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第六話

 直人は汗をかいたグラスを手にし、透明な液体を口にする。

 氷によって冷やされた液体によって喉が潤されていく。ただの水だと思っていた液体からは微かにレモンの風味が感じられた。

 直人達は現在、ブレスジ山の頂上に突如として現れた屋敷の中にいる。

 今はクリスティンが屋敷の様々な部屋の点検を行っているところであり、それが終わるまでその他のメンバーは食堂で待機中だ。


(向こうにはレモン風味の水とかあったけど、こっちにもあるのかな?)


 そもそもこのグラスの中にある氷も一体どうやって精製されたものなのか直人には良く解かっていない。

 まだ詳しく街並みとかを見たわけではないが、話を聞く限りでは所謂日本のゲームや漫画に出てきそうなファンタジーの世界という印象を受ける。

 実際、軽くではあるがヴァレンシアの王城内を見て回った時には機械に類するものは全くみなかった。ただ、明かりは蝋燭とかではなく、壁に描かれた紋様に霊気を通す事で人工的な明かりが天井の一部に描かれた紋様より降り注ぐという仕掛けになっていた。向こうの世界では機械に類する技術で行っていた事をこちらの世界では霊気を利用した技術で行っているのかもしれない。

 霊気自体は生物であれば誰でも持っている。滅魔に対抗出来る程の力を生み出せるのはソーサラーだけというだけで。

 機会があれば少しその辺の事を調べてみようか、と直人が考えているとクリスティンが台所の方から姿を見せた。

 

「クリスティンさん、どうだった?」


 姿を見せたという事は一通り終わったという事だろうと判断し、直人が早速その結果を聞く為に尋ねる。

 クリスティンの様子に変わったところは見られないので、恐らくはそんなに変なところはなかったのだろうとは予想されるが。


「はい。全てを見させて頂いたわけではありませんが、今のところは問題ないかと思われます。寝具も新品のような状態となっています」


 クリスティンの返答はやはり直人が予想した通りだった。

 そもそも今直人達が着いている食堂のテーブルや食堂そのものも如何にも出来たばかりというような様子を見せている。

 恐らくは本当にこの屋敷は先程出来たばかりなのだろう。


「で、この屋敷が最初言ってた俺達の拠点って事で良いのかな? 何か勝手に出てきたけど……」


「その通りですな。この屋敷こそがこのブレスジ山の聖地、今は神地ですがそれの核のようなものになりますな。これが出てきた事こそが機能が完全に起動したという証でもありますぞ」


 直人が疑問を口に出すと、テーブルの上に乗っているアルダンテが翼を小さくパタパタと動かしながら答える。

 レスダイアの方は直人の横の床に座っているのだが、アルダンテが同じようにすると大きさ的に少し話し難い状態になってしまう為、テーブルの上にいるようだ。

 それならアルダンテの大きさをレスダイアに合わせれば良さそうなものだが、彼はグリフォンである為にその大きさになると翼が結構邪魔になるらしい。


「で、機能って一体どんなものがあるの?」


「まずは空間系機能からご説明しましょうかな。これに属する機能は転移、帰還、収容、そして内部拡張となりますな」


 最初の転移機能はブレスジ山に来る際にアルダンテが使用した空間移動である。

 これはこの屋敷にある法陣と別所に設置した法陣を繋げ転移の門とするというもので、一回繋げたら何回でも行き来する事が出来るというものだ。また法陣の代わりに直人の下へと転移する事も可能であり、アルダンテが直人の下へ現れたのはこれによるものである。

 法陣同士は常に繋がっているわけではなく、これを繋げる事が出来るのは主である直人かもしくは直人が許可を与えた者のみとなる。

 因みに法陣自体の耐久力は大したものではなくまた使用する時にソーサリーの発動同様に霊気を周囲に散らすのでそれなりに目立つ。

 その為、法陣を設置する場合、可能な限り安全が確保された場所に設置するのが一番という事になる。


「例えばどこかの都市に設置する場合は、その都市の家を手に入れ、その家を結界で覆ってからその中に設置する、などが良いかと思われる」


 アルダンテに続きレスダイアも説明に加わる。どうやら主な説明はアルダンテに任せて、レスダイアは補足役に徹するようだ。

 その説明を聞き、直人は少し考える。

 一度設置すればどんなに離れてても自由に行き来出来るのは便利だが、それだけに設置には慎重になる必要があるかもしれない。

 オーレリアやクリスティンの言っていた事を考えるとこの世界では複数人を対象に出来る空間移動や転移といったものはあまり一般的ではないようだ。


「帰還はそう難しい機能ではありません。リターンと唱えればこの屋敷の玄関へと戻れるというものですな。使用できるのはご主人及びその眷属のみで、対象は唱えた本人のみとなりますぞ」


 これは言わば現代の日本のRPGなどに良くあるセーブしたところに戻れるアイテムや呪文に近いものだ。

 そして、直人が生命の神々八柱に望んだ能力の一つが形を変えたものでもある。

 これを望んだ時、与える事自体は不可能ではないが空間を移動する能力というのはかなり特殊なもので、今の時点で与えてしまうとその他の力が弱体化してしまう為、難しいという話だった。

 それ故に類似のものを別の形で使えるようにすると言われたのだが、具体的にどのようにするかは直人は聞いていなかったのだ。


「なるほど、こういう形にするとはねー。もしかしてもう一つもあるのかな?」


「もう一つ……? それはどういう?」


 直人の独り言を聞いたオーレリアが首を傾げながら尋ねる。言葉にこそ出さないが不思議そうにしているのはクリスティンも一緒だ。


「あぁ、ちょっと神様達にお願いした能力があってね。直接俺が使えるようにするのは色々と問題があるから、別の形で使えるようにするって言われてたんだ。で、その時にお願いしたのは他にもあってそっちも機能としてあるのかなーってね」


「あぁ、そちらも帰還機能同様に問題なく追加されている」


 直人が説明をすると、レスダイアが頷いて教えてくれる。

 追加されたという事は元々はなかった機能を後から加えたという事だろうか。


「宜しいですかな? 三番目の収容。これはこの屋敷にある専用の部屋に様々な物を収容する事が出来るというものですな。これの素晴らしいところは例えどのような所におられようとその部屋への入り口を作り収容できる事にあります。似たようなものは一般的なソーサラー達も所持しているようですが、こちらは収容量に制限がなく且つどこでも使えるという点で遥かに優れておりますな」


 ここでアルダンテが言ったのは一般的なソーサラー達が物を収容するのに使用しているソーサラーズ・バッグの事である。

 これらはソーサラーの必需品とまで言われている物の一つで、用途としては名前から解かるように物を入れて運ぶ物だ。

 しかし、普通の鞄などと違い、外見上の大きさよりも遥かに大きな収容面積を持っているのが大きな特徴である。

 普通の質と言われる物でもその鞄の面積の何倍以上ものの物が収容できるのだから、必需品と言われるのも当然だろう。

 但し、物を出し入れする時に中に収容している物量に従って霊気を消耗するという形になっている為、ソーサラーではない物には使えないのだが。

 またこのソーサラーズ・バッグを固定化する事でより収容量を上げたものでソーサラーズ・キャビネットと言われる物も存在する。


「因みに収容する為の部屋は空間保存がされている為、どれだけの時間が経とうと入れられた状態のまま保存できる」


「それは……凄いですね」


 クリスティンが思わずといった感じで言葉を漏らす。

 彼女は何時の間にやらオーレリアの後ろへと控えていた。恐らくは話が始まる前には既に移動していたのだろう。

 表情そのものは大きく変えていないが、どこか驚いているように直人は感じた。


「ひょっとしてそのソーサラーズ・バッグとかはそこまでは出来ないの?」


「時間の経過そのものは遅くなってはいるそうですが……私が知る限り、今のところ完全な時間の停滞に成功したという話は聞いていませんね」


 王女であり神使でもあり英雄でもあるオーレリアがそう言うのならば恐らくはまだ存在していないのだろう。

 彼女の立場的にそのくらいの情報は簡単に得れるだろうし、彼女の性格からして情報を得る事を怠るとも思えない。


「そして、最後に内部拡張。これはこの屋敷の拡張機能となりますな。この屋敷は今は外見と内部が一致した状態になっておりますが、ご主人が望めば内部のみを拡張し、部屋数を増やしたりする事が出来るのですな」


「空間機能系になってるって事は、つまり空間を弄ってみたいな感じかな?」


「概ねその様な認識で宜しいかと」


 なるほど、と直人が頷いて今までの内容を考える。

 これからの活動を考えるにどれも便利な機能だと言えるだろう。

 特に転移はこれさえあれば万が一協力を得れる国に何かあった場合でも駆けつける事が出来るようになる。


「確かに素晴らしい機能ばかりだと思います。しかし、ここの防衛はどうなっているのでしょうか? 私達と敵対する可能性がある者達は滅魔以外にも存在します。そして、その者達が直人様の事を知り、更にここの事を知れば襲撃をかけてくる可能性はあるかと思います。丁度先程の者達のように」


 クリスティンのその懸念はある意味当然の事だろう。

 しかし、直人はそのクリスティンの言葉に引っかかりを覚えた。

 聖地はその性質故、滅魔が力を弱める土地であるのでそれだけで滅魔に対する対策になっているのは間違いない。

 そして、実際に全てを滅ぼすモノを崇拝するとかいう教団の手の者がここに来ていた以上は再び同じ事がある可能性は考えても不思議ではない。

 しかし、今のクリスティンの言い方ではまるであの教団だけでなく他にもそういった存在がいるように聞こえる。


「それについては問題はない。ここには防衛機能も存在する」


 そのクリスティンの懸念を切り払うかのようにレスダイアが告げる。

 その真偽を問う為かクリスティンは白狼へと視線を移す。


「結界とオートマタの生成とファントムの生成。それが現在のここの防衛機能だ」


 結界というのは直人にも理解できた。

 どういう種類のものかまでは解からないが、神様が用意してくれたものだ。恐らくはそう簡単に破られるようなものではないだろう。

 しかし、オートマタとファントムというものは何だろうか。

 確か地球ではファントムは亡霊とかそういう意味合いの言葉で、オートマタは西洋で作られた機械人形の事ではなかっただろうか。


「結界に関しては機能が起動した時点で既に構築済みだ。その強度に関しては例え英雄が複数いようが突破するのは不可能だろう。これに関しては後で自らの目で確認してみるが良い。次のオートマタの生成だが――」


「あー、ごめん。オートマタとファントムって……何?」


 右手を上げて申し訳なさそうにしながら直人が尋ねる。

 本来ならば話の腰を折るような真似はしたくなかったのだが、表情から察するにオーレリアもクリスティンも理解をしているように直人は感じた。

 説明する側であるアルダンテが理解していない筈もなく、そうなると理解していないのは直人ただ一人という事になる。

 その状態は流石にまずいだろうと思ったので、仕方なく尋ねる事にしたのだ。


「む……。申し訳ない、気が利かなかった」


「オートマタとは霊気で作られた兵器の事ですよ、直人様」


 レスダイアが頭を下げ謝罪するのとオーレリアが代わりに説明を始めるのは偶然にも全くの同時だった。


「へぇ、兵器か……」


「はい。各国でソーサラーの主な代替戦力として使われているもので、ものによりますが大体D~Fランク相当くらいの力を持っていますね」


「そして、ファントムの方はちょっと特殊な魔獣となっておりますな」


「特殊な魔獣?」


「黒属性の魔獣でしてな。強さ自体中々なものなのですが、それ以上に能力がかなり面白いのですよ。これは後で実際にお目にかけた方が良いでしょうかな」


 オーレリアとアルダンテによる説明を聞き、直人はなるほどと納得する。

 しかし、同時に疑問が浮かび上がる。

 何故、今回レスダイアが直接戦闘していたのだろうか?

 神獣は神使と同様の存在であり、ならば滅魔や滅魔に味方していると思われるブライアデス教とやらにとっては倒すべき敵である筈だ。

 だから、彼等にすればここは直人の拠点になるのとは全く関係なく狙うべき地点であり、神や神獣側もそれを理解していそうなものなのだが……。


「その防衛機能って今まで全く使う事は出来なかったのかい?」


 既にブレスジ山の機能は完全に目覚めているわけだから、今更聞いても何の意味もないのだが、それでもやはり気になるのか直人はその疑問を口にした。


「いや、オートマタを呼び出す事は可能だった。が、主殿が来るのは解かっていたのでな。我が出て手っ取り早く済ませておこうかと思ったのだが……。だが、奴等は何やら妙な事をしていてな。それは結局失敗したようだったがその為に我の下へと来るまでに随分と時間がかかり、結果として手っ取り早く済ませれなかった」


「妙な事?」


 そこでふとあの教団の連中に感じていた違和感の事を思い出す。

 神獣を倒そうとするには随分と戦力が低く、更には特に奥の手に当たるものも用意していなかったのは流石におかしい。

 ひょっとしてその下準備が違和感の原因なのだろうか?


「それに関しては私から少しご説明できる事があります」


 小さく手を上げるオーレリアに皆が視線を集めた。

 オーレリアは妖精の力を借りて、先程の教団の者達の中でまだ息がある者から何かしら情報が引き出せないか試していた。

 それによってブライアデス教の手の者という事が判明したのだが、どうやらそれ以外にも判明したものがあったらしい。


「彼等はどうやら獣という概念を持つものを喰らう存在を召還しようとしていたようです。ただ、どうやらレスダイアさんをその対象にしたところ上手くいかなかったようですが……」


「なんだい、それ?」


「彼等の記憶を通しての情報なので、私も完全に把握しているとは言えませんが、簡単に言えば獣喰らいとでも言えば良いのでしょうか。互いの力の強弱に関係なく相手が獣であれば力毎喰らう。そういう性質を持っている存在のようです」


 説明からすると相手が獣であれば例えどのような存在であろうと喰らうという事象が確定するというような能力でも持っているのかもしれない。

 しかし、そうであるならばレスダイアも例外ではない筈だ。

 神の加護を得ているとは言え、神獣も獣には違いないのだから。


「うーん、考えられるのは神獣を対象にして召還するには召還者の力が足りなかったとかそんな感じかなぁ? けど、そもそもどうやってそんな存在を召還出来るようになったかが問題だなぁ」


「私が見た記憶では法陣が描かれた大きな紙を広げていました。が、そこに描かれていた法陣は私が知る召還の法陣とは随分と違ったものに見えましたね」


「うーん……」


 ガシガシと直人が頭を掻く。

 はっきり言って情報が少なすぎる。

 現時点で解かる事は何かを召還しそれに神獣であるレスダイアを始末させようとしたという事くらいだ。

 ただ、もしこれによって神獣の殺害が可能であるのならば直人にとってとても拙い事態だ。

 神使と同じく神の代行者である神獣は基本的に人類種の味方だ。それはつまり直人の味方という事でもある。

 つまり神獣を殺されるという事は力のある味方が減るという事だ。


「オーレリア様、もしかして……」


 そこでクリスティンが何かに気付いたのかオーレリアに声をかけていた。

 オーレリアはクリスティンの方を振り向かずにただそのまま同意を示すかのように軽く頷いた。


「実はこのゼイス地方においてここ最近、それなりに力のある魔獣達が殺されるという事案が幾つか発生しているのです。彼等は敵対的とまではいきませんがあまり人類種と友好的ではなく、また都市から離れた土地を自分の領域としていましたので発見が遅れたそうなのですが……」


「……なるほど。オーレリアさん達はそれが今回の件と関係があるのではないかと疑っているわけだね?」


 直人のその言葉にオーレリアは黙って頷く。


「確証はありません。ですが、狙う対象にこのタイミング。これは偶然と片付けていいものではないと思います」


「ふむ、なるほどねぇ……」


 直人は少し思索する。

 基本的に味方は多ければ多い程良い。それは魔獣であろうとも同じ事だ。

 つまり可能ならば防いだ方が良いのだが、今現在の直人の立場ではとてもではないが対策は打てそうにもない。


「既に各国もこの情報を掴み、対策に乗り出している筈です。各国の土地には多くの魔獣が住まう領域を治め、人類種と友好を持っている魔獣も存在します。彼等は国にとって有益な存在。各国もどうにか対策をと考えている筈。ですが、このような手法を生み出した者達をそう簡単にどうにか出来るとは思えません」


「ふむ、確かにそれはそうですなぁ」


 オーレリアの危惧をアルダンテも頷きながら肯定する。

 直人が視線を移してみればレスダイアやクリスティンも同意見のようだ。


「となると俺達は対策を打つというよりは教団そのものを潰すって方向で動いた方が良いのかな。でも、こういう連中って身を隠すのは上手いんだよねぇ。どこにいるかどか、そういう情報は……知らないよね?」


 この中で一番その手の情報が入りそうなオーレリアに直人は目を向けてみた。とは言っても、この手の連中がそう簡単に尻尾を掴ませるわけはないと理解しているのか、その声に期待の色は感じられない。


「はい……。支部に行き着いた事はあるようなのですが、本部や中核を成す人員などの情報はまだ得れてないようです」


 オーレリアが申し訳なそうにしながら答える。

 しかし、それも当然だろうと直人は思った。

 そもそも活動内容的に全ての国にとって害と言える組織だ。それくらい出来なければ直人がその存在を知る事等なかっただろう。


「因みにさっきの連中から何か情報は?」


「彼等が所属している支部ならば一応は。ここに来ていた人員で殆どのようですので、その支部に殆ど人員は残っていないと思いますが」


「そこは結構遠いのかな?」


「クアポリフを用いて2~3日といったところでしょうか」


 クアポリフとは地球で言う馬のような移動手段として最も用いられている魔獣の一種である。

 見た目も鹿毛の馬に近く性格も基本的には穏やかだが、魔獣である為滅魔に対する戦闘力も持つ為、移動手段として重宝されている。


「ふむ。ならば、私ならそうかからずに着くでしょうかな。これでも移動速度はクアポリフなどとは比べ物になりませんぞ」


 アルダンテの言っている事は当然の事だが、本来の姿に戻った状態での話だ。

 今は大きさを直人が知っている鷲程度にしているが、本来の大きさはレスダイアの本来の大きさとほぼ同じくらいなのだ。

 グリフォンであるアルダンテは空を飛ぶ事が出来る。だが、クアポリフとの差はそれだけでなく、単純な速さにおいても何倍ものの差がある。

 尤も速さだけで言えば人類種に移動手段として使われている魔獣の中にもクアポリフより速いものは多い。

 クアポリフが最も良く使われているのは、物を沢山積んだり荷車を引かせても変わらぬ速さと体力の多さが理由だからだ。


「となると、後の問題はここがラルカード王国内って事か」


「そちらに関しては私に任せて頂けませんか?」


 流石にまだ何の関係もない国で好き勝手するのは問題があるだろうと直人は思っていたが、それに関してはオーレリアに何か考えがあるらしい。


「ラルカード王国と我が国は長年の友好関係にありますから。王家に話を取り成す事は出来るかと思います。その関係でこの間のお話もラルカード王国から始められるのはどうでしょうか? 大国の一つであり、ヴァレンシアの友好国であるラルカードはスタート地点としては十分ではないかと思いますけど」


 その言葉を聞いて、アルダンテが現れた時にクリスティンが友好国だと言っていた事を直人は思い出した。

 それならばその事に関してはオーレリアに任せた方が良いだろう。

 そして、その後に続けた話も何の事か直人は理解している。自分からした話なのだから、理解してなかったらおかしいのだろうが。


「解かった。なら、そうする事にしようか。なら、申し訳ないけど可能なら早速取り掛かって貰って良いかな? まだ幾つか話したい事はあるけど、その続きはそれが終わってからにしよう。俺はその間、さっきのファントムとかオートマタとかの確認でもしておこうかと思うけど大丈夫?」


 最後の確認はアルダンテとレスダイアに対してだ。

 それを見て取った2匹は共に頷き、


「問題はありませんぞ」


「既にどちらも起動準備は出来ているからな」」


「よし。じゃあ、一旦解散という事で」






「えーと……これがファントム?」


 早速と言った様子で直人は外へと出て、屋敷の前の草原にてファントムという魔獣を呼び出してみたのだが。

 彼の前に現れたのは人の輪郭を持った半透明の何かだった。


「これ、魔獣なの?」


「然様ですな。シャドウと呼ばれる黒属性の魔獣の亜種となりますな」


 地球においては獣とは四足歩行する動物を指していた。

 しかし、アルファレル世界においてはこの世界に自然に生まれた動物を指して獣と呼んでいる。

 それ故に魔獣と呼ばれるものの中には直人からすれば獣には見えないものも存在するのだ。


「で、面白い能力って言うのは?」


「『メタモルフォーゼ』と『念体化』ですな」


 直人の横でフワフワと浮かんでいるアルダンテがファントムに視線を向けると、その視線の意味を理解したのか唐突にファントムの輪郭がぼやけ始め、半透明だった身体も実体を持ったかのように色が付き始める。


「これは……」


 そうして色が完全に身体に付き、輪郭がはっきりとした後に誕生したのはもう一人の直人だった。

 今直人が着ている服から何から全てが一緒だ。


「まず、メタモルフォーゼというソーサリーになりますな。能力の詳細は見たままの通りで姿を変える事が出来るというものになります。生物に化ける時は姿を変えるのではなく仕草や癖もそっくりそのままなので、囮といったものが必要な時には最適かと。また物などに化ける事も可能となっておりますぞ。因みに生物に化けた時、流石に力までそのままそっくりとはいきません。とは言え、元々がAランクのソーサラー相当の力は有しておりますので、戦闘面でも役に立たないという事はないかと思われますな。注意点としてはAランク以上の感知系ソーサリーには化けているという事を感知されるという事でしょうかな」


 流石に力までコピー出来るのならチートも良いところというか、直人の魔神としての力をコピー出来れば直人達は何も悩む必要はなくなる。

 だが、それを差し引いてもこの能力はとても有用だ。

 アルダンテの言うように囮には最適と言えるだろう。

 Aランクの感知系には感知されてしまうとは言え、感知系の所有者は決して多くはなく、その有用性を失わせる程の欠点ではない。


「次に念体化ですな」


 アルダンテの言葉と同時にファントムの姿がどんどんと薄くなっていく。

 そうして暫くすると完全にその姿は見えなくなってしまった。


「見ての通り姿が見えなくなるのですが、ただ透明になっているだけでなくこの世界からの干渉そのものを受け付けなくなります。それ故に探知系や感知系のソーサリーに探知もされませんし、壁や地面を通り抜ける事が出来るどころか結界も掻い潜る事が可能ですな。但し、欠点も幾つかありましてな。まず念体化する時は他の一切の行動が取れない上になる時も解除する時も一分程度の時間がかかります。それと念体化している時もご主人との感覚同調以外は移動する事しかできません」


 簡潔に言えば偵察特化の能力という事だろう。

 だが、直人から言わせればこれは破格の能力と言える。

 確かに偵察以外にはあまり使い道がないかもしれないが、偵察においては本来偵察を行う時に存在する筈のデメリットがない。

 偵察によって情報を得ようとする時の最大のデメリットと言えば偵察要員が失敗し、捕獲される可能性があるという事だ。

 偵察を任せれる人員が減る事自体大きなデメリットなのだが、更にはその捕まった偵察要員から逆に情報が流出する恐れもある。

 だが、このファントムを使えばそんな可能性は無い。

 それこそがこの念体化という能力の破格であるところだ。

 しかし、直人はそう思うのと同時に懸念も幾つか浮かんでいた。

 地球においてはファントムというのは亡霊という意味だった。

 そして、日本にて存在したファンタジーのゲームでは大体そういうモンスターは聖職者とかそういう存在が使う魔法に弱かったのである。


「うーん……あのさ、このファントム君は教会の人に弱かったり、白属性の力に弱かったりしないの?」


「はて? いえ、特にそのような事はありませんな」


 どうやら直人の一つ目の懸念は杞憂であったらしい。

 こんな能力でファントムという名前なのは偶然とも思えないが、直人に取っては弱点が存在しないのならば深く考えるような事ではなかった。


「そっか。なら、もう一つ。もし、このファントムっていう魔獣を敵が所持している場合、偵察役として使う事が考えられるけど、その対策って出来るの?」


「ご主人なら不可能ではありませんが、そもそも必要はないでしょうな」


 実際にその能力を持つ魔術がいるのに対策が必要ないとはどう言う事だろうか?

 僅かに首を傾げて直人はアルダンテの次の言葉を待った。


「魔獣をその様に使う場合、従魔の契約という契約法を用いて従魔として使役していると思われますが、その場合、従魔が行使する能力の消費は主が肩代わりする事になるのです。しかし、この念体化はどうにも適正がファントム以外に無い様でして、肩代わりで発生する霊気消費量が異常なのです。英雄ですら、実用に耐えうるものではなかったとされていますな」


「……それって俺は大丈夫なわけ?」


「問題ありませんぞ。霊気量自体英雄とすら比較にならない量ではあるのですが、その上ちゃんと適正もありますからな」


「……うーん、何というチート。いやまぁ、便利だから良いけどね」


 頭を指で掻きながら出てきたその感想はありのままの心境だった。

 だが、同時にこのくらいは用意しておかないといけないというあの神々達からのメッセージであるのかもしれないと思う。


「まぁ、良いや。。それよりさっき感覚同調って言ってたけど?」


「はい。このファントムをご主人の従魔とする事で可能になるものですな。先程も少しお話に出しましたが従魔とは屈服させた魔獣に対して従魔の契約と言う契約法を行う事で、使役した魔獣の事でしてな。いつでも自らの下へ呼べる他、従魔自身と同調する事でその従魔が見ている景色や聞いている音などを直接主が見聞きする事が出来るのです。但し、今回のこのファントムは既にご主人の従魔となる事を了承している状態ですので、従魔の契約を直ぐに行える状態になっておりますぞ」


「へぇ……。じゃあ、早速やろうか。どうすれば良いのかな?」


 その言葉を待っていたかのようにアルダンテはフワフワとしながら、直人の右肩辺りまで移動してくる。


「では、まずは従魔の契約と唱えて下され


「従魔の契約」


 アルダンテが言ったように直人は唱える。

 すると、直人の足元とファントムの足元へこのブレスジ山に転移する時にアルダンテが出していた光の陣に似たものが現れる。

 二つの光の陣を良く見ると光の線のようなもので繋がっているように見える。


「この法陣が両者に出てきたら準備が出来たという事になりますぞ。という事で、ご主人。このファントムに名を付けてやって下され。それでこの従魔の契約は成立という事になるのです」


 直人は顎に指を当てて少し考える。

 物語でも良くあるパターンではあるものの実際名前を付けるという行為は特別な行為として地球でも考えられていた。

 何故なら、名前を付けるという事はその対象の概念を明確にするという事で、そうする事で他との区別が明確になるからだ。

 つまりこのファントムは直人に名付けられた時から、ただのファントムではなく直人の従魔であるという事が確定するのだ。


「うん、じゃあ、君の名前は……セレストだ」


 直人がファントムに向かって囁くように言うと不意に光で描かれた文字のようなものが直人とファントムの間に浮かび上がる。

 そして、その光の文字のようなものはファントムへと吸い込まれていった。


「これでこのファントム――いえ、セレストは無事ご主人の従魔となりましたぞ。先程も申しましたが戦闘においても十分に役立つかと」


 あまりにも簡単な契約に思わず直人は拍子抜けしてしまった。

 その様子は雰囲気や顔にも出ており、それを見たアルダンテが、


「本来、従魔の契約に限らず契約法はもう少し手間はかかるのですがな。法陣もちゃんと霊気を篭めながら描かなければなりませんし。ですが、ご主人とその眷属であればここではその必要はないのですよ。既に用意がされておりますからな」


「あ、あー……なる程、そう言う事なのか……。え、えーと、よし、早速だけど感覚同調とやらをしてみようかな」


 アルダンテの説明を聞き、どうやら拍子抜けしたのを感じられたのに気付いたようで、それをまるで誤魔化すかのように直人は話題を切り替える。

 それを見てアルダンテは僅かに口角を上げながらも、その話題に乗る。


「はいな。では、まず目を閉じて下され」


 言われた通りに直ぐに目を閉じる直人。

 すると、視界が暗闇に閉ざされると同時に何か妙なものを感じる。

 微かにではあるが、仄かな輝きのようなものが直人自身と繋がっているような。


「目を閉じる事で何か感じられませんかな? それがセレストの気配です」


 なるほど、直人が感じるこの仄かな輝きはセレストの気配であるらしい。

 これが感覚同調なのだろうか?


「その気配に意識を集中させて見て下され」


 意識を集中と言われてもどうすれば良いのか直人には良く解からなかった。

 仕方なく、その仄かな輝きへと近づくようなイメージを持ってみた。


「おわっ!?」


 すると目を開けていない筈なのに、いきなり視界に開けた。

 しかも目の前を見てみると、そこにいる男性は直人が良く知る自身の姿に良く似ているように見える。

 いや、違う。それは紛れもない直人自身の姿なのだ。


「どうやら上手くいったようですな。今、ご主人はセレストの感覚と同調しております。つまり今ご主人が見ている視界はセレストの視界という事です」


 上手くいったのは良いのだが、ここで一つ問題があった。

 直人とセレストは現在直ぐ近くにいる。

 そして、感覚同調は全ての感覚を同調するものだ。

 つまりどういう事かと言うと……アルダンテの声が二重に聞こえてくるのだ。


「アルダンテ……。君の声が二重になってて気持ち悪いんだけど」


「……おぉ、そう言えばそうなりますな。心の中で視覚以外を遮断するイメージを持って下され」


 また随分と難しい事を要求するな、と直人は思う。

 視覚以外の遮断ってどういう風にイメージをすれば良いのだろうか?と暫く考えたところで、仕方なくまずセレストの姿をイメージし、そこに視覚以外の五感の箇所に×印を付けるようなイメージをしてみた。

 すると、直ぐに何か感覚が変わったように感じられる。

 良く考えれば五感を同調するなら当然皮膚感覚も同調しているわけで、つまりこの草原に吹いている風も二重に感じていた事になる。

 恐らくはそれが無くなった事による変化なのではないだろうか?


「アルダンテ、ちょっと喋ってくれる?」


「おや、上手くいきましたかな?」


 直ぐにアルダンテの声が直人の耳へと届く。その声はもう二重には聞こえない。

 どうやらちゃんと遮断が出来たようだ。


「うん、ちゃんと出来たみたいだ。……ところでこの感覚同調の解除ってどうやれば良いのかな?」


「あぁ、それは簡単ですぞ。目を開ければ解除されますな。ご主人が元々持っている五感の内の一つを閉ざす事で発動するものなので」


「ほうほう」


 早速実践してみると、確かに目を開けると同時に繋がっていた何かが切れたような感覚がした。恐らくはそれが感覚同調が切れた感覚なのだろう。


「うん、これはかなり使えそうだなー。これから宜しくね、セレスト」


 直人が挨拶すると、セレストはペコリと頭を下げた。

 どうやら言葉は喋れないようだが、コミュニケーション自体は取れるようだ。


「……ん? セレストは言葉は話せないのかい?」


「この状態では話せませんな。メタモルフォーゼすれば変化した対象が使える言語は話せるようになりますが。普段の状態でもご主人はセレストの意志を感じ取る事は出来る筈ですので、特にコミュニケーションに困る事はないでしょう」


 言葉が話せないのではメタモルフォーゼで姿を変えれても直ぐばれるのではないかと直人は思ったが、そんな事はなかったようだ。


「そっか」


「このファントムとの従魔の契約はあのお二方ともして頂こうと考えています」


 あのお二方と言うのは考えるまでもなくオーレリアとクリスティンの事だろう。

 確かにこのファントムの有用性を考えればそれは十分に有りだ。


「うーん……従魔というのは一人に付き一匹だけ?」


「従魔を何匹持てるかは個人個人で違いますが、ご主人の場合、実質制限はありませんな。何分神の力をお持ちなのでそれくらいは当然ですな」


「じゃあ、オーレリアさん達の場合は?」


「あのお二方ですか。現時点では解かりませんが、ご主人はあのお二方を眷属にされるおつもりなのでは?」


 アルダンテのその問いに直人は首を傾げた。

 確かに直人はそのつもりでいるが、だからどうだろうと言うのだろうか?

 そもそもまだ二人には話しもしておらず、許可も貰っていない話だ。


「まだご主人は完全に覚醒はされておりませんが、それでもご主人の眷属になるという事は神の眷属になるという事。それ即ち神の力を宿すという事でもあります。眷属になられれば従魔など幾らでも従えさせる事が出来るかと」


 そうなると答えは自ずと出てくる。

 枠が一つしかないのならば選択も慎重にしなければならないだろうが、そうでないのならば有用である以上は迷う必要がない。


「じゃあ、その辺の話も後でするとして。ついでだから、オートマタだっけ? そっちの方も見る事って出来ない?」


「勿論、大丈夫ですぞ。では、早速一体目から」






 ズンッ

 強く大地を蹴ってオートマタの一体が直人へと向かう。

 そのオートマタは体表の色こそ青いが、その姿は直人から見て人型の蟷螂とでも言うべき形をしている。腕は四本生えていてその先は鎌のような刃になっていた。

 ブンッ

 直人へある程度近づき攻撃範囲に入ったところで、四本の鎌の内の左側二本を風を切らして振るう。

 ガキィィン

 しかし、その一撃は光で出来格子のようなものに防がれる。

 そこでこのオートマタは動きをピタリと止めた。

 直人がオートマタの動きを見る為に防がれるところまで動いて貰ったのだ。


「へぇ、結構速いなぁ」


「ブレスジ山のオートマタはどれも現在はCランク相当となっておりますが、Cランクの中でも上位に当たる力は有しておりますからな」


 確か説明によると通常はD~Fランク程度の力を持っていると言う話だった。

 ランクにバラつきがあるのは量産型個体とエース個体の差だろうか?


「因みにこのオートマタは現在はCランク相当ですが、ご主人の神格が上がればこれの性能も上がりますぞ」


「へぇ、そうなんだ……って、あれ?」


 直人の後ろから受け答えをしていたアルダンテの方を振り向くと屋敷の方から人が二人来るのが見えた。

 その姿格好で判断するまでもなく、現在直人以外でここにいる人類種はオーレリア達しかいない。

 しかし、彼女達はラルカード王国の上層部への取り成しを行いに行った筈だが、それが終わり帰ってきたのだろうか?

 直人はアルダンテにオートマタの試し運転を終了する事を告げて、オーレリア達の方へと歩む寄って行った。


「直人様」


 お互いの顔が良く見えるところまで近づいたところで、オーレリアが呼びかけてきた。だが、直人はオーレリア達かた漂う雰囲気を少しだけ変に感じた。

 特に二人に焦った様子もないのだが、何故だろうか?


「二人共お帰り。結構早かったね」


「はい。運の良い事にレアンドル国王陛下の執務のお時間が丁度空いておられたようでして。直ぐにお話をさせて頂く事が出来たのです」


「へぇ、そうなんだ。それで早く済んだってわけか」


「はい。ただ……そのお話が少し妙な展開になってしまいました」


 そう言うオーレリアの表情は少し困ったような笑顔を浮かべていた。

 ただ、単純に良くない事が起こった――というわけではなさそうだ。


「一体、何があったんだい?」


「それが……ラルカード王国が英雄の一人、テレーゼ=オルデンシュタインを私達と行動を共にさせて欲しい、と」


「……はい?」


普段から速くない執筆が更に遅くなってしまいました。

しかし、何とか書き上げる事が出来ました。

次回はヒロイン追加のお話になります。

魅力的なヒロイン、というのを頑張って書きたいところです。

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