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第六話 奴隷商

 月が中天に差しかかる頃。俺は部屋の扉を細く開けると、隙間から廊下を覗いた。赤絨毯の敷き詰められた廊下に人の気配はなく、蝋燭の明かりがポツリポツリと灯っているだけだ。俺たちの部屋を監視する人間など、驚いたことに一人もいない。長い石造りの廊下の端から端まで全てガランドウだ。


「逃げない自信があるのか、それとも傲慢か。ま、どっちもだろうな」


 俺は地図と金と最低限の着替えが入った袋を肩に背負うと、廊下へ一歩踏み出した。赤絨毯が柔らかい感触で足を包む。おかげで静寂に包まれた真夜中だったが、足音は全く聞こえなかった。俺は思わず笑みをこぼすと、琴乃の部屋に『俺は旅に出る、お前も元気に暮らせよ。もし帰れることになったら俺もつれてけ』とだけ書いた手紙を投げ込み、そのまま廊下を走り抜けた。琴乃とは長い付き合いだ、挨拶などこれぐらいで十分だろう。……何故かまた会うような気がするしな。

 ひっそりとした廊下を抜けて階段を下り、またたく間に俺は壁に穴をあけたポイントへとたどり着いた。城の端にある、見張りの衛兵ですら滅多に近づかないようなさびしい一角。その端に詰まれたガラクタの中に巧妙に穴は隠してある。

 穴を隠すために詰んだ樽や木材をどかすと、俺は穴の中へと入った。そして誰もいないことを確認すると、また穴をふさぐようにして物を積んでいく。そして穴が見えないように完璧に覆い隠したところで、俺は穴の向こう側へと抜けた。そうして街の路地裏に出ると、またも近くに置かれていたもので穴を完全にふさいでしまう。これで城からの脱出には無事成功だ。






 翌朝、俺は日の出とともにエ二スタン行きの乗り物が集まる街の東側へと来ていた。だだっ広い石畳の発着場には、馬車をはじめとしてさまざまな動物たちの引く車が集まっている。人や物もまた同様に集まっていて、朝だというのにずいぶんな賑わいだ。


「エ二スタン行き乗合馬車だよ! 1ルンと3000エピーでどうだい!」


「腕に自信のある奴はいないか? 三食付きで護衛料一日8000エピー!」


「こちら快速竜車、エ二スタンまでなんと2日でいけるよ! 運賃はたったの3ルンだ!」


 車の前で声を張り上げているたくさんの人々。こうやって連れ合いや護衛を募集しているのだろう。俺はそんな中でも「護衛募集!」といっている男に近づいて行った。すると、男の方も俺に気がついたのか声をかけてくる。


「よう、兄ちゃん。護衛希望か?」


「ああ、できればな。この馬車はエ二スタン行きかい?」


「そうだぜ、エ二スタンの商業都市カナリアってとこへいく」


「じゃあお願いしようか」


「よしきた、だがちょっとその前に腕を確かめさせてはくれないか?」


 男は馬車に立てかけられていた木刀を手に取ると、俺に向かって構えた。なるほど、こうやって実力を確かめているのか。ギルドカードとかそう言ったものが無い以上、これが一番確実に相手の実力を知る手段だろう。意外と合理的だ。

 俺は拳を構えた。そして地面を蹴飛ばし、男の間合いへと一気に攻め込む。木刀は動かない。男の眼は俺の姿を捉えていないようだ。大したことないな――そのまま俺は拳を男の眼前へと突き出す。

 加速していた感覚が戻ると、男の顔が一瞬にして青ざめた。気が付いたら目の前に拳があったのだ、当然だろう。しかし、彼はすぐに笑顔になると興奮したように言う。


「大したもんだぜ兄ちゃん! 合格だ!」


「ありがと。これからよろしく頼む」


「ああ、よろしくな。俺の名前はガーチス、ともに頑張ろうぜ」


「俺は……アルトだ。こちらこそよろしく頼む」


 アルト、と偽名を名乗った俺はガーチスと堅く握手をした。そして一足先に馬車へと乗り込む。さっさと姿を隠した方がいい。そう考えてのことだ。すると、幌のなかにはすでにたくさんの先客がいた。かなり広い馬車のなかに、十名ほどの人間がなにやら暗い表情で座っている。


「いま護衛として採用されたアルトだ。よろしく頼む」


 返事はなかった。代わりに異様なほど冷えた視線が帰ってくる。なんだこれは、無愛想なんてもんじゃないぞ……。たちまち居心地が悪くなった俺は、貯まらず馬車を出た。そして相変わらず外に立っているガーチスに不満を言う。


「おい、馬車の中の連中はなんなんだ? やけに無愛想だけど」


「あいつらのことか? 奴隷だよ、商品さ」


 げ、この馬車の主は奴隷商人だったのかよ! この世界では奴隷は制度として存在するから違法なわけではないが……いい気はしない。きっと凄い悪徳商人なんだろうな。俺は思わず、頭の中にぶくぶくと肥え太って指に宝石をじゃらじゃらつけた、悪趣味極まりない商人の姿を思い浮かべた。すごく偏見に満ちあふれてはいるが、まあそんなに間違ってはいないと思う。イメージとしては。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。奴隷商人といってもマリネさんは基本的にいい人だから……ほら、来なさった!」


 俺は正直あまり期待せずに、ガーチスの言った方向を見た。すると――


「人集めは順調? お、もしかしてそこの子は参加希望の人かいな?」


 活動的な茶髪のショートカットに、健康的な小麦色の肌。体格は小柄だがメリハリがしっかりきいていて、特に胸元は男の眼を引くボリューム。そして何より、蒼くすんだ瞳と人懐っこい笑みが特徴的な――美少女としか表現できない人物がそこに立っていた。人はみかけによらないとは昔から言うが……マジかよ!

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