一人目とガラナの実
私は転生したらしい。ちなみに現在十六歳。この世界では十六で成人なので、こっちじゃお酒だってたしなめちゃうのだ。
「よし、ここをおまえに譲るから、お前は一人で立派に生きて行けよ。俺は母さんと森の中の別荘で永遠の愛を育むから」
「え、ちょ、待ってよ! いきなりひどくない? 私何も聞かされてない――」
ある日のこと、お母さんをお姫様抱っこで抱きかかえた父が大きな荷物を持ってそう言ってきた。いやいやいや! 別荘があるとか、私一回も聞いたことないんだけど!! ていうか今日、私の誕生日なんだけど!!
縋りつこうと手を伸ばすも、父はスルッと私の手をすり抜け、すたこらさっさ、あっという間にどこかへ消えてしまう。
私に残されたのは、たまには会いに来てやる。知り合いにもよろしく言っといた。という言葉が書かれた紙と、だだっ広いこの家だけ。
そしてうちにあるのは、父が経営していた食堂、酒場、整体、工房……それぞれにかんする道具や食材、そして薬草などなど。
料理は出来るけど、そのほかはどうしよう……? しばらくは料理とお酒でなんとかやって行くしかないよね? 料理もやりたいけど、今のところやるなら酒場のほうが一人で回せそうだし、食堂は今のところ開放しない方が良さそう。
一人では大きすぎるこの家で、私は一人ため息をついた。
さて。話は変わるが、私の趣味はお酒作りで、これに関して私は小さい頃から変わってると言われ続けてきた。
とは言ってもカクテルを作るのが好きなぐらいで、そんなに本格的なことはしていない。どんな果物を入れたら色が綺麗になるのかとか、どうすれは辛みがでて、どうすれば酸味がでるのかとか、その程度。それでも、見たこともない果物や植物が数え切れないほどあるこの世界で、私のお酒への興味は尽きることがなかった。
飲酒するのは十六歳からだから、私は自分で作ったお酒を味わうことが出来なくて、味見はいつも父にしてもらっていた。味見と師事を父にしてもらいながらなんとか合格点をもらい、成人したら酒場をついでいいことになってはいたけれど、ありがたいのか迷惑なのか、店と家ごとつぐことになってしまった。十六歳になってやっとお酒が飲める! と朝からわくわくしていたのに、まったくとんでもないプレゼントである。
さて、これまた話は変わるのだが、私には前世の記憶がある。前世での私は宇宙という所の地球という所の日本という所に住んでいて、ちゃっかりのんびり寿命まで生きていつの間にかぽっくり逝った名もなき小市民だった。まぁ、後悔はしていないいい人生だったと思う。
でもって現世での行いが余程よかったらしく、死んでからすぐに転生する事になり、今に至る。こっちで生まれてから今日で十六年目だが、前世があることを思い出したのはほんの二年ぐらい前のこと。いきなりだったけど、割とすんなり受け入れることができた。……性格は、少し変わったと言われてしまったけれど。
前世の記憶の中でで一番良く覚えているのは、中学生での部活のこと。私はその部の部長をやっていて、しかも少し特殊というか不思議な部だったので、ここだけかなりはっきり覚えている。
……そうだ。こんなところで感傷に浸ってる場合じゃない。さっき見たとき、ガラナの実がなくなってたから急いで補充に行かなければ。
ガラナの実は目を覚ますのにちょうど良いから、店で酔いつぶれている人にガラナソーダを飲ませたりするのだ。うちのお客さんはよく食いよく飲み酔いつぶれるので、これは酒場の必須アイテムなのである。
二階にある部屋から降りて、靴箱においてあるブーツを履く。両親が抜けたことで、二階の部屋がかなり余ってしまった。誰も来ないんなら、宿屋でもやってみようか……いや無理か。従業員がいないもんな。
やってきたのは、町から出てすぐの森の中だ。ここは比較的弱いモンスターしか出ないし、ガラナの実は森の入り口付近に多く実っているので手に入れるのも簡単だ。
手の届くところにある真っ赤な、さくらんぼほどの大きさのガラナの実をもぐ。とるときに少しぱちぱちと音がするのが特徴で、私はこの音が、実は結構好きだったりする。
近くにある木を行ったり来たりしながら、ガラナの実をもいでいく。持ってきたかごがいっぱいになったので帰ろうと思い踵を返すと、少し奥にある開けたところの切り株に人が座っているのが見えた。
こんな所にいて危なくないのだろうか? もしかしたら襲われてしまって動けないのかもしれない。だとしたら助けなければ。
私は黒いローブをかぶった人影に駆け寄り、声をかける。
「すいません、大丈夫ですか?」
黒いローブをかぶった人はゆっくりと顔を上げて、無表情で言った。
「大丈夫です。なんで黒いローブを被ってると光を集めて熱いのかな? なんでローブといえば黒とかいう風潮ができたのかな? そもそもローブってなんでローブっていうのかな? ローブの語源の語源の語源ってなんだろう言葉って不思議だなとか考えてただけなんで」
「お、おう……」
なんだろう? この息継ぎしないまるでこっちが責められてるような喋り方、どこかで聞き覚えのあるような……。
「……はぁ。本当、世界には珍しい事もあるもんですね。やっぱり先輩は変態だから、こういうのに巻き込まれちゃうんですねぇ……」
「非常に遺憾である」
黒いローブのフードから覗いたその顔は、前世で嫌と言うほど見覚えのある顔だった。
とりあえず切り株に座っていた元後輩を家に連れてきた。後輩は私の出した紅茶に似た飲み物を飲んでいる。
「お久しぶりです先輩。こっちでの私のことはオーガと呼んでください」
「あ、うん。オーガさんね。私はナナセだよ……で、何でオーガさんは森にいたのかな?」
私の質問に答えたオーガさんの話によると、彼女は物心ついたときから血も繋がっていない貴族の豚(本人談)の家で育ち、しかも生まれつき持て余すほどの魔力を持っていたらしく、幼いながら前世の記憶をとりもどしたこともあってその異常さに気付き、隠し通していたらしい。だが十歳を越したときから徐々に抑えるのが難しくなり、家でも気味悪がられはじめ、いろいろあって家を出てきたそうだ。そこでふらふらやってきたのがこの森らしい。
……私は魔力は人並みだしちゃんとした両親にちゃんと育てられたからわからないけど、苦労したんだろうなーと思う。いや、オーガさんの境遇を思えば、父親が母親を連れて別荘に行ってしまうだなんてそよ風が吹くようなもんだろう。私より年下なのに、大変だったろうな。
ていうか、貴族の豚ってことはそこそこ位が高くてお金を燃やしてランプがわりに使っちゃうようなお家だったのかしら。成金ってやつ? それはそれで気になるんですけど……!
ちなみに、オーガさんは紅茶と一緒に出した柔らかいチョコの入ったクッキーをすごい速さで食べ続けながら喋っている。……それ、最初はテーブルの真ん中に置いてあったはずなのに、なんでオーガさんの近くにあるんですかねぇ……。私も一つ取ろうと手を伸ばしたなぜかお皿を遠ざけられた。解せぬ。
「じゃあさ、オーガさんは行くところがないの?」
「……そうなりますね。お金は宿屋とお菓子で無くなっちゃったんで。ぼーっとしたらクエストでも受けにいこうかなと思ってたんですけど」
「……じゃあ部屋も余ってるから、うちにいればいいよ。そのかわり働いてね」
「働かないで養ってもらうってのはどうでしょう?」
「却下」
「……じゃあ、よろしくお願いします」
一番私へのあたりが強い毒舌な後輩とはいえ、オーガさんが住んでくれれば、大きすぎるこの家も少しはましになるだろう。
これがのちに大所帯、大波乱のきっかけになるなんて、この時の私は想像もしていなかったのだった。
11/8,12/7 誤字脱字修正しました。