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第二話 継承の儀

 翌日、俺たちはシータに連れられて無駄に贅をこらした造りの廊下を歩いていた。これからこの国――いや、この世界の最高権力者たちにお目通りする。俺は若干堅い足取りで絨毯を踏み締めながら、隣を歩く琴乃にそっと耳打ちした。


「琴乃、お前が話すんだぞ。俺は王様とか権力者とか関わりたくないからな」


「な、交渉事ならお前の方が上手いじゃないか」


 一体だれのせいでこんなことになったんだ? 俺はじっと琴乃をにらんだ。すると流石の琴乃も悪いと思ったのか、若干後退した。


「わかった。私が話をしよう。だからその眼はやめてくれ」


 今日のところは許してやろう。俺は睨むのをやめた。琴乃はふっと息をつく。


「で、どんなことを交渉すればいい?」


「報酬について交渉してくれ。タダ働きは嫌だ」


「了解。できるだけもらえるように言ってみよう」


 琴乃は任せろ、と言わんばかりにいい笑顔をした。まったく、幼馴染でなければドキッとしそうなほどだ。こいつに任せておけばまあ大丈夫だろう。そんな気がした俺は、視線を前に戻した。すると、一歩先を歩いていた少女が巨大な扉の前で止まる。


「ここが最高評議室です。使徒の皆さまがお待ちですので、さっそくお入りください」


 扉は鋼鉄だった。堅牢にして威圧的なそれは、何か猛獣でも封じ込めているかのようだ。俺は使徒などと名乗る連中に嫌な気配を感じながらも、琴乃と共にゆっくりと扉を開く。扉はその重量を忘れて、驚くほど滑らかに開いて行った。

 

「これは……!」


「おいおい……どうなってるんだ?」


 部屋の中は完全な闇に閉ざされていた。豪奢な玉座も、シャンデリアも、衛兵たちも存在しない。あるのはただ冷え切った石の床と深い闇だけだ。どこぞの刑務所の独房の方が、まだ物があるのではないだろうか。それくらいなにもないように見える部屋だ。

 俺たちが部屋の様子に戸惑っていると、不意に扉が閉じられた。まさか、二日目にして牢屋にぶち込まれたのか――額からゾワッと汗が滴る。そしてその汗が乾くまでの間、なにも起きなかった。


「まずいな、俺たち騙された!」


「クッ、いきなりこんなことになるとは! 油断した!」


 扉を二人がかりでこじ開けようとする俺たち。だが、分厚い鉄の扉は蹴ろうがタックルしようがびくともしない。逆に、俺たちの足や肩の方がジンジンして持たない始末だ。俺たちは互いに背中を合わせると、事態を打開すべく頭をひねる。


『落ちつくがよい。そなたらは騙されてなどおらぬ』


「誰だ!?」


『我ら十三使徒。偉大なる賢者の末裔にして人類を導く者なり』


 いつの間にか現れていた黒い墓標のような石。それが淡い翡翠の光を帯びていた。その数は全部で十三、俺たちを取り囲むようにしてある。俺はすぐに、以前古いSF映画で見たモノリスとやらを連想した。


『そなたらが今代の勇者であるか』


「そうです。私、風華琴乃と葉月綾人の二人が勇者です」


 流石の琴乃もこんなお化けみたいな連中相手には緊張するのか、声がやや震えていた。もっとも、付き合いの長い俺がかろうじてわかる程度だが。その声を聞いた使徒たちはざわざわと形容しがたいどよめきを上げる。そしてしばらくして、先ほどと同じ声が響く。


『二人、か。全く予想できなかったことだ。しかしいいだろう、我らとしては役目をこなしてくれれば言うことはない』


「その役目についてなのですが。一つ条件があります」


『条件? 言ってみるがよい』


「今回の魔王討伐に当たって、報酬を頂きたいと思います」


『報酬か、なるほど求めるのは当然だろう。かの魔王の城には古代魔法文明の莫大な財宝が眠っているという。それを好きなだけ持っていくがよかろう』


「わかりまし――」


「ちょっと待ってくれ」


 俺は思わず、了承しようとした琴乃の言葉をさえぎって前に出た。琴乃が眼を見開いて覗きこんでくるが、俺はそれを逆に睨み返す。こんな条件、とても我慢できないのだ。


「それではあなたたちは一切の身銭を切らないではありませんか? 俺たちを呼んだ責任者として、俺はあなたたちから報酬を頂きたい」


『それもそうか。よかろう、勇者よ。魔王討伐の暁には我らからもそなたたちに相応の報酬を支払ってやろうではないか』


「その言葉、忘れないでください」


『使徒の名において、約定はたがえぬと誓おう。では、改めてそなたらに問う。魔王討伐の役目、こなしてくれるか』


 俺はそっと琴乃に目配せをした。宣言をするのならば、俺より琴乃の方が良い。俺はあくまでも巻き込まれたってスタンスを貫きたいからな――すでに厳しくなりつつあるけれども!


「わかりました、引き受けましょう」


『魔王討伐の報、楽しみにしておる。では、継承の儀に臨むがよい』


 翡翠の光が消え、扉が開いた。俺たちは外の明るさに眼を細めつつも、そそくさとこの薄気味悪い部屋を出たのであった。







「継承の儀って具体的には何をやるんだ?」


 俺は眼の前を歩くシータに聞いてみた。するとシータは少し歯切れの悪い口調で答える。


「継承の儀というのは、過去の英雄たちから加護を受ける儀式のことですね。加護を受けることによって、その英雄の技量や力、さらには記憶の一部を継承することができるんです。ただし、これができるのは勇者様だけなので実際にやるのは初めてですけれども」


「へえ、それは頼もしいな」


「はい、勇者様が我々の切り札とされている理由の一つにこの継承の儀があるんですよ」


「なるほど」


 そうしてシータと話しながら歩いていると、俺たちの視界が急に開けた。廊下が途切れて外へと通じている。その先には巨大な岩がたたずんでいた。黒光りする岩には複雑な魔法陣が刻まれていて、その下には小さな泉がある。円い泉は膝まであるかないかという浅さながらも澄みきっていて、その表面は鏡のようだった。


「あの泉に入って、岩に刻まれている魔法陣に手を触れれば儀式が始まります。魔法陣にずっと触っているだけで大丈夫です」


「では、私から行こうか」


「よし頼む」


 琴乃はゆっくりと泉に入ると、岩に手を触れた。瞬間、岩の魔法陣が蒼い光を帯び、池が白光に染まる。眩いばかりの光が琴乃の身体を包み込み、スッとさわやかな風が駆けた。俺もシータも、思わず目を見張ると琴乃の様子を見つめる。

 そうしてしばらくすると、光が収まった。琴乃がゆっくりとこちらへ帰ってくる。その姿は以前よりもさらに威風堂々としていて、輝きが増したようだった。ただでさえ凛と美しい琴乃の横顔に、磨き抜かれた刃のような光までもが加わっている。


「どうやら私に加護をくれた英雄は初代勇者のようだな。魔王を斬りつけている記憶が流れてきた」


「すごい! 一番の当たりじゃないですか!!」


「うわ、すげえ」


 さすが琴乃。こんなところまでチートなのか。勇者の加護とか、マジで強いんだろうな……。チッ、正直ちょっと羨ましいぞ!

 ……琴乃がハードルを盛大に上げてくれたせいで、俺はちょっと緊張しながら泉に足を踏み入れた。これでもし、無名の英雄とかだったらマジで泣くな。若干震える手を、俺は力一杯岩に押し付ける。すると琴乃の時とは違う紅い光が溢れて、俺の意識は闇に呑まれていった――。


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