第四話
エルフ。
それはアルファレル世界に五種存在する人類種の内の一種である。
この世界に人類種が誕生する以前より存在していた生命種の一種である妖精を元に神々に生み出された人類種になる。
寿命は約三百年~四百年くらい。
日常生活においてヒューマンと大きく変わるところはなく、食事も雑食で野菜だけを食べたりするような事はない。
しかし、ヒューマンと一つだけ大きな違いが存在する。
それは住宅が基本的に木造な事である。
彼らは木で出来た家に住む事を好み、様々な意味を持つ例外的な建造物である王城を除けばほぼ全てが木で作られているのだ。
また寿命がヒューマンの三倍程度ある為か、繁殖本能が低いようで結婚をしても子供が生まれない事は多い。
その為にその総人口数はヒューマンやセイリアンに比べればかなり少ない。
最初直人は細長い耳を見てオーレリア達の事をエルフだと判断したが、実はこの世界のエルフは現代日本の創作で良く見られるエルフがしているような細長い形の耳は本来持っていない。
元々のこの世界のエルフの耳の形は他の人類種が持つ耳に比べて、先が僅かに尖がっている程度なのだ。
では、何故オーレリアとクリスティンが細長い形の耳なのかと言えば、それがエルフの強化器官だからである。
先程も言ったようにエルフは妖精を元に作られている。
そして、細長い形の耳は全ての妖精が持つ特徴なのだ。
エルフの耳が他の人類種と違い先が尖っているのは、この妖精の耳の特徴がエルフにも現れているからに他ならない。
つまり妖精と全く同じ耳の形を持つという事は、より妖精に近づいているという証であり、その為に強化器官の一部として発現するのでは、と言われている。
妖精を元にしているからかは不明だが、エルフは基本属性に対応する五つの部族とエルフの原初と言われる部族の全六部族で構成されている。
現在のツヴァイド大陸ゼイス地方に存在するのは、風の部族であるカム=エルフ族と土の部族であるヴァレン=エルフ族の二部族である。
彼らはそれぞれ部族毎で小規模ながらも国を形成しており、それはゼイス地方にいる二部族も変わりはない。
妖精が元になっているだけあってエルフは妖精との相性が種族的に良い。
実体化できないような他の人類種では存在を感じ取れない下級の妖精を感知するだけでなく、その声を聞く事も出来るのである。
その為、妖精の力を借りるのも容易であり、エルフのソーサラーはその全てが妖精の召還を可能とする。その中でも特に相性が良い者は高位の妖精の加護を得てその能力が上昇するだけでなく、王属級の妖精すら呼ぶ事が出来る。
それこそがエルフ種族のソーサラーにおける『英雄』という存在である。
「で、その英雄って言うのは何なの?」
「あ、済みません、そうでしたね」
口元に手を当て申し訳なさそうにするオーレリア。
直人達三人は昼食後のティータイムをしながら、ゆったりとしつつこの世界の様々な話をしているところだ。
オーレリアの後ろに常に同じ距離を保って控えるクリスティンの姿も直人の中で決まりのものとなりつつある。
「英雄というのはソーサラーの中でも特別な力を持つ者の総称で、その身に宿る力は並のソーサラーとは隔絶した領域にあります。具体的にはアーティーファクトのランクの内、SSとSは英雄のみのランクであり、英雄でない者がそのランクに至る事はありません。Sの下はAなのですが、この二つのランクの差はランク三つ分くらいの差があるとされています」
アーティーファクトのランクの事は直人も神々に説明を受けていた。
その時の説明だとアーティーファクトのランクというのはそのままソーサラーの能力の高さに直結するという感じだったと直人は思い出す。
同ランクの場合は当然互角として、ランク一つの差は大体二~三人分くらいの差で、ランク二つの差は二十人前後の差、ランク三つの差ともなると五十人分以上の差がある。
(要するに英雄を相手に出来るのは英雄だけって事か。……サッカーで良く聞いた戦術なんたらみたいだな……)
「英雄は通常とは更に別の強化器官を備えていて、例えばヒューマンであれば強化器官は左右どちらかの手の甲に現れる神紋と呼ばれる紋様なのですが、英雄は左右どちらかではなく、左右両方に神紋が現れます」
「へぇ……因みにエルフの場合は? その耳が強化器官って事だけどまさかそれが二つに増えるとかそういうわけじゃない、よね?」
「フフ、それは見てみたいような見たくないような複雑な感じを受けるものになりそうですが、違いますよ。私達の場合は、この瞳です」
そう言ってオーレリアは自身の目を指差した。そこには見事な翡翠色の輝きを持つ瞳がある。
しかし、流石にそれだけでは良く解からなかったのか直人は首を傾げている。
「その瞳が強化器官って事?」
「ヴァレン=エルフ族の瞳は本来クリスティンのように金色をしているんですよ」
その言葉を聞いて、改めてクリスティンの瞳に目を向けてみた。直人を真っ直ぐに見つめてくるその瞳の色は確かに金色だ。
そして、次にオーレリアの瞳に目を向けるとそこには変わらず自分に穏やかな視線を向けてくる翡翠の瞳がある。
ヴァレン=エルフ族、と言ったという事は恐らく種族全体でという事だろう。
要するに日本人が黒い髪の毛に黒い瞳をしているのと同じ事だ。
しかし、オーレリアはそれに当て嵌まっていない。
「つまりそれって……」
「フフ、はい、私はエルフの英雄です」
悪戯が成功したかのような顔で笑うオーレリア。
その様子からさては今まで敢えて伏せていたなと直人は思った。
「ていうか、王女で神使で英雄って盛りすぎじゃないのかなぁ」
その言葉はどことなく驚き半分呆れ半分というような感じだ。
「いえ、そうでもありませんよ? 王女は兎も角、神使は全員が英雄ですから」
だが、返ってきたオーレリアからの言葉に直人は更に驚く事となった。
「え、全員が?」
「はい。そもそも神使とはその名の通りに神の使いであり、神の代わりにこの世界を見守る神の眼でもあり、神と交信をする事も出来る存在です。それ故に滅魔を筆頭に神使を煩わしく感じる者達から命を狙われる事もありますから、神使自身がそれを自力でどうにか出来るだけの力が必要なんです。その為、神使に選ばれた時点で英雄となる事も確定しているようなものです」
「あぁ……そういう事か……」
聞けば納得出来る話ではある。
確かに滅魔からすれば可能なら排除したい存在ではあるだろう。
しかし、今のオーレリアの発言の中には気になる部分もあったが、それを聞いて直人は何となく予想は付いた。
(まぁ、それに関しては後であるって言う話し合いの席で確認を取れば良いかな)
「ちょっと話が逸れましたね」
コホンと咳払いをしてオーレリアが話を戻す。
「先程の話でも言いましたが、エルフの英雄は高位の妖精の加護を受けています。勿論、それはこの私も同じで、その加護を受けた高位の妖精と同じ色の瞳。それこそがエルフの英雄の証であり、同時に『妖精の瞳』と言われるもう一つの強化器官というわけです」
「ふむふむ……因みに英雄って各国でどのくらいいるものなの?」
「大国は平均三人~四人、中小国で零~二人くらいでしょうか。最も多いのはゼイス地方最大の軍事国家であるダイナ帝国で九人います」
「ふむ……」
視線を僅かに下に落とし思考に入る直人。
その視線の先には既に中身がないティーカップがあるが、直人は別にこれを見つめているわけではない。
何事か考える時には視線を少し下に落とすのが直人の癖なのだ。
(確か聞いた話だとゼイス地方の国家は十六ヵ国。その中で大国とされているのは五ヵ国だったはず。最低限大国一つはこっち側に引き入れたいところかな)
コンコン
そうして直人が考え事をしていると不意に扉をノックする音が響いた。
即座に反応して扉まで向かい対応するのは当然ながらクリスティンだ。
クリスティンが視界を塞いでいて直人からははっきりとは見えないが、開いた扉の先にいるのはどうやら彼女と同じくメイドのようだ。僅かにだがメイド服のロングスカートが覗いている。
「直人様、オーレリア様。お時間のようです」
クリスティンがこちらに振り向いてそう告げる。
どうやら話し合いの準備が出来た為に呼びに来たらしい。
話し合いと言っても大勢と会うわけではない事は事前に直人は聞いている。
しかし、それでも適当にして良いというわけでもないだろうが。
何せこれから会うのはオーレリアの父親と母親――つまるところこのヴァレンシア都市国家の王と王妃なのだから。
「お待たせしたようで申し訳ないな、直人殿」
あまり派手ではないものの質素にはなりすぎない程度には装飾品が置かれた部屋に現在五名が集っている。
直人とオーレリアは一緒のソファーに座り、その後ろにクリスティンが控え、更にその対面には同じようなソファーに残りの二名が座っていた。
今、声をかけてきた方は王様というような服装をした六十歳前後くらいの小麦肌のエルフの男性だ。
恐らくは彼がヴァレンシア国王なのだろう。
柔和な雰囲気の中に威厳が存在しており、直人は今までの人生で会ってきたどの人物とも違う印象を受けた。
王の傍らには柔和な雰囲気を持つやはり六十歳前後くらいのエルフの女性が座っている。こちらの耳は普通の耳の先を僅かに伸ばして尖がらせたという感じになっており、恐らくこれが話しにあった本来のエルフの耳なのだろう。
因みに七十前後と言っているが、彼らはエルフなので当然直人が感じる年齢とは開きがある。恐らくは二人とも二百歳以上なのではないだろうか。
「いえ、そんなに待ったわけではありませんし、オーレリア王女から興味深い話を聞かせて貰っていましたから」
そう言って自らの横に座るオーレリアに視線を向ける。
直人の視線に気付くとふわりとした笑顔でそれに応えてくる。
「それならば良かった。その様子ではオーレリアやクリスティンとはもう随分と打ち解けたようで何よりだ」
「えぇ、お二人には良くして貰っています」
その直人の言葉と二人の様子に王と王妃は柔和な笑みを更に深くする。
直人は王と王妃としてもまたは父親と母親としても、今回の事に対しては色々と思うところがあるのではないかと思っていたのだが、どうやら少なくとも自分に対して悪感情は抱いていないらしく少しだけ安堵した。
「では、改めて自己紹介の方を。私はヴァレンシア都市国家の国王であるカール=ヴァレンシアだ。こちらは王妃のジャスティーナ」
紹介されて会釈をする王妃の笑顔はオーレリアに良く似ていた。
顔なども良く似ているし、オーレリアは母親似らしい。
「とりあえず、これから伺いたい事は幾つもありますが、その前に最初にお二人にお聞きしたい事があるのですが良いでしょうか?」
「それは勿論構わないが……」
国王が顎鬚を撫でながら頷く。直人が最優先で聞きたい事が何なのか解からずにいるのか、その表情は僅かにだが不思議そうな色が見て取れる。
「オーレリアさんとクリスティンさんがこれから先、自分と共にあるというお話は当然ご存知だと思いますが、それは本当に問題はないんでしょうか? オーレリアさんからは問題はないというとお聞きはしてるのですが、改めてお二人からそのお話を伺いたいのです」
「ふむ……」
まるで困ったような表情を浮かべる国王。いや、実際に困っているのだろう。直人が何を聞きたいのか良く理解出来たが為に。
国王は隣にいる王妃に目配せをすると、それを受けた王妃は頷く。
それを見た国王は決心したようだ。
「……まずこの国の王として言わせて貰えば、問題はない。オーレリアの立場はかなり特殊なものだというのは既に知っているだろう? 王女というだけでなく神使であり英雄でもある。その為においそれと他国へ嫁がせるわけにもいかず、妙齢となった今現在でも婚約もしていないのでな」
「ですが、少なくとも国防という点を考えると、全く問題がないとは思えないのですが……。英雄は国の戦力としては最重要戦力であり、それが一人いなくなってしまうのは大きな問題なのでは?」
「確かにそこについては全く問題がない、とは言えんだろう。実際に有事の際の戦力が減るのは確かだ。だが、我らエルフの場合、他国には存在しない戦力もあるのでな。余程の事がない限りはオーレリアがいなくとも対処は可能だろう、英雄そのものもオーレリアだけ、というわけではないしな」
「……そうか、妖精、ですか」
エルフの元になったと言われる存在。確か神々から聞いた話だと、世界の意思が具現化した生命体らしい。
「うむ。エルフというのはその人口の規模そのものは決して多いとは言えない種族だ。実際、ヴァレンシア都市国家も国家としては小国になる。だが、それでも規模の大きい国々が我らの存在を軽視できないのは、我らが妖精の力を借りる事が出来るという点が軽視出来ないからだ」
都市国家というくらいだから恐らくは小国だろうとは直人も思っていた。
だからこそ、英雄という大きな戦力が抜ける事は懸念点としてあるはずだと思っていたが、直人が思うよりは大丈夫なのかもしれない。
「……それでもやはり抑止力が減るのは間違いないですよね」
「勿論、それは否定はできない。だが、それはオーレリアがいても同じ事だ。例えばの話にはなるが、王級の滅魔が相手ではオーレリアでもどうにもならぬしな」
神と呼ばれる滅魔に次ぐ存在である王と呼ばれる滅魔達。
それらと単独で渡り合うとなるとそれこそ最低でも最強の生命種と呼ばれる竜を軽々と超える力を持っていないと不可能だ。
そして、それは英雄と呼ばれる者達でも不可能な領域になる。
それを聞いて直人は納得したように頷いた。
「そこで一つ、自分から提案があるのですが」
「ほう、それは一体どのような?」
国王はまるで面白がるかのように再び顎鬚を撫でながら目を細める。
どうやらこの国王は既に直人の事が結構気に入っているのかもしれない。
「仮に例の世界に起こる危機とやらが滅魔の神という存在が原因だとして、その力がかなり飛びぬけたものだって事は聞きました。だから、自分は出来る限りの事をしようと色々と考えたんですが……。とりあえず、協力者はもっと必要だと思っているんです。それも出来れば国単位で、更に言えば最低限大国を一つか二つかは協力側に引き入れたいと考えているんですよ。そうなれば、英雄クラスの力も借りれるようになりますしね」
「確かに可能であるのならば良い考えだとは思うが……。具体的にどうするつもりかな? 我が国が協力したとしてもそう簡単にはいかんぞ?」
「それは勿論解かっています」」
そう、それは直人にも理解出来ている。
最初にこの世界に来た時にオーレリアより聞いた話の中で、オーレリアが国同士での団結を試みて失敗し、その為に直人を呼ぶ事になったと語っていたのだから。
何でも近年では滅魔に対する危機感が段々と薄れてきている事が原因だとその時の話では語っていた。
神々に聞いたところによると、存在だけで一国が揺るぐような滅魔が現れたのは三百年前が最後らしい。
それだけ時が経てば、短命な種族の中では段々と危機感が薄くなっていくのも仕方のない事だろう。しかもその短命な種族の方が人口は多く、それらが中心の国家の方が多いのだ。
国と一言で言ってもゼイス地方には様々な国がある。
国同士であまり仲の良くない国もあれば、中には現在戦争こそしていないものの水面下で対立している国もある。
それらを一つに纏めるには余程の事がない限りは難しいだろう。
「全部の国と友好的になろうって言うわけじゃありませんよ。あくまでもなれそうな国を相手にって感じですね。その為にまずは国を作ろうかと思っています」
その発言に皆が一様に驚き直人の顔を思わず見る。
当の直人と言えばまるで悪戯が成功したかのような笑顔を浮かべていた。
「……それは何の意味があるのかね?」
「とりあえずですね、神々の話によれば自分の力はちゃんと覚醒すれば嘗て存在したと言う魔神と同等以上の力を持つ事になるそうです。つまりそれは既存の英雄と比べて圧倒的に上の力を持つという事です。そんな存在がどこか一つの国に所属するというのは、とてもまずいでしょう?」
「……そうだな。確かにそうなれば下手をすれば滅魔がどうこうではなく、まずその国が危険視される可能性が高い……この場合は我が国が、となるな」
「それを防ぐ為に自分で国を作るんです。国と言っても民はいないほんの極少数の……自分とその身内程度の国ですが」
「それは……国、なのですか?」
未だ驚きが抜けてないような表情でオーレリアが率直な疑問を口に出す。
「勿論、いきなりここは国ですって言っても通用はしないだろうね。だから、どこか大国に協力して貰う必要はある。例え一国でも大国が国として認めれば、少なくとも中小国家は無視は出来なくなるでしょ?」
「ふーむ……。だが、それには問題もあるだろう? どうやってその肝心の大国の協力を引き出す? 確かにヴァレンシアと同盟を組んでいる大国はあるが、だからと言ってその国が無条件で認めるわけがない」
「幾つか考えてはいます。例えばその国が抱える問題を敵対しない方が良いと思えるくらいの力で解決してみせる、という風な感じですかね。可能であればついでにどれくらいの力を持っているのか解かり易く見せる為に、それなりの難易度の討伐対象を一人で討伐してみせるくらいはした方が良いかなと思っています」
「問題を解決する事で友好的な姿勢を見せつつ、敵対したらこうなるという風に
力も見せつける、というわけかね?」
国王がニヤリとまるで悪者のような笑顔をする。
直人の中で想像していたエルフには、あまりこういう顔で笑うイメージはなかったのだが、それがまた新鮮さを感じて面白かった。
「利用出来るものは利用して、可能な限りかかる時間は短縮したいところですからね。で、仮にこれがうまくいったとして、どこかの大国と同盟関係が築けた場合、その大国に存分に喧伝して貰うつもりでいます。まぁ、恐らくそれぞれの国で諜報活動はしてるでしょうからそんな事しなくても伝わるとは思うんですけどね」
「なるほど。君やオーレリアを含むその国が抑止力になるというわけか」
「まぁ、はっきり言うと国同士で戦争して無駄に戦力を減らして欲しくないんですよね……。協力者になってくれるかどうかは別としても、なってくれるかもしれない候補は出来るだけ多い方が良いので」
そう言いながら直人は腕を組み難しい顔をしている。
その向かいで面白そうな顔をしている国王とは全く持って真逆になっている。
「そんなに眉間に皺を寄せては幸せが逃げてしまいますよ?」
直人がそんな風にしていると横から手が伸びてきて眉間の皺を解された。
今、直人の横に座っているのは一人しかいないので、そんな事をする人物も勿論唯一人だけしかいない。
オーレリアはフフと笑いながらも尚も直人の眉間を解している。
「えーと、話が少し逸れましたね。少し順序が逆になってしまいましたが、今お話した事が一応今後やろうと考えている事になります。で、それはそれとして……王としての事はお伺いしました。では、親としては如何ですか?」
直人が再度話し始めるとオーレリアは直ぐにその手を引っ込めた。
それと同時に直人の表情が少し引き締まったかのように見えた。
実はこちらの方が直人が聞きたい事であるのだ。
「世界の危機とかそういう話は一旦置いておいて。自分はいきなりポッと現れた男です。そのようなどういう性格かも良く解からない男に娘さんを預ける、というのはやはり問題があるような気がするのですが」
直人自身は既にオーレリアもクリスティンも纏めて抱える気でいる。
自分でも不思議なくらい彼女達二人の事は気に入っているし、そんな二人とのこれからを想像するだけで気分が高揚している。
だが、それはあくまでも直人自身の事なのだ。
彼女達の親にとってはあまり気分が良い事ではないのではないだろうか。
少なくとも直人はそう考えている。
「直人殿」
クスクスと笑いながら王妃が直人を呼ぶ。
今まではずっと穏やかに笑いながら話を聞いているだけで、話すのは国王に任せているとでも言うように黙っていたのにどうした事だろうか?
しかもそれまでの王妃のように今度は国王が黙っている。
まるでこれは王妃の領分だとでも言うかのようだ。
「確かに貴方の事は私も陛下もまだ知らない事の方が多い。けれども、私達はそれが当たり前とも言えます。私達は王族ですので、第一王位継承者でもなければ外交の一環での婚約や結婚はそう珍しい事ではありませんから。ですが、それでも尚貴方が気になる、と言われるのであっても……やはり問題はないと思います。何故なら私達は言葉を交わす事が出来るのですから。例えきっかけはどのようなものにしろ絆を深めていく事はできる、そうではありませんか?」
勿論、オーレリアの事はとても心配している筈だ。だが、直人に笑いかける姿からはオーレリアだけでなく直人の事まで気にかけているように感じられた。
その姿は直人に思わず母親というものを思い起こさせた。
(母親、か……。うーん、俺の母親ってどういう人だったんだろうなぁ)
幾ら考えてもその姿は直人の頭に浮かぶ事はない。
見た事もないものを頭に思い浮かべる事など出来るはずもないのだから、それは当然と言える。
「そう、ですね」
王妃のその言葉を聞いてふと直人は気付く。
そう言えば、まだ自分はオーレリアとクリスティンの二人に彼女達に対する覚悟を見せていないような気がする、と。
これから直人はこの世界で好きに生きていくつもりでいる。だからこそ、必要な覚悟というものもあるだろう。
それを彼女達に見せ、自分の中に刻むにはこの場は最適だと思った。
「オーレリアさん、クリスティさん」
直人は座っていたソファーから立ち上がって、オーレリアとそしてその後ろに控えるクリスティンを同時に視界に入れてから呼びかける。
その様子を何事かと呼びかけられた二人は見つめている。
しかし、それを向かいの席で見ている国王と王妃は直人がどういうつもりなのか大体は把握しているのか、特に口を挟まずにただ見守っている。
「俺はこの世界で好きに生きようと思っています。但し、その好きに生きる人生を俺は貴方達と共に生きたいと思っています。昔から一度自分のものだと思ったものに対する独占欲は人一倍強いので、一度手を握ったら絶対に離す事はしないでしょう。何分、俺はノリと勢いだけで物事を決めるところがありますし、ハーレム云々も本気でやろうと思っていますから、お二人と衝突する事もあると思います。それでも俺はお二人の手だけは離しません。こんな自分勝手な人間で良ければ、貴方達の人生をくれませんか?」
それは随分と自分勝手な言葉だろう。何せ好きにやるけど二人との事は絶対に手放さないと言っているのだから。
だけど、これは紛れもない直人の偽りのない本音の言葉でもある。
それをオーレリアもクリスティンも十分理解している。
「フフ、直人様……貴方はとても不器用な人ですね」
オーレリアもソファーより立ち上がり直人の目を真っ直ぐと見つめる。
何時の間にかクリスティンも直人の方へ向き直っていた。
「直人様、どうぞお好きに生きて下さい。例えどのような道を望まれようと私とクリスティンはその道を共にしましょう。まだ知らない事は多いかもしれません。確かに時にはぶつかり合う事もあるかもしれません。けれど、それはきっと些細な事だと思います。貴方の道はこれから先、ずっと続いていくのですからその道中でお互いの事を知って、お互いに言葉と心を交わしていけば良いと思います」
オーレリアが持つ穏やかな雰囲気は崩れてはいない。
しかし、そこにあるのはそれだけでなく、初めて直人が二人と会った時に感じ、好ましく思った意志の強さがある。
オーレリアは直人の方が立場が上というようなスタンスでいてくれているが、直人は何となくだが彼女には一生敵わないような気がした。
クリスティンはそこにいるだけで一切何も言わない。その姿からはただ主であるオーレリアと同意見だという意志のみを感じる。
だが、それはきっと主に付き従う事しか知らないわけではない。恐らくはそれこそが彼女の望みなのだ。
彼女は彼女の主と共に在る道しか望んでいない。だけど、それはそれで良いのではないかなと直人は思った。
元々直人自身もそのつもりなのだから、確かに何も問題はない。
「直人殿。どうか娘を宜しく頼む。もし、貴公が必要とする時があれば遠慮なく我が名を使って貰っても構わんし、小国ではあるので出来る範囲はそう広くはないが助力も惜しまない」
まるでその言いようは娘が心配な父親そのものの台詞にも聞こえる。
王族とは言え心も何もない存在ではないのだ。娘を心配する親としての心情だって持っているのが普通だ。普段はそれを見せないだけで。
「有難う御座います」
それが解かったからこそ、直人はここではただ素直に礼を言う事にした。
この後、必要な事を話し合いつつも時には雑談のような事も話しながら、この会合の時間は過ぎていった。
その雰囲気は最初よりも更に和やかなものに包まれていた。
「召還」
静かに告げる言葉が重なる。
その瞬間、この世界に二つのアーティーファクトが顕現した。
オーレリアの手元には薄い緑色をした弓が現れ、クリスティンの両腕には手から前腕までを覆う白い手甲が現れている。
因みに直人は既に自身のアーティーファクトに当たる北斗七星を召還済みだ。
「それが二人のアーティーファクトかー。名前は何て言うの?」
「この子はグランリウスです」
「私の手甲はヴァルガンダルと申します」
直人はそれぞれのアーティーファクトを興味深げに眺めている。
その内、何かに気付いたかのように全体像が見えるように少し離れてから、再びクリスティンを眺め始めた。
「これは……ふむ、なるほど。メイド服と手甲の組み合わせは……アリだな」
顎を指で軽く摘みながらそんな事まで言い出した。
その視線は何故かとても真剣だ。
「直人様、戯言は置いておいて下さい」
「戯言だとぉ!? この素晴らしいハーモニーを解からないと申すか!」
「申し訳ありません、全く持って全然解かりません」
憤慨する直人に、しかしクリスティンはばっさりと切り捨てる。何ととても冷たい視線までセットである。
「はい、スミマセン」
「フフ。さぁ、直人様、クリスティン。リンクを済ませてしまいましょう。セーフティモードではあるとは言え、あまりアーティーファクトを展開し続けない方が宜しいでしょうから」
オーレリアはその様子を楽しそうに見ていたが、あまり時間をかけない方が良いだろうと思い、二人に声をかける。
セーフティーモードとは制限をかけた状態の事であり、この状態で召還すれば周囲に無闇に強い霊気を拡散せずとも済むのだが、殆どのソーサリーは使用が出来ない状態でもある。
では、何故わざわざそんな状態にしてまでアーティーファクトを召還したかというとこれよりパーティーリンクというソーサリーを用いて、お互いのアーティーファクトをリンクさせ、パーティーを組む為だ。
このパーティーとはただ単純にチームという意味合いを持つだけでなく、パーティーを組む事そのものに様々な利点があるのである。
例えばパーティー同士でそれぞれの大体の位置が解かるようになったり、パーティー同士で念話をする事が出来るようになったりするのだが、それよりも更に大きな利点として存在するのが、パーティーメンバーには攻撃が当たらなくなるというものとパーティーを組む事によってリンクフェイバーというパーティー全体に様々な恩恵を与えるソーサリーなのである。
これ等がある為、ソーサラーを統括する組織はどれもが活動を行う際に個人個人ではなくパーティー単位で活動を行う事を規律として決めている。
「パーティーの名前とかは考えているんですか?」
それではと実行しようかとしたところでオーレリアより質問が飛んできた。
「あー、名前ね。そう言えば考えてなかったな……」
クリスティンの指摘に直人は少し考えている。
パーティーリンクというソーサリーの発動にはパーティー名を最初に付ける必要がある。勿論、簡単にリンクを解除する事は出来るのだが、大体はその付けたパーティー名で活動する事になるので、あまり適当に付けるわけにもいかない。
「何も思いつかないのでしたら直人ハーレムとか如何でしょうか?」
「ぶっ!? いやいや、酷くない!? 確かにやろうとはしてるけどさぁ!?」
クリスティンの提案に思わず噴出して慌てて直人は抗議の声を上げる。
対等の関係である事を求めたのは直人なのだが、その容赦のない言葉に色々と意表を付かれているが、同時に楽しくもあるので問題はないようだ。
「……アルカンシエル」
「アルカンシエル?」
「俺の元の世界のある国の言葉なんだけどね。虹って意味なんだ。あ、虹ってこっちにもあるのかな?」
「はい、御座います」
「そっか、なら問題はないね。人っていうのはそれぞれに性格も何もかもが違うよね。だけど、だからこそ面白いって俺は思うんだよ。まぁ、今はまだ俺達三人だけだけど、その内色々な人を仲間にするつもりだからね。そんな色んな人がいる集まりを虹に例えてみたんだけど、どうかな?」
直人の言葉を最後まで聞いてから、オーレリアとクリスティンは視線を交わし、お互いの意見を確認する。
長年の付き合いだからか、それだけで理解出来たようで頷きあった。
「フフ、素敵な名前。私は良いと思いますよ」
「私も異論はありません」
「よし……じゃあ、改めて今日が俺達のパーティー『アルカンシエル』の記念すべき旅立ちの日だ!」
その宣言と共に直人はパーティーリンクを発動させた。
果たして『アルカンシエル』のメンバー達はその旅路の先に何を見るのか?
それはまだ誰にも解からない。
部屋の中での話し合いが多い感じになってしまっていますね。
しかし、次回からはいよいよ活動開始となります。
初めての実戦もある予定。