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曰くつきの魔装使い   作者: ちぇりおす
2/7

第二章


 死の匂いが鼻をついた。

 目の前で女性が倒れている。

 お腹に大きな穴があき、おびただしい数の血が溢れていた。女性の目に生はない。

 少年の知っている女性は、大声を上げて立っている大人の男性に殺されたのが一目瞭然でわかった。

 だが、その男性も胸に大きな穴を開けている。

 二人は相打ちだった。

『こんな! こんなことでは終わらんぞ! 魔装機関どもがああああああ!』

 男の声が聞こえるのに、目の前で倒れている女性から声は聞こえてこない。

 女性は息のない顔でこちらを見ていた。

 鳥肌しか、たたなかった。








  ■






「っ!」

 目が覚めたのは、学生寮の二階にある百無の部屋だった。照明は暗く自分が今まで睡眠をとっていたことを夢から覚めて思い出す。

「……夢か」

 百無は額に手を当てる。とても寝起きとは言えないほどの汗をかいていた。寝巻きとして使っている学校指定ジャージも湿気っている。一瞬、風邪かと思ったが特に体がだるいわけでもない。

 昨日の疲れはとれていた。その疲れと入れ替わるようにして、全身が微かに震えているのを感じとった。

「ここのところ疲れることばっかりだ……」

 百無はベッドから体を起こし、夢を忘れるようにして朝食の準備を始めようとした。

「ん? なんか臭うな?」

 百無は寮備え付けのキッチンにまで足を運ぶ。最初に鼻歌が聞こえてきた。

 赤髪をふらふらさせている女性が見える。まぎれもなくドレットだった。彼女は制服姿に薄いエプロンをつけ楽しそうに朝食を作っている。

 フライパンをせっせと動かす音。やがて見えてきた人影が自分の知っている人物だと分かった瞬間、百無は声をかけた。

「おい、ドレット」

『ん? あ、起きた。おっはよー』

 どこかの珍しい野生動物でも見つけたかのような反応をした赤髪の少女ドレット……ドレットは文句をたれた。

『もー、全然起きてこないから。勝手に作っちゃった♪』

「朝飯って……おいおいなんだこりゃ、卵か?」

 そこにあるのは卵とは思えないバラバラになった黄色い何かだった。黄色い何かにしてもうちょっとマシな形があるだろう……なんだろうかこれ。

「お前、これ何入れた?」

『塩たくさん!』

「……どれくらい入れやがった?」

『覚えてなーい♪』

「覚えてない、じゃねえ! 武器の主人になんてもの食わせる気だ! 俺の舌を殺す気か?」

『だって腹減ったし、塩っ辛いの食べたかったんだよー。でも冷蔵庫みたら全然塩辛そうなのないし、焼き鳥とか焼き鳥とか焼き鳥とか! ほんと統一、レディに対して気が利かないんだから! 普通、同棲している女性の好みくらい把握してるでしょ? 馬鹿なの?』

「朝からえげつない罵倒だな。お前の好みなんて知るかってんだ。あと同棲とか言うな!」

『うっわ統一、同棲してる子の好み知らないとか……うといにも程があるよそれ……引くわ』

「てめえが勝手に決めつけたんだろ!」

『そんなんだから女の子にモテないんだよー。ルックスは別に悪くないのに、成績はクソのクソ以下で紅騎士姫更ちゃんからも白目で見られる頭の悪さ。シゼルの養子なら、女の子に気が利く品格さってもんを身につけないと、男として恥だよ? は・じ』

「無理やり食べ物と男の品格を結びつけようとしてんじゃねえ」

「関係あるって。統一ったら、全然あたしの好みの食べ物買ってこないからさー。仕方なく、仕方なくね? ほんと仕方なくよ? 仕方なく、卵焼き作ってんのよ。このあたしの仕方ない痛みがわかる?』

「どんだけ仕方なく卵焼き作ってんだ。ああもう! わかったから、俺がやる」

 百無はドレットをはねのいて代わりに朝食を作る。ぷくーっと頬を膨らませながらもしぶしぶドレットは朝食当番を百無に譲った。ドレットはそのままフワフワ浮かび、リビングまで移動し、つまらなそうに座った。

『ちぇーっ。せっかくあたしが命込めて料理つくろうと思ったのに』

「なーにが命を込めて作っただ。お前が込めているのは命じゃなくて邪悪ななにかだ。こりゃもはや卵じゃねえ。前世は錬金術師かなにかだったのか?」

『あたしは前も今もずーっと心躍る女子高生よーん』

 ドレットは学校指定の制服を見せびらかすようにして周囲を回る。あどけない顔でスカートをひらりとめくるような仕草を横目でみた百無は「なにやってんだお前は……」と冷静なツッコミを浴びせた。

『いやー、やっぱり学校生活ってのはいいねー!』

 ドレットはカーテン越しから、道歩く学生を眺める。

「お前別に学生じゃねえだろ……」

『何言ってんのよー、誰だって学校生活には憧れるでしょ? それに統一って放っておいたら一人で家の中閉じこもってそうだから、そういう意味じゃあ、あたしはあんたの彼女役ってことで一役かってんのよ。感謝しなさい!』

「お前の彼氏になった覚えはない」

 ドレットは自慢気に胸を高らかと張る。

 日本でも有数の規模を誇る、ヴィルドマスター……通称、魔装使いを育て上げる学園「歌暮学園」に百無は通っていた。学園に入学すると、その人が使用する魔装の選定が行われるのだが、百無はシゼルに特注の魔装を渡されたのだ。

 それが、魔装パリングスだった。魔装にはそれぞれ特殊な能力が秘められているが『全てを受け流すことができる能力』と百無の場合は少し変わっている。

 もっとも、『幽霊が憑依している』ということの方がもっと変わっているが。

「あのさ、本当にお前、何者なんだ?」

『何者でしょう?』

「ごまかすな。幽霊が取り付いた魔装なんて聞いたことなかったぞ。あの人が俺にあった魔装を探してくれたのはありがたいけど……渡されただけで、なんにも教えちゃくれねえ。お前は案外、口が軽そうかと思えばそんなことはねえし」

『機密事項ってのがあるのよ。それにさ、幽霊が取り付いている魔装があるって言われても、信じる人はいないっしょー。あたしは『あんた』と『シゼル』にしか見えていないんだし』

「……ますますわけがわからないぜ」

 ドレットは、百無とシゼルにしか見えていない。葛葉シゼルはそう言っていた。

 それも気になるところだが、それ以上に厄介なのがドレットの存在だった。学生生活を送っていく上では非常に厄介だ。なにせ武器を持ったその日から彼のそばをうろちょろしているのだから。

 シゼルに聞けば、魔装に取り付いている幽霊としか答えない。

 黙っておけば可愛いものを、ドレットは妙に絡んでくるから、余計学校生活もしずらかった。

「あのさ、学校いるときはあんまり話しかけてくんねえか?』

『え……なんで、そんな悲しいこというの?』

 ドレットはいきなりうさぎの目を向けた。こいつってやつは。

「学校歩いていると不自然なんだよ! お前は授業中に騒いでうるせえから、それにいちいち突っ込んでたら周りからうわーなにこいつキモーイみたいな目を向けられるんだよ。おかげでおれのあだ名は『独言王者どくげんおうじゃ』なんて恥ずかしい異名がついちまったんだよ! なんだよ独言王者って! 独り言の帝王みたいな名前は!? ひでえにもほどがある!」

『それは百無の責任じゃん。あたし関係ないしー』

「無関係じゃねえだろ。半年も横で色々喋られると集中できんわ! お前が普通の高校生なら授業妨害のブラックリストだ! 言っとくが、成績が悪いものお前のせいだからな!」

『あー責任転嫁だー! サイテー! 恥知らずー! 男らしくなーい!』

「このやろう……」

『そしてお腹すいたー!』

 ドレットはこちらの話を一方的に打ち切るようにお腹空いたコールをし始める。百無はつくった卵焼きを皿にのせ、他に作った料理と一緒にテーブルへ運ぶ。ドレットは我先にと言わんばかりに手をつけた。

『いっただっきまーす♪』

「ほんと、幽霊なのになんで腹がすくんだよ……」

 ドレットは平然と生きている人間かのように普通に衣食住をこなしている。これじゃ普通の人間にしか見えない。

 一時百無は『空を飛ぶことができる・相手から姿を消せる能力を持った魔装使いじゃないか?』と疑ったことがあるが、普通、魔装は起動させないと効果が出ない。防装と呼ばれる魔装を起動した際に体に装着されるものを展開しなければ、能力は使えない仕組みになっている。

 だがドレットは、フツーに飛んでるし、他の人には見えない。魔装の発展していな時代のオカルト好きなら死ぬほど気になる存在だろう。

 考えれば考えるほど訳がわからなくなった。

 百無は考えるのをやめ、朝飯を食べ終わったあと、腕につけているヴィルドブレスで学校の始業時間を確認。百無は本棚から一冊てきとうに取り出して本を読み始める。

「そういえば、加狩瀬さんから借りてた本まだ途中だったんだよなー」

『うっ……ど、読書タイム』

 ドレットはじっーと百無に目線を向ける。しかし百無はすでに本の世界に入っており、彼女の視線に気がつかない。

『ねーねー統一ー』

 ドレットは人差し指で百無の頬をつつく。

「今読んでる」

 つんつん。

『退屈なんだけどー』

 ぷにぷに。

「知らん」

 つんつん。

『あ、あたし、統一君に弄ばれたいなー♪』

 ぷにぷに。

「知らん」

 ドレットはつんつんぷにぷにをやめた。

『ぐ……やっぱり……読書モードの統一は手ごわい……完全に入り浸ってる』

 ドレットは自分の退屈さをなんとか紛らわそうと何かを考える。しかしドレットはパリングスの半径十メートル以内でしか動くことができない。これではお出かけ一つもできない。そう思ったドレットはやはり百無で遊ぶしかなかった。

 ドレットは何を思ったかビィィィィッと百無の頬を引っ張った。

『むにーーーっ』

「いでででででで! マジで痛い! マジで痛い! ちょい勘弁!」

『また加狩瀬君の本?』

「あ、ああ! そうだよ! ったくいいところまで読んだってのに!」

『うーん、あたしあの子苦手なんだよね~』

「知るかよ。別に悪人じゃねえだろ」

『そ、そうだけど……なんかこう、変っていうか?』

「まぁ、考えが読めないって顔してるもんな」

『でしょ? それに本ばっかり読んでると健康に悪いし……』

 百無は再び本に目を通していた。

『むむむむむむむむむ!』

 ドレットはすぐさま百無の背後に回り首を落としにかかった。

『もう! そんなんじゃまたシゼルに怒られるよ!? 百無は人の話を聞かない子だなぁって!』

「無理やりなこじ付けだな!」

『つか、今日はシゼルに呼ばれてるんでしょ? そんな悠長にしてていいの?』

「まだ時間あるから大丈夫だって」

『はい出た! ルーズな人お約束セリフランキング第一位! それ結局遅刻するパターンだよ? 始業前に来いって言ってたでしょ?』

「ぐ……しかしもう少し本を……」






  ■






「……遅い」

 パチーン。

 シゼルは忍ばせていたハリセンで百無の頭を叩く。

「いって!」

「ルーズなのは君の悪いところだ。昨日もそうだったな……大方、何かに没頭していたのだろう」

 学園理事長室にて、やれやれと言わんばかりに葛葉シゼルは、目の前に立っている百無に言葉をかえす。その隣でドレットは『ほらやっぱりー』と一人ぽつり。そのまた隣には姫更が毅然とした態度で立っている。

 シゼルは黒い前髪の先をいじりながら席をたち、理事長机後ろの巨大なガラス張りの壁ごしに向かい合い、景色を眺める。かんざしでくくられたシゼルの黒髪は一本一本が繊細にみえ、おとぎ話のそれとは違う、別の意味の妖美さを感じた。

「それで、用というのは?」

 姫更はこちらに見向きもせずにシゼルに質問した。


「今度、魔装機関が学園を視察に来られる。そこで護衛役を二人に頼みたい」

 魔装機関とは、魔装を管理している政府とも言っていい。日本政府とは別に建てられた特殊な組織で、熟練の魔装使いや日本政府のお偉いさん方が出入りしている。

「護衛? なんでまた? そりゃ、あんたの警備部隊にでもやらせればいいだろ」

 シゼルは歌暮学園の警備に複数人の魔装使いを配備している。百無はシゼルと会う時によく黒スーツをきた人を見かけていたことを思い出した。

「彼らが持っている魔装は量産型だ。10代のうちに適性のある強力な魔装を使用することは難しい」

「いや、だからそれでなんとか……」

「ならない事態がある、ということですね」

「そこまで大げさではない……可能性がある、という話だが」

 シゼルは机の上にあった空間液晶モニターのスイッチを押す。すると空中に大きなモニターが映し出された。とあるニュースが放送されている。女子アナウンサーの後ろでは損壊した建物がうつされていた。

「これは?」

「スピリテラルを支持していた人間の手によるものだ。といってもこの犯人は捕まったがね」

 スピリテラル。百無はその名前を聞くと心に不安がよぎった。 

 5年前、魔装を使った宗教まがいの反テロ組織「スピリテラル」が存在していた。様々な場所でテロを行い被害を拡大させてきた。しかし、魔装機関がスピリテラルの一斉摘発し、スピリテラルを壊滅させた。その出来事「魔装紛争」には葛葉シゼルも関わっており、魔装機関の前線にたっていた。

 また、スピリテラルには捕虜がいた。

「……」

 百無は、その捕虜の一人だった。

 魔装紛争のあと、百無はシゼルに引きとられた。その後シゼルに拾われて育った百無は、「行きたい高校がないなら私のところに入れ」と、シゼルからの勧めで歌暮学園に入学する。

「もしかすればこの火種が我が学園にも飛び火するかもしれん」

「機関の視察の際に、そういう事件が起こるかもしれない。それで私たちを?」

「まぁ、そんなところだ……。あと機関の連中は学生といえど厳しい人間が多い。今後のことも考えてここでわが学園の優秀さでも見せつけておこうと思ってな」

「……そういうことかよ。シゼル、これも補習の一貫だってか?」

「よくわかってるじゃないか」

「成績悪いってわかってる俺に頼むようなことじゃねえだろ」

「そのとおり、優等生に任せるような内容だ。だが生徒会には機関が視察に来た際は別の事務処理を頼んでいるし……手の開いている模範生はいないか? と思ったところで二人の登場だ」

「理事長。この男は変態です」

「大丈夫だ。もし不適切なことをすれば、それなりの処罰を与えよう」

 補習の延長がハードなことに落胆する百無。それでもシゼルはどこか余裕な表情だ。

「何、そこまで難しいことではない。彼らの前では真面目な生徒っぽくしていればいいだけのことだ。万が一のため、警備部隊も配備する。それに、お前の成績は学年中で最下位。逆にここで、魔装機関の連中にも示しをつけるチャンスじゃないか」

 シゼルの話を聞き、百無は顔を下に向ける。

 自分の育ての親が理事長を務めている学園で、一人だけ逃げおおせるような真似はできなかった。百無はふと自分の手を見ると、平のあたりに汗が集まるようにでていた。頭にはスピリテラルという単語が引っかかっている。

「もちろん無期限ではない。一時期だけだ、難しい話ではないだろう。穏便にいけばそれで終わるわけだからな。百無はいいとして、姫更、やってくれるか?」

「うん」

「あっさりしてるな……」

「そういう頼みごとは断らない主義だし、嫌いじゃない」

「ほう、紅騎士様は本物の騎士様だったわけか」

 シゼルは感心感心といった様子で姫更を見据える。

「それに、この男に報復するチャンスがあるかも」

「ま、まだ根に持ってんのか……」

 シゼルはふと、悩む声をあげる。

「ふうむ……来週一度きりではつまらんな。そうだ、ではその間雑務係でもしてもらおうか」

「はぁ!? なんで!?」

「ふっはっは。なんで? なんて言葉が出る時点で確定だ。人間としての品格を鍛える術は、勉強でも実践でもない、雑務だ。魔装使いたるもの、それくらいしてもらわんとなぁ」

 シゼルは完全に面白がっている。その調子の良さはどこかの誰かに似ているな、とドレットを見た。

『? 何?』

 ドレットの目はぱちくりと、百無を見ている。

 はてや、シゼルの調子の良さはドレットから来たものか、ドレットからシゼルにうつったのか、考えるだけ無駄だった。

「ざ、雑務係」

「どうした姫更? 動揺しているぞ」

「ざ、雑用は苦」

「おっと? 一度いったことは最後まで突き通すのが、騎士道精神ではなかったのか?」

 姫更はむっとした顔で「やってあげる」憤然の態度をあらわにし、腕を組んだ。

「百無も、それでいいな?」

「どうせ何いっても無駄なんだろ? わかってるよ……」

 自分にはもう反論の余地もない、といった表情で返事をした。

「では私はこれで」

 そういって姫更は無表情のまま部屋から出た。わずか2秒のことである。

「まったく……彼女は、周りと隔絶した世界にいすぎだな。もうすこし人と喋ることを覚えたほうがいいかもしれん」

『もしかして、雑務係は姫更ちゃんのためとか?』

「まぁ、そんなところもある。彼女の魔装適性は学園内で右に出るものはいない。成績も優秀で才色兼備と、魔装使いからすればお手本になるような人間だ。だがいささかコミュニケーションが何とも言えない。人当たりがよかったら本物の最強だな」

「おい、あいつのためなら俺はいらねえんじゃ……」

「お前は補習の延長だといっただろ。さりげなくサボろうとするな」

「わぁったよ。もう文句言わねえ」

『諦めわるーい』

「だまっとれい……! あと、シゼル。一つだけいいか?」

「なんだ? またこいつのことか?」

 シゼルは壁に背をあずけているドレットを一瞥する。

『もう、統一ったらそんなにあたしの事が好きなの?』

「ちげえよ」

「まだそれをいうか」

「スッキリしねえんだ。なんでこの魔装だけに幽霊が取り付いてんのか? もう半年も経った。それなのにあんたは一向に教えてはくれねえ。最初はただのまやかしかって思ったけど、どう考えても言えない事情かなにかあるだろ、これ。わざわざ魔装をくれたのはありがたいけどさ」

「ふむ」

 シゼルは横目でドレットをみやったあと、再び百無に視線を向ける。

「わかった。護衛の件が終わったら教えてやる。ただし、雑務は怠るなよ? 怠っていたら地獄が待っていると思ったほうがいい」

「うっ……」

「『うっ……』じゃないだろう……。それだけ理事長の私に向かって挑戦的な態度を取るんだ。権利の前には義務を果たすのが魔装使いの務めだ」

 百無は昨日のシゼル特製スパルタ特訓を思い出した。もうあれは二度と経験したくない。より一層、身が引き締まる思いだった。

 百無は視界の端でドレットを捉える。ドレットはニコニコと笑い返す。シゼルにしてもドレットにしても、調子の良い奴らと縁ができてしまったものだと、百無は今更ながら頭を抱えた。






  ■







「最近、いろいろ起こりすぎだ……」

 百無は片腕を机について目をしかめる。ごろっと寝転がった体勢で周りを眺めた。

 百無の教室はいつもどおりの日常会話が繰り広げられていた。男子が男子と群れあっている一方で、女子は女子の群れで雑談を繰り広げている。魔装使いといえど普通の高校生と変わらない。

『あんた、ああいう話とかないよね?』

「あんまし好かん……」

『いいじゃん雑談。気が紛れるよ?』

「どこかの誰かが飯の話ばっかりしてくるせいでうんざりだ」

『えー? ご飯の話題は普通でしょ? つかご飯で思い出したけど、朝の卵焼きまぁまぁだったよ』

「いきなり朝飯の品評会か」

『卵の味付けは悪くないんだけどー、辛さが足りない!』

「それはお前の好みで客観的じゃねえ。合わせてたら俺の舌がマヒするわ」

『えーそうかなー?』

 ドレットはおそらく激辛カレーなどを食べても平然としているのだろう。

「おーい、百無君」

 クラスメイトの男子が呼びかけてくる。

「ん? なんだ?」

「なんか廊下でお前のこと呼んでるってよ。御嵩さんが」

「御嵩……? 御嵩ってあの御嵩か?」

 御嵩律奈みたけりつな。上級の魔装使いで『黄金姫おうごんき』の御嵩と周りからは呼ばれている実力者だ。

「そんな人がなぜ俺のところに?」

「それは本人に聞いてみないと……」

『びゃ、百無統一はどこですか!?』

 金髪を長く垂らした女性が教室に入ってきた。「あれ黄金姫じゃね?」という噂話がクラス内にたち始める。

 御嵩のオドオドとした青いタレ目には人を吸い込むような力でもありそうだった。百無と目を合わせると、彼女はビクっとしたが、キッと目を強くしてこちらへと来た。、

「あなたが百無統一?」

「そうだけど?」

「シゼル理事長から話を聞きました。なんでも来週に任務を任されたとか……で、き、姫更さんと組むとか……納得が行きません……あなたのような成績不良生がなぜ」

「いや納得がいかないって言われてもな……こっちは強制でやらされてんだ。文句があるならシゼルにいいな」

「シ、シゼル理事長はそんなことを言う人ではありません!」

「えー……」

 ドレットは腹を抱えて笑っていた。その横で、百無の言葉を100パーセント信用していない御嵩はそのまま話を続けた。

「と、特に許せないのが、き、姫更さんと同じ肩を並べているだなんて……!」

「え? なんか言った?」

「あ、え、えっと……つまり! あ、あなたでは模範にならないと言っているんです!」

 やけに傷つく言葉だった。高圧的ではない御嵩の態度だからこそ傷ついた。

「ぐ……い、言ってくれるじゃねえか」

「き、姫更さんはあなたとは違ってとても清らかで……」

「どうしたの?」

「ひゃっ!?」

 いつのまにか律奈の後ろに立っていた姫更が声をかけた。

「き、姫更さん……」

「御嵩さん。雑務係やりたいの? 私と変わる?」

「い、いえ! それでは意味がありません!」

「意味がないの?」

「ええ、そうです。意味がありません! 私はその……き、姫更さんと……ふ、二人っきりになるチャンスが欲しくて……」

「ん? なんて言ったの?」

「ななななでもありません! ああもう! と、とにかく百無統一! このあと私と決闘してください!」

「へ?」

 突然の出来事に困惑する百無。ドレットは「また面白いことになってきたわね!」と他人事。姫更はなぜか無視されたことにしょんぼりしている。

「け、決闘? つまり、俺がお前に負けたら、雑務係のポジションをよこせってことか?」

「そ、そういうことです! シ、シゼル理事長には許可をもらいました! とにかく! このあと、訓練場まで来てください! ギ……」

「ギ?」

「ギッタギタにします!」

 周囲が「おぉ!」と声が出る。積極的なことはあまり言わない皆のマスコット「御嵩律奈」がこうも攻撃的なことをいえば、それも話題になるのも無理はない。

 百無はとんでもない展開になったもんだと手を額に当てた。

『統一、あんたモテモテだねー。つい最近まで姫更ちゃんと決闘したばかりなのに。なんか……ヤキモチ焼いちゃう』

「お前ぜったい楽しんでるだろ……」

 百パーセント遊んでいるドレットにイライラしつつも、席を立つ百無。クラスメイトはすでに百無と御嵩の決闘の話で盛り上がっていた。

「頑張れよ! 独言王者!」

「ギッタギタにされないようにねー!」

「同じクラスだけど御嵩さんのこと応援するわー!」

 クラスメイトの声援にもなっていない声援が耳に届く。お前ら絶対応援する気ないだろ。

「行くの?」 

 と、姫更が声をかけてきた。

「受けなかったら受けなかったでシゼルにまた何かされそうだからな。それに全力で相手して負けたらそれはそれでよしだろ。ある意味雑務係から離れられるわけだからな」

「……なるほど、そういう手があったか」

「そこまでして雑務がいやなのかよ」

 ちなみに、授業が始まる前まで、頼まれた書類を姫更と共にあっちに届けたりこっちに届けたりしていた。その疲れは相当なものであった。

「ほんと、疲れた……」

「いやお前体力あるだろ」

「勝負の体力と、雑務の体力は別」

「そうですかい……」

「それはそうと、私も見に行く」

「はぁ? なんで? 今回は雑務でもなんでもねえし、関係ねえだろ?」

「あなたがどういう風に倒されるのか見たいから」

 姫更はどうしても変態が破れる様をみたい様子だった。




       ■


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