伍妖 牛鬼。
この世には、妖怪というものが存在する。
妖怪交渉人というものも存在する。
以上。詳しいことが知りたいなら第一話を読んでね。
「おーい、ごめんってば」
「許しません!絶対にです!」
前回(※肆妖参照)、ろくろ首である凛をすっかり忘れ去りそのままぐっすりと眠ってしまった僕であった。そして現在、妖封札を剥がされた凜は、この家に来て初めて怒り狂っていたのだった(部屋の隅でじっと座ってこちらを見ている)。
「全く!全く全く全く!綾香さんは!」
「だからごめんってば」
ていうかお前、初登場の時とキャラ違うんですけど……。もっとオトナっぽくなかったっけ?
「綾香さんの趣味がこっちっぽいから変えたんですー!」
「お前は僕をどう思ってるんだ!?」
「だってあの座敷童の、すずめ?にはもっとちゃんと接してたじゃないですかー!楽しそうだったしー!ロリコンなんでしょー!?」
「違うわ!断じてロリコンじゃねえよ!大体、すずめは九重さんにとり憑いてる座敷童で僕には直接関係ない!」
「絶対嘘だもんー!」
やだやだー、とじたばたする凛。お前のどこが凛だよ。改名してしまえ。
「じゃー、アレです!誰にも話してない話をしてください!私だけに!」
「それはムリだ」
「なんでですかー!やっぱり私のことなんか……」
「九重さんは、俺の全てを知ってるからだ」
九重さんは、僕の全てを知っている。
そう、それこそ本当に何でも、知っている。
「……じゃあ、周防さん以外の人とか妖怪に話してないことでいいです」
「そんな話あるかな……」
必死に頭の中を探る。今まで暇つぶしに凛には結構な妖怪たちの話をしてしまったので、もうあまり話せるようなことなどないのだが……。学校も行ってないし。
うーん。
妖怪かー。
…………あ。
「凛ー」
「……なんですか」
「僕が、妖怪を殺さない、倒さない、服従させないワケがわかるか?」
「そういえば、これまで話してくれたなかでそんなものはありませんでしたねー」
うんうん、とうなずきながら凜は言った。
「でも、この間の猫又なんかはちょっとかわいそうでしたよ?」
「人や妖怪を殺す妖怪は流石にちょっとは苦労してもらわないとな」
今頃あの猫又(※参妖参照)はなにをしているのだろう。一人―――いや、一匹でひっそりと暮らしているだろうか。
「でも、確かにそうですね、なんでですか?」
「昔の話だ。九重さんに出会う前だな」
昔の話。
まだ、僕が妖怪を短絡、単純に悪しきモノだと認識していたころ。
僕は、あのときの事を思い出しながら、凛に話を聞かせる。
そう、あれと出『遭』ったのは夏の話だった。
「暑いな……ていうか熱いな、ははっ。冗談じゃないぞ……」
僕は、無駄にでかいバックパックを持って、日本中を旅していた。一年間かけて日本中をできるだけ歩いていた。それも半年過ぎたころ、山の中で僕はただひたすら歩いていた。と、いうか。
「……見事に、遭難したな……」
遭難していた。
富士の樹海でもないのに、進行方向が一切わからない。かれこれ三日は歩いている。方位磁針はとっくに無くしてしまった。入り口で手に入れた地図も消えた。食料もあと少しという、ギリギリまで追い詰められた状況である。
「まずいな……この分だと、食料はあと今日をあわせても二日分しかないし……」
と、いうことはあと一週間もすればこの樹海の木々の栄養になってしまうということだ。
アカン。流石にまだ死にたくない。ていうか旅の途中!
「……腹、減ったな」
ぎゅるるる~と鳴った腹をさする。そりゃ食料をケチって歩いてるから仕方ないが。
「仕方ない、食事にするか」
ちなみに食事は全てカンヅメである。そろそろ○ックが恋しい。
カンヅメを開け、スプーンを持ったところで近くの茂みでガサッという音がした。
ウサギかなにかが、カンヅメの匂いに釣られてきたかと思った。熊だとか、まあ、それはそれであるが(思考放棄)。
しかし、それは僕の予想の範疇をはるか上回り、ボロボロの服を着た女性であった。
「え」
「あの……」
無駄にエロくなった感じの……じゃない、過度に疲れたようなその女性は、か細い声で僕に話しかけてきた。
「な、なんでしょう?」
「申し訳ありませんが……、すこし、食料をわけてはもらえないでしょうか……?」
「あ、え?い、いいですよ?」
そう言って僕は、手に持っていたカンヅメとスプーンを手渡した。
彼女はそれを弱弱しく手にとると、ゆっくりと食べ始めた。僕は僕で、新しいカンヅメを開けて食事をした。
「あ、そういえば……って、あれ?」
何処から来たのか、どうしてこんなところにいるのか、なんてコトを聞こうとしたら、すでにその女性はカンヅメとスプーンと共に居なくなっていた。
魍魎にでも出遭ってしまったかとすこし驚いたが、なんにせよそんなことを考える暇はなかった。早くでないと彼女のようになってしまうかもしれない(いや、魍魎の類かどうかの確信はないけど)。
「お?おおお?」
と、思っていたら、二十分も歩かないうちに外に出た。オイオイ、今までの苦労はなんだったんだよ。
………………。
まあ。
また別の苦労があるみたいだが……。
目の前には海が広がっていた。しかもガケ。ヒューッ、こいつはまずいぜ!
「どうしよう……後ろは森、前は海か……。でも、ガケとはいっても高さは低いしところどころデコボコだな……。この半年間で鍛えたマイボデー(マイボディ)ならなんとかなるやもしれんな」
と、いうわけで。
「ぐおおおお!!!指!指!岩食い込んでる!アカン!こらアカンで!やばい!死ぬ!痛すぎて死ぬ!頑張って力入れすぎて死ぬ!」
ザッパアアアアア ← 結構下でガケが波に打ちつけられている音
「頑張らなくても死ぬ!マズい!ヤバい!バックパック置いてくればよかった!重すぎ!」
まあ、このバックパックには色々入ってるのでそんな選択肢は最初からありえないが。
「俺、このガケきちんと下れたら結婚するんだ……と!」
足を踏み外した……が、なんとか復帰。やっぱ死亡フラグは建てるもんじゃないね。
「よ、し、あと少し……! がっ!?」
足に、ガケから出てきている鋭い岩が刺さった。しかも、グサリと結構奥まで。
痛みで、手を離す。
まあ5mくらいだし大丈夫か。
バシャアアアアアアン
「痛ううううううう!!??」
塩水か!塩水か!痛い痛い!
そしてバックパック重い!水含んでヤバイ!
「…………はは、マジかよ」
バックパックが、外れない。どうやら落ちていくとき紐が身体に巻きついたようだった。
海中に沈み行く僕の身体。力もどんどん抜けていく。
「(……ここで死ぬのか……)」
薄れゆく視界に写ったのは。
鬼だった。
「って、ぎゃあああああああ!?」
思いっきり叫んだ。鬼だと!食われる!食われ……!
「……あれ?地上?砂浜?」
何故か海中に沈んでいったはずの僕は、地上の砂浜に居た。
「お気づきになられました?」
後ろから声が聞こえたので、ふと振り向いた。
「あ、あなた、あの樹海で会った……」
「はい。ありがとうございました」
彼女は深々とお辞儀をした。ううむ、なんと礼儀正しい人だろう(まあ、即感謝を述べなかったことは水に流します)。
「あの、もしかしてあなたが僕を?」
「……ええ。そうです」
何故だか彼女はすこし躊躇いがちにそう言った。なんで?
それどころか、彼女の服が、『濡れていない』。最初に出会った時と同じ服装なのに、だ。
「あの、すこし向こうを向いていてもらえますか?」
「は?はあ」
言われたとおり別方向を向く。なんだ。なにがあるんだ。
しばらくして、断りなく振り向いた。
そこにいたのは、鬼だった。
「うおおおおおおお!?」
【驚かせてすまんな、少年】
「鬼が喋った!?」
鬼、と言っても、なんというか、普通の鬼じゃなかった。
ていうか。
身体が蜘蛛。
いや、モクモクの雲じゃなくて。
でもこれ、どこかで見た事があるような……あ!
「もしかして、牛鬼?」
【ほう、よく知っているな少年】
牛鬼、というのは妖怪の一種で、人を襲い食べるとされる凶悪な妖怪である。って、おい。
「も、もしかして僕を食べるつもりか!?」
【そんなことするか。もしそうだったらもう私は二度もチャンスを逃がしておるではないか。それに、樹海での空腹は本当だ】
確かに。
樹海のときと、僕が気絶しているとき。
二度もあったのに、牛鬼は僕を食べなかった。
「じ、じゃあなんで?」
【なんで、とは?】
「なんで僕を助けたんだ?」
【本当は喰うつもりだった】
「え!?」
【これもまた本当だ。……が】
「?」
【私がバカなのも、本当だ】
「……どゆこと?」
【実はな、あの時、食料などでなく、直接少年を食らうつもりだった】
「え゛」
【案ずるな、もうそんな気はない】
牛鬼は、そう言って笑った。怖い。鬼が笑う顔怖い。
【少年はなんの未練もなく私に食料を分けてくれた。自分が遭難し、食料もあとわずかだったのに、それなのに私に分けてくれた】
「だってそりゃ……困ってる人は助けなきゃ」
【フフ、人、か】
「ああ。だから、もし妖怪だと分かってたら助けなかったかもな」
そうだろうそうだろう、と牛鬼は言った。
【当然だ!妖怪は恐れられて存在できる!どうだ、私のこの姿は?醜いだろう?恐ろしいだろう?】
「ああ、まあ、な」
そりゃだって蜘蛛の身体に鬼の顔だもん。怖いよ。
【フフ、しかし少年は、驚かないな。それでこそ、助けた甲斐があったものだ】
「いや、かなり驚いたよ」
【そうでもないだろ?逃げ出さないので充分だ】
「そうか―――……ちょっと待て。牛鬼、お前、身体が消えて!」
【ああ。牛鬼の掟にこんなものがある。《人を助けたら身代わりに死ね》とな】
「はぁ!?」
驚愕した。
人間を助け、妖怪である自分は死ぬというのだ。
僕なんかの身代わりとなって。
「お、おい!お前、それを知ってたんだろ!?じゃあなんで!?」
【……妖怪は、恐れられなければ存在できない】
牛鬼は、再びそう言った。
なんの未練もなさそうに。
【しかし、それで人間を脅かす事など、決してしてはいけない】
牛鬼の身体は、どんどん消え行く。
【だからこそ。妖怪を怖がらない人間が、必要なのだ】
牛鬼は、たんたんと続ける。
【人を、妖怪を傷つけぬよう、両者の諍いを、暴力などではない、もっと別の方法で、止める誰かが必要なのだ】
波の音が、大きく感じる。
【だから、少年。絶対とは言わぬ。助けたのは私の感謝の気持ちだ。強制などせぬ。しかし少年】
牛鬼の身体も、半分ほど消えてしまった。
【もし、私の願いが少年の心を動かしたのなら、人と妖怪の橋渡し役に―――《妖怪交渉人》になってはくれないだろうか?】
「妖怪……交渉人」
何故だろうか、何故だろうか。
その言葉は、僕にとって重要な意味を持つ気がした。
【…………】
「牛鬼!」
【なんだ、少年】
「そんな約束するんだったら!僕の名前をきちんと覚えて逝きやがれ!」
【……聞こう。少年、そなたの名、永久に、永久に、永久に我が魂に刻もうぞ!!!】
「僕は、僕の名は―――――!」
海は、荒れていた。
さっきまでの穏やかな顔など、豹変して荒れていた。
僕はただ。
僕は、ただ。
牛鬼の事を思い出していた。
「……と、いうわけだ。」
これで僕の昔話はおしまい。本当に、昔の話だ。
「うっ、ぐすっ、そんな、そんなことが……!」
「うおおい!?泣く話じゃねえよ!?」
凛は号泣していた。いや、ホント泣く話じゃねえから。
「ぐすっ、妖怪にも、いい妖怪はいるんですね……」
「……ああ。あの牛鬼のおかげで今の僕が居るんだ」
あれから数年。
僕は、牛鬼。お前の願いを聞き届けられているだろうか?
いつか、また。
あの女の姿で、会いにきてくれよ。
~後日談~
「そういえば綾香さん」
「ん?」
「なんで名前が今と違ってるんです?」
「ああ、まあ、いろいろあってさ」
「苗字だけじゃなくて下の名前まで変わってるなんて……。怪しいですな」
「ま、いろいろあったんだよ」