2.魔法剣士対自動小銃
ディーンは転移魔法の渦から転がり出た。渦を抜けた先は、どこかの街の路地裏だった。目の前に黒髪の少女がいる。一方ディーンを挟んで逆側には、カーキ色で統一された服の集団がこちらに向けて棒のような物を尽きだしていた。
「なんだここは……魔王はどこだ?」
カーキ色の集団の後ろにいる豚のような男――おそらく指揮官だろう――が何かを短く叫んだ。
「XX!」
男達が掲げ持つ棒から火花が上がる。目に見えないつぶてがディーンの肩と腿をえぐり、血がにじんだ。他の何発かは顔のそばをヒュンッと音を立てて通り過ぎた。
「飛び道具か!」
擦過音から、棒状の物が射撃武器であることを看破したディーンは、左手に装着されている盾に魔力を込めた。
『風の守りよ……幾万の矢から我が身を守り給え……』
カーキ色の軍団が、第二射を放つ。しかしそれは、盾を中心に発生する不思議な力場によって弾道をそらされ、あさっての方向に飛んでいった。
「そんな生半可な飛び道具は魔法剣士には通じない!」
ディーンは叫び、カーキ色の集団に向かって剣を構えた。
「攻撃を仕掛けてきたということは敵か? いやしかし人間に見える。待てよ、人間に見える?」
自分の言葉に引っかかりを覚えたディーンは、呪文の詠唱を始める。
「『真実を映す精霊の瞳よ……』やはりか」
何かを確かめたディーンは剣を構えると、足に魔力を貯める。そしてそれを一気に解放し、カーキ色の集団に向かって一足飛びに踏み込んだ。
「はあっ!」
ディーンは大剣を横なぎに振るう。棒状の武器を構えていた男が上半身と下半身に真っ二つになった。そのまま次の男を脳天からたたき割る。
ディーンが二度、三度大剣を振るうと、武器を構えた男達はすべて物言わぬ死体となっていた。
「XXXX!!」
前線の男達を倒したディーンが顔を上げ睨み付けると、豚男は鉄の箱の中に逃げ込もうとしているところだった。豚男が中に入ると、鉄の箱の扉が閉まり、猛烈な勢いで走り去っていった。
「魔導馬車の類いか。まあいい」
敵を一掃したことを確認したディーンは剣を背中に背負う。そして、黒髪の少女の元へと向かった。
◇
「大丈夫か?」
「XXXX!」
少女は明らかにディーンを警戒していた。突然現れて大剣で人間を惨殺した男に対して警戒感を抱くのは当然といえた。
「む……言葉が通じないのか。『彼の物の言の葉を我が耳に届けよ……』 どうだ? 俺の言葉がわかるか?」
「え……? あれ? ……わかる」
言葉を翻訳する魔法はディーンが魔王の行く手を掴もうと、世界中を駆け回っているときに身につけた魔法だった。
「よし、怪我はないか? ここはどこだ?」
「うん、大丈夫。ここは新西東京の駅前よ……元駅前ね。もう電車は走っていないわ」
「新西トウキョウ? デンシャ?」
聞き慣れない単語に、ディーンは首をかしげる
「そんなことよりあなた何なの? さっきの動きは人間の動きじゃなかったわよ。その鎧みたいなの、まさかパワードスーツとかだったりするの?」
「俺は魔法剣士だ。魔王を追ってきた」
九乃の問いにディーンが答えた。
「は? 魔法? 魔王?」
「魔王は見失ったが、この地にいることは明らかだ。これを見ろ」
そう言うとディーンは兵士の死体のところに歩み寄る、大剣で真っ二つになっている死体に、九乃は思わず口を押さえる。
「こういうこと言うのは甘いってわかってるけど……全員殺すことはなかったじゃないの?」
「見ていろ」
ディーンはナイフを取り出すと、兵士の死体の心臓の辺りに刺した。そしてそのままナイフをえぐると、体内から赤い石のような物が出てきた。
「何それ!?」
一方石を取り出された兵士の死体は次第に形を失い
ビチャッ!
ついには液体となって地面に広がった。
「こいつらはシェイプシフターだ。スライム系の上位腫で様々な生き物に化けることができる。見た目だけじゃなくて内蔵も頭も化けるから、知能も化けた生物と同じレベルになる。人間に化けたシェイプシフターを送り込み、内側から侵略するのが奴らの手口だ。いくつもの国が乗っ取られ滅んだ」
常識外の事態の推移について行けない九乃をよそに、ディーンは説明を続ける。
「そして逃げた指揮官はおそらくオークだな。魔力が人間と違った」
九乃は混乱していた。今まで戦ってきた相手が人間じゃないとか言われてもよくわからなかった。
「俺は魔王を倒すために来た。手がかりを掴むために奴らを追う」
そういうとディーンは大剣を担ぎ直し、早くも立ち去ろうとした。
「ま、待って!」
「ん?」
「よく考えれば、命を助けてもらったのにお礼も言っていなかったわ。私は藤原九乃。ありがとう。あなたのおかげで死なずにすんだわ」
「そうか、ココノ。俺はディーンだ」
「ディーン、私たちのアジトに来ない? あなた、見たところここら辺の土地勘とか情勢がわかっていないでしょう? 私としても聞きたいことが山ほどあるし。食事くらい出すわよ?」
ディーンは考える。魔王の拠点に入ってからもう一日以上何も食べていなかった。それに現在地の情報が全くない状態から探索を初めても時間がかかるだろう。申し出はありがたい。
「わかった。ちょうど、昨日から何も食べていないんだ。同行しよう」
「よろしくね、ディーン」
「ああ、ココノ」
こうしてディーンは、九乃たちのアジトへと向かうことになった。
◇