第三話 「世界への絶望」
そうして一年が経ちリースは四歳となった。
彼の体は相変わらず動かないままである。
しかし今、気にするべきことはたった一つであった。
そしてそのことについて父親に聞く決意をしたのだった。
長年ずっと聞きたかったのだが、そもそも子供が何歳からまともに話すのか知らないのだ。
あまりに早く言葉を話し始めては変な誤解を与えると思った彼は、これまで聞きたいのを我慢してきたのである。そもそも言語自体はとうの昔に習得していた。両親の会話。侍女たちのやり取りのみで学習するには事足りたのだ。まあ、その学習意欲はこれからする質問の為に湧いたものだったのだが。
そんな彼が、ついにその質問をするときが来たのである。
「父様、一つお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
侍女がリースに食事を与えた後、ガルシアが睡眠前のリースを覗きに来たときに彼は、そう言ってガルシアに話しかけた。
「ああ。何だい?何でも言ってごらん」
ガルシアは毎日仕事から帰ってくると、睡眠前のリースの部屋を訪れるようにしている。
ロタリンギア家の主治医の話を聞いた後であろうとも、ガルシアのリースへの愛情は変わらなかった。
リースは母親の血を濃く継いだのかその姿は、シルフィアにそっくりであった。
流れるような銀の髪を肩にかけ、少女のようにしか見えない優しい顔をしている。
しかし、その目は父親譲りであった。父親譲りの黒い瞳は、指一本動かせない現状でも、全く悲しみには暮れていなかった。
いや、むしろ希望すら見えていた。そんなリースがガルシアはたまらなく愛おしかった。
「(この子は聡明だ。四歳ながら完ぺきに言葉を話し、自らの状況すらも理解している。
しかし、決して弱音を吐かない。私達を悲しませない為か……。ああ。本当に、どうしてこの子がこんな体なんだ……)」
そんなガルシアの思いをよそにリースは言葉を紡いだ。
「この世界に、ネコは存在しますか?」
そこには、ガルシアの知らない単語が混じっていた。
「ネコ?それはどのようなものだい?」
ガルシアは思った。昼間にシルフィアか屋敷の手伝いが彼に本を読み聞かせてやったのだろう。
その中にネコというものが存在していたのだろうとガルシアは思った。
「ネコとはとても小さい動物のことです。屋敷の中でも飼うこのできる愛らしい動物のことです」
リースにしてもとても言葉少なめにネコについて語った。本当なら朝まででもネコについての愛らし付いて語りたいのだが、今はとにかくその答えが知りたい。そうしてガルシアが答えを言った。
「そのような動物は、少なくともこの大陸には存在しないよ。この大陸には魔獣と言われるとても凶暴な動物ばかりだ。だから屋敷の中でも飼えるような動物は存在しないよ」
「……………………………………………………そうですか」
その瞬間、リースのその黒い瞳は絶望に包まれた。自分の体についても絶望を見せなかった息子の変貌にガルシアは、大変慌てた。
「だ、大丈夫か?そうだな、お前は屋敷の中で遊べる友達が欲しかったんだろう? 屋敷で飼える動物は無理だが、父さんがお前が寂しい思いをしないよう何とかしてやるからな」
何とか息子に元気になって貰おうと必死に声を懸ける父親にリースは何とか声を出す。
「…………ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。大したことではありません。ああ、でも今日はもう疲れてしまったので休もうと思いますね。お休みなさい父様」
「ああ……。お休みリース」
そうして未だ絶望に染まったリースの顔を心配そうな顔をしたままガルシアは部屋を出たいった。
そうして一人となったリースは慟哭した。
「(絶望した! 世界に絶望した! ネコが居ないだと!?
ああ……この世界は欠陥品だ。
真に神に愛された存在であるネコが居ない世界なんて、神はきっとこの世界を創造する時、酷い二日酔いだったに違いない。
そうだ、そうに違いない。
だから、自らが造り上げたネコをこの世界に産み落とすことを忘れたのだろう。
ああ……ネコ、あのピクリと動く耳。燐とした顔をしながらもほんの少しの音で、ピクッと動く耳のなんと愛おしいことか。
そしてあの尻尾。あの妖艶ささえも感じられるような動きをする尻尾をもつネコ。
その存在に俺は、もう会えないと言うのか!? 神よ! これは俺に喧嘩を売っているのか!?
ネコの居ない世界に産み落とされるのに比べれば、どのような煉獄地獄に落とされることさることすらも生ぬるい。
だって地獄なら死んで地獄に落とされたネコに会えるかもしれないからな! ああっ! でもダメだ! ネコは神に愛される存在。ならば地獄に落ちらネコなど居ないはず。………ああなんだ。……ここが地獄か。……もういい。……鬱だ死のう。そうだ。死んだら次こそは、ネコとネコ耳、ネコ尻尾を持つ人間の居る理想郷に生まれるかもしれないからな!)」