258列車 フルイ
4月6日。スーツをまとい新大阪に来た。ここに来るのは3月の上旬に新幹線メンテナンス東海の企業説明会を聞きに行く時に新幹線に乗った時以来だと思う。そこまで新大阪に来てないから、とても懐かしい光景にも思えた。
「えーっと・・・。」
僕はスーツの人影の中に見慣れた顔を探した。時間は7時50分台。土曜だから、平日ほど混んではいないが、新幹線を利用するビジネスユーザーがひっきりなしに目の前を通っていく。
「あっ。」
今治の顔が見えた。僕はそっちに歩いて、今治たちと合流した。
「おはよう。」
「あっ。智ちゃんおはよう。」
蓬莱の声。
「おはよう。」
草津の声がする。
「おはよう。」
「あれ。萌ちゃんは。」
「あっ。そのうち来るよ。」
実をいうと萌はおいてきた。だから、ここまで来る間は一人で来ていた。後で何かされそうだけど、それはどうでもいいことだ。
「えっ。おいてきたの。」
蓬莱がすかさずそういう。
「う・・・うん。まぁ・・・。」
「あとで萌ちゃんにくすぐられない。」
「まぁ、試験会場でそう言うことはないと思うけどさぁ・・・。アハハハ・・・。」
目をそらした。試験会場でそう言うことはなくても、後で十分仕返しされるだろうねぇ。覚悟しとこう・・・。
「ああ。それはないと思うけどだなぁ・・・。」
「もう・・・。他人事だと思って。みんな萌に1回でもいいからくすぐられてみればいいのに・・・。結構くすぐったいところ付いてくるからね。」
「それは永島がくすぐられること自体ダメじゃないからか・・・。」
「・・・そ・・・それもあるかも・・・エヘヘへ。」
あたりを見回してみてもまだ長万部と萌の姿はない。まぁ、萌は時間通りにやってくるからいいとして、長万部はどうだろう・・・。ちゃんと時間通りに来るかなぁ・・・。普段が普段だからちょっと怪しいぞ・・・。でも、試験だし、時間通りには来るかぁ・・・。
「おはよう。」
心の中で長万部のことを考えていると登場だ。
「おはよう。新。」
「うん。おはよう。ってまだ一人来てないみたいだけど・・・。」
「ああ。萌ちゃんだよ。」
「あっ。萌ちゃんかぁ・・・。えっ。大丈夫なの。」
「大丈夫だって。ここで集合なことぐらい分かってると思うし・・・。」
そう言っていると両脇に誰かが触る感触があった。これってもちろん・・・。
「キャッ・・・。」
「おはよう。萌ちゃん。」
「おはよう。黙っててくれてありがとう。」
えっ。萌に気付いてなかったのは僕だけ・・・。もう、全員口裏合わせてたの・・・。まぁ、いいや・・・。
「もうやめて・・・。」
「じゃあ、ナガシィもあたしを置いてくのやめて。」
「・・・わ・・・分かったから・・・。」
「本当。」
「はいはい。痴話喧嘩だったら自分の部屋でやろうか。人の注目集まってしょうがないでしょ。」
草津が言う。
「でも、智ちゃんと萌ちゃんが言い合ってるところって見てて面白くない。」
「面白くないって・・・。だいたい言い合うっていうか、萌ちゃんが永島の行動を封じて、言い寄ってる感じだけどねぇ・・・。」
「アハハ・・・。」
「ていうか、そろそろ8時10分なんだけど先生にメールするね。」
「うん。」
「ヒャッ・・・。ちょっ。萌・・・。」
「ウフフ・・・。」
今治が先生にメールを打った。脱落者無しっていうメールの内容だろう。それから、携帯電話の電源が切れていることを確認して、新阪急ビルのほうへと歩いていった。
「いや。緊張するなぁ・・・。」
今治が口を開く。
「そうだなぁ・・・。ちょっと帰りたい気分かも・・・。」
「じゃあ、帰れば。」
そういう長万部に僕はすかさずそう言った。
「ちょっ。怖いって・・・。」
「智ちゃん、目が怖い・・・。」
「だって、帰ってくれたらその分・・・。ね。」
ちょっと萌に同意を求めた。
「ナガシィ・・・。」
あれ、萌はそんなに乗る気じゃないみたい。でもいいかぁ・・・。
新阪急ビルは新大阪駅とつながってはいるが、自動ドアをはさんでいる。自動ドアの先はとても庶民の入れる空間ではない光景が広がっている。このエレベーターを使って会場の10階まで上がるのだ。
10階には今まであってきた人事の人たちが待ち構えていた。東海の試験は前回企業説明会および社員懇談会を行った場所で筆記試験。その近くにある部屋で面接試験を行うようだ。前回その部屋に入る前に渡されたゲストカードというものが今回の部屋の出入りで必要になってくる。これが鍵の代わりになっているのだ。これを照会機にかざすとドアのロックが解除される仕組みになっている。こういう設備は最近の会社でも見るようになってきたものだろう。でも、まだまだ普及していないっていうのも事実だろう。こういう設備があるのに、ビルを持っているのは阪急なんだねぇ・・・。なんでだろうね・・・。
8時45分。集合時間となった。集合時間置いうよりも開始時間と言ったほうがよかっただろうか。その時から、人事の人による今日の日程が通達された。まず9時から筆記試験を1時間。そのあと少々休憩をはさんで適性検査。昼休憩をはさみ、健康診断および面接試験を行うそうだ。これから最長18時までの長丁場になる。
9時00分。筆記試験開始。問題容姿と答案用紙が配られ、1時間の筆記試験開始となった。内容は漢字の読み書き、数学の計算、時事問題など。ほとんどの就職試験で聞いてくるようなことを聞いてきた。中に解けない問題もあったけど・・・大丈夫だろうか・・・。時事問題の中にはレスリングの選手がもらった賞は何というか。2013年4月現在の総理大臣のフルネーム。ノーベル医学生理学賞を受賞した人物のフルネームなど、有名どころだけが押さえられていた。東海の筆記試験なのに、時事社会のレベルはこれでいいのか、って考えていることが違うか・・・。
10時00分。試験終了。問題答案共に回収して、10分の休憩をはさむ。今度は適性検査。鉄道ならではの適性検査としてはクレペリン検査というものがある。これは今までも結構な回数触れているからそっちを参照だ。他にも色のついたプラスが灰色に塗りつぶされている枠の中にあり、そのプラスの色をこたえる適性試験などクレペリン検査を含め3つぐらいの適性試験が行われた。これが終わると昼休憩となる。お昼は東海が用意したお弁当を食べるという方式。鉄道会社でもこういうことしているのはここだけだろう。お金を持っている会社はお金の使い方が違いすぎる。って、ここで考えていることも違うって。
13時00分。ここから面接試験、健康診断に移った。僕たち笹子生はまだ呼ばれていない。面接・健康診断には相当時間がかかりそうだ。これなら終わるのが18時っていうのは納得がいく。
「はい。それでは今から呼ぶ人は健康診断に行っていただきます。5018番、黒岩さん。」
「はい。」
東海の人事の人は受験番号と名前を呼んでいく。
「5020番、草津さん。草津謙吾さん。」
「はい。」
「5032番、関さん。関典史さん。」
「はい。」
「5008番、永島さん。永島智暉さん。」
「はい。」
(草津と一緒かぁ・・・。)
嫌な予感しかしなかった。でも、あいつは敵・・・。
僕と草津で一緒に呼ばれたのは他3人。グループ面接はこのメンバーで行うのだろうか・・・。いや、今はそんなこと関係ない。僕たちは人事の人たちの誘導によって、筆記試験会場の右隅におかれた椅子に座らされた。ここで中で健康診断を済ましてくる人たちを待つのだ。
「どうでしたか。テストのほうは。」
一人の女性が僕たちに話しかけてきた。ちょっと話しづらそうにしていると、
「難しかったですか。」
と言ってきた。その返答にはうなずいて答える人とは言ってはっきり言う人に別れた。
「アハハ。そうですよねぇ。難しいですよねぇ。大丈夫です。あれ、私たちにも半分ぐらいしか解けませんから。」
と笑って見せた。
(いや、そういうこと言ってる場合じゃ・・・。)
「お弁当は美味しかったですか。」
テストの話が済んだら、今度はお弁当。まぁ、おいしかったね。ここは誘導尋問でも何でもいいから、聞かれたことには素直に答えておきましょう。人事の人がそう言う質問をしてすぐに仲から健康診断一式を済ませて出てきた人がいた。出てくる人と入れ替わりで僕たちが中にはいる。中では眼のことや問診など、普通の健康診断が行われた。今ここでそう言うことを調べているのは名古屋で普段は働いている人たちらしい。
僕たちが健康診断を済ませたのは14時30分ぐらいだった。一番初めに健康診断をやり始めた人はすでに面接試験に入っている。その人たちはすぐに帰ることができる。多分15時ぐらいには帰ることができるのだろうか。面接試験はすぐに始まるわけではないから、また筆記試験会場でしばらくの間待つことになる。
「・・・。」
手を開いてみた。両手は手汗ですごいことになっている。こうならないほうがおかしいかぁ・・・。でも、このままは少々気持ちが悪い。もらったゲストカードが首から下がっているのを確認して、外にあるトイレに行った。
手を結構長い間洗う。その間にふと外を見た。外は発達している爆弾低気圧による雨の粒が見えるようになっている。
(・・・ここで決めなきゃ・・・。僕の行くべき会社はここしかないんだから・・・。)
そう心の中に言い聞かせた。
(内定を待ってる人がいる。そして、何よりも、先生のために・・・。自分の夢と先生の夢を果たすために・・・。)
心の中でつぶやいた。今すべきことは決まっている。後は時間が来るのを待つだけだ。
15時ぐらいに再び呼ばれた。ここから面接試験に移るのかと思ったが、すぐに映るわけではなかった。筆記試験会場の後ろ、トイレに近い方にある椅子に腰かけさせられた。ここで、面接試験の順番を待つ。15分ぐらい待って一緒に呼ばれた人たちが呼ばれ始め、僕はその中でも一番最後になった。
「それでは、ただいまより個人面接となります。面接会場はあちらの1号室でございます。準備ができましたら、ノックして始めてください。なお、面接試験が終了しましたら、こちらのドアロックをゲストカードで解除したうえ、私どもが待っておりますところまでいらしてくださいませ。」
「はい。」
「それでは、頑張ってください。」
そういうとその人はドアロックを解除しろというドアの向こうに消えていった。
胸に左手を当てる。心臓がバクバクしている。
「・・・。」
目をつぶって、空気を吸い込んだ。
「フゥ・・・。」
目を開いて、そのドアを見つめる。
(ここまで来たんだ。後は・・・。)
一歩踏み出す。
(やることをやるだけだ・・・。)
さてさて、誰が切符を手にするのやら。




