第七話 奇妙な関係
「ずいぶんと物々しいな……」
ガーチスが集めた護衛の数は、いつの間にか二桁にもなっていた。しかも、その全員が見るからに腕に覚えがありそうな強者ばかり。屈強な男たちが獲物をちらつかせながらずらっと並ぶその様子は、どこぞの傭兵団のようだ。キャラバン一つを守るために集められた戦力としては、異様なほどに強力にみえる。
「なあ、ここからエ二スタンまでの道ってそんなに治安が悪いのか?」
俺は隣に立っている男にそっと耳打ちしてみた。すると、男はさあとばかりに首をかしげる。
「むしろ治安はいいはずだぞ。なにしろ、正府の軍隊がよく巡回してるからな。魔物も盗賊もほとんどいやしねえよ」
「じゃあ、なんでこんなに護衛を集めてるんだろう?」
「さあな。よっぽど価値のある奴隷でも居るんじゃないのか。俺にはわかんねーよ」
男はそういうと、俺たち護衛用に用意された馬車の中へと乗り込んでいった。俺もまたその後につづき、馬車へと乗り込む。
「よし、全員乗ったな。マリネさん、俺たちの方は準備完了でさあ!」
「わかった、ほんなら出発しよか」
馬が嘶き、車輪がゆっくりと回り始めた。ガラガラと音を立てながら俺たちを乗せた馬車が進み始める。馬車は次第にスピードに乗り、立ち並ぶ家々や聳える白亜の城が徐々に小さくなっていく。俺は馬車から身を乗り出してそれを感慨深げに見送った。
出発から三時間ほどが過ぎた。いま、馬車は草原を抜ける広い街道を走っている。特に何事もなく旅は順調そのもの、この調子ならば今日中にエ二スタンと正府領を隔てるサリエル樹林までたどり着けそうだ。
旅の日程は全五日。一日目で国境に広がるサリエル樹林までたどり着き、二日目から四日目で森を突破。三日目でカナリアまでたどり着くという旅程になっている。途中で魔物や山賊の襲撃を受けることを考えて一週間分の水や食料などを準備しているそうだが、それは杞憂に終わりそうだった。エ二スタンへと続く街道は平和そのもので、時折すれ違う旅人達からも不穏な噂は聞こえてこない。
「暇だな……」
平和なのは結構だが、そうなると暇なのは俺たち護衛だ。十人の男たちはそれぞれ、武器を整備したりあるいは昼寝をしたりしながら暇をつぶしている。俺は草原を抜ける心地よい風に吹かれて、うつらうつらとしていた。すると、隣の男がすこし物珍しそうな顔をしてこちらを見てくる。
「そういやお前さん、このあたりじゃあまり見かけない系統の顔だが……もしかして逃げてきた口かい?」
「逃げてきた? 何から?」
「戦争に決まってるだろう? まさか三年前の大戦をしらねーのか?」
俺は首を横に振った。男は呆れたような顔をして、大きく息をついた。
「さてはお前さん、相当な田舎者だな? いいぜ、暇だし教えてやるよ。五年前に、正府が魔法禁止令を発令したことはさすがに知ってるよな?」
「ああ、もちろん」
「それに一つの大国が反発したんだ。その名をマグノリア、魔法王国なんて呼ばれてた国さ」
そんな国があったのか……知らなかった。シータは何も言わなかったし、図書館の歴史関係の本にも一切載っていなかったのだ。勇者に知られると不都合な過去、もしくは歴史から抹消しようとしている過去なのかもしれない。俺はごくりと唾を飲むと、話に聞き入る。
「マグノリアは二年かけて正府相手に戦う準備を進めた。そして、三年前に宣戦布告をしたんだよ。だが、たった一月も持たずに大陸屈指の大国だったマグノリアは滅んじまった。これがさっき言った戦争、一月戦争さ」
「一か月で国が滅びたのか?」
「おう、たった一か月さ。どんなえげつない手を使ったのかは知らねえが、一か月で国は崩壊しちまったよ。王族や貴族、さらには高級官僚まで国の中枢にいた奴はみんな処刑されるか奴隷にされちまった。たった一人、神童とか呼ばれてた宮廷魔導師が上手く逃げおおせたって話は聞いたけどな」
「マジかよ……」
まったく、碌でもない話だ。俺は城を逃げて良かったと心底思う。あのままだと一体何をされてたことか――琴乃のことが少し心配になったが、まああいつなら大丈夫だろう。主人公補正とかリアルに持ってる奴だし。
その後、俺と男――ハシンと名乗った――はしばらく取りとめのない話をしていた。そうしていると馬車が止まり、御者台で馬を操っていたガーチスがこちらを振り向く。
「今日はここで野営だ。お前らも準備を手伝え」
いつの間にか日はどっぷりと暮れ、馬車は黒々とした森の手前まで来ていた。俺たちは「おう!」と返事をすると、馬車の外に降りて食事やテントの準備を開始する。みな旅慣れているのか準備は滞りなく進んだ。屈強な男たちの手によって、あっという間にテントの設営や夕食の準備が完了してしまう。その手際の良さに、俺はちょっと水運びを手伝えただけだった。
「いただきます!」
夕食のメニューは野菜たっぷりのスープに干し肉のステーキ、そしてパンだ。それを男たちは皿に山盛りにしながら、ガツガツ食べていく。薄味だが割とおいしい料理で、俺も何回かお代わりした。素材の味が生きている、というやつだろうか。
「お、結構旨そうやな。うちもいただこうか」
そうして俺たちが食事をしていると、マリネもそれに加わった。彼女は俺たち以上に食事を山盛りにすると、それを旨い旨いと言いながらパクパク食べていく。小柄な体の一体どこにそれだけ詰め込めるのだろうか……視線が思わず胸元のメロンに行ったが、気にしない。
だが、彼女は山盛りの料理を半分ほど残したところで席を立った。皿を手にしたまま、彼女は馬車へと入っていく。彼女がさきほどまで乗っていた馬車ではなく、少し離れたところに止められた奴隷用の馬車にだ。何となくその行動が気になった俺は、こっそりと馬車の近くへと移動する。すると――。
「今晩のお食事です」
「……いらない」
「そんなこと言わんで下さい、もう二日も何も口にしておられないやないですか」
「いらないものはいらない」
「……わかりました。皿は置いていきますので、食べたくなったら食べてください」
マリネがしょんぼりとしたような顔で馬車を降りてきた。こりゃ、何か厄介な事情がありそうだな――琴乃との付き合いで鍛え上げられた俺の第六感が、早くも厄介事の到来を告げていた。
旅の日程について変更しました。
3日→5日です