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子狼の仕事

アンナがお風呂から上がって居間へと入ると、揺り椅子に座ってマナーの本を読むジークが居た。しかし、心ここにあらずといった様子でぼんやりとしていてアンナは苦笑いを漏らす。


「ジーク、お勉強はやる気のある時にしないと覚えられないよ」

「あ、ああ、アンナ。さっぱりした?」


 取り繕うかのようにジークが笑みを浮かべる。アンナは違和感を感じたものの理由が分からず首を傾げた。


「大丈夫? なんだか元気が無いみたい」

「え? あ、ああ。今からお勤めだから、かな」


 ジークの言葉に納得したようにアンナは頷く。彼がここに来るということはそういうことだ。


「いつもお疲れ様、ジーク」

「ありがとう、アンナ」


 扉が開き、優雅に一礼をしてベルンハルトが入室してきた。右手にはレモン水の入ったグラスが二つ乗っている。扱いは雑だが、ジークの分もちゃんと用意してくれるのだ。


「姫様、水分補給をきちんとなさってください。ああ、髪の毛がまだ濡れております。私が拭いて差し上げます。ほら、こちらのイスに座って下さい」

「えー、ちゃんと乾かしたよ」


 文句を言いつつも、アンナは言われるままにイスに腰掛ける。その後ろに立ってベルンハルトはタオルでアンナの金髪を優しく包む。彼の手が熱を帯びて優しく髪の毛を乾かしていく。

 ふわふわとした金髪が重さを無くしてふわりと広がる。背中程までも伸びた髪の毛は緩いウェーブを描いて落ちている。三つ編みにしていると色が濃い金髪に見えるが、こうしていると薄い色なのがはっきりと分かる。


「アンナ、随分と髪の毛が伸びたんだな」

「うん。三つ編みしやすくなったよ」

「そっか。…その、まあ、あれだよな。ボサボサ頭ではなくなったな」


 ジークの言葉にアンナはプイ、とよそを向いてしまう。


 今よりも幼かったジークは照れ隠しに「お前の金髪ってすごい薄いし、ボサボサ頭なんだな」と、言ってしまったのだ。かわいいと伝えたくて何度かチャレンジしたが失敗を続け、今もその間違いは正されることなく続いている。本当は褒めたいのに、この生意気な口がペラペラと憎まれ口を叩いてしまうのだ。


 豊かな金髪を隠すように三つ編みにしていつも赤い頭巾に押し込めるアンナは、昔ジークに言われた“ボサボサ頭”を気にしている。いつかはその勘違いを正したい。正直な気持ちを伝えたいなと常に思ってはいるけれど、子どもの彼にはまだ難しい。いや、彼が素直になれないうちは無理だろう。


「…オレ、仕事行かなきゃ」


 ジークは立ち上がり、マナーの本を揺り椅子に放り投げた。


「あれ? ジークの本は持っていかないの?」


 髪を乾かしてもらっていて気持ちよくなったのだろう。濃い青い瞳を眠そうにとろんとさせ、アンナは首を傾げた。せっかくお土産にもらったのにと呟く彼女にジークは首を振る。


「もう半分読んだ」

「え、うそだよ。騙されないよー」


 いつもの冗談だと思ったのだろう。笑うアンナにジークは優雅な礼を取って見せた。その姿は彼女の大好きなクマおじさんに似ていて、アンナの目が少し覚める。


「オレ…じゃなかった。私めは所用がありますゆえ、これにて失礼させて頂きます。夜も更けてまいりました。夜の幻に捕まらないうちにベッドに入っておやすみなさいませ、姫様」


 アンナの頬が赤く染まる。その台詞はアンナが寝る前にベルンハルトに言われる言葉だ。


「な、ななんで…」

「簡単だったよ。だって、ベルンハルトの真似をすればいいだけなんだもんな」


 いつもの調子に戻って、ぺろりと舌を出す銀髪の男の子はくるりと背を向けた。それと同時に彼は銀色の子狼の姿へと変化する。


「じゃ、おやすみ。お姫様」


 あっけにとられるアンナに銀色に輝くふさふさとした尻尾をふぁさっと一回振り、扉の前に後ろ足で立って、前足を使って器用にドアノブを回して出ていってしまう。


「なんかジーク、変だったね」

「ジークはいつもだいたい変ですよ。さ、姫様。ベッドに入るお時間ですよ」

「はあい、また、おやすみのお話読んでくれる?」

「はい姫様、喜んで」


***


 ますます光を増した森の中を、小柄な銀の狼が疾走していく。目指す先は城よりも森の深部にある湖だ。ふわふわと漂う半透明の魚の群れを突き抜けてジークはひた走る。少し古城に長居しすぎてしまった。


 草木の背が段々と低くなり、足元が湿った土になるのを感じて速度を緩めた。


「良かった。まだ道は出てないな」


 狼の口から長い舌が出て、ハッハッと荒い呼吸を繰り返す。アンナと一緒に居た森は静かだが、生き物たちの気配が濃厚だった。それに対してここにある命の気配は草木と自分だけだ。


 聖域としてレアトリア国が管理しているこの“ディオヌスの森”の深部にある湖。普段は静かに水を湛えているだけだが、満月の夜に、湖上には小さな浮島が現れる。そこには小さな神殿が建っており、精霊ディオヌスが選んだ者にだけ、橋がかけられるのだ。


 この神殿に渡り、精霊に祈りを捧げる。それが今のジークの…いや、ジークヴァルト・ヴィ・レアトリアの仕事だ。


 森の光は輝きを増しているが、それ以上に湖の中央部が輝きを増し、目を離したすきに浮島と神殿がいきなり姿を現す。

 それに気が付いたジークは水面へと前足をゆっくりと踏み出した。その足は水に濡れることなく先へと進んでいく。彼には光り輝く橋が見えており、それを渡っていっているのだ。


 銀狼が神殿へと入った後、その浮島は現れた時と同じく忽然と姿を消す。辺りには静かな湖面と森の光だけが残された。



▼ ジークはマナーの本を手に入れた…!

▼ 読んでみた…

▼ 著:ベルンハルト と書いてあった…!

▼ ジークは本を投げ捨てた…!



次話、第一印象はもふもふでした。

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