プロローグ
「また告白されたんだって?」
「ああ、サッカー部のエースとか言う奴のことか? もちろん振った」
「またかよ。今月5回目じゃないか」
俺は呆れてため息をつくと、隣を歩く琴乃の顔を見た。黄昏に紅く染まるその顔は、今月五人を振ったという言葉が嘘ではないと雄弁に語っている。アーモンド形の瞳は凛とした光を帯びていて、肌は処女雪を思わせる純白。鼻筋は高く通っていて、唇はふっくらと紅い。これで剣か刀を腰に帯びていれば、まさに男の理想とするサムライ・ガールそのものだろう。実際に、琴乃は剣術の達人だが。
そんな琴乃は俺の方を向くと、僅かに眉を吊り上げた。そして胸に手を当てると、その人の五倍ぐらいはありそうな膨らみを強調して見せる。
「仕方ないだろう。あいつら、私の顔とここしか見てないんだ。そんな奴らに興味ない」
「……そういうものか?」
「そういうものだ。恋愛というものはだな、外見に惑わされずに心と心でするものなんだ。そりゃ、見た目が良ければ良いに越したことはないんだが……」
夕陽で紅くなっているのか、興奮で紅くなっているのか。とにかく顔を紅くしながら琴乃は長広舌をふるう。よっぽど俺に何かを訴えたいのか、その言葉は火傷しそうなほど熱を帯びていた。
だが、俺は思う。それはモテル側の理屈だと、強者の理屈だと。モテない弱者の側からしてみれば……たとえ外見目当てでも告白されてえ!! 彼女いない歴=年齢をそろそろ卒業してえ!!
……俺、葉月 綾人はモテない。壮絶にモテない。この世に生まれてかれこれ17年になるが、彼女というものが出来たことは一度もない。それは俺自身が全てにおいて中の上程度という、箸にも棒にもかからない平凡なスペックであることが原因だろう。が、それ以上に――。
「な、なんだ!? いきなり人を睨んで」
「ふと殺意が芽生えて」
「そんなものいきなり芽生えさせるな!」
「だってな――」
そう、俺がモテない原因の半分くらいはこいつのせいだ。何故かこいつが常にくっついてくるせいで、男子からは殺意を向けられるし女子は萎縮して近づいても来ない。前に告白した子曰く「え、綾人くんって琴乃さんと付き合ってるんじゃないの?」だそうだ。これじゃ彼女なんて作れやしない……。
別に琴乃が嫌いなわけではない。ただ俺と琴乃の関係は古い幼馴染、それだけ。家が近所なので毎日一緒に帰ったり、気が向いたら弁当を作ってきてくれたりもするが、決して彼氏彼女の関係ではない。時折、琴乃が妙に思わせぶりなことを言ったりするが、あれは俺をからかっているんだろう。昔からいたずら大好きな奴だ。俺が調子に乗ると「はは、本気にしたか?」とか言うに違いない。
「おい、綾人……」
俺が過去の厄介事に思いをはせていると、琴乃の足が不意に止まった。その指差す方向を見てみると、何やらおかしなものが浮いている。マイクロブラックホール……とでもいうのだろうか。空間の底が抜けたような黒い丸が、ぽつねんと宙に浮いている。
「やば、逃げるぞ!」
「お、おい!」
琴乃の手を捕まえると、一目散に黒丸と反対方向へ駆ける。あれはやばい――琴乃との付き合いの中で磨きに磨かれた俺の第六感が叫んでいる。
「うわッ!」
琴乃の身体がいきなり宙に浮いた。そしてそのまま、一気に黒丸の方へと吸い込まれていく。自動車か何かに引っ張られているような、圧倒的な力でだ。
「なんつー吸引力!」
「は、離さないでくれよ!」
「もちろん…………離す!」
しょうがない。人間誰だって自分の命が大切なのだ。それに琴乃が居なくなると正直――厄介事がなくなって助かる!
「この薄情者!」
「大丈夫、琴乃ならどこでも生きていけるさ」
「ふん、お前がそのつもりなら……一緒に来い!」
俺が手を離した瞬間、琴乃は最後の力を振り絞って俺の制服を捕まえた。バランスを崩した俺は、そのまま琴乃ともつれ合うようにして黒丸へと吸い込まれる。
終わった。俺の日常はどうやら完璧に終わってしまったようだ。