第30話
第30話
血塗られたメアリーちゃんを見て、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。リリーは駆けつけて魔法で治療を始める。エリーゼは邪魔が入らないように守っており、その顔には悔しさが目に見える。
何であの女がメアリーちゃんを刺したんだ!?あいつは盗賊達の仲間だったのか!?いや、女性は「ごめんなさい、ごめんなさい……」と言いながら頭を抱えて震えている。こんな風になっている女性が盗賊の仲間なはずがない。――奴隷と言っていたから、事前にランドルフから命令されて無理やりされたとしか考えられない。
「お願い!止まって!!」
必死でメアリーちゃんを治そうと治癒魔法を使い続ける。
「無駄だ!無駄!心臓を突き刺すように命令したんだ。魔法であろうと治せるわけがない」
盗賊達はこの様子を楽しんでいるのか、笑うだけで襲って来ない。
「しゃべっちゃ、ダメよ!!」
リリーのセリフで我に帰る。まだ、死んでいないのなら助けられる!いや、助けてみせる!!急いで駆けつけて治療を始めようとした時、男の声が広間に響き渡った。
「いやー。最高のショーですよ。命令によって、無理やり子どもを刺してしまい震えおびえる女性。意味もないのに必死で治療をする美少女。己の任務を全うできずに悔しがるメイド。自らの過信によって引き起こした過ちに気が付き、呆然とする男。これならお約束通り、私が後片付けをしてあげましょう」
声が聞こえる方を見ると盗賊達とは明らかに違うローブで姿を隠した男が現れた。突然現れたことに驚いたが、今はそれどころじゃない。男のことは無視して、メアリーちゃんの治療だ。
「人間風情が!私を無視するとはいい度胸だな!」
男が何か言っているが面倒だ!
「うるさい!黙ってろ!!」
殺気全開で全ての者を黙らせる。笑っていた盗賊達や現れた男だけでなく、リリーやエリーゼ、固まってしまった。おびえていた女性にいたっては、失神している。リリーが治療の手を止めさせてしまったのは失敗だが、今ならまだ間に合う。
「我が魔力の結晶よ、彼の者は冥府の旅人にあらず、死の淵より呼び戻し、彼の者に再び光を、リヴァイブ!!」
治癒の最上位魔法をよりイメージしやすくするために、別のゲーム上にあった詠唱を唱える。この際、厨二病だと言われようが関係ない。
魔法が発動してメアリーちゃんの傷が治っていくのか、呼吸が落ち着きはじめた。
リリーが容体を確認する。
「ヨシアキ、もう大丈夫だわ」
リリーに言われて治療をやめる。メアリーちゃんを自分でも確認するが、すやすやと眠っている。これならもう大丈夫そうだな。後のことはリリーに任せ盗賊達の方に専念する。
「人間風情とかなんか言っていたが、おまえはいったい何様だ?」
黙らせていた連中を現実に呼び戻すためにも声をかける。メアリーちゃんが助かったので少しは頭が冷めているが、こいつらの末路を変えるつもりはない。
「ックックック。さきほどのは驚きましたが、改めて名乗らせていただこう。私の名はゾゾル。魔王軍、知将のリデル様が率いる部隊に所属する魔人だ!!」
男はそう言うとローブを投げ捨てて正体を現す。どや顔をしているが、ゾゾルなんて魔人聞いたことがない。ゲーム上で全ての魔人が出るわけではないから知らなくても不思議ではない。男の姿はトカゲ男?と言えばいいのか、爬虫類の類であることはわかった。
「リデルの部下か。命令を聞いていないのか?」
リデルは俺達には手を出さないと言っていたが、今回の場合は俺達が手を出したから例外か?
「あなたがヨシアキという男なのでしょう?リデル様からご命令されていますが、私は元帥様よりあなたを始末するように特命を頂いております。では、あなたの命を頂きます!」
元帥って誰だ?そんな敵キャラはいなかったはずだ。ゲームでも歴代の勇者の名前が変わるし、エリーゼに教えてもらったこともそうだが、パラレルワールドの世界に来たとしてもおかしくはないな。
「おまえみたいなザコは、俺にキズ1つ付けることもできねーよ」
「人間が!吠えるのも大概にしろ!!私の能力を見たら、そんな戯言を二度と言えないようにしてやる」
そう言うと、魔人は突然姿を消した。
「ハイドか……姿を消すだけのチンケな能力だな」
諜報部に打って付けな魔法であるが、そんなことじゃ、俺には何の意味もない。
「残念だが、これは魔法ではなく、私の能力だ。変色といい、背景と同化することで姿が見えなくなるのだ。魔法ではないから、この状態でも魔法を使うことができる。どこから襲ってくるかわからない恐怖を味わうがいい。ふはははははーー」
要するに、あの魔人はカメレオンと同じということか。姿を消すだけの能力とは哀れだな。俺なら感知魔法で見つけることができる。それ以外にも対処法がある。安定の無差別な魔法ぶっぱ。攻撃範囲の広い魔法で手当たり次第にぶっ放せば、そのうち当たる。まあ、あまりオススメしないがな。それよりも、この状況を利用しない手はない。
「フォース・フィールド!!」
リリー達も入る防御魔法を展開する。
「防御魔法で、私の攻撃を防ぐおつもりですか?ならば、じわじわと防御の上からいたぶり続けてあげましょう」
姿を消した方向以外から声が聞こえる。すでに移動したか。
「防御魔法ってどういう効果か知ってるか?」
防御魔法は文字のごとく相手の攻撃を防御する魔法だ。攻撃というのは攻撃魔法も当然のことだが、斬撃や打撃、つまり相手の物理攻撃も防ぐ。体当たりも物理攻撃になる。それを防げるということは敵の侵入を防ぐということだ。
「防御魔法には、こういう使い方もあるんだよ!!」
そう宣言して、防御領域を広げる。盗賊達は次々と半透明な膜に衝突して、壁に押しつぶされる。邪魔ものも一掃できるのでやったが、これ以上広げて盗賊達を埋め込み過ぎて、壁が崩れるとまずいから、魔法を解く。
盗賊達は壁に埋め込まれてのびているが、ランドルフは盗賊の頭を名乗るだけあって、そいつだけは意識が残っている。魔人の方は能力が切れたのか、姿が見える状態で、壁に埋まっていた。
「っく!!そんなでたらめな方法で私をあぶりだすとは……」
「あんたの能力なんて、こんな閉ざされた空間では、何の意味もない」
俺が思うにステルスが意味を成すのは、相手に存在を知られていないこと、もしくは開けた場所で索敵が困難な場合だ。後者は俺には意味がないが、どちらも満たしていないこの状態ではそんな能力はないに等しい。
「私の能力が無駄だと!?それがどうした!能力が効かないだけで私に勝てると思うな!!」
そういうと、魔人は大量の魔弾を放ってきた。
バカか!?そんなにぶっ放せば崩れるぞ!頭に血が上り過ぎてそんなことすら考えられなくなったか!!
「フォース・フィールド!!」
飛ばしてきた魔弾を防御魔法で覆い消し去る。魔弾の方に意識が向いて魔人の方がおろそかになった。それをチャンスと思ったのか、無謀な策略だったのか、鋭い爪で襲いかかってきた。スピードは魔物や騎士隊長の時より早いが余裕でかわせる。
「それだけは、あんたの方だろ。姿を消すだけが取り柄な魔人だろ?あんたの攻撃はトロ過ぎて、あくびが出る」
魔人の攻撃をかわし、背後からそう言い放つ。
「目障りだ!あの世で後悔してろ!!」
剣で魔人の五体を分離させる。頭や心臓などを斬り裂いても、少しの間は生きるようなやつがいるかもしれないが、五体バラバラにすれば問題ないだろう。
「げ、元帥様。もうしわけ……」
確認すると魔人の目に光がなくなったので、警戒はするが盗賊の頭の方へ歩く。
「へへっ、俺を殺すのか……やるならさっさとしやがれ。一思いにその剣で俺の首を切り落とせ」
力なくそう言ってきたが、そんなぬるいことで終わらせるつもりはない。
「バカか?そんなもんで済むと思うな」
たしかに、こいつの顔を間近で見ると殺したいと思うが、それではこの屑と同レベルに成り下がると思い、なんとか踏みとどまるがこれくらいはしないと気が済まない。
「がはっ!!」
防御魔法をランドルフにかけて腹を殴りつける。
「てめえは、牢獄の中で生き地獄にでもあっていろ!!」
ランドルフは死んではいないが、気を失った。念のために軽く治癒魔法をかけておく。自分でかけた防御魔法で手が痛いが、気にする程度ではない。壁に埋まっている盗賊達を今までと同じように張り付けにしておく。2日以内に騎士の連中が来るから、それまでは生き続けれるはずだ。
「急いで来ましたが、どうやら遅かったようですね」
聞いたことがある声が聞こえたので、そちらの方を見るとリデルがいた。




