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姫様の考えと、出した答え

 森の外に出てみたいと思ったことはたくさんある。でも、それは城を出て行きたいということじゃない。


 クマおじさんが居て、時々ジークが来てくれて。森でお散歩する。夜は不思議な魚が泳ぐ森だけれど、綺麗だし別に害があるわけでもないし。お城の庭でお花を楽しんで、夜には2人で夜ごはんを食べる。それだけしかないけどアンナは確かに幸せだ。


「でも、私が大人になったら変わっちゃうのかな…」


 青い屋根に白い壁でできたお城の二番目に高い塔。小さいアンナに与えられた部屋はとっても広い。片隅に置かれた、四隅に美しい蔦が這った彫刻の支柱が天蓋を支える、柔らかなベッドに仰向けに寝転がったアンナは考えていた。

 

 カーテンを下ろしていない外からは、森の不思議な光が立ち上ってきていて室内はうすぼんやりと明るい。今日は新月だからこれくらいだから丁度いいけれど、満月だったらきちんとカーテンを閉めなければ眠れない。


 いくら考えても、考えてもやっぱりアンナの答えは変わらない。ジークがもし来なくなったら寂しいけれど、ベルンハルトが居てくれれば平気だとも思えるし。


 アンナにとってこんなに悩んだのは初めてで、悩んで眠れぬ夜というのも初めてだった。


「幸せ、って。なんだろう」


 その答えを出すには彼女はまだ幼い。そして、一生をかけたって解けないかもしれない問題なのかもしれない。


**********


「ベルンハルト、こっちにも落っこちてるよ!」

「ああ、すいません姫様。私の手ではなかなかうまく掴めないものでして」


 聖域の森の近く、ホルンの街。獣人ならば誰もが振り返る完璧な人間である少女が落ちたリンゴを拾う。それを、赤いスカーフを巻いた黒いクマ獣人が恭しくカゴを差し出して受け取った。


「傷んでしまいましたかね…。もったいないことをしました」


 しょんぼりと肩を落とす黒いクマに少女は笑いかけた。長い金髪はウェーブを描いて緩やかに肩を流れて腰まで落ちている。優しく、思慮深い深い青い瞳の持ち主だ。相変わらず赤と白のワンピースは着ているが、彼女はもう、赤ずきんをかぶってはいない。


「大丈夫よ、少しくらい傷んでたって。ジャムにすればいいもの」


 ぐんと伸びた身長は2メートルに満たないクマの胸元程まで伸びた。もう、クマおじさんが女の子を肩に担いで歩く姿を見ることはできない。彼は大切な姫様に笑いかけた。


「そうですね。姫様の作られるリンゴジャムは絶品ですから」


 褒められて嬉しそうにアンナは笑う。ベルンハルトの肉球の手からカゴを受け取りしっかりと握る。


「ああ、姫様。重うございましょう。私が…」

「だーめ。私のほうが上手に持てるよ! また落ちたらジャムが増えちゃう」


 慌てて取り上げようとするベルンハルトの腕からアンナはするりと踊るように抜け出した。カゴを持ってくるりと回るとスカートの裾が広がってとても可愛らしい。


 姫様は大きくなった、本当にこの森に埋もれていていいのだろうかといつも不安に感じる。彼と彼女が一緒に暮らして十年。アンナは十六歳の誕生日を先日迎えた。 


「リンゴジャムのことはジークには秘密ね! あの人ったら片っ端から食べちゃうから」

「本当にジークには困ったものです。この前なんか黙って棚から持って帰っておりましたよ」

「ええっ! もっと美味しいものを毎日食べてるはずなのに意地汚い…」


 アンナは花が開くようにどんどん美しくなった。それを知っているのはベルンハルトと、ジークとこの街の住人だけだ。そう、結局の所…アンナはこの森を出ていかなかったのだ。


 話をした翌日、目を真っ赤に腫らしたアンナはポツリ、ポツリと胸の内を話してくれた。


 森の外には行ってみたい。でも、城からは出ていきたくないし、ベルンハルトと離れるのはもっと嫌なのだと言ってくれた。彼も一晩考え、アンナの思うままにしてやろうと答えを出していたのでそれを受け入れた。


 自分には永遠に近い時間があり、アンナと過ごせる時間は短い。だからアンナが残ると言ってくれた時は本当は嬉しかった。ただ、その感情を出す程愚かではない。アンナが外の世界に幸せを求めた時に縛る枷になってはいけないとわきまえていたからだ。


 学院への入学手続きは取り消された。ジークは残念そうな、安堵したような複雑な表情をしていた。本当は彼に姫様を委ねようと思っていたベルンハルトも少し複雑な思いだったが、今は少し違う。彼の大切な姫様をもうどこにもやりたくない気持ちが芽生え始めているからだ。


 ベルンハルトは無意識のうちに胸元の赤いスカーフに触れる。だいぶくたびれてはいるが、彼にとってはこのスカーフは宝物なのだ。落としていないか無意識に触って確認する癖がついてしまった。


「そろそろ帰ろう、私たちの森に」

「ああ、もうこんな時間ですね。急いで戻りましょう」


 胸の内ポケットから懐中時計を取り出し確認したベルンハルトは頷く。


 ホルンの町は聖域の森から少し離れている。まだお茶時だが、早めに帰るに越したことはない。


 森の番人たる彼は少々特殊な体質だ。彼は森を出てしまうとクマの姿しか取れなくなってしまうのだ。森に戻れば自由にその姿を変えることができるようになり、無尽蔵の魔力を操ることができるようになる。


 彼の魔力具現化はでたらめだ。本来踏むべきの手続きを一切無視している。パチンと手を鳴らすだけで城の長い廊下に火が灯り、パチンと鳴らせば暖炉の火が灯る。ただ、門を開けたり窓を開けたりだとか、そういったことはできないそうだ。長年共に暮らすアンナにも使える基準は分からないが便利でいいなとは思う。


 学院にて魔術主席を頂いているジークは、魔術の基礎を習い始めた時に、普段ベルンハルトがやっている離れ業を初めて理解してひっくり返りそうになったそうだ。


 そんな理解の範疇を超える黒いクマの獣人の肉球の付いたふかふかの手を、お姫様みたいな少女はしっかりと握る。目指す先はディオヌスの森、二人の家だ。

▼ アンナはリンゴを手に入れた…!

▼ ジークはリンゴジャムの気配を感じた…!

▼ ベルンハルトはジーク対策で森の中に倉庫を立てることを検討している…!


次話、赤いスカーフのおはなし。



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