256列車 狭き門
3月18日。今僕は阪急電鉄のエントリーシートを書いていた。阪急のエントリーシートは2枚に及んでいる。しかも、1枚は自己PR、志望動機、学校で頑張ったこととか。すべて書かなければならない。とてつもない量だ。今清書まで行っているから、これが終わったら、阪急に出す時に沿える送付状とか言うのを書かなければならない。
「はぁ・・・。」
僕はボールペンを置いて、手を伸ばした。
「相変わらず、声高いなぁ・・・。」
高槻がつぶやいた。
「えっ。そう・・・。」
自分としては本当に自覚はない。いつもこの声だったからなぁ・・・。まぁ、低い声が出ないわけではないのだけれど、それは封印している。僕はその声は嫌いだからだ。いまでも、声は高いけど、これでも声変わりはしているから、声色が減っているというのは否定できない。これでもね。
「ナガシィ。」
呼ぶ声がしたから顔を上げた。
「何。」
「何って。ナガシィこれから学内選考受けるっていうのにのんきにそれ書いてるわけ。大丈夫」。」
「大丈夫なわけないじゃん。でも、練習はしてきたんだし、大丈夫でしょ。」
「そう。」
萌はそういうと鉄道実習室のほうへ歩いていった。木ノ本たちがそっちでエントリーシートとか書いているからなぁ・・・。あれからというもの、僕がエントリーシートを書くスピードは飛躍的に上がった。今迄では考えられないぐらいのスピードで書くことができている。難波さんのOKもほぼすんなり出るようになっている。いまとなってはそれが怖いくらいだ。
「・・・なぁ、永島。木ノ本たちも東海受けるんだよなぁ。」
高槻が聞いてきた。
「分かんない。確か、受けるって言ってたと思ったけど・・・。」
「分かんないって・・・。じゃあ、彼女は。」
「萌は受けるよ。」
「・・・他に彼女どこ受けてるか知ってるのか。」
「ううん。知らない。」
「えっ・・・。彼女の受ける企業も関心ないのかよ。」
「だって、いってこないし。まぁ、多少気になるから後にでも聞いてみようっと。」
「・・・。」
「んっ・・・。なんか変なことでも言った。」
「・・・いや、何も。」
「そう言えば。高槻は東海受けないの。」
「俺は東海受ける気ないし。うけるんだったら、東か西だよ。」
「ふぅん・・・。」
「そういや、東日本の適性検査受けに行かなきゃいけないなぁ・・・。」
「えっ。東日本の適性。」
「お前、知らないのか。東日本の適性。中津か心斎橋に受けに行かなきゃいけないことぐらい知ってるでしょ。」
「今、初めて知った。」
「関心なさすぎだよ。」
「えっ。それで、心斎橋か中津に適性受けに行かなきゃいけないんでしょ。どうしよっかなぁ・・・。ねぇ、高槻。中津か心斎橋だったらどっちが空いてる。」
「さぁ。マイページには心斎橋のほうが空きやすいから予約取りやすいよって書いてあったけどなぁ・・・。」
「ふぅん。じゃあ、心斎橋で受けとこ・・・。って心斎橋のどこ。」
「それぐらい自分で調べろよな。」
「・・・うん。そうする。」
(・・・つくづく腹立つなぁこいつ・・・。)
高槻は心の中でそう思った。僕は高槻がなんか嫌そうな顔してるなぁってことぐらいで、エントリーシートの続きを書きはじめた。このあたりぐらいで阪急を終わらせて、次に移る必要がある。エントリーシートをすべて書き終えたら、送付状だ。送付状を書くためにはいろいろと面倒なことがある。特に面倒なのが送る先がどうなっているかってことだ。JR西日本なら、西日本旅客鉄道株式会社とかってなる。僕は今座っているところから実習室に向かった。そっちではもうすでに阪急電鉄のエントリーシートを提出している人がいる。
「今治。」
ドアを開けて、すぐにそう言った。
「んっ。何。」
「阪急ってもう出してたよねぇ。」
「うん。出してるよ。」
「送付状どうやって書いたか見せて。」
「いいよ。ちょっと待ってて。」
今治はそう言ってから、自分のカバンを探り始めた。そして、すぐに一枚の紙を取り出した。
「ありがとう。」
僕はそれを受け取ると自分のところに戻った。戻りながら、僕は気になったところを見た。そこには「阪急阪神ビジネスアソシエイト」と書いてあった。何とも長ったらしい会社名だ。マンガじゃないんだから、長ければいいってもんじゃないって・・・。でも、まだ、この文字数の漢字じゃないからいいかぁ・・・。
送付状を完成させてから、すべて難波さんの目を通してもらう。それでオーケイをもらった。後は封筒を書いて、出すだけである。その封筒はというと、難波さんがこれぐらいの文字スケールで描けばいいよと言い、下書きを書いてもらった。後はこの上からほぼなぞるだけの状態である。それをすると東海の学内選考まですることがなくなった。
「どうよ。学内選考前の気持ちは。」
「押しつぶされそう・・・。質問してくる人が難波さんだったらまだいいのになぁ・・・。」
なんて本音がこぼれた。
「ハハハ。それでいいのかよ。東海に行ったら難波さんじゃない人事の人が質問してくるんだぜ。」
「分かってるって・・・。」
でも、何を聞かれるのかが不安である。学内選考なんだから、難波さんが出てくる可能性は低いかもしれない。そうなったら練習してないことを聞かれる可能性っていうものがある。本当に大丈夫だろうか。こういうところに躓きたくないっていう気持ちがある。でも、僕は何のためにここに来たんだっけ。相当だけでも、不安は解消される気がしている。
「・・・。」
しばらく気持ちを落ち着けていよう。もう阪急のエントリーシートは郵便局に出した。つまり、今僕がすることは、学内選考までに準備することである。
時間が迫ってきた。学内選考の開始は3時。結果の発表は5時まで。もし、その結果発表までの間に先生から何の連絡もなかったら、学内選考で落ちたということになる。
「そろそろ行く。」
萌が顔を出した。
「・・・分かった。」
立ち上がり、スーツ用のカバンを手に取った。ここから先は自分でどうにかするだけである。志望動機、自己PR。全部覚えた。後は言うことが言えればいいだけである。16日に難波さんに練習してもらった。あれだけでも、今回の足しには少しはなるかもしれない。それを力にするだけだ。
気持ちを胸にしまって、4階に上がる。4階まであがってきたのは僕、長万部、草津、蓬莱、今治、坂口。学内選考を受けるのはこの6人だけではない。栗東、水上もいる。とおされた部屋は411号室。久しぶりに入る部屋だ。部屋の中にはいると水上が足を組んで座っていた。まぁ、水上の場合は下でエントリーシートを書いているような柄じゃないかぁ・・・。そして、もう一人水上と同じく先客がいた。それは他学科の人だった。トラベル・鉄道学科トラベルコースの誰だろう。名前は知らなくてもいいかぁ・・・。
(受けるのは9人なんだね・・・。)
心の中でつぶやいた。でも、この9人っていうのは自分の中で意外だった。エアラインもいるからもうちょっと受けるのかもしれないと思っていたからだった。でも、興味のある人はいなかったのかぁ・・・。それはそれで好都合なのだけれど・・・。
しばらくその部屋の好きな場所で待った。すると、講師が一人部屋の中に入って来た。
「はい。それでは、ただいまより、JR東海学内選考会を実施いたします。」
その人は大柄な人だ。太い声が部屋の中に響いてしーんとする。
「それでは、面接の順番について発表します。面接は集団で行います。3人一組で3グループに分かれて貰います。まずAグループですが、蓬莱美鈴さん、永島智暉さん、長万部新さん。Bグループは栗東優希さん、坂口萌さん、佐久平容保さん。Cグループは草津謙吾さん、今治真太さん、水上能登さんで行います。なお、ただいま名前を呼ばれた順番に面接会場となる409号室に入室ください。それでは、まず蓬莱さん、永島さん、長万部さん。会場までご案内します。」
その声で立ち上がった。荷物は持つ必要がない。少し萌のほうを見てから、
「じゃあ、行ってくるね。」
と声を掛けた。萌は何も言わずにただ微笑むだけだった。それだけでもいいか。部屋を出ると急に緊張しだした。心臓がバクバクなり、それは自分だけじゃなく、他の人にも聞こえているのかというぐらいだった。
「それじゃあ、準備ができたら、中に入ってください。」
ここまで案内した講師の人はそういうと自分たちのいるところから歩いて、すぐ近くの411号室の中に消えていった。
「えっ。二人ともオッケイ。」
蓬莱が聞いてきた。
「よし。いつでも。」
先に長万部が言った。僕は深呼吸してから、
「・・・いつでもどうぞ。」
その後何分面接をやったのかはわからない。しかし、驚いたことに中にいたのは副校長、トラベルの担任である津山先生。そして、難波さんであった。しかも、質問内容は今まで練習した志望動機、自己PR、長所・短所だけだった。これだけの面接ながら、手汗はすごくなった。特に真ん中にいる副校長が怖いのである。副校長と津山先生は質問してこなかったのが、ある意味の救いかもしれないと正直に思った。
萌たちのBグループが終わり、草津たちのCグループも面接を終えて下に来た。
「うわぁ。どうしよう・・・。」
栗東がそう言いながら、机にもたれた。
「どうしたの。」
「いやぁ・・・。真ん中がいかんわ。」
「ああ。副校長。」
「副校長先生めっちゃ怖かった。」
萌が言うと
「よなぁ・・・。」
と蓬莱が続けた。
「でも、言えることは言えたし、よかったんじゃないのか。」
「・・・ああ。僕でもよくあれ言えたなぁって思ってる。練習したときはちょこちょこ詰まってたから。」
「これって何人受けれるのかなぁ・・・。グループから1人ずつかなぁ・・・。」
蓬莱がそう言った。
「えっ。そうなのかなぁ・・・。」
「もうやめて。なんで智ちゃんがあたしと同じグループに入ってるわけよ。あたし勝ってる気しないじゃん。」
いや、蓬莱。僕に八つ当たりされても・・・。
全員が戻ってきて、しばらくすると携帯が鳴る。外は雨が降り景色をかすめていた。
学内選考は誰が通過するのかなぁ・・・。




