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第三話 記憶

 血の香りが漂う玉座の間。無数の髑髏をあしらった玉座に異形の人型が悠々と腰かけ、眼前に立つ女を見下ろしていた。女もまたその威圧的な視線を真正面から受け止めている。まさに一触即発、一部の隙もないほど空気が張り詰め、緊迫した時が流れている。

 ここで、人型が立ちあがった。細く骨張った腕を高々と掲げると、高らかに口上を述べる。


「ははは、たった一人きりで我に挑むとは。お前はどうして抗う、そこまでして戦う? 誰にも信じられなかったのに、なぜそこまでして世界を守る? われにはわからぬ。破壊、殺戮、混沌。それこそ至高にして究極の存在。我が美学の到達点だ。さあ、その価値をこの手でお前に教えてやろう!」


「私の方こそ、貴様を倒して失った運命を取り戻す!」


「その意気やよし!」


 加速する世界。両者はまたたく間に間合いを詰めた。女は背を低くし、その拳が淡い光を帯びて人型の胸めがけて打ち込まれた。人型はそれを片手で止めるが、反動が予想以上に大きかったのか僅かに反る。


「闘魔の使い手か。聖剣などという錆の塊を振り回してた奴らより、よほど骨がありそうだ」


「ええ、今にその力を思い知らせてやる!」


 続いて、上段蹴りが繰り出された。女の白く長い足が光を帯び、音をも越える速さで振るわれる。人型は身体をひねると、それを左肘で受け止めた。そして入れ違いざまに女の腹めがけて、右手で掌打を放つ。女はとっさにバックステップを刻み直撃は回避したが、掌底から放たれた衝撃波まではかわしきれなかった。

 大気がひしゃげた。絨毯が散り散りになり、強固な黒曜の床に深々と跡を残しながら衝撃が駆け抜ける。女の身体は為すすべもなく飛び、柱へと叩きつけられた。塔の如き太さと高さを持つ柱が揺らぎ、石くれが無数に降り注ぐ。女の身体はそれらに埋もれ、すぐに見えなくなってしまった。


「魔滅砲!」


 人型は掌を前に突き出し、三角形を形作った。赤黒い光がその中心に収束し、天を裂くが如き光条が放たれる。その光が唸りを上げて瓦礫の山に到達する寸前。瓦礫が弾けて、中から女が飛び出した。彼女は天上スレスレまで飛びあがると、光をどうにか回避する。光はさきほど女がいた瓦礫の山を直撃し、それを周囲の壁や柱ごと跡形もなく消し飛ばした。


「念光弾!」


 女は掌に光の弾を形作ると、人型めがけて投げつけた。上空から弧を描いて飛んでくる弾を、人型は腕で払いのけようとする。するとその瞬間――弾が曲がった。直角に曲がった弾は人型の耳のあたりにぶつかると、青白い爆発を起こす。

 ドンと大気が揺れた。人型に僅かだが隙ができる。その間に女は人型の間合いへ入り込み、その腹へ強かな一撃を放った。女の倍はあろうかという人型の身体が軽々と浮き上がり、床の上を滑るように飛ぶ。そうして数十メートル。人型は柱にたたきつけられる寸前で、どうにか踏みとどまった。


「われに一撃喰らわせるとは。やるではないか、小娘よ。ははは、よし気に入ったぞ! その身体と強さ、我がもらいうけてやろう」


「なに!」


 人型の身体から黒い瘴気が噴出した。瘴気は数十にも裂け、女の体めがけて飛ぶ。彼女はどうにかそれを逃れようとしたが、瘴気の動きは速く取り込まれてしまった。茨のような形を取った瘴気は、女の身体を容赦なく縛りあげる。


「ウグッ、グアアァ!」


「心配せずともよい。久々の良い肉体だ、大切にしてやる」


 やがて女の身体が青白い光を帯びた。人型の身体もまた、同様の光を帯びる。光は茨を通って、交錯。そしてその入れかわったが互いの身体に達すると同時に、玉座の間を白い光が包んだ。茨は光の中で散り散りとなり、人型も女も床に倒れ伏す。


「ほう、わしの魂を受けてもなお人のカタチを保ったか。これは面白い……」


 先に起き上った女は、今だ意識を取り戻さない人型を見下ろした。その眼は何か狂気的な闇を帯びている。


「ひと思いに滅ぼしてやろうと思っていたが、少し遊んでみるのも良いかもしれぬな」


 女は人型に近づいて行くと、その顔を持ち上げた。そしてその光りなき眼を紅に輝く瞳で見つめながら、告げる。


「汝は魔王、世界を滅ぼすもの。それ以外の何者でもない――」







 明らかにヤバいもん見ちまった……! 英雄の記憶を見終わった俺の感想は、それに尽きた。どう考えても『失われた魔王誕生の秘密』とか、そんな類の危険な情報だぞこれ。厄介事という観点でいけば、無名の英雄の方が数段マシだったかもしれない。

 そうして俺が混乱して固まっていると、シータたちが近づいてきた。なんと言ったものか。俺は上手い言い訳を考えるために頭をフル回転させる。こんな記憶を見たなど、素直に言えるはずが無い。


「加護はきちんと受けられましたか? 顔色が悪いですけど……」


「あ、うん。問題なく受けられたぞ」


「それは良かったです! もしかして失敗したのかと思いました」


「よしよし。で、どんな英雄の加護だ?」


 琴乃、お前は一言多いぞ。


「ええと、デカイ竜を倒してた記憶があった。竜殺しとか、そのあたりかな」


「竜殺しですか! さすがです、勇者様。それならきっとかなり有名な英雄ですね」


 眼を輝かせるシータ。どうやら上手く誤魔化せたようだ。俺はまだ若干疑わしげな眼でこっちを見てくる琴乃を一瞥すると、シータにばれないように人差し指を口に当てて見せる。とりあえず静かにしてろ、のポーズだ。


「では儀式も終わりましたし、今日のところはこの辺にしておきましょう。明日から訓練などを始めますので、それまでゆっくりと加護に身体を馴らしてください」


 そういうと俺と琴乃はメイドたちに連れられ、それぞれの部屋へと帰って行った。そうして部屋に着いた俺は扉をいったん閉じ、メイドの足音が遠ざかったことを確認すると、恐る恐る廊下へ顔を出す。そして誰もいない隙を見計らって、隣の部屋へとそそくさと移動した。


「なんだ、夜這いにはまだ早いぞ?」


 部屋に入ったばかりだというのに、妙に服が乱れている琴乃が言った。俺はそのはだけた胸元から顔をそらす。また一回り、大きくなっているようだった。このままだと…………本当に夜這する日も近いかもしれない。今でも、本気で誘われれば速攻で某大泥棒よろしくダイブするが。


「誰がお前に。単にすぐ話したいことがあってきただけだ」


「それはよかった。ちょうど、私も聞きたいことがある」


 俺はベッドに腰掛けると、同じくベッドに腰掛けている琴乃を真正面から見つめた。そして、できるだけ真剣な顔をして言う。


「初めに言っておくと、俺は勇者をやめてこの城を抜け出そうと思った――」


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