第37話
第37話
朝日が昇り、長い見張りも漸く終わりを迎えた。結局、目の前のギリアムに夜通し俺の監視を続けられていた。一時は女性陣のキッキャ、ウフフと楽しそうな会話が聞こえていたのに、俺は野郎に見られ続けるとか、誰得だよ!!
そんな楽しいイベントとは裏腹に、こっちは何のイベントもなく周囲にモンスターは来なかった。いや、来れなかったと言うべきか……感知魔法でモンスターが来たことはわかったが、魔力に俺のイライラ感が伝ったようでモンスターが避けるのがわかった。殺気ではないが、野生の勘が近づいてはならないと察知したのだろう。ものは試しと言うことで、殺気を込めて一気に範囲を広げて見ると一目散に発信源から逃げ出そうとするのがわかった。そのせいで、テントで寝ている女性陣を起こしてしまったのは悪かったと反省している。
しかし、なぜにこんなにも殺気が強く放てるのだろうか?相手に恐れを感じさせるために殺気を飛ばすのだから、考えられる原因はステータスだろう。騎士隊長が殺気を飛ばしてきた時は、脅威というよりも驚異に感じた。そう考えたら俺の殺気はかなり危険なものになってしまうな……以後気を付けよう。
そういう訳で、周囲にモンスターがいないことがわかっているから、暇すぎてあくびの連発。しまいには、ウトウトしてギリアムに叩き起こされた。正直に謝るのも癪に障るので起きた時には反応せず、あいつが動こうとした時に顔を上げて起きていたことをアピールした。それを何回も繰り返しているうちにギリアムが反応しなくなったので、おとなしく感知魔法の精度を上げる練習を続けていた。
「おはようございます」
テントから出てきたのは安定のエリーゼ、いつもながら早起きなことで。
「おはよう。中のやつらはまだ寝てるのか?」
「お嬢様は別として、ディナ様とイリア様は襲われた影響か、ぐっすり眠っておられます」
「無理もない。あの数に襲われたのだ。死を覚悟するような状況を乗り越えて普通に起きられるものはいないだろう」
それもそうか。リリーはおそらく魔力の消費による疲れがあるのだろう。
「そういうあんたはどうなんだ?」
「私の場合は経験しすぎて感覚がマヒしているから例外だ」
自嘲気味に言うギリアムだが、さすが隊長を任される人物だな。
戦いに身を置く者は、常に死と隣り合わせという言葉を耳にする。しかし、平和な日本では理解しがたいが、この世界だと語る人間の重みを感じるな。
「それでは、起きられたらすぐに食べられるように朝食を作ります」
~~☆~~☆~~
しばらくするとリリー達がテントから出てきた。
「おはようさん。ぐっすり眠れたか?」
「そうね。外で、と言うのであればよく眠れたと思うわ」
「おかげで、消耗した体力や魔力も回復できたよ。これなら街までノンストップで歩き続けられる」
「それはなりよりで」
俺の問いかけにリリーと姫さんが答える。イリアに至っては寝ぼけているのか覚醒していないようで、視点があっていない。本当に残念な騎士だな。
「おはようございます。姫様達がゆっくりとお休みになられたのであれば幸いです。任務を全うするためにも、誰かさんのように気を緩めてはなりませんぞ」
「それは俺のことか?」
「思い当たる節があるなら、そうなのだろう」
見直そうかと考えをよぎらせたのはバカだった。こいつはやはり気に食わない。
「朝から不愉快な物を見せるな!ギリアム、彼に対して失礼過ぎるぞ!少しは自重しなさい」
「これは姫様の命にかかわることです。この男のせいで姫様に万が一のことを考えると、妥協、自重などもっての外です!」
姫さんに叱られるもののギリアムは正当な抗議だと主張する。その他にも、あーだ、こーだ言い争いっている。
「皆様、お腹が空いているからそういう考えに至ってしまうかもしれません。ちょうどお食事の用意ができましたので、この話は後ほどに」
エリーゼの仲裁?でひとまず言い争いは終わったが、その後が心配だな。
~~☆~~☆~~
すでに俺達は片づけを済ませ、移動を開始している。結局、姫さんとギリアムの話し合いは平行線で解決せず、保留となった。話し合いの都度、ギリアムが難癖をつけてくるので、俺の機嫌は最悪。かといってぶちかませば、リリー達に迷惑がかかるから我慢をする。俺が大人しいから付け上がっている気もするが、そろそろ何かでストレス発散しないと国際問題上等!!姫さんには申し訳ないがアルトランド城を崩壊させる勢いで殴りこみしようかと本気で考え出している。
それは、最悪のケースということで、今は歩きながら感知魔法を使う練習をしている。これは、簡単そうで意外と難しい。クモの巣で思いついた方法で行っているのと、自分が動いているから集中が途切れるので、生き物かどうかの判断が鈍る。それに、実際に使えるようにするためには結構な広さが必要になる。今は半径10m程度でこの状態だと、完成するのはいつになることやら……
「ヨシアキ様。先程から難しい顔をなさっていますが、何かあったのですか?」
気が付くとエリーゼが顔を覗くような形で俺の方を見ていた。
「新しく思いついた感知魔法がうまくいかないんだよ。今までの方法なら歩きながらでもできると思うけど、あれは魔力……と言うよりも神経を使いすぎるから長時間には向かない。今の方法じゃ、判別と維持が難しい。課題だらけだなと思っていたわけだ」
「――――そもそも、感知魔法を歩きながら発動させるということに驚きなのですが……神経を研ぎ澄ませて、漸く扱えるものをまるで息をするかのように展開させられるものなのですか?」
エリーゼが驚いているが、この世界ではどういうやり方をしているか知らないが、原作はできていたからイメージさえちゃんとすればできるはずだ。
「できるんだから仕方がないだろ。それなら最初ので様子見してみるか」
という訳で最初の満たすタイプに切り替え、ついでに範囲を広げる。――こっちなら歩きながらでもまだ簡単に出来る。しかし、ただ広いだけで生き物はあんまし感じられないな。そう思ったが、意識を集中させると進行方向にモンスターらしき生き物を見つける。
「十分できたぞ。証拠として、後5分もしない内に前方にモンスターが現れるぞ」
そう言うが、信じ切れていないエリーゼ。俺の人外っぷりは見せていたはずだが、この世界の常識に囚われているのだろう。ならば、その常識をぶち壊させてもらおうか。
~~☆~~☆~~
そして3分後、モンスターが現れた。昨日も見たウェアウルフだ。数は7匹と少ないから群れの一部が食料でも探しに来たのかね?
「ほらな。言った通りだろ」
「……失礼ですが、ヨシアキ様は人間ですよね。今なら人外とおっしゃられても信じますよ」
「生憎、人間を辞めたつもりはない。何を持って人間と判断するのかは人それぞれだけどな」
やられ役が「化け物め!!」と言うが、あれは自分の範疇を越えた力を持つものは人間ではないと決めつけている。他にも自己の利益のみで人を殺すような輩を人間扱いしないとか、いろいろあるな。
「魔物を前に悠長に話ができるとは大した自信だな」
「別にあの程度のモンスターならそこまで気を張るようなもんじゃないだろ」
「それならお前一人でやれるのか?」
「ヨシアキがやるのなら、手を出す必要ないわね」
挑発気味に言ったギリアムだが、リリーが普通に確認してきたので若干驚いている。
「ヨシアキ殿の実力しかと拝見させてもらうよ」
姫さんにもそう言われるのであれば、やってもいいか。
「そんじゃ、腹いせに行きますか」
鞘から剣を抜いて、一番近いモンスターに斬りかかる。先制攻撃ということで普段よりも早く動き、素早いウェアウルフでも反応できずに首を刈り取られる。
「おまえらには悪いが、ストレス発散に付き合ってもらうぜ!!」
俺のセリフの後に2匹が襲いかかってきたが、難なくかわしカウンター感覚でそれぞれ胴体に斬りつける。実力差を見たウェアウルフは逃げ出すかと思ったが、2匹でダメだったら、4匹ならと一斉に襲いかかる。さすがにこの数になると、今の俺で同じことはできないので、かわすのに集中して斬りつけるタイミングを見計らう。しかし、なかなか見つからない。
本気を出して一気にけりをつけるか?いや、そんなことをすれば、あいつら(姫さん達)に目をつけられる。気を付けようと思ったが、殺気を飛ばすか?でも、慣れると無意識にやってしまいそうだし、某海賊マンガのように限定して飛ばせるわけではないのでやりたくない。となると、魔法か……威力制御はできるが、どこまで見せられるのか。最初に上級レベルの魔法を見せたから気にする必要はないか?
そんなことを考えている間もウェアウルフの攻撃は止まることを知らない。
「ええい!鬱陶しいわ!!」
エアブレイドを発動させ、風が刃になり、残りのウェアウルフを切り裂く。若干やり過ぎた感がするが、大丈夫だろう。剣に付いた血を拭い、リリー達のところへ行く。
「お疲れ様。ヨシアキにしては動きが悪かったけど、寝てないのが原因?」
心配そうに聞いてくるリリー。んー、やっぱり普段の動きじゃないのがモロバレなほど手加減をしていたようだ。
「先程、無詠唱で魔法を使っていなかったか?」
ギリアムの指摘であっ!と思ったが別にいいか。ムシャクシャしてやった。しかし、そのおかげでストレス発散出来たから反省するつもりはない。
「若くして、どうやったらそんなに強くなれるのでありますか!?」
イリアが目を輝かせながら聞いてくる。
「詠唱破棄なら他にもいるが、無詠唱であの威力とは……ヨシアキ殿は相当な実力者だな」
「詠唱破棄と無詠唱の違いって何なんだ?」
イリアの質問は無視して、姫さんの言ったことの方が気になる。
「詠唱破棄は魔法の名称のみで発動させ、無詠唱は言葉を紡がずに発動させる方法です」
そういや、城にいた魔法使いのじいさんが詠唱破棄について言っていたような気もする。でも、実力者なら普通にできそうな気がするんだが?
「先程も言いましたが、どうやったらそんなに強くなれるのでありますか?」
再び、イリアが質問をしてくるが、それよりも詠唱の方が気になる。
「あんたなら、炎は別として火ならできるんじゃないのか?」
とりあえず、一番の経験豊富そうなギリアムに聞いてみる。
「できなくはないが、無駄に魔力を消耗するので、いざという時だけだな。そもそも、私は派生魔法を使えないぞ」
ゲーム上では、レベルがないから熟練度で魔法を覚えていく。ある程度の熟練度が溜まれば派生魔法が使えるようになっていた。そのため、周回プレイ中に魔法縛りみたいに熟練度上げで武器を使わなかった種類も何個かある。
「ヨシアキの考えがどうか知らないけど、派生が使えるのは全体で3割しかいないのよ」
「だから、どうやったら……」
ここでは、努力うんぬんではなくて才能で派生魔法が使えるということか?しかし、知ったところで何か変わる訳でもないから別に気にする必要はないか……
「それはそうと、イリア様に何かおっしゃってあげてくださいませ。ヨシアキ様が反応して下さらないから、あちらで地面にのの字を書きはじめていらっしゃるのですが…」
そう言われてイリアの方に目を向けるとホントにのの字を書きながらいじけている。
「いいんです、いいんです。自分の接し方が悪いかったのが悪いんです。普通に接していれば無視されることもなかったはずです……」
この人は信者気味なところはあるが、基本的に害はないのだろう。
「あー、イリアさんや。故意に無視した訳ではないぞ。実力のことだが、無茶いや、無謀な方法で身につけたから真似させることはできない。焦らずに実践を積めば力はつくから」
「本当でありますか?」
嘘を交えながら話しかけると顔を上げて反応した。
「嘘じゃないぞ。最初から強い奴なんていないんだ」
そんな奴がいたらチートだ!バグだ!
俺もチートっぽいが召喚や転生の特典ではなく、ゲーム上での引き継ぎだ。しかし、ゲームを始めた頃にこの世界に落とされていたら…………考えるだけでも恐ろしいな。
「自分も強くなれるでありますか?」
「イリアは軍に入隊して日が浅い。鍛練を怠らなければ可能性はある」
姫さんも見かねてイリアに声をかける。でも、その言い方だと0%ではないだけで、励ましとして微妙だぞ。
「今は時間が惜しい。先に進むぞ」
「了解であります!!」
姫さんの言葉で、イリアが元気になったのであれば気にする必要ないし、水をさすようなことは無粋だな。そう思い、再び歩きはじめる。




