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お城の秘密

お待たせしました。アレがアレになります。

 ランタンの光で照らされた赤い絨毯の廊下。やがて廊下の光が終わる場所へと着く。この扉の向こうが広間なのだ。


「姫様、どうぞ」


 ベルンハルトが優雅な礼を一つ取って、扉を押し開けてくれる。古いはずの扉は軋む音もせずに開く。

 アンナは促されるままに居間へと足を踏み入れた。


 お城には使っていない部屋がたくさんあるが、この居間はきちんと活用している数少ない場所で、アンナの大好きな場所だ。


 大きな暖炉は天井までの高さのあるもので、上部には見事な彫刻が彫ってある。この森に居ると言われている精霊ディオヌスを模してあるそうだ。今はまだそこまで寒くはないので暖炉の中は空っぽだ。


 大きな窓は濃い赤色の重たいカーテンが閉められていて外の様子は見ることはできない。


 その窓の下に置かれた大きな揺り椅子からぴょん! と銀髪をした可愛らしい男の子が、待ちかねた様子で飛び降りた。身なりの良い白い装飾のシャツに、黒い半ズボンを着ている。


「遅いぞ、二人とも」

「ジーク、閂はちゃんと定位置にお願いします」

「お行儀悪いよ」


 一気に言われ、男の子はふくれっ面をして肩を竦めた。


「仕方ないじゃん。この城にきちんと入らないとこの姿には戻れないんだから。思った時にどっちの姿にもすぐなれないなんて不便だよな」

「いいえ、貴方の小さな顎で閂を抜けるなら、そのまま定位置に持っていけばいいだけのことです」


 ベルンハルトのにべもない応えに、ジークはぺろりと舌を出した。どうやら、単に片づけるのを怠っているだけらしい。


「ねえ、クマおじさん。お土産はなあに?」

「そうだ! ベルンハルト、何を買ってきてくれたんだ?」


 まだお説教をしたそうなベルンハルトを見て、アンナが助け船を出してくれたのでジークは嬉々としてそれに飛び乗る。

 ベルンハルトは少し呆れたようだったが、彼の大切なお姫様のすることだ。諦めてお説教の口を閉じる。


「待っていてください。準備して持ってきますから」


 黒いクマは、退出の礼をそれはそれは優雅にひとつ取って扉から出て行った。


「アンナ、ありがとな。助かる」

「もー、次からはちゃんと片づけなよ」


 ジークはアンナへと近づき、笑って礼を言う。アンナはあきれ顔をしていたがニコニコと笑った。


「お土産、何かな。楽しみ」

「オレは肉がいいな」

「ジークはそればっかりだね。私は…」


 アンナは少し考えたが、なんだか遠い目をして言った。


「…ひらひらのお洋服じゃなければ、なんでもいいかな」

「なんでだ? ひらひらの服はいつも似合っているぞ」


 ジークは心底不思議そうだ。金色の瞳をぱちぱちと瞬きさせている。


「森の中だと引っかかって大変なんだよ。それに、私…お姫様なんかじゃないし」

「引っかかっても、アンナなら森の木々が避けてくれるだろう? それにお姫様になりたいんだったら、オレの…」


 そこまで言ってジークは金色の瞳を逸らしソワソワと落ち着きなく彷徨わせる。


「ジーク?」

「オレの、およ…」


 バタン!! と勢いよくドアが開かれる音にジークの本日二度目のプロポーズは阻まれた。

 ジークが恨めし気に見つめる先には、黒い燕尾服を身に着けた男が、色とりどりにラッピングされたプレゼントの箱を絶妙なバランスで積み上げて立っている。なんだか不機嫌に見えるのは決して気のせいではないだろう。

 

 男はツカツカと革靴の音を響かせ、大量のプレゼント包みたちをバランスを崩さずにピカピカに磨き上げられた大理石のテーブルの上へと置いた。


 2メートルには満たない程の身長に、燕尾服を着ていても分かるバランスの良さそうな体躯。黒い短髪に穏やかな黒い瞳をしている。


 顔は整っているが、美麗という種類ではなく精悍な顔立ちだ。見た目的には三十歳手前、といった所だろうか。彼はその常は穏やかな黒い瞳をジークへと向けた。冷ややかに細められているのは決して気のせいではない。


「ジーク、これが貴方へのお土産です」


 袋に入った分厚い四角形の包みをさっとジークに投げつける。いつものことなのだろう。特に怒ることもなく、ジークは問題なく受け取ってから渋面を作った。


「ベルンハルト…開けなくても分かる。これって分厚い本だろ…」

「ジークには、もっと学ぶべきことがあります」


 不満そうなジークが包みをべりべりと剥がすと“上流階級で生き抜くためのマナー~素敵な紳士になる入門編~”と書かれたタイトルが覗く。がっくりと、とジークが肩を落とした。


「ジーク、マナーってすごく大切だと思うよ」

「…アンナは紳士が好きか?」

「え? 紳士…」


 言われてアンナは首をかしげる。彼女は記憶の限りではこの森から出たことがないのだ。従って会った人物もとても少ない。しかも、会ったとしてもこの森の中で会う人は皆、元の姿を失って獣の姿となっているからだ。

 知りうる知識を総動員した結果、紳士は礼儀正しい男の人、礼儀正しい男の人イコール…ベルンハルトの方程式が浮かんだようだ。


「うん。紳士な人大好き。優しい人が好きだなー」


 アンナが頬をぽっと上気させてこくん、と頷く。金色のおさげ髪が肩から落ちて揺れた。


「そ、そうなのか…よし。オレ紳士になるよ。がんばるからな!」


 アンナの心の内で出された方程式など知らない男の子は、この本をマスターすることを固く決意した。


「紳士は、淑女にすぐに抱き着いたりぺろぺろ舐めまわしたりなどしませんよ。例え、本来の姿を失って獣になろうとも」


 ベルンハルトの冷ややかな声に、ジークは目を逸らす。バレている。森で遊ぶ時に狼の姿なのをいいことに飛びついたり、嬉しかったらそのままぺろぺろと顔を舐めたりしていることが。なんでわかったのだろうと冷や汗を浮かべるジークを尻目に、アンナはテーブルへと駆け寄った。


「クマおじさん。このたくさんのお土産は?」

「はい。全部、姫様へのお土産です」


 ベルンハルトは、世の女性が見たら蕩けそうな笑みを浮かべた。精悍な顔は一気に優しげな美貌へと変化を遂げる。もっとも、彼がその笑みを浮かべるのはアンナの前だけなのだが。


「クマおじさんのお土産は買わなかったの?」

「問題ありません。私は庭道具を一新致しましたので」


 そういうのじゃないのにな。そうは思ったものの、大量に積み重ねられたプレゼントの箱は魅力的だ。なんといってもまだアンナは十一歳の女の子なのだ。赤い頭巾を脱ぎ、すかさず差し出されたベルンハルトの手に渡して、白いブラウスの腕をまくりながらラッピングを剥がす大仕事に取り組むべく、大理石のテーブルへと向かったのだった。

三十手前のイケメンおじさんでも、十一歳の女の子からすれば立派なおじさんなんですね…ほろり。


次話、くまおじさん、大切なおはなしをする。

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