかはわからないが、少なくとも酷な待遇だろう。
三日前は椅子に乗せられた。ただの木造の椅子かと思ったが、体の中に大きな電流が流れたことで、椅子とみなすことができなくなった。孤児院時代に見ていたテレビのファンタジーアニメで、小さな獣が電気を発して人を攻撃するシーンがあったが、多分、原作者の体には電気が流れたことがない。
神父らしき人物がたっていた。首謀者の黄泉原修吾だ。彼の大きな口はどんな人間でも飲み込んでしまうのではないかという錯覚を覚えた。
二日前、黄泉原の部下と思わしき人物たちが注射器を持ってきた。刃物ともさしちがえない程の大きさだ。針は僕の腕上に鋭利なそれをたてた。最初は痛みしかなかったが、徐々に変なものが見えていた。次第に体のなかに黒く疼いた何かがめぐりにめぐった感覚がした。黄泉原は大きな口をあけて笑っている。
彼は僕のことを媒体だとかなんとか呼んでいたような気がした。
その次の日は火を見た。まだ目には黒い何かが見えている錯覚があった。喉が痛かった。思い返すとおぼろげに叫んだ記憶があった。それのツケかもしれない。黄泉原の部下は僕の腕と足に火をつけた。感覚がわからない。わからないから必死に腕と足がどうなっているのか確かめたかったが縛られていてできそうにもなかった。
今日はそのせいか体が動かない。二日前のよくわからない錯覚は覚めていたが時折頭の中に似たような光景がフラッシュバックする。そのたびに体は震えを止めなかった。正直声を出してしまいたかったが、大きな声で叫ぶものならば、部下がきて棒のようなもので自分の体を叩くことを知っていたので出さなかった。喉は出したがっていたが頭は出すなと言っている。なんとも矛盾していた。
ふと、独房の扉が開く。扉には知らない女性がたっていた。女性は後ろにいた人間たちに背中を強く押され、放り込まれたようにして独房に入る。扉の音がバタンとしまる。彼女は後ろの扉を強く睨みつけたあと、別人格になったかのようにこちらを振り向く。
「あ、はじめまして♪」
彼女は独房に似合わない表情をしている。独房に照明はない。
「誰?」
彼女の瞳には太陽が住んでいた。
「あたしはレイリ。よろしくね」
レイリと言ったその女性は手を差し伸べてくる。手を差し出してきたことがあるのは痛めつけるために黄泉原が仕向けてきた部下くらいだ。僕は身を後ろに引く。もっとも後ろに引いたところで外に出られはしないのだが。
「……君……」
レイリの眼差しは僕の知らない眼差しだった。もし両親というものが存在していれば、こんな目を向けてきてくれたのかもしれない。
「……大丈夫?」
「……」
答えようがない。三日前からのことを考えれば大丈夫と言えるほどの状態ではなかったからだ。
「……ひどい目にあってたんだね」
僕は神様というものをお目にかかったことはない。あるのは黄泉原が金字塔として立てていた偽りの神様くらいのものだ。
レイリはこちらに近寄ってきた。後ろには壁がある。
「く、くるな……」
「なんで?」
「それは」
「……怖い?」
「……」
僕の体は、朝と夜の区別がつかないほどには疲弊している確信はあった。彼女は、朝と夜、そのどちらなのだろうか。
気が付けば、彼女は目の前にいない。
いや、いないのではなく、更に僕に近づいていた。
レイリの腕と体と、柔らかな胸が僕を締め付けている。レイリは自分の顔を僕の肌に当ててくる。束縛の味はよく知っていたつもりだった。束縛は、湿り気があって自分の体の一部がなくなったような感じだ。でもこの束縛は、手にも足にも感覚を感じる。足は地面についているし、手はレイリの体の感触がよくわかる。
何より暖かい。
独房はひんやりとしていた。暗い砂漠のシュミレーションでもしているように冷たいものだ。ゆえに運ばれてくる食事も冷たく味気がない。暖かさというものはこの狭い世界には存在しないものだと思っていた。
「辛かったよね……」
間近で見るレイリの瞳には太陽が存在している。太陽があるのになぜか雨も見えた。太陽は雨を溶かすものだと、孤児院に置いてあった本で読んだことがあるが、それとは一致しない。
雨は僕の肩に滴り落ちる。やはり太陽が存在しているせいか、雨はふた粒程度だった。レイリの頬から流れ落ちた二粒の雨が、僕の肩をちょっぴり濡らした。
雨は冷たいものだ。冷たさはここでイヤでも経験している。だがその雨は熱を帯びていた。熱を帯びている雨と出会うのははじめてだ。たった二粒だというのになぜここまで暖かいのだろう。
僕の瞳からも、レイリと同じく雨が落ちてきそうだった。体の奥からも何かが登ってくるような感覚を覚えた。なにが登ってくるかは知らない。ただ冷たくはないものだと直感的にわかっていた。
「もう、大丈夫だから……」
レイリの胸は、僕の体の一部となっているのではないかと思うくらい密着している。そう言うと彼女の腕も顔もそうだ。女性の肌というものは思っていた以上になめらかだった。熱い雨が滴っているせいもあるか、ついここが独房であるのを忘れてしまう。
レイリは自分のことを戦士だと言っていた。魔装というものがあるのは知っていたが孤児院で暮らしていた僕にとってそれは縁のない話だと思っていた。ただ、黄泉原は何度も魔装という単語を口走っていたのは覚えている。
僕はレイリとしばらく二人だった。レイリは喜怒哀楽の達人なのか、色んな顔で、色んな話と色んな意見を交わしてくる。特に食に関しての話をしていたことが多かった。僕はどんなことでも、未知の話を聞くのは嫌いではなかった。
寝る時は、レイリの傍から離れることができなかった。離れると冷たくて寝れないからだ。そう言ってしまうとレイリがいない時は冷たくても一人で寝ていたというのに、どういう訳か今は冷えた床に一人で寝る自信がなかった。
僕はいつの間にか、レイリと一緒にいることが習慣になっていた。
「レイリ……さん」
「ん?」
「寒い……」
レイリがこっちに来てから僕の体が痛めつけられることはなかった。しかしそれと同時にレイリが時たま、独房の外に出ていく回数が多くなる。レイリの様子は至って変わってはいない。僕とは違うメニューをこなしていたのか、はたまたまったく関係ないことなのか。ただわかったのは、レイリの体から鉄のような匂いがすることくらいだ。僕はその鉄の匂いがなんなのか分かなかったので、何も答えようがなかった。
僕は未知の話が好きだ。話も好きだが未知そのものも好きだ。黄泉原が祭り立てた偽りの神は信じないが、一つ信じているものがある。僕はまったくの勘だが、レイリがどこかに行ってしまうような感じがしてしまって仕方がなかった。
その思いを「寒い」という形でレイリに示す。
「寒いの?」
「うん……?」
「しょうがないなぁ~。統一は甘えん防ね」
レイリは時たま自分と同い年ではないかと思わせるくらい子供じみた発言をすることがある。大人と対面するのはなれていたがレイリはその大人とは何処か違う気がした。
「よいしょ……っと。どう? 気持ちいい?」
レイリの膝は暖かい。枕は布製がお決まりだが、レイリの膝は布より柔らかい。彼女の太陽を秘めた瞳が、膝枕の上にある僕の目に飛び込んでくる。彼女はクスリと笑うと手を僕の額に当ててきた。
額が僕の手に当たると、僕の目の前に大きな青空が広がっているような景色が見えた。もちろんただの錯覚なのだが、目をつぶると青い景色が飛び込んできて、心地良い。空の中なんてどう考えても地上より寒いのだが、浮かんできた青い景色に寒さは感じられなかった。
「よしよーし」
「……」
「ふふ♪ あったかい?」
「うん……とても、あったかい」
「可愛いなぁ、統一は♪」
膝枕を何度やったかは覚えていない。寒くなればレイリの膝を求め、レイリの暖かさを求める。犬や猫の子供は事あるごとに親犬を求めているが、それと似ているのかもしれない。
それから数日たった。
ある日のこと、僕とレイリが独房から出された。
目の前には、黄泉原と知らない道具がある。道具というよりは、人を殺しかねない何かと言ってもいい。
その時の会話はよく覚えていない。
「!」
一瞬のことだ。
レイリが黄泉原の懐を刺した。どこからか持っていた剣を黄泉原に突き刺す。その剣は飾ってあった人を殺しかねない何かとどことなく似ている。あれが魔装と呼ばれているものだろう。
「レ、レイリさん!」
「このクソ女がぁあああああああああ!」
黄泉原は吠え、同じようにレイリを突き刺した。
レイリと黄泉原は互いに距離を取る。
先に足を崩したのが黄泉原だ。
「この私が……この私がこんなところで……こんな簡単に……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなあああああああああああ!」
「あんたの懐はガラ空きすぎるって……教えてもらってたから。ざまぁ……みなさい……」
黄泉原の声は獣だった。獣声を上げたあと、ふっと魂が抜けたかのようにして床に体を落とした。
「レ、レイリ……さん」
僕はレイリに近寄ろうとした。
「がはっ!」
僕の足は石になる。
レイリの口から大きく血が飛び出る。彼女は息を粗めた。
「はぁ……はぁ……はあっ!」
呼吸が早くなっている。血が抜けすぎたのか、肺に穴があいたのか。レイリの呼吸音は異様だった。目が血走っている、どこを見ているかわからない。体に痙攣が起きていた。人間を人間であり続けるための神経の数々が暴走を起こし、彼女の体を蝕んでいるようだ。
人間でないものが暴れ狂っている。
そこに僕が知っているレイリはいない。
「ひっ……あぁ……あ……っ……あ……あ……」
彼女の瞳に太陽はない。
僕は後ろの闇に走っていった。
どれだけ走ったかはわからない。
周りはけたたましいサイレンがなっている。よく見れば黄泉原の部下と思わしき人間たちが血を流して倒れている。鉄の匂いが強く鼻を刺激した。異質な匂いに刺激され僕は足をはやめる。
息が荒い。目がちらつく。
体は冷たい。震えている。
震えがとまることはない。
僕の瞳には冷たい雨が流れ出している。
「あああああああああああああああああ!」
僕の知ってる暖かさは、僕を引きずり下ろす。
足がもつれて、その場に倒れた。
僕が葛葉シゼルに拾われたのは、意識が目覚めてから知ったことだった。
■
次の日、百無とドレットは食堂に来ていた。
朝っぱらからドレットはお腹すいたとうるさかったので、面倒になり学校備え付けの食堂にきたわけである。
午前の食堂は人が少ない。休日ということもあるからか、生徒はぽつりぽつりとしかいなかった。
「んー! やっぱりうまいね! 統一の手料理もいいけどこっちもあり!」
机に並ぶのは、焼き鳥串20本、麻婆豆腐、カツカレー、塩ラーメン……その他辛いに通じる食べ物多数。ドレットはスイーツでも食べてるような表情で焼き鳥をほおばっている。
ちなみに焼き鳥はドレット特製オーダーメイド(周りには百無のオーダーメイドと思われている)である。塩が半端じゃない。
「この塩っ気と肉の柔らかさが絶妙なんよ! ほらほら! 統一も食べなって!」
「食べねえし、食べられねえよ……」
ドレットのお腹はどうなっているのか確かめたい。どれだけ食べても太ることがないのは果たして、ドレットは幽霊だからなのか、そもそもそういう体質なのか、だいだい幽霊に体質もクソもあるのか、もう訳わからん。
おまけに他の人間にはどうやら百無が大量のご飯を食べているようにしか見えていないらしい。魔装のない時代の、ひと世代前のオカルト超常現象としかいいようがなかった。ほんとに何なんだこいつは。
ぐぅ。
百無の腹の音がなる。昨日は雑用でこき使われっぱなしだったから、そのツケがこれなのかも。
「じゃ、じゃあ……ちょっと頂く」
『はいはい! あたしがあーんしてあげるから! はい、あーん!』
ドレットは串を5本もって百無の口に突っ込んだ。
「はぐぐぐぐぐぐ!」
激痛が舌を襲った。
「ごっ、げほっげほっ! か、か、かっっっっっっっら!!」
『これがいいんだって!』
「わ、わからんわ……」
幽霊の味覚はどうにもわかりそうになかった。
「なにしてるの?」
いつのまにか隣には姫更がたっていた。
「うぉっ!? お前唐突に出てきたな……」
「また独り言?」
「ちげえよ。飯食ってんだ、飯」
「そんなに食べるの?」
「……あ、……あ、ああ」
百無は前を見やる。いつのまにかドレットはぐっすり寝ていた、速い。
食って寝ると牛になると聞くが、こいつの来世は牛にでもなるんだろうかとどうでもいいことを考えた。
「意外に大食いなのね」
姫更はなぜかきらきらと関心の目を向けてくる。いつしかは変態と言われていたものの、最近はそういう嫌悪感はあまりない。そもそも、姫更は悪い意味での嫌悪感を感じることはなかった。
「そういえば、一つ聞いていい?」
「あ? なんだよ?」
そういって、姫更は百無の反対側、寝ているドレットの隣に座った。
「なんであなたはそこまで強いの?」
姫更は素朴な表情で訪ねてくる。
「またまた唐突だな。強いって……勘違いだろ」
「律奈と戦ってるのを見てたけど、ほとんど攻撃が当たっていない」
「そりゃ、魔装のおかげだ。俺の受け流す能力って知ってるだろ? 無傷を保つのは慣れてるけど、攻撃となると全然だ……」
「そういうものなの? それがすごいと思うんだけど」
「んなことねえよ……」
百無は自分のヴィルドブレスを見やる。その後腕を回して、手のひらを見つめた。
「自分にお似合いの能力だ。受け流すしか脳がない魔装なんざ、俺くらいだぜ、似合うのは」
「……」
姫更の眉尻が下がる。
「もしかして、昔に何かあったの?」
「おっ、意外に鋭いな……」
百無は深呼吸して、姫更に自分の事を話す。
「俺は昔、捕虜だったんだ」
百無は静かに呟く。
「スピリテラルの事件?」
「ああ。元々は孤児院育ちだったんだけど、スピリテラルに捕まって、そこで監禁されてた。それから、魔装紛争が起こって救助。シゼルに引き取られて今に至るわけさ」
「なんで魔装使いになろうとしたの?」
「それは……そうだな。ごまかし、なのかもしれない」
「なんの?」
「……強いて言えば、強くなりたい……ってことか」
百無の拳が少し震える。姫更は意外そうに目を見開いた。
「強くなりたい?」
「……多分」
百無の頭には、昔の光景が浮かんでいた。
「捕虜は何人かいたんだ。その中に、俺とよく話し相手になってくれた人がいたんだ。その人は、なんつーか、すごく優しかったっつーか、まぁそんな感じだったんだ。でも、殺された。俺の目の前で死んだ」
「……」
滴る血の匂い、びくとも動かない女性、怒号と怒号。
百無の目には死の光景が鮮明に刻まれていた。
「シゼルから聞いたんだが、その人は機関のスパイだったんだ。でもある日、機関側に知らせようとしたのがバレて首領の黄泉原と合間見えた時があった。黄泉原は彼女を殺して、彼女も黄泉原を殺した。相打ちだった……俺は……それを見ていて、何もできなかったからな……」
「何もできなかった?」
「そうだ。俺はあの人を守ろうとすることすら、まともにできなかった。黄泉原の前に出てきて、盾にでもなれたはずだ……でも体が動かなかった……怖かったんだ……体が、震えちまうんだ」
百無の両手が大きく震えだす。歯に力がこもっている。無意識に力んでしまい、あまり制御がきかない。
「……それで、魔装使いに?」
「……魔装使いには、力がある。力があれば、怯えることもなくなる。でも、未だに俺の手は震えてる……。びびってんだ。……結局俺は、過去と対して変わりない、ただのチキン野郎なのかもな……」
「そんなことはない」
姫更は力強くも、いつもどおりのトーンで百無に言い返す。
「実は……私もスピリテラルに囚われてたことがあった」
「そうなのか?」
「もっとも、百無君の場合とは違う。親の都合で飛行機で出張していたとき、私は彼らと出くわした。やり口は古臭いハイジャックと同じだったけど……怖かった」
姫更は当時の思い出を繋ぐかのように目を細める。
「幸い、そこには魔装機関の人が潜入していて、事態は収束した。紛争の最中だったから厳重に警戒していたのね」
姫更は、百無が今までみたことのない悲しい表情で話をしている。
「そんなことがあったのか……」
「その後、私はここに入学した。もう両親にも、他の人にも怖い思いをさせないように」
「もしかして、シゼルの頼みをとっさに受けたのも?」
「迷いはなかった……。ざ、雑用は嫌だったけど」
「まぁ雑用はな。にしても……すげえな、お前。やっぱり強いわ」
「……そ、それほどでもない」
急に褒め言葉をかけてきたのにびっくりしたのか、姫更はそっぽを向く。不意に飾りつけのカレンダーが目に入った。
「……明日ね」
「ああ。何も起こらないといいけどな」
「何も起こらないからこそ、緊張感は必要」
「ったく……シゼルの雑務こなしたあとでも変わらねえなおまえは」
「私はいつもどおり……。じゃあ」
姫更は「じゃあ」と言い残して、その場を去った。
『ふわ……あぁぁ、あ、おはよう、統一』
「よく寝てたな。これで牛にでもなってれば滑稽だったのによ」
『うっさいわねー。いいでしょー、健康の証よ、証。幽霊は健康第一ー』
「塩辛いの食べててよく言えるぜ」
ふと、ドレットは百無の顔をじっと見た。
「な、なんだよ?」
『姫更ちゃんと何か話してた?』
「お前、起きてたのか?」
『んー、姫更ちゃんの声はなんとなく聞こえてたけど、何話してたかまでは聞こえてなかったかな』
「そ、そうか……」
『……』
「だ、だからなんだよ」
突然、ドレットは百無の頭を撫でる。
『よしよーし♪』
ふわふわした彼女の手の心地が、いつもの彼女のテンションから想像もつかず、つい身をひこうとする。
「う、お、ちょ、何すんだよ!?」
『なんでー? 別にいいじゃーん』
「いやびっくりするだろ……」
『私が撫でたいのよー』
「なんじゃそりゃ……」
百無は、時折ドレットのこういうところが苦手だった。いつもお調子者で子供みたいなわがままで、なおかつ他人主義。そんな風に思っていた矢先にこんなことをされてしまうときがあった。
毎回何なんだと思いながらも、百無はそんなドレットの仕草が嫌いではなかった。
■
「きましたか」
生徒会室。飄々とした態度で加狩瀬は来客人物を迎える。
「私に何の御用でしょうか?」
御嵩律奈は、加狩瀬にくるよう呼ばれていた。何のことか皆目検討がついていない表情だ。ふと、御嵩は周りを見やる。生徒会の面々がずらりと並んでおり、まるで兵隊のそれと近かった。
「そ、そういえば」
御嵩はおそるおそる口を開く。
「はい?」
「何かあったんですか? 生徒会の皆もなんでそんなに良くない表情を……」
「あぁ、そのことですか。ちょうど、その件でお話がありましてね。ぜひとも御嵩さんに協力を願いたいのです」
「きょ、協力?」
ふと、シゼルが頭をよぎった。葛葉シゼルは加狩瀬を警戒しているような素振りを見せていた。その素振りが今更になってある予測を見出す。
御嵩律奈はそれを口にするのが怖かった。それは自分の中にある加狩瀬透の信頼を崩すようなことだったからだ。
だが、律奈は唾を飲んで言葉を放つ。
「加狩瀬さん……あなたは……あなたは、誰なんですか?」
「ほほう?」
加狩瀬の目に怪しい光が伴う。
束の間、御嵩の前から彼の姿が消えた。
「っ!?」
首元に鋭利なものを突きつけられている。刃物でもなければ繊細な針でもない。その異質さと不明さに律奈は、恐怖を感じた。心の底から不安が溢れだし、やがて心臓までその不安が届くと、体が震え始めた。
「恐怖していますか? 律奈さん?」
「……」
律奈は唇を噛んだ。だが、後ろの加狩瀬は自分が知らない人物であることを悟ってしまったら体の震えは収まらなかった。
加狩瀬の目は律奈の心を捉えている。
「いいですねぇ。恐怖に対して大人しくしているあなたの姿。見事です」
「あ、あなたは……!」
「では、虜になっていただきましょう」
御嵩の首元に刺さっている何かが、黒い光を帯び始める。




