#0-3 ブラウン恋物語
素直に綺麗だと、そう最後に思ったのは何時だっただろうか。
「…綺麗」
「それは良かったな」
超大型水槽を前に、自然とそんな言葉がでる。にしても水族館って、こんな場所だったかな?なんかもっとこう…わちゃわちゃしてた気がするんだよね。
「あのさ、茶子」
「ん?」
「ぅ…あぁ、いや、いつも休みの日って何してんだ?」
「うーん、大体ゲームかな?会…重人は〈CDO〉って知ってる?VRMMOのアレ」
「知ってるぞ、って言うか遊ってる」
へぇ、意外ね。生徒会長ってもっと堅物なイメージがあったんだけど。まぁ、重人だもんね、仕方ないよね。
「そうなんだ。でもなんで、いきなり?」
「気になっただけ。しかしそうか、茶子も遊るんだ」
「乙女のたしなみってヤツよ。悪い?」
「悪くねーよ。それよか早く行こうぜ?人が多すぎて、後ろが支えてる」
「それもそうね、行きましょう」
水槽を眺めるに当たって、離していた手を再度繋ぐ。いよいよ本格的なデートらしくなって来たかな?
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「なるほど、人混みの原因はこれか」
「…かっ、可愛い…」
よちよちと、覚束ない足取りで歩くその生き物は、飼育員さんの餌に釣れられて、来場者の間を歩く。
つやつやとした毛並、キリッとしたクチバシと目尻、白くてもこもこしたお腹…。天使が、舞い降りた。
「うん、配られた館内図に書いてあるな。この時間はペンギンの散歩時間、と」
「あ…ああ…重人、見てよあれ!ペンギンが、服着て歩いてるっ!」
「それが目玉だな。俺達はちょうどその時間に来れたのか…」
「写真撮ろう写真っ!重人、カメラお願いっ!」
携帯のカメラ機能を開き、重人に手渡す。狙うは勿論、ツーショット。
「お、おい!あんまりはしゃぐなって…聞いてねぇな」
「重人っ!はよ!シャッターはよ!音量のマイナスボタンで撮れるから!」
「知ってるっての!ポーズ取らねぇと、ペンギン様が行っちまうぜ?」
どうしても身長差が激しいので、身を縮めて撮りやすい位置に着く。カメラに向き直り、緩みっぱなしの表情をダブルピースで誤魔化す。いわゆる小顔テク。あとは、ペンギンがこちらを向けば良いのだけど。それは望めないわよね…
「よし、撮るぞ」
「しっかりツーショット頼むわよ?」
「わかったわかった」
カシャリと、シャッター音が聞こえて、私の癒しが保存された。
「撮れたぞ」
「見せて見せて」
撮れた写真を確認し、満面の笑みを浮かべる。これはもう、永久保存ですな!
「あ、そうだ。重人、あんたの連絡先教えなさいよ。この写真送るわ」
「いらねぇよ、別に」
「黙って受け取りなさいよ。後々何か請求されたら困るし」
「しねぇよ!俺がそんな男に見えるか!?」
「見えるから言っているのよ。それに、重人にとっても悪い話じゃ無いと思うけど?極めて合法的かつ自然に女子高生の連絡先が貰えるのよ?」
「ん…まぁ、それは…そうだが……まぁ良いか。RAINでも良いか?」
「うん、構わないわよ」
RAINとは、携帯端末を使ってチャットをする機能の事で、写真や映像なども送る事ができる。更には複数人でのグループトークも可能となる夢の機能なのだ!
さて、宣伝はさておき。私は極めて合法的かつ自然に重人のRAINアカウントを入手したワケだけど。これでもう会議をサボろう物なら即刻連絡出来るんですよね、やったね!
「おいおい、なんだよこのアイコン」
「何かおかしい?」
「いや、おかしく無いけど…なんで〈CDO〉のモンスターがアイコンなんだよ」
「あー…それね、私が初めて倒したモンスターで、なんか愛着湧いちゃって…えへへ」
「なんだそれ。だからってウルファングをアイコンにしなくたって…」
「そういう重人はどうなのよ。変なアイコンじゃ無いでしょうね」
「極めて健全だと思うぜ?」
ふむ、なるほど、確かに。私のウルファングに対して重人のアイコンは〈CDO〉に存在する絶景のスクショだった。
「何よ、重人ってこういう景色が好きなの?」
「景色…というよりは絶壁が好きなんだよ。ロマンがあるだろ?」
「何よそれ。オトコのロマンってヤツ?私にはわからないわ」
「あながち間違いでも無いか…まぁ、そうだよ」
「まぁ、良いわ。さっきの写真送るから、ありがたく使いなさい。待ち受けなんかに持って来いでしょ?」
「…おぅ、せやな」
画面を操作し、さっきの写真を送信する。
ふ、これでもう遅刻はさせないわよ。
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「…人が減ったな。ペンギンの散歩時間は終わったし、当たり前と言えば当然だけど」
「そうみたいね。あ、この先にふれあいコーナーがあるみたい。ヒトデとかさわれるかな?」
「あ、おい待てよ」
先に行こうとする私の腕を掴んで、呼び止めた。
「何よ」
「ぁ…ぃゃ…はぐれたら大変だろ?だから手を…さ」
「何で?人ならもうかなり少なくなってるから、はぐれる要素無いんだけど」
「そうじゃ無くて、その…」
私の顔を直視せず、少しずらして、重人は話を続けた。
「…その、だな…ええと……」
「うん」
「お、俺が繋ぎたいんだよ!言わせんな!!」
「うん…ん?」
「だから、俺が茶子と手繋ぎデートしたいって言ってんの!」
…………。
…………。…………。
………………………。
…な。
何をいっちょるか!気でも狂ったンかおまい!
「何をいっちょるか!気でも狂ったンかおまい!」
「狂ってねーよ!こちとら最初から正気だっ!」
「正気じゃったらそげな事言わん!眼科行った方がええ!」
「馬鹿言うな!一番最初に見た時にこっちは既にオチてんだ!おかげで週末会議にすら行にくくなったんだよ!」
「元よかサボりまくっとったやないけェ!」
「遅刻はするけど欠議はしたこと無かったっての!これでも一応は生徒会長なんだぜ!?あと色々訛り過ぎだっ!!」
互いに息を切らし、口論をしてしまった。周りからすればタダの痴話喧嘩だろうけど。
少なくとも、私は今すぐこの場を去りたかった。
「ぜぇ…はぁ……ふぅ…重人、悪いけど私帰るわ」
「はぁ…はぁ…はぁ……っなんで…ふぅ」
「決まってるでしょ。この空気が嫌なの。一人で帰るから、送って貰わなくて結構よ」
「…そうか。わかった、気を付けて帰れよ」
他の人に紛れて、私は重人の前から姿を消した。
「…怒ってても周回ルートを守って行く辺り、素直だよな…茶子は。さて、俺はどうするか…」
ふと、重人が何気無く視線を落とすと、何やら光る物が落ちていた。それを重人は拾い上げる。少し錆びついているが、手入れの行き届いたその手のひらサイズの時計に、重人は見覚えがあった。
「これ、確か茶子の…」
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何あれ、意味わかんない。そもそもデートって何?こっちはそんなつもり無かったんですけど?
お昼前に通った道を歩き、帰路に着く。お母さんは何故か驚いていたけど、そんなの関係無しに自室にこもる。そして私は、そのまま〈リンクギア〉を装着し〈CDO〉の世界へとログインするのだった。
青とも緑とも言えない電子の海を抜け〈CDO〉の地を踏む。その足取りでクエ掲に向かい、ウルファング討伐クエストを受注した。
初期時期から受注可能な討伐クエストだが、新米プレイヤーは必ずと言って良い程ここでつまづく。それまではゴリ押しや力技、ハメ殺しでなんとかなるクエストだけど、この辺からは頭で考えて行動したり、仲間との連携プレーが必要となってくる為だからだ。
…もっとも、レベルを上げて物理で殴る事も出来なくは無いけど。
「……意味わかんない」
襲いかかるウルファングを火魔法で消炭に変える。オーバーキルのウルファングはそのまま光の粒子となって消え去った。
重人、お前…いや、なんでも無い。
ご愛読ありがとうございます。