第一章
『統一、お腹すいたー』
「知るかよ」
放課後、補習特訓を終えた百無統一は一休みを終えるために更衣室に戻っていた。全身から落ちる汗の量は多く、息も荒い。
百無は汗にまみれた黒いトレーニングスーツの上を脱ぎ、そのままベンチに投げすてる。腕につけているヴィルドブレスをロッカーにあて、『ID承認』という案内音声が流れたと同時に、ロッカーが開く。ロッカーから制服を取り出し、着替えを始めた。
そんな彼とは正反対かのように、ふわふわと宙を浮いている少女がいた。背の高さとスリーサイズの絶妙さが際立つ赤髪の女「ドレッド」は悲しそうに腹に手を当てている。肩下までかかる深紅の髪の毛はとても印象的で、くりっとした紫の目は、並大抵の人間なら見るだけでも口がにやけるレベルである。
そんなドレットの腹減り文句を流れる水の如しと言わんばかりに、百無軽くは聞き流す。
「昨日も言ってなかったか……ったく。なんで幽霊が腹をすかすんだよ」
『幽霊にとって……空腹は地獄以外の何者でもないのよ』
「んなわけねえだろ。……ったく。少しは武器の主に対してねぎらう言葉とかねえのかよ。こっちはシゼルの特訓で死にかけたってのに」
『それはあんたの自業自得でしょ。成績悪いのがいけないのよ。それとこれとは話は別』
「説教な幽霊だな」
『ひっど! なにその言い方! もうあんたと暮らし始めて半年経つってのにその言い方はひどくない?』
「なんだその俺と同棲し始めてから結構たちましたみたいな言い方は。誰がお前の彼女になった」
『半年ならもう彼女でも同棲でも妹でもなんでもいいよ! 私を養って!』
「いざぎよいヒモだなお前」
百無は呆れを通り越したため息をついた。
百無統一は、歌暮学園に通う魔装使いである(正式には魔装使い候補生)。
おとぎ話でしか聞いたことがない「魔法」と呼ばれるものを機械的に実現可能にした魔装。その後、日本は魔装を扱う人間「魔装使い」を育てる施設を作り上げた。海外とは情報開示と不可侵の条約を結んでおり、日本の管理体制も評価されていることから、海外の国々とは友好な関係である。
また、歌暮学園の魔装使いは優秀な人材が多く、海外からも災害の対応等で派遣要請が出ていたり、日本国内でもトップにあがる魔装使い養成学校だ。
そんな学校に通う百無の魔装は、他の魔装とは一味違っていた。
彼の魔装には、幽霊がとりついている。
「あれ?」
ふと、百無は自分の耳をすませた。更衣室の出口から反対側、部屋の隅に白い扉がある。扉は半開きになっていた。半開きした扉の先からは水がたくさん滴っている音がする。
「………シャワー室からか?」
『ん? 誰かいるのかな?』
「俺以外にはシゼルくらいしか、訓練場使ってる人はいなかったと思うが」
『そうよねー。前のテストで前代未聞の点数をとっちゃって、育ての親でもあるシゼルの堪忍袋を破いちゃった百無君くらいしかいないもんねー』
「嫌味百点満点のセリフだな」
『だってお腹が空いたんだもんー。もう、統一の成績が悪いのがいけないんだよ。成績が悪くなかったら、今頃あたしのお腹は満たされる運命にあったのだから!』
「お腹お腹うるせえな。だったら自分で適当に飯でも食ってればいいだろ。幽霊もどきのドレットさんなら魔装使いのお昼ご飯くらい、軽く盗んでこられるんじゃねえの?」
『むっ、なんかむかつく言い方』
お腹がすいたことにイライラしたのかドレットはひゅいっと、百無が腕につけようとしていた魔装起動装置「ヴィルドブレス」をとる。
「あっ! 俺のブレス返せ!」
『やーだねっ。つか、別にあんたのものじゃないでしょー』
ドレットはいーっ! と百無をけなし、ひゅいひゅいと逃げるように後ろに下がる。
彼女が下がった先は、湯気が若干立ち上っているシャワー室の扉だった。
「お、おい!」
百無は慌てて止めようとする。もしこのままドレットが入ったとして、勝手にシャワー室の物が落ちたり扉が開いたりなんてポルターガイストじみたことが起きれば、その原因となりえそうな百無に白羽の矢があたる。それだけは勘弁してほしかった。
「待ってって……おーーわわわわっ!?」
しかし、ドレットを追いかけようとして、ふらっと足を滑らせてしまう。
ドテッ。
「いってぇ~~!」
百無は痛む頭を起こし、自分が怪我をしてしまった原因となったドレットに追求しようとした。
「あのなぁドレット! いくら自分が幽霊だからって人のプライバシーを勝手に除くもんじゃ……」
『誰!?』
女性の声がした。
しかも目の前からだ。
次に、百無の目に肌色が飛び込んできた。
いやこれは、裸だ。
裸の女性が目の前にたっていた。
「……」
百無は寝転がった体勢から、口を開け、上を見る。
あまりに美しかったからだ。
百無の目には、知らない秘宝が飛び込んでいた。
なぞれば綺麗なラインを保つであろう肌色の背中まで流れるダークブラウンの髪、一般女性のそれとは思えないような柔らかそうな両足、華奢な両手にはタオルが掴まれており、その姿は百無が今まで見てきたことがない……美しさのなにかを超えた美しい何かがそこにいるような奇妙な感覚を感じた。凛々しいすがたをした少女の顔は、深みのあるワイン色の瞳をしており、一度その瞳を見てしまえばしばらくは忘れないであろうと思うくらい、少女の美貌には吸い込まれそうになる。
もっとも、目を開かせ、口を半開きにしていたのはその少女も同じであったが。
「……!」
少女は何も言わず固まっていた。
「……」
百無も同じく固まっていた。
茶髪の少女はまん丸と目をあけて、自分の裸を脅かす存在を認識した。
「へ……」
「へ?」
「変態!」
ボコォッ!
「ぐっほおおおおおおお!?」
股を広げた少女の大きな蹴りが、百無の右顎に強烈ヒットする。更衣室のロッカーがぶち当たりぶち壊れ、百無はぐるぐる体を回転させて床に落ちた。
『あっちゃー……いたそう』
「お、お前を止めようとした俺が馬鹿だったぜ……」
『あ、中から出てきた』
びゅっとシャワー室から人影が飛び出す。綺麗に着地した人物は、学校指定の制服を着ており、急いでいたのか制服のボタンは乱雑に開けっ放しで、少し濡れているカッターシャツが姿をみせていた。
「変態成敗! 覚悟!」
「おおおおわわわわ! 待て待て待て!」
茶髪少女の俊敏なキックとパンチが飛んでくる。圧倒される百無はなんとか避け続けるも、更衣室から逃げ出し、訓練場まで引き返した。
「ん? ……百無か?」
青空に転々と雲が広がる訓練場。その中央には一言でミステリーな雰囲気を漂わせる黒髪の女性がいた。髪を簪でまとめておりその様は竜宮の姫を想像させる。
歌暮学園理事長、葛葉シゼル。この学園を統括する人物である。
「どうした? 事は済んだはずだが? それとも、また訓練という名の補習を受けたいのか?」
「なに余裕ぶっこいてんだ! こっちは今追っかけられてんだよ!」
『シゼル聞いてよ~! さっきシャワー室に女の子がいたのよ。それを統一ったら……もう! エッチの鏡!』
「ほう……つまり、発情期真っ盛りの若者である百無統一君は、か弱い女の子の裸を覗いたのか?」
「か弱いってレベルじゃねえ!」
「それはまた面白い……ん?」
シゼルは百無が逃げてきた方向をみやる。後ろでは古い時代劇の忍者とでもいうような速度で追いかけてくる人物がいた。制服姿の茶髪女子が鋭い目線でこちらを見据えている。ライオンのような激しい目つきではなく、夜に獲物を捕まえる豹に似ていた。
「ほう、あれは紅騎士……明日宮姫更君か」
『紅騎士……あかきし……。あ、確か、一年生ですごいところまでいったっていう子? シゼルめちゃくちゃ絶賛してたもんね~』
「ああ、彼女は身体能力、頭の成績共に優秀だ。魔装の扱いはトップクラスの実力。それに見合った冷静な判断力も備えている……。上級生も下級生も、彼女を模範に見習えといっても過言ではない。……にしても百無、君は彼女に何か熱烈なファンコールでもしたのか?」
「どういう見方したらそんな言葉が出てくるんだ!」
変態と疑っているシゼルに釈明しようとする百無。
すると、姫更と呼ばれる茶髪女子はこちらへ喧騒立てて向かってくる。普通、怒った女子というのは眉間に思いっきりしわ寄せしてくるものだが、我らが学校の模範生「明日宮姫更」は無といっていい表情だった。逆に怖い。
「シゼル理事長。その男は、変態です」
「むむ? 変態とな?」
「私の裸を覗いた」
「ほほう……」
シゼルは年頃の男子をおちょくるような感嘆の声をあげる。こっちの話をまるで信じていない。
「何『こいつ結構やり手だな』みたいな顔でこっち見てんだよ。俺の言うことは真っ向から否定か!」
『統一君が素直に覗いたのが悪いと思います!』
「てめえちゃっかり自分のやったこと棚に上げてんじゃねえ!」
「まぁそう慌てるな。……ふむ、こういう時は正々堂々勝負といこうじゃないか。姫更くんが勝てば百無を好きにしてもいいし、百無が勝てば彼の変態は免除ということだ。いい加減に言い争っていては拉致があかないだろう」
シゼルはぽんと手を叩くと、二人に提案する。
「魔装使い同士の決闘ルールは知っているな?」
魔装使い同士の決闘。魔装は対戦闘武器なので人害を生み出す可能性は大いにある。そのために安全として設けられたものが「決闘」。勝ち負けを決める審判役を間において、一定条件を満たせば勝敗がつくものである。なお、それに逆らったら学生でも魔装機関からお縄を頂戴される。
「冗談じゃねえ! 俺はさっきまであんたと何してたかわかってんのか!?」
「何してたか? か。そういう言い方をするとますます変態に見えるな」
「人の話を聞けって! 俺はあんたとの地獄の特訓で心も体も参ってんだよ! それなのにあんたは鬼のごとく「よし、決闘しよう!」みたいなノリで提案しやがるもんだから、そりゃ参るわ!」
「それだけ育ての親に歯向かう気力があれば十分じゃないか。魔装使いなら自分の力で正しさを証明してみせろ」
「く……」
『ぷっ、言われてやんのー』
「うるせっ」
「理事長。叩き直すのではなく、成敗」
シゼルと百無の間に、姫更が素朴な意見をつけたしてきた。なんでわざわざ怖い言い方に直す……。
『なんか面白くなってきたじゃん。紅騎士と決闘できるなんてレアなチャンスじゃん!』
「ほんとどこまでも都合のいい幽霊だな……」
「早く魔装を展開して」
他人事を上回ったようなドレットの応援を鬱陶しく思っている百無を押し黙らせるかのように、姫更は腕を捲り上げた。
オレンジのアームベルトに機械的な円型の部品が付けられた魔装起動装置「ヴィルドビレス」がやる気まんまんかのように輝いている。
「理事長、展開してもよろしいですか」
「血気盛んだな、紅騎士どのは。……ああ、構わんぞ」
姫更は目を閉じ、素早く起動詠唱をはじめる。
「魔装ーー展開!」
訓練場が大きな震動に包まれる。無機質な風が彼女を取り巻く。
しばらくして、風の中から出てきたのは、深紅の服に身を包んだ姫更だった。深紅の防装が手足まで鮮やかに行き届き、中に見える黒の布着は、彼女の肢体をよりいっそう美しく際立たせる。もしここが王族の土地ならば、王族以上に目を見張る騎士様だろう。それほどまでに姫更の防装は鮮やかで美しかった。
「私が天罰を下す」
「うっ……」
姫更は手元の剣を動かし軽いウォーミングアップを行う。天罰下す気満々ですかと言いたげに、姫更の来ている紅の防装はひらひらと、姫更の動きに合わせて揺れていた。
魔装使いが戦うときは『防装』と呼ばれる服を身に付ける。昔の戦争で使われていた防護服をブラッシュアップし、次元空間から引っ張り出す近代技術で加工して作られたものだ。その容姿は独特なものが多い。故に魔装使いを見た者からは、この世の人間とは思えない異邦人のような見方をされている。もっともそれは魔装とは無縁の世界に住んでいる人々の意見で、歌暮学園に通っている生徒及び魔装に日常レベルで関わっている人から見れば、三分でラーメンが食べられるのと同じくらい、当たり前になっている。
ただ、百無の『幽霊つき』という特別な魔装を除いては。
姫更は手に持っている魔装武器「シャドウレイン」を百無に向ける。
「さぁ、早く」
魔装には、それぞれ武器が存在する。形には色んなものがあり、近距離が得意なものがあれば、遠距離が得意なものも存在する。姫更の武器はシャドウレインと呼ばれる剣だ。比較的細身で何度振っても疲れが生じない軽さを誇っている、スピード重視の魔装だ。
百無は仕方なしと言わんばかりに、同じく右腕に装備されたヴィルドブレスを回した。
「仕方ねえ……魔装、展開」
百無の周りに小さな青色の物体が出現した。小さな物体はいくつも集まり、大きな波のようなうねりに伴って百無の周りを旋回する。
百無を囲んでいた青い波が爆散した。
出てきたのは、灰色の鎧に身を包んだ百無だった。鋼鉄でも砕けないような兜無し鎧を身に付けており、手には一般サイズのロングソードを持っている。刃がでかく、持ち手の近くには丸型のオレンジ色をした物体が目立つ。鋼鉄を簡単に打ち破る迫力があった。
「よし。準備はいいか?」
「ああ」
「構わないわ」
「どちらかの防装が解除された時点で決闘は終了だ。時間は十分。制限時間が過ぎ、タイムアップで終了した場合は、防装の損傷度で判定する」
シゼルは「はじめ」の合図を二人に告げた。
先に行動を仕掛けたのは姫更だった。
「先手必勝」
姫更は剣を下から上に振りあげた。シャドウレインの切っ先が上を向いた瞬間、地表に小さな影が現れる。小さな矢印型の形をした影は姫更の周りに集まり、カラスの群れのような集団を形成する。
姫更は剣を下に振る。影達は一斉に動き出す。
「お、おっ……?」
『統一、ボサっとしてるとやられるよ~』
弾丸とも言っていい影達は、アスファルト状の地面を伝い、鷹が獲物を狙うようなスピードでこちらにめがけて襲ってきた。
「くっ!」
百無は間一髪のところでかわす。百無の影を通り過ぎたシャドウレインの影はそのまま訓練場の壁に衝突する。
バスッ!
壁に影が触れた瞬間、元から穴でも空いていたかのように、訓練場の壁に穴を開けた。壁には小さくな穴があいており、ゴロゴロと地面に壁の破片が飛び散る。
「うぉぉ、こりゃ厄介だなぁおい……」
シャドウレインの攻撃は、物体ではなく、影である。
彼女の武器の恐ろしいところは、じかに空中を飛んでこないということだ。日の当たるところを伝って影が相手を攻撃するのが、シャドウレインの大きな特徴であった。
『確かに厄介ね、あの武器。速いしそこそこの威力もある。壁に傷をつけるどころか穴をあけちゃうくらいなら……んーそうね』
ドレットは顎を手に当てて考えるポーズをとる。そのポーズには冷静さはあるも、どことなく余裕さを感じられる風情だった。
『ざっと5発ってところかな』
「5発だぁ? あんなクソ速い攻撃を5発喰らえばおしまいってか? ちとレベルが高いな……」
『大丈夫だって。もう流すのは慣れっこでしょ?』
百無はドレットの他愛ない言葉に「確かに」と一言だけ返した。
「小さいだけと思って舐めないほうがいい。私のシャドウレインは一発でも防装に当たれば砕くことができる。あなたの防装を完全に砕くとすれば、5発ほどで十分」
ドレットの予想していた通りの答えが、姫更の口から漏れた。
「マジで5発か」
「大抵は3発くらいだけど、あなたのは少し硬そうだから」
「……へっ」
百無は口元が少しにやける。
「さっきから独り言をぶつぶつと……何がおかしいの?」
「いや、別に……。恐ろしい魔装だなって思っただけだ。小さいくせに速くて強い……人を絶望させるにもほどがあるぜ。まぁでも、トップクラスの実力も伊達じゃねえってことだな」
百無は剣を上段に構える。
「こいよ、紅騎士」
「……剣で防ぐつもり?」
「どうだろうな?」
「腕が持つの? 後ろを見て何も思わない? あなた変態な上に馬鹿なの?」
姫更は白けるような顔で、一部分が損壊している壁を指摘する。
穴を開ける威力ということは、影自体に大きな力がかかっているということ。剣を盾で防ぐ際には、必ず防いだ方に大きな重圧がのしかかるのと同じ。影を剣で止めるということは、体の骨が折れるような反動が来ることを覚悟しないといけない。
『ブッ! 統一、さっきから姫更ちゃんにいわれ放題ね~。幽霊の空腹を馬鹿にしたツケがかえってきたのよ。ざ・ま・あ♪』
真剣に構える百無の口元にドレットがセクシーボイスで腹の立つ言葉を投げかける。
「うるせ! てめえ人が真剣なときに……!」
『ふーんだ♪』
「……何か言った?」
「あっ、コホン! ……剣に大きな負担がかかるのはわかってる。だからこそこうやってんだよ」
「意味がわからない……。まぁ、どっちでもいいけど」
姫更は目をつぶり軽やかな剣を片手で構える。
「これで終わり」
何振りしたかわからない、姫更は高速で剣を振るう。彼女の地表からすかさず影が現れる。
先ほどより数は多い、20発はありそうだ。
百無の額に汗がしたたる。
しかし弾丸は無慈悲にこちらにむかってきている。
目がぐらつく。気を失いそうだ。
だが百無は体勢を崩さず、朦朧としそうな体に力をいれ、じっと目をつぶった。
瞬間、視界が黒く染まる。
彼の眼には、物の輪郭が白で描かれている世界がうつっている。
建物も、人も、自然も。
何もかも輪郭のみが白となり、白の中身と外はすべて黒で塗りつぶされている。
そんな反モノクロの視界に対し、彼の心は落ち着いていた。
百無は自然に身を任せるようにしてゆっくり剣を動かす。自分で意識的に動かしているとは思えないしなやかな動作だった。
黒い空間に点在する白い「影」は遅かった。いや、影の動きが遅くなっているのではなく、彼自身の感覚が研ぎ澄まされていた。全神経を迫り来る無数の影に集中させる。
頭は働かせず、体を流れに任せ、剣を動かす。
影の第一陣が、百無の横切りに地表ごと切られ、彼の体を避けるように飛散する。第二陣は複雑な動きをしてくるが、百無は何も言わず下ろした剣を横に振る。
剣に当たった影は百無の体を避けた。弾かれたような避け方だった。
1,2,3……。
右、左、右。
襲いかかてくる影達は、ことごとく剣に切り流されている。
やがて黒い視界は元に戻る。
百無は影を全て切り払った後、ふぅと息をついた。
「結構きついなぁオイ。速さが速さなだけあって体を動かすので精一杯だ」
「……当たっていない?」
姫更は意外そうな顔でこっちを見る。何を思ったか、姫更は突然、単発の影を打ち出した。
「おっと!」
統一は目をつぶり、手に持った剣を振り上げ、迫る影を打ち払う。
「あっぶねぇ! いきなり不意打ちかよ!」
『統一がぼさっとしてるのがいけないのよ。それ、悪いクセ』
「う、うるせえ……!」
シャドウレインが百無の剣に弾かれたのを凝視していた姫更は唖然としていた。
「どういうこと……? あんな弾かれ方、初めて見た……。剣に当たっているのに反り返ることもなく、あんな簡単に……弾かれるなんて……」
「そいつは俺の魔装、パリングスのおかげだ。こいつはどんな魔装攻撃も『受け流す』ことができる。おかげさまで反動も何もねえんだよ、これが」
全てを防がれたことにショックを受けていた姫更は、気を取り直してもう一度剣を構える。
「そんな魔装が存在していたなんて……初耳だわ」
「俺だってこの武器持たされた時は、色々びっくりしたことが多かったんでな。お互い様だ」
と、百無は、ミステリアスな笑みを浮かべているシゼルを見やる。そのまた横では自慢げにしているドレットが『いえい!』と自分のことさながらにピースしていた。お前なにもしてないだろ。
「そういう能力なら……これでどう?」
姫更は再び数発の影を発射する。
何の変哲もない、ただの影だ。
それに対して百無は冷静に落ち着き切り捨てようとする。
「っ!?」
次の瞬間、姫更はこちらに走り込んできた。
じかにシャドウレインをふるい、影との連携攻撃を仕掛けてくる。
「影と直接攻撃の両方なら、どう?」
「そう来るかよ……!」
百無統一の魔装「パリングス」は、どんな攻撃も受け流すことができる。例えそれが灼熱の炎であろうと、氷付けにされる攻撃であろうと。パリングスであれば体に火がつく前に、炎自体を流すことができる。
(だが、あくまでパリングスは防御特化の能力……結局のところ受け流すしかできねえ……つまりジリ貧!)
百無は姫更の波状攻撃をしのいでいく。しかし、彼女の攻撃を受け流す一方だ。
「このやろう!」
姫更の剣を受け流した隙を狙って百無が反撃を加える。しかし姫更の体を思わぬ身軽さでこちらの攻撃をかわしていく。
彼女は交わした後も追撃をやめない。姫更はひょいっと、宙に舞う。空中でシャドウレインを幾度か振りし、地面に影の弾を落としたあと、すぐさま詰める。影は地面に落ちてまもなく百無に向かってまっすぐ飛んできた。
対して百無は姫更の剣の連続攻撃を受けながら、追尾してくる影の攻撃を打ち落とす……それ以外に対処方法が見いだせない。
(くっ……キリがない!)
「両者! 止め!」
だが、シゼルの「終わり」の合図が聞こえたことで、制限時間を過ぎたことが明らかになった。百無は剣を落とし、どっと疲れきった腰を下ろした。
「ふむ……」
シゼルは二人の防装状態を眺めた。姫更の防装はなんともない。百無は息を荒くしているものの、特に目立った外傷は見られない。
「……」
姫更は「もう少しで変態を完膚なきまでに叩きのめせたのに」という顔でシャドウレインをしまう。彼女がヴィルドブレスに手をかざすと、紅い防装が光と共に消滅し、制服姿にもどった。
「あ、あぶねえ……」
冷や汗の流れる手でヴィルドブレスに手をかざし、同じく制服姿に戻る百無。
『あー。なんかこんな展開になる気がしてたんだよねー。シゼル、勝敗は?』
「引き分けだ」
シゼルのジャッジに納得がいかない者が一人いた。
「シゼルさん、タイムが短すぎます。もっとこの男に制裁を与えるチャンスを」
「駄目だ。その場の決闘再開は禁じられているのは知っているだろう。それをみすみす理事長の私が破るわけにはいかん。君が制限時間内までに決着をつけられるように努力することだな。……もちろん、それは百無にも言えることだぞ? わかってるな?」
「あ、ああ」
「お前は修行が足りん。少しは成績を上げる努力をすれば、いちいち私が出向いてまで特訓という補習をする必要もなかったのだ……。これは例外だぞ、例外」
シゼルはため息をはくと、なぜか声のトーンを落とす。。
「そこで、だ。例外の百無と紅騎士姫更君に少し頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか?」
「なんだよ、藪から棒に」
「まぁ、簡単なことだ。明日、理事長室まで来てくれ。そこでまとめて話す」
そういってシゼルはその場を後にした。
「あと、百無は必ず来い」
「なんで?」
「訓練の一環だ。お前は最近たるみにたるみすぎだ。来なかったら……わかってるな?」
シゼルの睨みがあまりにも怖かったので百無はうんうんと頷いた。
「では、また明日」
シゼルが去ると嵐が過ぎ去ったような安心感が百無を包んだ。
「ちっ、シビアな理事長だぜ……」
『あんたが緩いだけじゃないの?』
「お前に言われたくねえ」
取り残された百無と姫更の間に何とも言えない空気が漂う。
「変態を始末できなかった……」
姫更はしゅんとした顔で百無に背を向ける。
「ま、まだ根に持ってんのかよ!」
「女の裸を除いた罪は大きい」
どうやら、百無は紅騎士の逆鱗のような部分に触れてしまったのかもしれない。
「つか、なんであんなところにいたんだよ? 寮に備え付けの風呂があるだろ?」
「めんどくさい。シャワーを浴びたい、と思っていた矢先にシャワーがあったのよ」
「それだけの理由かい!」
「それだけの理由にしても普通の人は裸を見ようとしない」
「うっ……まぁ……そう、だけど」
『ブッ! 言い返せない統一だっさ!』
「こいつ……」
それはこのクソ幽霊のせいだ……と言いたいところだったが、あいにく姫更には見えない。弁明のしようがなかった。
「この続きは別の機会にしましょう。……とりあえず、また明日」
最後の言葉に殺意の空気を漂わせた姫更はスタスタと訓練場を出て行った。
「厄介なやつに因縁つけられた……」
『やっちゃったねー』
完全に他人事を貫くドレットにぐうの根もでない百無だった。
■
はじめまして、ちぇりおすと申します。
今回、学園バトル物ということで書かせていただきました。
学園バトル物は書いたことがなかったので一度書いてみたいと思ったのが大きなきっかけです。
執筆したのは二か月ほど前になります。
もし、貴重なお時間を割いて読んでいただけるのであればとても幸いです。