#0-4 ブラウン恋物語
最早作業ゲーである。ウルファングが襲いかかり、火魔法で処理する。魔力が切れたら休憩を挟んで、またウルファングが襲いかかり……とまぁ、そういう具合にブラウンはストレスを発散していった。
「…あぁもうムカつく。もっとこう流れとか雰囲気とか考えられないのかしら、あの生徒会長は」
ウルファング討伐クエストは既に達成し、いよいよ討伐数は三桁を越えようとしているところで、魔力が再度尽きる。
仕方がないので近くの木陰で休憩をしていると、先輩がログインしてきた。
今はとにかく、誰でもいいから話を聞いて欲しくて、先輩にチャットを送った。
「先輩、こんにちはです。今から会えますか?」
「ブラウンちーっす……うん、じゃあいつもの場所で」
ブラウンは、すぐさま町へと帰還する。そしていつもの場所、ギルドホールのとある一角で先輩を待つ。
「おぅ、ブラウン。待たせたな」
「全然待ってません。それより聞いてくださいよ、先輩。今日学校の生徒会長と水族館に行ったんですけど、これがもう全然分かってなくて」
「ほう」
今日あった出来事を全て話す。不思議とイライラは収まり、幾分かスッキリした。
「…というワケでして。酷いでしょう?」
「…うん、確かにね。でもさ、ブラウン。その会長も結構な勇気を持って告白したんだろ?だとしたら、それはただ逃げただけだぞ?」
「そ、それは…そうですけど…」
「ブラウンは、その会長は嫌いなのか?」
「…いえ、一緒にいて楽しいですし…嫌いというワケでは無いです」
「なら、まずは返事をしなさい。会長はずっと待ってるかもよ?」
「…わかりました。明日、返事してきます」
「うんうん。ところで、今日は何かクエスト行く?」
「あ、はい。そうですね…」
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翌朝、今日も早朝から校門に立って遅刻者に遅刻スタンプを押すため、早めに家を出る。
今日の授業の準備をして、忘れ物が無いかを考える。
「…よし、忘れ物無し。さてと、行きますか…あ、時計を忘れるとこだった」
いつもは、制服のブレザーのポケットに入れているのだが、昨日の一件で私服のポケットに入れたのだ。が、しかし。
「…あれ?無いなぁ…カバンの中かな?…無い…あれ?……どこいったの!?」
その後、ギリギリまで部屋の中を散策したが、結局見つからなかった。
「…行ってきます」
「あ、いってらっしゃ…ちょっと!お弁当忘れてるわよ!」
「…あ、ごめん」
「もう、しっかりしなさいよ」
玄関の扉を開け、学校へと向かう。そのまま校門に立って、遅刻者にスタンプを押していった。
「はい、遅刻ですね。生徒証明書を出して下さい」
「ぜぇ、はぁ…あの、見逃してくれませんかね」
「ダメです」
「そう言わずに、ね?お願いっ!」
「あなた達を見逃したら、他の人に示しがつきません」
「くっそ…ダメか…まったく、全部翔の所為だ」
「なんでや!俺関係ないやろ!」
「翔が寝坊しなきゃ私達は遅刻しなかったのよ!」
「真美奈の言う通りだ。俺たちが起こさなかったら翔はまだ夢の中なんだぜ?」
「いや、それは感謝だけど…だからって」
「「だいたい全部翔が悪い」」
「…スンマセン」
差し出された証明書にスタンプを押す。そのうちの二人はスタンプが一個も無かったから、なんだか面目無い気持ちになる。
しばらくして、重人が登校して来た。
「…あ」
「お、おぅ…茶子。おはよう」
「…おはようございます、会長」
「…あ、そうだ。これ茶子に渡そうと思ってさ。茶子の家に寄ったんだけど…」
「会長、遅刻です。その話は後でいいので早く生徒証明書を出して下さい」
「そ、そうか?茶子がそういうなら、後にするが…ほい、生徒証明書」
出された証明書にスタンプを押す。この人は既にスタンプの数が十個を超えている。
「会長、あなたは生徒会長としての自覚はあるんですか?」
「無かったら今すぐにでも会長やめてるよ」
「だったら、もう少し早く登校して下さい」
「分かった分かった……それで、昨日の事なんだが」
自分でも、顔が引きつったのがよくわかる。今話題にしたく無かった話だから。
「…もし、迷惑だったりしたら、謝ろうと思ってな…本当、すまない」
「……」
…そう思うなら、初めから言わなくて良かったんじゃないの?そう、言ってやろうと思ったけど、私にはそんなことを言う勇気は無かった。それどころか。
「会長、他の遅刻者にスタンプを押すので、早急に教室に行ってください」
「あ、それなら俺がスタンプ押す係するよ」
「そうですか。ならお願いします」
そう言ってスタンプセットを重人に渡して、私は自分の教室に戻った。
一度教室に入ると、私は得意のステルスモードに移行する。メガネを掛け、読みかけのラノベを開き、ステルスオーラを振りまく。
そして今日も、何事もなく終わりを迎えた。
「…ただいま」
「あ、おかえり。どうかしたの?」
「…うん、ちょっとね」
「あらあら、もしかして恋の悩みかしら?」
「な、ちがっ…!?」
「うふふ、いいのよ。存分に悩みなさい?そのうちいい事が起きるから」
「何を根拠に…」
しかしお母さんは、ただニコニコしているだけで、それ以上は何も言わなかった。
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さらにその翌朝、結局時計は見つからず、またもや遅れるかと思ったその日。
「茶子、重人さんが来てるわよ」
「お母さん、なんであいつをさん付けで呼ぶの…」
「あら、だって茶子の彼氏でしょう?」
「違うし…」
文句を垂れながら、制服に着替えて家を出る。
「おはよう、茶子」
「…おはようございます、会長」
「また…あのさ、この前俺の事は重人でいいって言ったよな?」
「プライベートは、です。今は生徒会長と雑用係ですから」
「ひでぇなぁ…折角、良いもの持ってきてやったのに」
「賄賂はいりません」
「茶子に賄賂渡して俺、得しないんですけど?」
「もうそんな事はどうでもいいです。今日は遅刻しなかったようですので、特別にスタンプを二つ押しましょう」
「ははは、ご冗談を。俺、これ以上付くと本当にやばいんですがそれは」
「……」
気にせず、自分の足を動かす。
「なぁ、何か怒ってるのか?」
「なぜです?」
「別に…いつもよりちょっと早く歩いてるから、そう思っただけだ」
「私は怒ってませんけど、会長に心当たりがあるなら、そうなんじゃないんですか?」
「ありすぎてわからん…」
えぇ、怒ってませんよ?怒ってませんとも。ただちょっと心の整理ができていないのに、無かったことにされた事が気に食わなくて、さらに言えば時計が無くて内心ささくれてるだけですから。
「なぁ、本当に俺何かしたか?」
「何もしてません」
「だったらもっと、笑顔になれよ」
「私はいつでも笑顔です」
「そーですね、小悪魔の微笑みですね」
「うるさいです」
………
……
…
…
……
………
今日も、早く家に帰って時計を探そうと思っていたんですが、最近生徒会の仕事が溜まり気味だったので、それらを消化してから帰ることに。
「はぁ…終わる気がしない。全く、あの会長は一体全体この二日間何をしていたのやら」
そもそも、生徒会が二人で回るはずがないんですよ、わかりますか?もっとこう、有能な会計担当とか、圧倒的な書記担当とか、そういう人たちがいた方が回りやすそうなんですけど…ね。
「あー、ここにいたのか。茶子」
「…なんですか?」
「露骨に嫌そうな顔するなよ!今日は茶子に渡すものがあるんだよ」
「ですから、賄賂なら」
「だから、最後まで聞け。ほれ、この前落としてった物だ」
ポイッと、無造作に投げられた物を見事にキャッチしてみせる。
「…これって…」
「本当は、昨日のうちに渡そうと茶子の家まで行ったんだけどな、茶子はもう学校に行ったっていうし、校門でも渡そうかとも思ったんだが、後にしてくれって言われたからな…」
渡されたのは、探していた懐中時計だった。
「これ…どこで?」
「水族館で、茶子が帰った後だな。落ちてたんだ」
「…そっか……ありがと」
「え?」
「なんでもないです。暇なら手伝って下さい、こっちは誰かさんが仕事サボったおかげてやることは沢山ありますからね」
「…うわぁ…めんどくさそう…でもまぁ、茶子もいるし大丈夫だろ」
とは言いつつも、私より早く仕事をこなす重人を見る限り、やれば出来る子だと改めて感じさせられる。はっきり言って私の出番は大して無い。ほら、山程あった書類がもう半分以下になった。
「…重人」
「…ん?良いのか?今は仕事中だぜ?」
「…今は二人だけだから、良いの。それで重人、この前私に謝ったじゃない?」
「…あー…うん。迷惑かもって思ってな」
「あれさ、今更だけどちょっと文句言っていい?」
「さっさと帰りたいから、仕事の手は止めるなよ?」
「うん」
書類から目は離さずに、深く呼吸する。
「あのね、迷惑って思うなら初めから断ってる。私が何やった訳でもなく勝手に謝られても困る。私の回答を勝手に作り上げて、それに納得して自爆するのはやめて。重人が勇気振り絞って言ったのと同じように私だって覚悟が必要なのよ」
「…うん、つまり?何が言いたいの?」
言いたい事全部をまとめて言うと、私ですら何を言いたいのか全然わからない。
「ぇえと……つまり、その…」
「つまり?」
「……」
「つまり?」
「…そ、言われた事はまんざらでもなかったから、そのうち答えを返すわよ。それまで待ってなさっ痛いっ!」
「あ、ごめん。シャーペンの芯折れてさ…当たったか?」
唐突に走った額の痛みを抑え、涙目で重人を訴える。
「そんな目で見るなよ。わざとじゃ無いんだ。それで、なんて言った?」
「もういいわよ!そのうちわかる事だから、忠告したからね!それから私、もう帰るから。あとはよろしく頼んだわよ」
「いやいや、自分の分は自分で片付けて帰れよ」
「私はお手伝いです。自分の分も何もありません。全部重人の…会長の仕事です」
「いや、そうは言ってもね?」
「頼みましたよ?」
「……ぉぅ」
どこかで見たことのある展開を繰り広げて、私は生徒会室から逃げた。
今回は最終回に向けて奮闘してみました。
そろそろ終わらせましょうか。
ご愛読ありがとうございます。